4.明主様と日置昌一氏、近藤近彌氏

   文芸春秋誌顧問

   日 置 昌 一 氏

   同編集局次長

   近 藤 利 彌 氏

昭和二十七年十月二十五日 於碧雲荘

 日置氏 本日はかねがね救世教について不思議に思っていることをいろいろおたずね致したいと思います。

 先ず観音教を救世教とお変えになられましたのはどういう理由でございましょうか。

 明主様 私は世界人類を救うのが目的ですから、その名も世界的でなくてはならぬと常々思っていたからです。つまり観音教では東洋だけに限られているからです。それから私は「メシヤ」という名前が非常に好きなのです。しかし仮名の「メシヤ教」では誤解を受けてはいけないと思って、漢字の「救世」に仮名をつけたのです。愈々時期が来たと思って変えたのです。

 日置氏 農村の方面にも食糧増産とかいろいろの事をなさっておられる様ですが……。尤もメシヤ(飯屋)教ですからね。(大笑)

 明主様 兎に角、肥料を全然使わないでやると米の五割増産は何でもありません。その上、できたものがおいしくて大きく出来ます。根本は肥料を使わずに、土の性能を生かす事です。

 近藤氏 荒地でもいいのですか。

 明主様 つまり肥料をやるから荒地になるのです。酸性土壌も肥料の為です。肥料は丁度麻薬と同じです。麻薬を使うと一時気持がよくなるでしょう。それと同じで肥料やれば一時、三年や五年はいいのです。

 近藤氏 肥料と麻薬を全面的に否定なさるわけですね。

 明主様 そうです。

 近藤氏 救世教の信者さん達は少しも薬を使わず病気を治しているのですか。

 明主様 薬は全部毒だからです。毒で病気症状を抑えるのです。だから病気は薬が余計に入った程治りにくいのです。肺結核でも百人中九十三人までは治ってますが、残りの七人がいけないのです。というのはこの七人が一番薬を入れているのです。

 日置氏 世間では、何万人という中から一人二人が間違った場合に、大袈裟にいってますが、医者の方はもっと殺してますからね。

 明主様 それで心臓の手術が成功したとか、死人の目玉をくり抜いて移植して治ったという様なことは、われわれの方からいうと子供だましみたいなものです。あれは医学なるものを信じさせる為の慣用手段です。この間画家の吉井さんの四年間悪い目が五分で治ったということがありました。ですからキリストの奇蹟位のことは私の弟子が毎日やっています。

 近藤氏 そうすると薬屋さんやお医者さんは救世教を商売仇に思うでしょう。そして大変困ってしまいますね。

 明主様 ですから私は、お医者さんはどこにゆくか、ということを考えています。いずれ、世界的に薬屋や医者はなくなりますから、その救済事業は難問題ですね。

 近藤氏 今御家族様は?

 明主様 子供は六人あります。嫁に行ったり嫁を貰ったりして、孫も数人できています。

 近藤氏 貴方の宗教の方とは関係ないのですか。

 日置氏 関係しているのもあるし、関係していないのもあります。それも私は本人の希望にまかせています。

 近藤氏 子供様方の御家庭では、病気の時等医者にかかるというような事はありませんか。

 明主様 絶対に医者にはゆきません。若し、薬を飲んだら親子の縁を切るでしょう。

 日置氏 話は変りますが、一個の宗教家が美術館を造るという様な事は今までに余り聞きませんが、貴方の場合どういう御動機で造られたのですか。

 明主様 これは動機とは言えないかもしれませんが、人間というものは始終生まれ変って来るのですが、私は聖徳太子に生まれたことがあるのです。大体日本で仏教を弘めたのが聖徳太子で、それは何でやったかと言えば美術によってやったのです。しかしあの時は日本だけですから、今度私は世界的に聖徳太子と同じことをやるのだと言っているのです。箱根の美術館というのはその最初なのです。

 二、三日前にアメリカに長く居る日本人ですが、その人が来て、「アメリカに私のところにある美術品を持って行って、是非巡回展覧会をしたらいいだろう」と言うので、私は「今にアメリカにも美術館を造る」と言ってやったのです。今アメリカにある美術館を相当調べてみましたが、私から見れば、ただ名ばかりのものです。私はアメリカ一のものを造ろうと思ってます。

