4.竹内四郎氏 外二氏

報知新聞社取締約社長

(昭和二十八年一月七日 於 碧雲荘)

   〝メ シ ヤ 会 館 に つ い て〟

竹内氏 随分お元気ですね。

明主様 ええ、尤も体を良くするのが商売ですからね。

竹内氏 今工事をしておられる所(瑞雲郷)を拝見してきましたが、なかなか良い所ですね。出来ましたら立派になりますね。

明主様 そうですね。

竹内氏 東海道どころか、日本の名所になりますね。

明主様 そうです。日本一いい所にするつもりです。

―― 報知新聞は紙数は二十二万くらい出しているそうです。

竹内氏 少ないですから、もっと増やそうと思ってますが、新聞というのは金をかけないと駄目になりますのでね。

明主様 なんでもそうですが、新聞は特に金ですね。つまり如何なる事業でも金です。宗教でもそうです。昔の宗教家は乞食坊主のような恰好してやってましたが、今では駄目です。尤も昔でも死んでから名前が出る位で、在世中は駄目だったのです。親鸞でも法然でもそうです。日蓮は死ぬ一寸前からでしたが、そういうようですから、まして今日はそういうやり方では駄目です。

竹内氏 やっぱり人々に希望を持たせなければ駄目ですね。

明主様 それには一つの機関が必要ですね。

竹内氏 組織をつくってやらなければなりませんね。その意味で明主様は組織がなかったので酷い目にあわれたのですね。

明主様 そうですね。内容も肝腎ですが、やはり思いきってやらなければ駄目ですね。

竹内氏 その点あの工事は相当に思いきったものですね。普通の頭では全く計算がなり立ちませんからね。

明主様 それに、大抵の宗教建築というのは古臭いもので、何百年何千年前の様式になってます。ところがそれでは何も意味がないと思います。やはり凡てその時代に合ってゆかなければなりません。むしろその時代よりも先にゆかなければなりません。つまり指導的にやるべきものだと思います。従ってメシヤ会館はその意味に於て、これからの宗教建築はこういうように造るべきだ、という事を天下に示す意味もあります。そこで今一番新しい建築様式はフランスのコルビュジエ式ですが、これはよく時代に合った一番新しいやり方です。ところがこの形式は、これはアパート、官庁、会社というものにはいいですが、宗教的なものには全然駄目なのです。そこで私はコルビュジエ式を基本として、ごく新しい図案にしようと思ってます。それは大体コルビュジエ式というのは荘厳味がありません。そこで荘厳味があるものというと、どうしても、洋館ならばもっと曲線的のルネッサンス様式というようなもの、日本ならば純東洋的の伽藍(がらん)式とか神社式とかになります。そこで私はコルビュジエ式に荘厳味を現わすという考えでやったのです。ですからこれが出来上ったら、世界的に相当注目される建築になると思ってます。

竹内氏 それは教主の御設計ですか。

明主様 そうです。

竹内氏 ステンドガラスか何かお使いになられるのですか。

明主様 いくらか入れるかも知れませんが、沢山は入れません。あんまり入れると安っぽくなりますからね。

竹内氏 日本ではあんまりできないのでしょうか。

明主様 そうでもないでしょう。マチスがステンドガラスの図案を出しましたが、あれは感心出来ませんね。

竹内氏 マチスのは妙に色を組み合わせて、それで三回目くらいに、やっと〝これだ〟という事になるのだそうですね。

明主様 われわれから言えば、千代紙の新しいものでしょうね。

竹内氏 そうですね。日本の千代紙細工を新しくしたという感じですね。マチスの絵は日本の浮世絵からヒントを得たのですかね。

明主様 そうです。あれから出たのです。マチスは日本の写楽を研究したのですね。

―― 谷川徹三さんが「改造」の新年号に書いておりましたが、コルビュジエ式も日本の建築様式からとってある。西洋式のは窓がせまいが、それを広くとってある。それから壁などもそうだ、というような事を言っておりました。

