どうも世の中の人を見ると、骨折って行ったり、いいとして行った事が、思うような結果が得られないのは、全く逆効果という事を知らないからで、言変えれば理外の理を弁えないからでもある。今これを説明してみるが、これを読んでこの理窟が分るとしたら、案外に得をする場合があろう。先ずそれに就いての例を挙げてみるが、信者中の先生格になっている人達などによくある事だが、自分の値打をより高く見せようとし、偉く思われようとする考えがあると、人から見て肚の中が見え透き、反って偉く見えなくなるものである。だからどこまでも控え目な態度で、下座に満足するような人は、反って偉く見えるものである。又自分の手柄話をしたがる人もあるが、これも聞きいいものではなく、聴く人は苦々しく思うもので、又衒う事もいけない。只事実ありのままを言うのが一番好感をもたれるし、何事も内輪に話をする方が、奥床しく見られるものである。又人を世話する場合なども、恩に着せるような言い方は慎むべきで、反って有難味が薄くなるものである。
右はホンの一部分の話であるが、何事も逆効果があるからよくその点を考えてやると案外結果がよいものである。いつかも私は、会いたくない人が度々人を介して言って来るので、仕方なし会ってやった処、その人曰く「救世教とはどういう神様ですか」と訊くから、「私は一向分らない」というと、今度は「明主様は世の中の先の事は、何でもお分りになるでしょう」というから、「私は神様でないから、サッパリ分らない」と言った処、失望したとみえそれっきり来なくなった。又こちらは買いたし、先方は売りたい土地などあった場合、訊いてみるとつけ込んで高い事をいうので、暫く放っとくと、先方が気を揉んで訊きに来る。すると私の方は、もう要らなくなったと言うと、先方は本当にして、非常に安くするのである。以前私を騙して金を出させようとする人が随分来たものだが、そういう時先方が言わない先に私の方から、金に苦しんでいるのでどこか金を貸す処はないかと訊いてやると、先方は黙って帰ってしまったものだ。又この人は将来役に立つと思うと、私はワザと冷淡にする事がある。するとその人は反って一生懸命に、いい仕事をするので、斯ういう人こそ立派な人として重く用いるようにする。まだまだ色々あるが、この逆効果という事を心得ておくと、大いに役立つものである。
(栄光 一二四号)
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