 日置氏 世間では僅かの間に巨万の富をつくられたことに対して疑問に思ってますが、金儲けの秘伝とでも申しますか、それは何でしょうか。

 明主様 一番の根本は病気が治る事です。大病院や立派な医者にやって貰ってだんだん悪くなって死の間際まで来たのを、私の弟子がやって命を救われるから、その感激は大変なものです。それで何をやるにも教団でやることには金を上げなければならない気持になるのです。それから搾取的なことはやってはいけないと常に言っています。御利益を戴いている人は金の御用を待っている位です。美術館も五千万円くらいかかりましたが、それも去年の十一月あたりに話して、できたのが今年六月です。それだけで全部できたのです。

 日置氏 造幣局はメシヤ教の為にできている様なものですね。(大笑)

 近藤氏 選挙前は代議士が金を借りに来ませんでしたか、よく聞くことですが。自由党の吉田、鳩山が大分金に困って、両方とも子分をつくるのに金が要るので借りているという話ですが。

 明主様 来ませんね。

 日置氏 僕が代議士だったら、お伺いするかもしれませんね。

 明主様 兎に角、私の方は世を救うという大きい仕事がありますので、金には苦しくて年中ピーピーしています。それから再来年は熱海に箱根のよりも大きい美術館を造るのですから、それについても色々買わなければならないから、金の苦しさは大変です。その代り借金の催促の苦しさではありません。それからこういう事がある。アメリカが最近とても日本の古美術品を欲しがっているのです。「これを貴方の方で買ってくれなければアメリカの方に売る」と言うので、これはどうしてもおさえなければならないというわけです。今月に入ってからも素晴しい仏像でそういうのがありました。

 松井氏 金森徳次郎(国立国会図書館長)さんがとても感謝しておりました。

 明主様 そういう美術品を買わなければらならないから大金が要ります。それで又いろいろこっちが経営しているものもありますからね。

 阿部執事 必要な金だけは不思議に集りますからね。

 松井氏 救世教の信者から出た代議士が三人ありますが、これにも金はやってありません。明主様から浄霊して戴いて、これで大丈夫当選だというわけです。(大笑)

 明主様 それですから私のところに来る人はみんな運が良くなるのです。

 日置氏 近藤君、僕等も来ましょうかね。

 明主様 徳川夢声さん、私の方に来る様になってから余計良くなったようです。そういう訳で金は集りますが、出る金も大変ですよ。

 近藤氏 国税庁が目を光らせるでしょうね。

 明主様 しかし宗教法人ですからその点は良いです。宗教になりたての時分は理解がゆかずに、かなり税務署から目をつけられましたが、美術館を造ったりしたので、ああこれだなという事が分ったのでしょうか、今は全然ありません。それに美術館は関係方面でも大変好感をもたれています。

 日置氏 文化への貢献ですからね。

 明主様 博物館では予算が足りないので、外国に流れる貴重な美術品も買えないというのです。それで、私の方で買って保存してくれるというので、実に国家の為になるというのです。それで文化財保護委員会も便宜を図って援助してくれます。

 日置氏 なお現在のこういう時代に、いろんな新しい宗教に国民が魅力を感ずるということは、結局従来の日本の宗教に根本の魅力がなくなったということにあるでしょうし、又一つには国民が苦しいんで淋しいのですね。

 明主様 無論そうですね。

 日置氏 ですから単にすべてを迷信邪教と片附けるのは間違っている。やはり本願寺も天理教も初めは随分いろんな法難に遭い、日蓮宗もそうですし、キリスト教もそうですからね。

 明主様 宗教には法難はつきものですね。一番法難に遭ったのはキリスト教でしょう。命までやられたのですからね。ところがその教えが一番世界に拡がったのです。ですから法難の酷いほど価値があるのです。

 日置氏 人の心理というものは面白いもので、私の方でも、本が出て非難されると売れるのです。悪口言うと一種の広告になるのですね。それで印象に残るのですね。

 明主様 チャタレーのアレを見ても分ります。私がこれから出そうと思っている本があるのですが、きっと問題になると思います。問題になったらしめたものです。屹度(きっと)売れることになりますね。来月あたり出来ますが〝アメリカを救う〟という本です。

