法大文学部部長、美術評論家
(昭和二十八年四月二十六日 於 碧雲荘)
小坂氏 お約束の時間を一時間半遅れましたのは、一時間半余計に美術品を拝見しておりましたのです。お約束がありましたので、早くと思っておりましたが、谷川先生なかなか動きませんものですから。
谷川氏 やっぱり丸一日かけないと全部は拝見できませんね。
明主様 そうでしょう。ですから、あれでは品物が多過ぎると言う人が居ます。あんまり多いので疲れてしようがないと言ってます。
谷川氏 そうですね。ですから上野の博物館に行く時も、二室か三室見る事にしてます。全部見たらとてもやりきれません。その点、ブリジストン美術館とか近代美術館は、部屋が少なく、陳列の数も少ないので度々行く事になります。
明主様 それにあそこは便利ですからね。
谷川氏 そうです。去年の開館にお招きいただいてから、二度ばかり家内を連れて参りましたが、その時はまだ庭造りの人がやってましたが、今日拝見しますと、全部出来てますね。
明主様 それに別館も出来ました。別館では六月一日から浮世絵展をやります。
谷川氏 そこはこれから浮世絵展ばかりにお使いになるのですか。
明主様 そうではないので、特殊な事に使います。
〝宗 教 と 芸 術 に つ い て〟
小坂氏 こちらに参ります車の中で、谷川先生が〝この事業を宗教団体がやっているという事は、新しい時代現象だ。今までの日本の歴史を通じて劃期的な事だ、これに対して国家的に理解を深めなければならない〟という事を言われてましたが、われわれも賛成です。非常に良い事業だと思います。今の宗教団体では、大学を作ったり幼稚園を作ったりしてますが、これは誰でもやっている事です。こちらの今やっておられる御事業は、コレクションだけでも大変な事なのですから。
明主様 私はこう思うのです。宗教と芸術は離れるべからざるものです。とに角宗教というのは天国を造るのが目的ですから、それには大いに芸術面に働きかけなければなりません。ですから戦争が無くなる時代となれば、芸術が中心となります。昔には聖徳太子も相当やられましたが、聖徳太子は仏教を日本に弘めた元祖のようなものですが、仏教芸術を一番の方法として仏教を弘めたのです。そこで私は、聖徳太子が日本仏教をやり始めたように、聖徳太子を世界的にするような意味で、世界的のものを造るのです。特に日本人の美的感覚の深さというものを、大いに世界に認識させる必要があると思うのです。箱根の美術館は試験的にやったつもりですが、どうやら見られるように出来ました。今度は熱海に造ろうと思ってます。
谷川氏 しかしあれは相当なものですね。殊に箱根のような所にお造りになられた事に意味があると思います。箱根には外人が沢山来ますが、外人目当の安っぽい土産物を並べてある所に、美術館でああいう良い物を並べるという事は、非常に意味があると思います。
明主様 その次には、いずれ京都に仏教美術専門の美術館を造ろうと思ってます。
谷川氏 熱海にも京都にもですか。それはなかなか雄大ですね。これは一つ大いにやっていただきたいですね。
奥様 でも、今日(京)すぐにというわけにはゆきませんね。(一同大笑)
明主様 日本の仏教彫刻は世界一の物で、世界に誇るべき物ですからね。
谷川氏 そうですね。
明主様 しかし、何しろ一番苦しむのは金です。これで年中楽しみと苦しみの両方を味わってます。
谷川氏 しかし今これだけ買える所は外にはあまりありませんでしょう。とに角博物館にしても、実に僅かの購入費しか持っていないのですからね。
明主様 ですから、つい無理をしてしまうのです。私の方で買わなければアメリカに持って行くというのがチョイチョイあるので、それをくい止めなければならないのです。その国家に対する功績は、余程認められてよいと思います。
谷川氏 そうです。
小坂氏 それに税金をかけようというのですから堪りませんね。
