天日豊本黄人皇主身光神天皇 [御身魂 佐田彦王大神]
天日豊本黄人皇美神皇后宮 [御身魂 佐田子姫大神]
第三次神政内閣の動揺状態が人類界に反映し来り、皇統第三代の「天日豊本黄人皇主身光神天皇」及び「天日豊本黄人皇美神皇后宮」の御身魂は、夫々「佐田彦王大神」及び「佐田子姫大神」となれり。天皇の御即位六十一年十月五日、詔して、棟鿄国の図を作成して、之を天皇国と定め、又、分図を作りて、之を天支国と定め、二十三人の皇子達を各方面の国王と定められ、またその作成せる図面を「天神人祖一神宮」に奉納し給えり。更に、御即位八十六年三月一日には詔して宣わく。
「今より先々代の世まで、必ず日の神、月の神、現天皇の親天皇より上代祖先天皇、皇后及び皇子、大臣官人の功孝者の屍・骨を以て人像形・石像また木像・岩像・金像・矛・剣・鏡・匂玉を作り、神名を彫り付けたる神體を必ず祭り、其の前に大幣を立てゝ祭ることゝせよ。日の神の神勅によりて斯く定む。」
と、日の本の祭祀の法、此の詔勅に依りて、初めて制定せらる。
天皇の御宇、地球の全体に亘りて大変動起ること数百度、其の為に人類の全部が殆んど滅亡するに到れり。然るに、「天照日大神」は此の事変ある事を予め御神勅を以て御知らせありし為、天皇は、其の御神勅に従いて、皇后初め皇族三百九十七名と共に、秋津根(大和)大台ケ原峯より飛騨の高峯に避難し給えり。然れども、此の変動による変転余りに大なりしを目撃せられて、天皇は暫時茫然為す所を知り給わざる御有様なりしが、此の時再び[天照日大神]より御神勅ありて、
「万国の天津日嗣は、汝の子々孫々まで、天壌と共に窮りなからんや、汝、天越根中国に天降りて、再び地球万国を拓き治めよ。」
と命じ給えり。此の「天照日大神」より 皇統第三代「天日豊本黄人皇主天皇」に下し給へる御神勅が、所謂『天壌無窮の御神勅』と称せらるゝものの真個の起源にして、之が後代日の本の歴史編纂者によりて誤り記されて、「天照日大神」より「天孫瓊瓊杵尊」に下し給える神勅として伝えらるゝ事となりしものなり。此の御神勅によりて、天皇は詔して、飛騨国より越中二井ヤのトトの山(立山)に天降り(行幸)給い、皇太子「天之御中主男尊」を越中国鷹羽山に、其他の皇子・皇族三百九十名を日の本及び外国各所に天降らしめ、又外国へは、新に五色人種祖二十名を派遣し給えり。日の本其他へ天降りし諸皇族の主なるもの左の如し。
大山草木種蒔主命 伊勢津之元取山
天草根種祖比美命 秋津の大山峯
万根本位主命 越根若狭三国山
天職知八意主命 狭依信濃高城山
天之御中美尊 遠津海富貴士山
天豊百六十男女生美命 道路奥朝日山
天中焚手油主命 道路奥ナス岳
天日體医帰彦命 道路奥湯出山
日ウケ水主黒人男女二命 越根ウラ黒姫山
天豊火産不老守命 越根ウラ御楽山
天中土黄人男女二命 吉道路筑波山
日入金白入男女命 越根カガ白山
万言形仮名文造命 丹波三界山
天地コレタリ文造命 淡海根三ノ高賀山
速秋津大水分主命 伊勢津志摩朝熊山
天日万秋津男女命 大ヌデ姫象頭山
山住私田主命 阿波路京極山
野椎大土主命 愛姫目黒山
天豊穀食類姫命 穴門根徳佐峯
天豊禁壓建彦命 出雲別志見雪月山
天柱吹風長寿命 出雲大手山
天日公運主命 吉備津根美作三国山
天豊地球活生主命 速日別セゼン湯泉岳
福来根主命 白日別英彦峯
平民八百万陪産命 速日別ヒゴ祖母岳
天日神霊幣造知命 奇日根日向諸塚山
天豊船乗知主命 建日別海聞ヶ岳
天豊台和日高主命 台和日高峯
天別蝦夷彦命 蝦夷蝦狩山
天別樺太彦命 加良不女那ウ鼻山
天豊神人檀木主命 檀君国檀京本
天豊大海神琉球姫命 琉球入頭山
支那盤唐王氏 支那南領
天不利日ンマララ姫命 不利日ンマララ島
斯くて、時移り行きたる時、天皇詔して、大船八艘・小艘十六隻を作らしめ、御親ら天の浮船に御座乗ありて、万国御巡幸の途に登らせ給えり。此の時に於ける天皇御巡幸の順路左の如し。
一、阿支胄洲の鎮江に御着、保定に御臨幸
支那王盤那王氏に詔して、支那国王に任じ給う。
二、天支豫母津洲のヴェネチヤ浜に御着
ヨイモツアタムイブヒ赤人女氏、五色人草花を献ず。赤人女外五色人居る所の国守に任命し給う。
三、天支尾世阿児洲のメルボルンボ浜に御臨幸
クロヒトハウライムダイ尊者ダイゼ民王に詔して、国王に任じ給う。
四、天支日前天恵比須洲のラフラタ浜に御臨幸
ヒウケイビロスブラジルコ民王、ヒウケブラジルバラ民王等二人を国王に任じ給う。
五、天支日後天恵比須洲カナダ天日ニトユクリ浜に御臨幸
ヒアヒイタマヲ王、アカ民王、エスキマルカス民王等参朝。之等を国王に任じ給う。此の時より、カナイシ国と云う。
六、御巡幸より御帰還遊ばされたる、吉道路常盤国大付浜を、「唐加ラ帰里」と名付けらる。
御巡幸後、上代天皇の御名及び万国王御勅定の次第を書き誌し、之を「天神人祖一神宮」の御神體に合祀し給う。而してこの御巡幸によりて、爾後、代々天皇の万国御巡幸の例を開き給えり。
これより時を経て、万国全部の五色人王達来朝し、越根中日見高見神明のヒニリの方、御皇城山にまします「天日豊本黄人皇王天皇」の大前に参朝し、官人三百九十名と共に、「天神人祖一神」宮に参拝、八ヒラ手して四拝礼、黄人官人神饌を供う。時に奏楽起り、神楽を舞う。五色人王一同、五十一鈴笛・太鼓・鐘・笙笛打鳴らして、ヒラ手して祝い祭り奉る。
後、天皇越中二井ヤの鑓ヶ岳より神幽り給えり。
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