明主様 そうです。日本の光琳がフランスにはいった時は、ルネッサンスの極端になっていた処で、そこに光琳がはいっていって、その単純さに驚いたのです。そこでアール・ヌーボーという人が曲線的のヌーボー式をつくったのです。又、それとは逆にその曲線的に対して直線式にやったものが、セセッションで、これも相当流行しました。私もその時分に本をとりよせて相当研究しました。私はその時分小間物屋をやってましたので、セセッションの模様でやって相当売りました。その時博覧会でそれをとり入れてました。しかしセセッションではあまりに軽薄です。それから構成派とか未来派とかいろいろのものが出来ましたが、結局コルビュジエが狙ったのは、極端に制約して、凡てを簡素化したのです。だからできるだけ粗雑なものを省いたのです。それで屋根も無駄だというわけで切ったのです。丁度豆腐のようにしてしまったのです。それから(ひさし)も無くしてしまったので、真四角になったのです。それから色も、白一色で外の色は使いません。ですからあれ以上の簡素化はありません。従って製作費も安く、様式も簡単ですから、図案にそう苦心する事はありません。それで非常に受けたのです。そこにもっていって戦争で各国が財政的に困っているので、大きな建物を造るにも、なるべく安くという意味からもビックリしたわけです。しかし宗教建築となると、それだけでは全然条件に適いません。そこで私はコルビュジエ式に宗教感覚を出そうと思って、ああいう様式をつくったのです。あれですと大体荘厳味が出ると思います。

竹内氏 色調はどういう工合になさるのですか。

明主様 柱は人造石ですから鼠色で、間は白です。玄関は、建築家はもっと高く立派にしようとしましたが、私は削ってああいうようにしたのです。某大家にも図案を画かせましたが、どうも気に入らないので、直接私が指図して製図屋に画かしたのです。それも幾度も直させて、やっと外郭だけは思った通りにいったのです。それがあの模型です。そういうわけで、玄関もずっと小さくして、腰の大理石を高くして、天井も大理石で色を互い違いにして、(ごう)天井(てんじょう)にしました。それから欄間は金メッキで、金色の新しい図案ですが、今話は出来ないです。ですから純然たる西洋式ではなく、と言って日本式でもないという、一つの新しい試みです。

竹内氏 メシヤ会館が完成したら、ああいう所も、世界的の音楽家、たとえばコルトーとかをよんで演奏させたら非常にいいと思いますね。私は若い時に聞いた事がありますが、それも粗末な市の公会堂でしたので、なんとなく気の毒な気がしましたが、やはり周囲の環境にマッチしなければなりませんからね。

明主様 そうです。だから私は、あれは将来演芸館というか、芸能専門の所にするつもりです。従って宗教的の本山という意味のものではないのです。メシヤ会館という宗教的な名前ではありますが、将来は劇場的なものにするような考えでやっているのです。たとえば外国の有名な音楽家に演奏させて、大いにいいものを聞かせるとか、すばらしくよい映画を写(映?)すとか、日本の第一流の芸能人にあそこを使わせるとかするつもりです。つまり絵とか彫刻ではなく、芸能的の芸術家に、環境のいい、景色のいい所で、建築もごく新しい立派な所でやらせるというのが将来の計画です。又そういう日本人の文化的頭脳の優秀性と言うか、それを世界の人に見せようという意味でもあります。

竹内氏 壁画などは附けませんか。

明主様 壁画を附けるには何年も暇がかかりますからね。小川菊蔵さんがイタリヤのヴァチカン宮殿の壁画の写真を今度持って来ましたが、それは素晴しいもので、一寸頭を下げざるを得ないくらいのものです。将来は日本にもそういう物は必要になりますが、金もかかるし、年数もかかりますからね。いい物は十年も二十年もかかりますよ。

竹内氏 現代の画家では、画くチャンスがありませんですね。

明主様 それは、画かせる者がないのです。

竹内氏 最近では大きい物があまり出来ませんようですね。

明主様 あれは国家が非常に興隆した時代にできるのです。日本で言えば桃山時代、西洋ではローマ時代――という時代にできるのです。ですから日本の桃山時代の建物には、天井まで金箔(きんぱく)極彩色(ごくさいしき)にしてあるのが多いです。京都の二条城などはその代表的なものです。兎に角日本は明治維新この方はそういう時代がまだ来ませんからね。というのは、戦争に熱中して、そういう事に金を出す余裕がないからです。しかしこれからはそういう時代が来るでしょう。と言っても、米・ソの問題の決まりが附かなければ駄目です。