小西氏 谷川先生が美術館で一番長く時間をとって見られたのは仏像です。牛が中にはいっているのがありますが、牛を外に出して見られ、写真をとってくれとか言われ、これが一番長くて三時間でした。私達は足が痛くなって、三人共逃げ出してしまいました。
小坂氏 それでもまだ時間が足りないと言っているのですから驚きますね。今日は外人が奥さんを連れて見えてましたが、大変結構だと思います。とに角世界中の人が来て、ああいう美術品を見て行くのは良い事と思います。これは外国の方に先に有名になるかもしれませんね。ただ外国の人達には説明がつかないと分り難いのではないかと思いますが。
明主様 そういう説明の者もだんだん考えております。
―― 今度の浮世絵展には近藤市太郎さんが書いた説明がつきます。
〝浮 世 絵 に つ い て〟
谷川氏 今度保永堂版の五十三次がはいってきましたが、銭形平次捕物帳の野村胡堂さんがあれと同じ良い版を持ってます。野村さんは広重蒐集では日本一でしょう。五十三次もいろいろありますが、保永堂の版が一番良いですね。
明主様 広重の江戸八景は良いそうですね。
谷川氏 しかし広重では何と言っても雪月花ですね。三枚続きのあれが一番でしょう。これの揃いの物はなかなか無いのです。その外にもいろいろと有名なのがありますが、西洋人も言ってますが、雨と雪のは全部良いです。ですから雪月花は良い物です。
(葛飾北斎の富嶽三十六景を前にして)
明主様 これも揃っているのは大してありませんね。尤も揃えて出すよりも、良い物を数枚出したらよいという事です。三十六枚も見る必要はありませんからね。
谷川氏 私が本当に好きなのは、三枚だけです。凱風快晴と山下白雨……富士が大きく出て鱗雲があるのと、雷のと、大きな波のあるのと、この三枚が良いので、あとは欲しくありません。
明主様 だから外のおかしな人間のあるのは、買ってもしようがありませんね。
谷川氏 私は三十年近く前に富士山の絵を少し買い漁った事がありますが、富士の最高傑作の一つは、この凱風快晴です。これは世界的に有名な物で、実に良い物です。これは北斎のあらゆる絵の中の最高傑作だと思います。版もなかなか良いですね。
明主様 品物の程度はどう思いますか。
谷川氏 なかなか良い物です。しかし雲の状態が少し濃過ぎますね。ちょっと趣きがありませんね。もっとおおらかなのがあります。そして空ももっと遠く薄くなければならないのです。空の色が薄いと雲が浮いてくるのです。この赤はもう少し強い方が良いです。この山下白雨は良い物です。
大正年代の高見沢さんは複製が上手で、汚れから何から同じ物を作り、専門家が見分けができなくなったので、複製の判をつけるようになりましたがね。
私は春信より新しいのでは、今の三枚と広重の雪月花が好きです。春信以前のはみんな好きです。清信、清政、祐信などのも好きです。その錦絵にならないところの、墨摺の一枚絵の頃のは全部良いです。紅摺のもう一つ前の物で、白黒の次に手彩色したものです。それから漆を使った漆絵が好きです。紅摺というと豊信で、春信は錦絵ですね。
明主様 非常に純真さがありますね。
谷川氏 美しいものです。その以後は清長です。歌麿も良いですが、俗と言うか、妙に頽廃的になりました。
明主様 下品ですね。
谷川氏 そうです。しかし春信以後でも、写楽のは良いですね。全く不思議な、特別な存在ですね。
明主様 清長のは良いですね。
谷川氏 写楽、歌麿、清長となりますね。
今度黒陶が入りましたね。これは不思議な物ですね。ピカソなどが見たら驚く物ですね。これは一度しか発掘されなかったので、世界中にあるのが分っているのです。
(鈴木春信の版画を前にして)
谷川氏 春信のは実に良いですね。それに保存も上々ですね。浮世絵ではバッカードという人が通でした。
明主様 名前は聞いた事があります。
谷川氏 この人が良い物を持って帰りましたが、それはとても保存が良かったのです。向うにはそういう保存の良いのは行ってなかったので、みんな贋物扱いにしたそうです。
この春信はなかなか良い物ですね。不思議に美しい物です。