 日置氏 なるほど、今度は逆ですね。

 明主様 アメリカの病人は大変なものです。統計では現在医者にかかっている者が千七、八百万人いるのです。(全アメリカ人口の一割以上)それによってアメリカが一番困っている病気を、それは何の原因で、どうして治す、ということをすっかり書いて、大統領始め有識階級、大病院、医者に配るつもりです。今翻訳してますが、日本文の方はもうすぐできます。

 日置氏 人間というものは直接お会いしていろいろ話さなければ駄目なものですね。

 明主様 百聞は一見に如かずですからね。

 日置氏 そうですね。来て良かったですね。

 明主様 私もあなた方指導者に知って貰うということが一番良いと思います。

 日置氏 いや、いや、どうも……。

 近藤氏 美術は主に古美術ですか、それもと近代美術の方ですか。

 明主様 両方やってますが、現代美術はいけないです。それでつい古美術の方になるのです。

 日置氏 どうも精神的なものがないですからね。手先の技術ですからね。

 明主様 現代の画家の画は筆に力がないのです。それは現代の美術家の不断の生活が違っているのです。力というものは食物が大いに影響するのです。ビフテキを食べたり牛乳を吞んだりしていては力が出ないのです。それで仕方がないので塗末絵になるのです。今のはそれです。

 近藤氏 外国の古い絵などは如何ですか。

 明主様 油絵にも良いものがあります。イタリヤ辺りには素晴しいものがありますが、私の持論は外国の絵は芸術ではなく、芸術と工芸品の中間のものだと言うのです。遠慮なく言えば高級家具です、それで日本画とか東洋画は本当に楽しむものです。そうして季節によって替えるという風に、本当に芸術を楽しむというものです。西洋のは年中同じもので、中には一生涯一つのものを掛けている人もあるそうです。

 日置氏 宗達あたりの、あの雄大さというのは芸術と言うより精神力ですね。ああいうのは現代の画にはないですね。特にお宅では宮本武蔵の「達磨」と牧谿の「かわせみ」をお持ちとの事ですが、あれは名品ですね。

 明主様 宋時代のは殆んど坊さんですから、坊さんというのは、山に入って菜葉に麦飯を食って行をした。それが画くのですから断然違うのです。要するに菜食して精進せねば駄目です。

 日置氏 画くのでなく気魄ですね。

 明主様 そうです。宮本武蔵も剣を筆に変えたものです。宮本武蔵の絵には私は頭が下りますよ。

 日置氏 今の人のは生前は値段が高いが、死ぬと下ってしまうのが多いですね。

 明主様 いや、生きているうちに下っているのがあります。横山大観のは、私は二、三年前までの物は買いますが、今のは駄目です。アル中だからでしょうね。

 日置氏 では最後に一つ教主様の恋愛観を承ってみたいと思いますが、……どうかその事について……。

 近藤氏 熱海では色んなサンプルが一ぱいありましょうから、そんな事からでも。

 明主様 併し今では爺さんですからね……。兎に角恋愛は非常に良いです。あれは神が人間に与えられた大慈悲と言いますか、恩恵と言いますか、そんなものです。ただ恋愛もある程度に制限すれば結構ですが、その限界を突破するから悲劇が起るのです。ですから、限度を外さない様にすれば、恋愛は大いにやるべしです。(大笑され乍ら)しかし限界で止められるのは本当の恋愛ではないかも知れません。(一同大笑)

 日置氏 確かにそうですね。

 明主様 私は若い頃恋愛の極致と言いますか、情死の相談までにいったことがありますが、その時に情死する者はこういう心境だなと思った別の私があったのです。オレは経験した、これでいいというので、私の理性が力強く解決してしまったのです。その時私は〝自分は偉い〟と思ったのです。普通人ではできない。オレにして初めてできるだと思ったのです。

 日置氏 では徹底的に、失恋でなく得恋ですね。

 明主様 それまでは、心中する奴は馬鹿だなと思っていたのですが、これはオレは今まで考え違いしていた。馬鹿とは言えない。確かにこれから進めば危険だということが分ったのです。つまり恋愛哲学を極めましたね。

 日置氏、近藤氏 では長い間いろいろと大変有難うございました。

(栄光 一八六号)

 

 

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