 

   〝日 本 の 使 命 に つ い て〟

竹内氏 今のところ報知では、スポーツ、芸能、文化の三つを主眼としてやってますので、外の新聞とはスタイルが違ってます。

明主様 やっぱり、外の新聞と同じ編集の仕方では駄目です。

 私はこういう事を考えた事があります。サン新聞は写真が汚くて、鮮明を欠いてます。もっと大きく目立つようにしなければ駄目です。それで月並的で魅力がないのです。ですからサンでは小さいから、普通の新聞の大きさにして、サンほど写真を多くしないで、写真半分、記事半分というようにしたらいいと思います。つまり今の新聞よりは写真を多くして、サンよりも記事を多く出すという建前でやればいいと思った事があります。

小西氏 教祖様が新聞経営すると、いい新聞ができると思いますね。

明主様 もう一つはこういう事も言いたのです。講和以前には言いませんでしたが、民族では日本人が一番優秀なのです。これは事実を見れば分りますが、日本人くらい世界中の文化を吸収出来る国民はありません。以前に一寸した小さな講演会で話した事がありますが、日本は自動車の組立工場と思えばいい。フォードでは部分品を各工場に作らせて、それを本社に集めて来て組立てて出すという事ですが、それが丁度日本だと思います。アメリカの文化、イギリス、ドイツの文化、東洋でも中国、インドの文化などがみんなはいって来て、それを組立てて立派な文化をつくるというのが日本の使命だと思います。その使命を果す民族が日本人とすると、日本人が一番偉いという事になります。ところが今迄は、各国の部分的の文化を見て感心していたのです。それは機械的なものはアメリカには(とて)(かな)いませんし、又英国の社会主義を見ては感心するとか、フランスの芸術面に於ける絵画、文学に頭を下げていたのです。今後はそういう各国の特長をとり入れて、それを綜合した理想的な文化をつくるのが日本人なのです。それはこれからそうなるのです。ですから今迄の日本はその準備行為でしょう。そうして第三次戦争が済んでから、急にそうなってくるでしょう。日本人の素質は将来そういう使命があるのです。又、日本人位各国の文化を消化出来る国民はありません。大体東洋というのは精神文化で、西洋は物質文化です。東洋は経で西洋は緯です。それを結ぶ時期は今言った通りで、その結ぶ国は日本です。それで日本に於ける結びは救世教がやるのです。救世教のバッジは十の字なのです。この赤い丸は日本を象徴し、黄色いのは黄金時代というわけなのです。何しろ日本人は劣等感が非常にありますからね。

竹内氏 終戦後は特にひどいですね。

明主様 そうです。だから「アメリカを救う」という本を出したのは、その狙いもあります。「アメリカを救う」と言うのですから、アッチより上の立場になるのですから、少しは刺戟するだろうと思います。

 アメリカは結核が非常に多いのですが、菌に対する事もすっかり書いてあります。菌が伝染するから殺さなければならないというのが医学の建前ですが、われわれから言うと幼稚なものです。それは菌が伝染するとしても、その最初の菌は忽然として出来たものではなく、発生源というものがあるはずです。それが医学では分らないのです。それで、黴菌というものは何処で発生して、どういうように進むかという経路を書いてあります。

竹内氏 これからは、あなたのような方に考えを出して戴いて、そういう事でも大いに日本に呼びかけていただきたいですね。

明主様 そのつもりでいます。

竹内氏 そうしていただきますと、日本の国民も自信を持って来ますから、大変いい事ですね。

明主様 日本は、社会がすっかり汚れきっているので、これを取って磨けば大したものです。丁度ダイヤモンドのようなもので、八角形にでも切って磨けば素晴しいものになりますが、川から出したままでは駄目ですからね。