この背景が赤いのは、春信のでは二枚しかないので、非常な珍品です。二枚というのは、事実二枚しか無いというのでなく、二通りの絵しかないのです。この機を織っているのと、水汲みの絵とがありますが、水汲みのは博物館にありました。ですから近藤君は一枚しか無いのだと言ってました。私は戦後初めて、川崎の茶会で見た事がありますが、非常な珍品です。それに保存も良いですね。全部で何枚ですか。
明主様 十枚ですかね。
谷川氏 珍品ですから図柄もよく覚えてますが、その時は十六枚ありました。この春信のは図柄も良いし、保存も良いし、殊に背景が赤い珍品もはいってますし、良い物です。私は春信の浮世絵はあんまり欲しいとは思いませんが、この春信だけは涎が出ます。浮世絵展にこの機織りが出れば、それだけでも見に来ますよ。
(歌川豊国の版画を前にして)
明主様 着物の色が良いですね。
谷川氏 そうですね。豊国には随分とゲスな処がありますが、この豊国は良いですね。それになかなか力があります。
明主様 そうですね。それに彩色も洗練されてますね。
谷川氏 それは浮世絵の色彩感覚というものは、なかなか洗練されていますね。
この墨摺で摺って手彩色した、こういう時代のが好きなのです。これは小僧か誰かが無造作にやったものですが、そこに面白味があります。
明主様 いい味がありますね。
谷川氏 これは初摺りは三百枚が限度らしいです。そうして沢山売れると又やるらしいです。この豊国はみんな結構ですね。こういう物に比べれば、富嶽三十六景というのは、数枚を除いて劣りますね。尤もそれは私の好みからではあります。私も、ああいう物は全部おとりになる必要はないと思います。芸術的な見地から言って、本当に良い物は数枚ですからね。
今アメリカの日本美術館に行っているのは、こちらからは「湯女」だけですか。
明主様 そうです。
谷川氏 湯女は良い物ですね。
明主様 浮世絵では湯女が一番良さそうですね。
谷川氏 湯女と彦根屏風がありますが、彦根屏風は大きな物ですが、本当から言うと湯女の方が第一番でしょう。松浦屏風も有名ですが、これは彦根屏風に比べてもずっと落ちますね。
明主様 絵はやはり宋元画でしょう。
谷川氏 それはそうですね。去年もありましたが、梁楷の寒山拾得は良いですね。
明主様 うま味があって、非常に良いですね。
谷川氏 実に良いです。とに角梁楷というのは世界一の絵だというのは嘘ではありませんね。やはり梁楷と牧谿ですね。
明主様 この二人のは大した物ですね。
谷川氏 去年拝見した牧谿の葦に翡翠の絵は今年はありませんでしたね。
明主様 今年はまだ出していません。
谷川氏 それから馬遠の山水もなかなか良い物ですね。あれが何処かに行ったというので聞いたところが、こちらに来ているというので良かったと思いました。
敦煌画は本物が出てなかったので残念でした。
〝墨 蹟・古 筆 に つ い て〟
谷川氏 墨蹟では茂古林と正澄のは良い物ですね。私は茂古林と清拙正澄、無学の三人が好きです。墨蹟は全部良いですが、この三人のが好きで、手に入れたいと思ってます。
明主様 私の所に無学のは二つかあります。大燈のはどうですか。
谷川氏 大燈のは良いです。日本人では大燈でしょう。しかしやっぱり中国人のが良いですね。
明主様 無準はどうですか。
谷川氏 無準も良いです。それから大慧も良いです。この間大師会で見ましたが、室町時代の表装がそのまま残っていました。
今美術館で拝見した茂古林の表装がそれにちょっと似ていました。あれは中が印金で、一風が古代紗になってましたが、私が大師会の茶会で見ましたのは、中が古代紗で、一風が印金になってましたが、それは実に良い物でした。今日見た茂古林の表装はそれに匹敵する物でした。これは室町の表装だと思います。直したとしても元の布を使っていると思います。
明主様 古筆はどうですか。
