日本人は慾がない

 日本人位無慾な民族はないと言ったら、読者は定めし驚くであろう。処が立派な事実であるから仕方がない。只多くの人は気がつかないだけである。それを今かいてみよう。

 実例を挙げてみれば、今日の日本人は、信用という事に余り関心をおかない。例えばいつかは必ずバレるような事や、分り切った嘘を平気で吐く。ひどいのになると直に尻からバレるような嘘を吐く。何よりも、時間を約束しておき乍ら実行しない人が多い。これなども立派な嘘を吐いたのであるが、これしきの事は日常の茶飯事として、誰も当り前のように思っている。又一寸物を貰うにしても、売手も買手も嘘の吐き合いだ。尤も売手の方が余り正直では儲らない事になるから、或程度は止むを得ないとするも、余り嘘がヒド過ぎる。結局信用を落すばかりか、第一取引上時間の浪費と繁雑な手数がかかってやりきれない。売る方が掛値をするから、買う方は値切る事になる。買う方が値切るから、売る方が掛値をするという(いた)()ゴッコだ。少し大きな取引となると、半日も一日も押問答をしなければならない。中には数日、数十日、数カ月もかかる事さえある。このような訳で、双方の無駄と浪費は大変なものであろう。

 私の例を挙げるのは少しうしろめたいが、私は買物する場合、殆んど値切らない方針である。只目に余る程高いとか、附込まれるという場合は止むを得ず値切る事もあるが、そういう事は滅多にない。私はどうしてそうするかというと、値切ると、その次から先方は掛値をするに決っている。そこで又値切るという訳で、これも鼬鼠ゴッコになるから、手数がかかったり不快な思いをするだけである。以上は売買の例であるが、官吏や会社員等の場合もそれと同じようだ。この種の人達は早く出世をしたい為、自分の手柄を見せたがったり、吹聴(ふいちょう)したり、恩に被せたりする。こうするのが利口なつもりでいるが、実は上役は目が高いからそれを見通してしまう。彼奴は上面ばかりよく見せようとする。どうせそういう奴は心から忠実ではあるまいと思われ、信用されない事になるという訳である。

 又企業家などは、金がないくせにありそうに見せたがったり、大きな背景(はいけい)があるように思わせようとしたり、非常に有利な事業のように吹聴したりするが、こういう策略も一時はうまく行っても、決して成功するものではない。

 又世間よく、仲人口と言って、結婚の相手を世話する場合実質以上に褒めそやす事が当然のようになっているが、これ等も巧く成立しても、早いのはその以前、遅いのは以後、結局破綻(はたん)になって、当事者同志(士?)が迷惑するばかりか、橋渡しや仲人も信用を失う事になる。又売薬化粧品などジャンジャン広告を出して、一時は大いに売れるが、効能は広告程でないから、やがて売れなくなるという事がよくある。

 右のような例を挙げればキリがないが、要するに何事でも信用第一だ。信用がなくてはお終いだ。外の事はいくらうまくやっても何にもならない。ザルに水汲むようなものだ。処がそこへ気のつく人は案外少いようである。この様な訳で、結局大いに欲張って巧くやったつもりでも、事実は信用がなくなり、骨折り損の草臥(くたびれ)(もう)けという事になる。こういう人はつまり慾のない訳である。従って嘘を吐かず真面目にやれば、彼の人の言う事なら間違いない。彼の人なら絶対信用が出来る、という人になる。そうなれば金も儲かるし、出世もし、人から敬愛されるのは当り前だ。従って、こういう人こそ本当の慾の深い人である。だから私はいつも言うが、人間は大いに欲張れ、但し一時的ではなく、永久的欲張りになれというのである。

(栄光 七六号)

 

 

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