世の中で一口に智慧というが、智慧にも種々あり、深い浅いもある。それ等に就いて解説してみよう。
智慧の中でも神智、善智、叡智は最上のもので、これ等の智慧を磨くべく大いに信仰を励むべきである。何となれば斯様な智慧は神を認め、正しい誠心からでなくては湧起しないからである。故に善智によって行動の規範とし努力すれば決して失敗はなく、真の幸福を獲得し得られるのである。
右に引替え、悪から発生する智慧は奸智、才智、邪智等で、凡ゆる犯罪者はこれ等の智慧の持主である。特に詐欺の如き智能犯はこの最も勝れた者である。この意味に於て昔から英雄や一時的成功者等も実はこの悪智慧の輪郭が大きいというに過ぎないのである。
処が面白い事には、善智である程深く、悪智は浅いという事実である。これは昔から今に至るまでの悪人の経路を見ればよく現われている。非常に巧妙に仕組んだようでも、どこか抜けている処が必ずある。その隙が破綻の因となり失敗するのである。この理によって一時的でなく永遠の栄を望むとすれば、深い智慧が働かなくては駄目である。そうして深い智慧程誠の強さから湧くのであるから、どうしても正しい信仰人でなくてはならないという結論になる。
今日の社会悪も右の理が分れば何でもない。全く現代人の考え方の浅い事は各方面に現われている。例えば政治家にしてもただ目先ばかりを考え問題が起ってから周章ててその対策を講ずる。この点医学の対症療法とよく似ている。処が問題の起るのは起るべき原因があって起るので、決して偶然に起るものではない。又浅智慧では将来の見通しがつかないから本当の政策は立てられない。丁度、碁、将棋と同じようなもので、達人は五手も十手もの先が見えるから勝つが、ヘボは二手か三手先がやっとであるから負けるに決っている。
以上の意味に於て、人間は大いに善智を養わなければ何事もうまくゆく筈がない事を知るべきで、それは信仰によって誠の心を培わなければならないのである。
(光 十号)
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.