運命と自由主義

 宿命と運命に就いてよく(たず)ねられるから説明をする。

 先ず、宿命とはその人に与えられた決定的(けっていてき)のものであるから、(いささ)かも変える事は出来ない。然るに、運命は限定(げんてい)された或る枠内(わくない)の中は自由自在で、その人の()(りょく)次第で、枠内の最上位に迄は到達(とうたつ)なし得ると共に、その反対であれば下位に転落するのである。

今日(こんにち)人々の(かん)(しん)()となった自由主義なるものも、右の運命とよく似ている。何となれば真の自由主義とは、ある一定の枠内(わくない)制約(せいやく)されているものであって、()(げん)の自由は決してあり得ない。真の自由とは、(げん)()のある、即ち有限(ゆうげん)の自由である。故にその(わく)()えた場合、それは他人の自由を侵害(しんがい)する事となり、文化の反逆者(はんぎゃくしゃ)となる事は、運命の枠を越ゆる場合、失敗者となるのと同様の理である。

(信仰雑話 四〇頁)

 

 

Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.