6.光紙記者との御対談

   光紙記者との御対談

      現当利益の宗教理想は世界の永久平和

 すがすがしい初夏の微風が庭園を洗う最近の或一日、岡田自觀大先生は「光」第十号成長記念特集号紙上に錦上花を添える思召しから特に記者のインタヴューに応えられて、こんにちまであまり世間に具体的説明を試みられなかった諸問題についてはじめて偉大且明快なる御意見を公にされた。以上大先生との御会見記である。

(文責在記者)

 記者 信仰心は人間の苦悩をほんとうに救い得ることができるや。

 大先生 救われないと思えば救われないし、救われると思えば救われる。要はその人の信仰に対する意欲の問題である。信仰心をもとうと思う人は先ず触れてみることである。触れてみてこれで救われると思えばその人は信仰の世界に入ったことといえる。しかし今まで本当に人間苦を救った宗教はほとんどなかったといえる。それはたいがいの宗教は理窟だけで実際の力がないためである。

 記者 力をもった宗教とはどんなものか。

 大先生 それは現当利益のあるという事である。いままでの宗教には多少の現当利益があったが、それ程あらたかなものはなかった。それで現当利益が少い結果逆に現当利益を低級宗教といわれてしまった。従来の宗教学者の殆んど全部が宗教を理窟のワクに閉じこめて現当利益の実存を無視していたといえる。即ち現当利益をたんなる奇蹟だと断定していることである。奇蹟を信じないということは、宗教そのものを信じないということにも通ずる。

 記者 奇蹟というものを信じてよいか。

 大先生 奇蹟は信じてもよい。信仰心がなくとも必ず奇蹟を信ずるようになる。われわれのいう奇蹟とは即ち現当利益である。現当利益の多いものまた奇蹟が多いといえる。これを邪教といい、迷信宗教といってただ理窟一点張りでおしとおして来た既成宗教学者の考え方を根本的に打破せぬ限り信仰心によって人間苦を、社会悪を済度することは絶対不可能である。うまいものを食べたいと思っている口にそのうまいものをあてがってやることができれば、それほど幸福なことはない。人間にはみんな欲望があるのだ、その欲望を満たすことができればよいのである。誰だって欲望を満たしたい為に金を持って行って物を買おうと思うのである。もし金を持って行っても物をくれなかったら大変なことである。現当利益というのはこのことにも当てはまる。信仰しても御利益のない宗教なら、無意味にひとしい。そんな宗教なら信仰しない方がよい。

 記者 観音様の御蔭はどんなぐあいに現われるか。

 大先生 奇蹟が真実となって現われ、現当利益がじっさいにあるということが偉大なる観音力のおかげである。これまでこの観音力というものを発現することができなかったのである。

 記者 では観音力の実存は信じられる訳か。

 大先生 実存している。私はこれをもっと科学的に説明することはできるが、未だ一般がその時機に達していない。いわば私の発揮する観音力は今の宗教的水準よりずーっと上にあるから、未だ一般が充分に理解することができないのである。だから私のいうことをびっくりして迷信だと否定する人々ができるのである。宗教の揺籃(ようらん)時代はもちろんいばらの道である。キリスト教をバテレンとして迫害したということもそのことである。やがて分ってくれば自らその価値を信ずることになる。

 記者 宗教の社会的な行動は是か非か。

 大先生 宗教は大いに社会的行動をとらなければならない。哲学者や、宗教学者は自ら学んでいて、或は自分のみ救われているかもしれないが、それでは世の中を救い、衆生を救済することにはならない。一部知識のあるものや、特定の階級のもののみが喜んでいるような宗教こそ邪道である。万民が喜び、万民が救われねばほんとうの神の恵みとはいえない。観音力のおかげはこれら人間社会ばかりではなく、鳥類や獣類の社会にまで及んでおる。

 記者 大先生の御理想とする地上天国とはどんな御構想か。

 大先生 病貧争絶無の世界をつくろうという理念にほかならない。花園をつくり、結核を治そうという仕事も、地上天国化運動の一つである。しかしこれのみを目的とするものではなく、これは現世に地上天国を築こうとする一つのサンプルにしか過ぎない。霊体一致、仏神一如というがごとき、即ちこれである。

 記者 光明如来様と観音様のおつながりについて。

 大先生 一しょであるがお働きになる時期がちがうからである。併し光明如来様の方が上位のお働きである。

 記者 観音様の御教えは科学を否定しているや。

 大先生 けっして科学を否定するものにあらず、むしろ科学に先行するものであるといった方がわかり易いかもしれない。科学の進歩したもの、即ち科学が二十世紀の科学なら、観音さまの御教えは二十一世紀の科学ともいえる。だからいまの文化や、医者が一世紀おくれているといえるのである。

 記者 御浄霊は医学を否定するものか否や。

 大先生 否定はしていない。ただ、いまの医学的水準では治らないものが治るという御利益があるから、自然に医薬を必要としなくなるのである。

 記者 大先生は社会主義に就いてどういうお考えか。

 大先生 社会主義は今は時勢に遅れている。一部特権階級と庶民階級の間隔がひどかった封建時代はもちろん必要であったが、あらゆる階級が全部一列にならねばならないという理想は悪平等だと思う。働くものも、のらくら者も一しょの境遇におかれるということはかえって不公平なことだ。まあ資本主義も必要であり、社会主義も必要であり、共産主義も必要であるが、それらをうまくあんばいしてゆく。それが民主主義だと思う。同じ絵を画くにしても、赤ばかりでは絵にならない。いろんな色の配合があってこそ美しい絵が完成するのである。食べるものでもそうである。あまいもののあとには辛いものも時には必要である。なんでも一列にしたり、一色にしたりしては、妙味というものがなくなる。

 記者 大先生の御霊感は日本の将来をどうみられるや。

 大先生 日本は必ずよくなるとかたく信じている。その兆はいま現われている。長期間の戦禍はいま日本の体をめちゃめちゃにしてしまった。まさに日本は重症患者である。うんうん唸っている重病人である。金づまりはフンづまりである。悪い思想は結核菌である。これを治す医者は今日本に出てない。殊に唯物思想は日本の再建にどんなに障害になっているかわからない。唯物思想を根本的に排除してそこへ唯心思想をとり入れねば、絶対日本は健康になれず救われない。唯物思想は目に見えない神を否定し、その存在を無視している。宗教を否定してはうまくゆかない。

 記者 宗教による平和運動について御所見如何。

 大先生 日本だけよくなってもしようがない。世界全体がよくならなければならない。そのためには宗教的に、霊的に、世界の人々の心がつながれねばならない。私の念願しているのはこの世界平和の大理想にほかならない。観音経の宗教活動も、いわば世界平和運動の一環ともいえるのである。その行動の第一歩はまず日本の大浄霊である。悪霊を除いて清新潑剌たる誠心を喚起せねばならない。そのために私は日夜救世に身を砕いているのである。

 記者 御多忙のところ御有益なおはなしを頂いて、信者も、またこれからの入信者も、どんなにか大きい光明を見出したかわかりません。有難うございました。

(光号外)

 

 

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