次に美術工芸に就いて書いてみるが、これも絵画と同様、古人の優秀さは驚くべきものがある。先ず外国にない日本独特の工芸美術としては蒔絵である。因ってそれから書いてみよう。蒔絵は余程古くから発達したもので、天平時代既に立派な作品が出来ている。勿論その時代のものは、仏教関係のものが多く、研出蒔絵の経筥などが殆んどである。蒔絵が大に盛んになったのは、鎌倉、室町時代からで、次いで足利期に及び、桃山時代に至って大いに進歩発達し、名工も簇出したのである。就中、五十嵐道甫、山本春正、古満休意、休伯、塩見政誠等は主なる名工であり。多くの名作を残している。それ迄は研出蒔絵のみであったが、その頃から高蒔絵が制出されるようになったが、一方これに対し、全然新しい図案と描法を以て、一大センセーションを捲起こしたものは、彼の本阿彌光悦及び尾形光琳である。彼等は蒔絵の外に鉛、青貝等を巧みに応用し、前者の巧緻を極めた美々しきものに対し、これは亦自由奔放独特の図案は勿論、雅致横溢したものである。次いで小川破笠の陶器を混入した新機軸的のものや、杣田重光の金銀の薄板と青貝等を主とした独特の作を出すあり、漆芸の進歩著しいものがある。そうして桃山時代の飛躍の後を受けて、徳川期に入るや、各大名が競うて大作、名作を制作させたので、名工輩出すると共に、彼の百万石の大々名加賀の前田氏の如きは、御小屋と称し、庭園の一部に仕事場を作り、名工を招聘し、材料も手間も御入用構わずで、一生涯捨扶持をやった事によって、如何に絢爛優秀なる作品を生むに至ったかは、今尚博物館始め各所に残っているものにみてもよく分るのである。全く、日本が世界に誇る一大芸術国である事も認識され得よう。
江戸初期に至っては梶川彦兵衛、同文龍斎等があり、幕末には中山胡民等が知られている。幕末から明治初年の衰退期を経て、一躍全盛期に突入し、多くの名工が蔟出し始めたのである。即ち柴田是真、白山松哉、小川松民、池田泰真、川之辺一朝、赤塚自得、植松抱民、同抱美、船橋舟眠、迎田秋悦、都築幸哉等が主なるものである。
茲に特筆すべきは、白山松哉である。恐らく彼は古今を通じての第一人者であって、彼の右に出づる者は一人もないと言っても過言ではなかろう。彼こそ漆芸界における大名人である。彼の作品を見る時、私は頭が下るのである。勿論最初の帝室技芸員でありながら、彼の逸話として伝えらるる処は、大正時代彼は一日の手間賃四円五十銭と決め、それ以上は決してとらないという事で、実に無欲恬淡、ただ芸術にのみ生きたという、彼こそは真の意味の芸術家であるといえよう。実に敬慕すべき巨匠ではあった。
(自觀随談 六五頁)
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