竹内氏 終戦後は朝鮮人が威張っていて、朝鮮人になりたいような事を言っていた人もありましたが、こういう事を言っては悪いが、今では李大統領が来ても(はな)もひっかけない状態ですが、あの頃からみますと違ってきてますね。

明主様 そうですね。それは日本人はそういう使命がありますから、戦争後、苦しんだことによって大いに磨かれたのです。

竹内氏 私の方の新聞で、あなたの声を時々伝えたいと思いますが、いろいろ御協力願いたいと思います。

明主様 骨折りますよ。とに角今迄の文化が間違っていたという事もすっかりはっきりさせたいと思います。それには一人でも余計に読ませなければ分らないのですから、将来それが呼物になって、報知新聞が大いに売れるという位にならなければならないと思います。私の説など入れると問題になりますから、問題になればみんな読みますからしめたものです。結局なんでもそうですが、社会の問題になるということが一番です。それはくだらないものでは一時的で駄目ですが、本当のものなら簡単に早く知れますから、どこまでもいい意味の問題ですね。

小坂氏 明主様は最近、そのいい意味での問題になりつつあります。といいますのは、東京での救世教に対する見方が、三年前と今とでは殆んど変って来てます。今迄は色々な誤解がありましたが、今では社会に貢献するところがあるという事が分って来たのです。つまりプラスの面が分って来た事から、救世教に対する社会の見方が変って来たのですね。ですから新聞でもそういう点を研究して取上げてみたいと思っております。

 

   〝時 局 に つ い て〟

竹内氏 教主様は予言はおやりになられませんか。

明主様 やらない事もありませんが、信用に関わりますから、危なっかしくない、余程確かな事でなければ言いません。しかし今度「栄光」の正月号(一八九号)には戦争の事に関して「世界夢物語」として、全体の三分の二を〝こうなると思う〟という工合に書きましたが、私は最後迄分っているのです。

 例えば中共に就いて言えば、アメリカにすっかりやられて蒋介石が復活する事になりましょう。併し治めるのは蒋介石ではなく、部下の者か、その系統の人がなるだろうという事も書いてあります。

 第三次戦争に就いても分ってはいますが、まだ話をするのは早いので差控えてます。又それを聞いたら、貴方方は腰を抜かしますよ。それから第三次戦争の結末がついたら世界はどうなるかという事も分っています。

竹内氏 処で、第三次戦争は起りましょうか。

明主様 どうしても起りましょうね。

竹内氏 スターリンはそれ迄に死にませんでしょうか。

明主様 そうですね。割合に生きるでしょうが、これはハッキリ言えませんね。

 今度私は「アメリカを救う」という本を書きましたが、戦争となればアメリカも相当にやられるでしょうから、その後あの国を建てなおさなければならないので、これは医学に関してですが、余り酷くならないうちに救ってやる必要があるから書いたのです。それを英文に訳してアメリカの政治家、医事関係者等へ配るつもりです。

小坂氏 原子戦争が始まるとすると、人類は破滅という事にはなりませんでしょうか。

明主様 併しそれは米・ソだけの事で、外の国は大した事はないでしょう。日本などは高見の見物でおれると思います。

小坂氏 併しそういう立場で居れるものでしょうか。

明主様 大丈夫だと思います。米・ソ間の事ですからね。これからは中国の方でも戦争が大きくなるでしょうが、日本は大丈夫です。というのは、スターリンは中共がやられても手は出しませんでしょう。スターリンの頭は中共を助けるという事よりも、もっと外にあるのです。

 

   〝宗 教 と 医 学〟

―― 教主はそういう大きい事をお考えになって居られますので、外の小さい事は問題ではありません。

竹内氏 「アメリカを救う」という位ですから、成程そうですね。

―― 外の宗教団体ではそういう事はありませんからね。

明主様 ですから、私は宗教ではないというのです。もし宗教で救われるなら、今迄に沢山の宗教が出ましたから、もうとうに救われてなければなりません。

小坂氏 この「アメリカを救う」の表紙は大変な表紙ですね。

―― 店頭に置いてあっても、直ぐ目につきますからね。

小坂氏 これでは必ず目を惹きます。

明主様 これはあっちの大統領はじめ有識者に全部配るつもりです。

小坂氏 明主様、最近日本には不思議な病気が流行って来ましたが、たとえば風邪でも鼻血が出るようですし、ペニシリンで以前は効いたのが、この頃は効かなくなった。というようで、医学では割切れない病気が非常に流行って来て弱っているようでございますね。

