昔から「恒産あれば恒心あり」と言い、人間が物質に不自由しなくなれば言行も良くなるというのである。そうして、今日の世相は実に社会悪に満たされているが、その原因は物資欠乏のためと解釈している識者の少なからずある事である。成程それも一部の真理には違いないが、決して根本的のものではない。もしそれが真原因とすれば、物質裕かな者は正しい人間であるはずであるが、事実はそうはゆかない。衣食足りていながら不正行為をするものの数も夥しいものがある。時によると貧困者よりも世を紊し、害毒を与える方が大きい場合もある。それは金銭の力によって、住宅難の今日多くの邸宅を占有し、殆んど空屋同様にしている事や、金銭の力で多くの婦女子を玩弄物視し、道義を乱したり、社会の下積になっている弱小者を、金力で自由を奪い、ウダツが上らないようにし、政界を腐敗さし、子女の入学の際教育者を堕落さしたり、その他数え上げれば枚挙に暇ない程である。
以上の事実によってみても、社会悪増加の原因は物質不足のみではない事は明らかである。
これ等によってみても、社会悪の根源は我等が常に唱える如く信仰心の欠乏からで、そこに真の原因があるのである。故にその原因を解決せざる限り社会悪の根絶は思いもよらない事で、それにはどうしても力ある宗教の出現こそ絶対解決の基本である。
次に今日の文化人の考え方の非常に間違っている点を指摘してみよう。それは何であるかと言うと、凡ての罪を他に転嫁する癖がある。尤もこの考え方の中心をなすものは、彼のマルクス思想の影響であろう。彼の社会主義理論が、人間不幸の原因を凡て社会の組織機構が悪い為としている事である。成程社会の組織も機構も、より良く改革するのは必要であるが、さらばと言って人間の不幸の原因が、それだけに決めてしまう事は大なる誤謬である。如何に理想的組織機構が作られたとしても、個々人の考え方や行動が誤っていれば、組織機構の運営がスムースにゆくはずがない。必ず破綻を生ずる。故にどうしても個々人の心性を善くする事こそ本当の解決法で、いわば人間が主で、社会組織は従と見るべきである。
以上の如き誤った考え方は、全く唯物思想から発生した事は勿論で、唯物主義に於ては人間の霊性を認めない。物質理論のみで解決しようとする、そこに大きな誤因がある。その結果として、何でも彼んでも自己の言動を正当づけ、罪を他に転嫁しようとする。処が事実は、罪の殆んどは自己自身にある事で、その事がしっかり認識さえ出来れば、謙譲の徳も博愛精神も自ら現われるから、平和な幸福社会が実現するのである。これこそ宗教信仰によるより外方法は決してない。
社会革命の理念とする他動的罪悪感は、社会組織を破壊せんが為の目的から、罪を自己に帰せずして、社会組織に振向けるという理論によって民衆を踊らせるのであるから、人間はこの意味をよく認識し、従来の過誤を清算し、新たなる出発をなすべきである。
(光 一〇号)
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.