憎まれる勿れ

 私は、人を憎むなという事をかいた事があるが、それと共に憎まれる事もいけないのである。というのは憎まれると、どうしても相手の怨み、嫉妬(しっと)報復(ほうふく)等の悪念が霊線を通じて来る。それが邪魔をして、常に不快感がまつわり、晴々としないから、仕事も巧くゆかないようになり、幸運を(さまた)げられるという訳だから大いに注意すべきである。処が世の中には、随分人を酷い目に遭わせ、不幸にさせる事を何とも思わない人間が沢山あるが、それでいて成功して褒められるような事になるのを見る人々の中では目先だけしか見えないから、やはりそういうやり方が成功すると思って、真似(まね)をしたがる。こういう人が増えるから、世の中はよくならないのである。処が少し長い目でみると、悪因(あくいん)悪果(あっか)で、悪い奴の没落(ぼつらく)は一つの例外もなく必ず来るのである。

 この理によって、年中気持よく、仕事は順調にゆき、災いも軽く済むようになるには、右と反対に人を喜ばせ、人を幸福にする事で、この実行者こそ、賢明な人間と言うべきである。そうしてこの理を知らせる事が宗教の根本でもある。

 だから、私がいつもいう通り「愚かなる者よ、汝の名は悪人なり」とは永久不滅の真理である。

(栄光 一一三号)

 

 

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