明主様 それに就いては私は始終言っているのですが、このままではもっと変った病気が出るでしょうね。風邪引で鼻血が出るという訳も、医学では分らないと言っていますが、これはこちらから言うと何んでもないのです。今の人間は注射や飲み薬をのんで始終頭を使うから、その薬が頭に上っていくのです。そこで薬という物は悉く毒物ですから、頭の中が毒で一杯になるのです。それで熱が出たりすると、熱によってこれが溶けますから、その溶けたものが鼻血になって出るのです。医学はこの理を知らないから鼻血を止めようとするが、もし止ったとしても、それは只延期したに過ぎないので、結局重くなって行きます。そこでそういう医学の根本的な誤りを正す為に、私は今色々と書いてます。西洋医学を全然なくしてしまわなければならないのです。

小坂氏 結局西洋医学が氾濫したせいなのですね。

明主様 そうです。西洋医学が病気をつくっていると言ってもいいのです。その点結核というのは随分上手につくってますね。

小坂氏 マイシンなどが流行って来て、結核はもう大丈夫などと言っておりましたがね。

明主様 それも結局発病の時期を延ばしただけなのです。だから医学が発達して来て、死ぬ人間が一時延びたというだけなのです。併し一時的ですから、その先に行ったら大変です。

 又、私が今度書いた「アメリカを救う」の本ですが、日本人相手に説くよりも、アメリカを分らせた方が効果的と思ったからです。というのは、日本人はアメリカの物というと何でも有難がりますからね。つまり一切の不幸の原因は病気だから、人間から病気を無くすればよい、という事を書いたのです。戦争をする人間にしても、精神的病人なのです。ですから霊肉共に健康になれば、争いや自分の欲の為に人の命を取るという事が恐ろしくなって出来なくなります。普通の人間の感情としたら、可哀想でとてもそういう気持は起りません。そういう精神というのは、人間でなく獣なのです。ですからそういう思想を起さないという事は、つまり霊肉共に健康にすればいいのです。だから結局世の中を救うというのは、人類から病気を無くするというだけで、あとは解決するのです。

―― そういう意味から、報知新聞では現在の紙数を二頁増して家庭欄というものを作って、一番に人間の健康の点を取上げて、特に〝新宗教と健康〟という面を強調したいという事でございます。

明主様 それは結構ですね。兎に角病気を無くすという事は、病気を起さないようにする事ですが、新しく病気が起らないようにするというそれだけでいいのです。処でそれを扱っているのが現代医学なので宇が、結果から言って、若し医学が本当に正しいものなら、年々病人は減っていって、二十年か三十年で病気は無くなってしまっていなければならない筈です。処が、事実はそうでないという事は、現代医学が本当の医学でないという事を証明しているようなものです。

小西氏 スポーツに関する論文を拝見しましたが、その中で黒人が強くなって白人が弱くなったという事を仰言って居られますが、偉い事を言って居られると思いました。これは運動部長と議論した事がありますが、アメリカあたりでもみんな黒人だから、今に世界のスポーツの記録はみんな黒人に取られてしまう事になりはしないか、と。特に拳闘がそうですし、まあマラソンはザトペックが出ましたが、その外は殆んど黒人です。ですからそういうスポーツ論文を載せるといいと思いますね。報知新聞はスポーツの専門誌ですから、人がよく見ると思います。

明主様 結構ですね。それで今のお話に宗教を加えるといいでしょう。

小西氏 私はこう思うのです。何も、救世教はこうだ、という事でなくても、熱海にはこういう立派なものがある。こういう文化的な事をしている。という事をいえば、これは新しい現代人の宗教だという事が大体分ってくると思います。

明主様 私は大体宗教は嫌いなのですよ。

小西氏 私はあなたのような教主にお目にかかった事がありませんね。外の宗教の教主にはよく会いましたが、大抵はコケおどしをやられたり、いきなり「南無妙法蓮華経」と言われたりして、びっくりした事があります。

