原爆恐るるに足らず

 現在の世界で最も怖るべきものとされているものは、何といっても彼の原子爆弾であろう事は今更言うまでもないが、それというのはその驚くべき破壊力(はかいりょく)に対して、防止する方法が全然ないからである。併し止まる処を知らない科学の進歩は、何れは防止手段の発明も考えられるが、それは何時の頃か見当がつかない。としたら、それ迄の人類の不安は大変なもので、これ以上の悩みはあるまい、処が私は原爆を免れ得る力を神から与えられているのであるが、これを聞いただけでは到底信ずる事は出来まいから、事実を以て解説してみるのである。

 元来、原子爆弾の原理というのは何万度か分らない程の灼熱(しゃくねつ)である。この灼熱によって凡ゆる物質が一瞬にして焼尽されるのであるから、これを防ぐとしたらその熱以上の力でなくてはならないのは勿論である。だがそれ程の力なるものが現在地球上にありやという事であるが、実は立派に存在しているのである。今それを説明するに当って、先ず知っておかねばならない事は、私がいつも唱える処の霊体の真理(しんり)である。言うまでもなく万有一切は霊と体との二元素から形成されているのが実相であるが、それに就いて特に知っておくべき重要事は、霊と物質との力の強弱である。それは体即ち物質の力よりも霊の力の方が、何倍或いは何百倍勝っているか分らない事実である。然るにこれが何故今日まで分らなかったかというと、近代文明の基本が唯物科学から出発している以上、不可視の霊の存在は到底信じ得られなかったからである。

 これを最も卑近な例で説明してみるが、先ず人間である。即ち科学は人間の肉体だけを対象とし、見えざる心即ち意志、想念を無視している事である。処が実際は肉体を自由自在に駆使している力は意志、想念である。言わば無形の力が有形の力を左右している訳であって、この無形の力こそ絶対支配者である以上、この理を原爆に当嵌(あては)めればよくわかるのである。即ち原爆と雖も根本は物質であり、只極致的偉力なのである。従ってこれを防ぐとしたら、それ以上の力即ち霊的原爆ともいうべき力の発揮によればいい訳である。といっても霊的原爆などというそんな素晴(すばら)しいものは今日ある筈はないと思うであろうが、それが確実にあるのだから大問題である。即ちその力というのは原爆を受附けない程の超科学力であって、この力こそ神霊から発揮される絶対力である。処がこの力は何によって発現されるかというと、これこそ私の身体を通じて発揮される神力である。それは今日まで小規模乍ら実験によって確実にされている。彼の広島、長崎に於ける原爆を被った際、私が作った御守を掛けている人達は、悉く助かった事実である。今その中の数種を本人手記による報告を掲載(けいさい)(本誌には省略)したので、読めば如何なる疑い深い人でも、信じない訳にはゆかないだろう。

 本教は常に言う如く、病貧争絶無の世界を造るにあるので、病貧の方は眼に耳に絶えずその解決法を教え、実行もしているから信じられるであろうが、争の方は今まで充分解いていなかった。勿論争の大なるものが戦争であるから、結局戦争が解決出来なければ、真の平和は実現しない訳で、これこそ原爆を無力ならしむる方法である。従ってこの力が地上に顕現されたとしたら、他の如何なる武器と雖も知れたものであるから、この世から戦争を絶無にする事は、敢えて不可能ではない事を私は断乎(だんこ)として言い得るのである。

(栄光 一五三号)

 

 

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