抑々、この頃何だ彼んだと噂に上るメシヤ教とは、一体全体どんなもんじゃい。名前からして救世教と漢字で書くんだから、東洋的と思ったら、ナーンだ! 片仮名でメシヤ教とあるんだから、どっちが本当なんだか、サッパリ分らないと仰言るだろう。成程、御尤千万、それに違いは御座らぬが、今の世の中をよく見給え。和服も着れば洋服も着る、味噌汁沢庵で茶漬も食えば、ビフテキにパンも食う、正宗にビール、舞踊にダンス、歌舞伎に新劇、振袖にストリップ、いくら書いてもきりがないが、これで堪能がいったで御座ろう。
だから、名なんかどちらでもよろしい。何より中身が肝腎なんだよ。では一体、それ程立派なものなのかと仰言るだろうが、手前味噌じゃ御座らぬが、素敵滅法、大安売じゃない、ド偉い代物なんだから、吃驚仰天しなさんな。と、先ずは毒気を抜いておいて、ボツボツ口から出まかせの御託を並べてみよう。
芝居モドキじゃ御座らぬが、先ず口上はこの位にしておいて、偖てこの世の中を隅から隅迄ズーイッと見廻してみると、これはこれは、何とマア汚ねえ臭い娑婆だろう。何処も彼処も埃だらけの糞だらけ、泥へ棒を突込んだような奴だらけ、夜も碌々寝られない、強窃盗や土蔵破が、いつ忍んで来るかは判らない。昼間は昼までコソ泥や、空巣狙いにチョックラ待ち、汽車や電車にウッカリ乗れば、掏摸、巾着切りに掻払い、バスに乗ったらこれはまた、衝突、転覆、崖落ちの、川へ嵌って大往生、テモ物騒な世の中じゃ。そうかと思や家の中でさえ、詐欺、強請やら、ハッタリ、騙り、タカリ、コワモテ、押借、恐喝など次々とやって来る。又近頃は、チンピラ迄が大人顔負の凄さぶり、そうかと思や、人身売買、パンパンガールに不良青年、与太者、ヤクザに、町のボス、いくら書いても書き切れぬ。だからこの位にしておいて、これから本当のアラ探し、眠気覚ましを書こうとしよう。
外でも御座らぬ、世の中で一番頭痛の種はと言えば、言わずと知れた病気という奴、ウッカリすると、一つよりない命迄召上げるんだから、オッカナイ。オマケに不断から、人は病の器などと嚇かされている人間共だから、血気盛んな若者でさえ、一寸風邪でも引くとすりゃ、直に青瓢箪のブラブラ病、ヒョロヒョロするともう君は、結核という命取りなんだから気を附けろ。そうかと思や近頃は、脂切った赤ッ面のドッチョイでさえ、危ないぞ、君も結核があると言われ、心細い処の騒ぎじゃない。そうかと思や熱が出て、ゴホンゴホンと来りゃもう肺炎、腰がフラつきゃ早やカリエス、ゼイゼイ言えば喘息で、ゲップが出ると胃何々、ドキドキすると心臓病と来ちゃ、花恥ずかしい乙女子は、先ず慢性心臓病とは、チト悪口がすぎますか。親父は親父で中風という半身不随のフラフラ病、その又女房は女房で子宮何々、卵巣何々、子供は子供で麻疹に百日咳、猩紅熱にジフテリヤ、疫痢、脳炎と、きりがない程世の中は、病神様大繁昌、油断も隙も出来はせぬ。テモ恐ろしい娑婆の態。
そうかと思やお偉方は、ヤレ瀆職、ヤレ賄賂、やったとか取ったとか、水掛論の五月蠅こと、文書偽造や偽手形、財産横領に使い込み、隠匿物質、闇屋、カツギ屋、贋札使い、上から下迄、鼻もちならぬ娑婆世界。これがホントの末の世か。昔の人の言う通り、犬猫同然、虫ケラ同然の人間ばかり。処が、糞壺にいる蛆虫は慣れっこになっちゃって、別段汚ないとは思わないのと同様、お気が附かないんで御座んしょう。どうです皆さん、こんなにも思い切っての扱下しに、呆れ返ったで御座んしょう。そこで此奴怪しからんと、堪忍袋の緒を切って、文句の一つも言いたいだろうが、一寸待て。自体拙者は生まれついての正直者、只アケスケにありのまま、見たまま言うので、痛い御方も御座ろうが、脛傷だらけじゃ仕方があるまい。頭掻き掻き、腋の下の、汗をフキフキ苦笑い、フフンと言って横向けば、それでお仕舞、それっきり、後白波と消えちまい、浜の松風音ばかし、などといい気な拙者で御座る。
ザッと書いてもこれ位だとしたら、御世辞にも、結構な世の中とは申せまい。処がお偉方達は、真赤になって仰言るだろう。〝貴様の目玉は節穴か、田螺同然の明盲。これ程結構な世の中を、悪く言うとは怪しからん奴〟と言うかも知れないが、拙者はそんな御託宣、百も承知之助なんだ。処がまだまだ、今少し、御耳障りでは御座ろうが、聞いて貰いたい事がある。外でも御座らぬ、抑々拙者は先祖代々の江戸ッ子で、口から先へ生まれた阿呆、口車ならば直ぐに乗り、滑り出したら大脱線、止めて停まらぬ威勢のよさ。これが江戸ッ子の持前で、もしも森の石松君生きて居たなら、オイお前、寿司食わネエかと言うだろう。アプレゲールの江戸っ子は、拙者で御座ると言いたいね。低い鼻をば拳固で擦り、啖呵を切って、これから書き出す様々は、オッタマ消ないよう、褌を、しっかり締めてお聞きなせえ。セパードのワン公じゃゴワせんが、三角耳をオッ立てて、ドイツもコイツも耳の穴、よくカッ穿って、お聞きなすっておくんなせい。今度愈々、汚ねえ娑婆を、綺麗サッパリ石川で、尻洗ったよう洗い浄めてしまうんだ。何と小気味よいでは御座らぬか。と言うと、拙者を市役所の清掃人夫と間違えちゃ困るが、実はブチまけて言えば、天の神様この度愈々地に降り、掃除万端拙者にお委せなすったんだから、何と素晴しいじゃ御座んせんか。ヘン、ドンナモンジャイと言いたいが、それ処か〝よし来た〟と捻鉢巻に尻引ッツパショリ、ウンと気張って、愈々これから踊り出すという寸法と来ているだから面白い。
処が、今度の大掃除は、春秋二回の縁の下の掃除なんかとは、月とスッポン程の大違い、虫ケラ共を撮み出し、火で焼き灰の粉にして、西の海へとサラリと捨てりゃ水の泡、消えて跡なくなりにけり、だとしたら大変だ、ウッカリしては居られまい。そこで神様、可哀想だから助けてやれとの仰せだが、それそこが問題なんだよ。何しろ不断から、勿体なくも大神様に、悪口雑言並べたり、尻を向けたりした罰が、溜り溜ったドー屑人足、仕方泣くなく閉口頓首、逆さになってお詫びすりゃ、勘弁して、下さるか下さらないかは分らない。先ず何よりも今直ぐに、メシヤ教とへ来る事だ。すれば拙者は、お前等の、罪や穢れのお詫びして、助けてやらない事もない。何と有難い宗教では御座らぬか。どうじゃ、恐れ入ったか、人間共よ。
(栄光 八九号)
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