明主様 私はそういう異様な教主とか教祖とかいうものは大嫌いのです。普通人と少しも違わないでいる方がよほど楽ですし、それが本当だと思います。宗教家とは言っても、やはり同じ人間ですからね。

竹内氏 私も強羅で初めてお目にかかった時は、何か変な物を着てくるのではないかと思ったのですが、ケロッとしてタバコを吸われているので、それからすっかりおもしろく(ヽヽヽヽヽ)なってしまったのです。教主の人柄(ひとがら)から見ても、救世教というのは、コケおどしに人をおどしたり暗い感じが全然ないところが、私は非常にいいと思うのです。

明主様 要するに宗教臭くないでしょう。

竹内氏 実際抹香臭(まっこうくさ)くないですね。

明主様 私はそんな事は問題にしませんが、実際にやっている仕事が物を言うのです。それが本当に人を救い世の中の為になっていくというのならいいのですからね。

竹内氏 救世教は文化的であり、(けん)(じつ)()があるところがいいですね。

 

   〝自 然 農 法 に つ い て〟

―― 新聞でも自然栽培の面を取上げてみたら如何ですか。兎に角、五年で五割増産する事は確実なのですから、これが一般の農家に普及したら大変いい事と思いますがね。

明主様 今度の報告の中でも反当り十三俵というのがありました。

―― この方が病気治しより分りがいいかも知れませんね。

明主様 そうですね。そうなると農民は読まないわけにはいかなくなります。それから米でも野菜でも、その味のうまい事は大したものです。これを食べたら外の物は食べられませんよ。又ミカンでも柿でも無肥料の物はうまいのです。そういうように、うまい物がとれて、然も増えるのです。その上肥料代は要らず、又風水害の被害もあんまり蒙りません。というのは、無肥料ですと根の数が非常に多くなるのです。それで根張りがいいから倒れないのです。又仮令(たとえ)倒れても起き上ります。それに第一虫害がありません。虫がわくという事は肥料の為に湧くのです。ですから近頃虫の種類が増えて来たという事は、肥料の種類が増えたからなのです。

 この自然栽培を実施する時に、ただ、こういう点があります。例えば今迄の有肥栽培の種を自然栽培に切替えた最初の年は、当初実に貧弱なものです。丁度、一種の麻薬中毒患者が、麻薬を止めると馬鹿みたいになりますが、それと同じで、今迄肥料をやっていたのをやめるから一時そのような状態になるので、そこでみんな驚くのですが、それでも辛抱していると秋になる頃には復活して、産額は殆んど同じ位になります。次の年になれば前の年よりはいいですが、それでも最初の間は見られません。三年四年と経つと段々よくなって、五年目になると五割増産になります。それで、この頃は信者以外の人でも大分真似をするようになって、やっているようです。結局今の人間は迷信にかかっているのです。肥料迷信、薬毒迷信です。それを打破していかなければならないのです。

 話は違いますが、凄い報告がありました。それは炭礦(たんこう)でいろいろな危険に遭遇して、四、五回その危機から脱したというのです。それで坑夫はどうしても神様の御守護だと考えるよりは仕様がない、という事を書いてありました。そういう事も新聞に出すといいと思います。ですからこれが徹底すれば炭礦(たんこう)の被害は何分の一というようになります。一炭礦(たんこう)に信者が四人か五人できたら、被害は大変な減り方になります。それは、どうしても爆発しなければならないものが爆発しなかった、というような事が書いてありました。(栄光 一九二号)

竹内氏 それはどういう理由なのでしょうか。

明主様 それは霊的になりますから、一寸信じられないでしょう。しかしこれは立派な科学なのです。宗教科学と言いますか、科学的に説明できるのです。そういう事もこれから書くつもりです。将来はだんだん、今迄分らないものとされていたそういう奇蹟等について、すっかり書くつもりですから、何と言いますか、極く進歩した科学でしょう。二十一世紀の科学とでも言えましょう。

一同 では、どうも長い間、大変有難うございました。

(栄光 一九三・一九四号)

 

 

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