谷川氏 古筆も好きですが、やっぱり墨絵が好きです。古筆では継色紙が好きです。しかし有名なものでもあんまり好きにならない物があります。ただ古筆の中でも藤原佐理の離洛帖になると墨蹟に匹敵するどころか、墨蹟以上だと思います。それからもう一つ上に行くと、日本の詩で一番好きなのは、橘逸勢の伊都内親王御願文です。それを見るまでは弘法大師の急就章が一番好きだと思ったのですが、伊都内親王御願文を見てこれが第一番だと思いました。それから風信帖になると支那以上だと思います。しかし普通言う何々切という物の中では、継色紙を除いては、良い墨蹟が好きです。
支那の物で、蘇東波の寒食帖はどうも最近中国に行ったらしいですが、惜しい事をしたものです。これは前から中国人が狙っていた物です。博物館で買う話が出ていましたが、税金の関係で持主が出さなかったのですが、惜しい事をしました。
明主様 俊成などはどうですか。
谷川氏 良いですが、やはり時代が下りますからね。俊成は鎌倉初期という事になりますから、何と言っても古い物の方が良いですからね。俊成の息子の定家のは昔は珍重しましたが、定家の明月記という日記を切った物が沢山あるので安いのです。ただ小倉色紙は定家のでも今でも高いです。定家の子孫が為家ですね。
明主様 貫之はどうですか。
谷川氏 いわゆる貫之というのは良いですね。
明主様 私は貫之の字が好きです。
谷川氏 しかし面白さから言うと、伝貫之と称せられているのは面白味が少ないです。伝貫之というのは、実際に貫之かどうかという事ですが、要するに伝貫之というものですからね。
明主様 それはそうですね。
谷川氏 そこにゆくと佐理の離洛帖は面白いです。それから道風の小島切というのは写しという事になってますから、良い物ですが弱いです。ですからやはり離洛帖ですね。
明主様 私は西行の字が好きです。
谷川氏 西行は良いですね。
明主様 弘法大師の字はうまいが、ちょっとくさ味がありますね。
谷川氏 いや、しかし本当の弘法大師の字は良いですよ。くさ味があるのは偽物ですよ。
明主様 日蓮上人のも偽物がありますね。
谷川氏 私はあまり見た事がないので、よく知りません。
明主様 しかし一休くらい偽物が多いのはありませんね。
谷川氏 これは癖がありますから、それをのみ込めば何でもないのですね。
明主様 そうして、うまい字ではないから、やりよいのでしょうね。天皇の字では誰が一番うまいですか。
谷川氏 嵯峨天皇ですね。それはうまいものです。空海と橘逸勢とで三筆と言われてますからね。
明主様 大徳寺の真朱庵には後醍醐天皇の字がありますね。
谷川氏 後醍醐天皇の字は大燈国師とよく似てますね。
明主様 御水尾天皇もうまいですね。
谷川氏 そうですね。
明主様 しかし、絵でも字でも彫刻でも平安朝のは良いですね。鎌倉とは僅かの違いで、まるっきり違いますね。
谷川氏 そうですね。
〝茶 器 に つ い て〟
谷川氏 箱根美術館は今度は茶の方はなかったですが、茶碗もいろいろ拝見したいですね。
明主様 茶道具だけはいじらなければ承知できませんからね。
谷川氏 それに美術館のような明るい所では駄目ですね。特に井戸茶碗などは、茶室の薄暗い所でなければ駄目ですね。
それについて面白い話があります。去年光悦の「不二」が博物館に出ましたが、それを触らなければ承知できないので、館長さんの所に行って触らしてくれと言ったところが、酒井さんから固く言われているから駄目だと言うのです。しかしこれをしまう時には誰かがしまわなければならないから、という事で、それまで待って、行ったのです。そうしたら、私と同じように断わられた人達がコッソリと来ているのです。その時に引繰り返してして見ました。それから白鶴美術館で六、七年前に展観があった時に、鴻池家の光悦の毘沙門堂の茶碗があって、どうしても触らなければならないというので、午前中に行ったが、皆が居るうちは駄目だから、帰ってからと言うので、三、四時間待って触らして貰ったのです。どうしてもそうなりますね。
奥様 そして最後にはちょっと口につけなければなりませんね。
明主様 触る楽しみですね。私は「不二」を狙ったが、どうしても駄目です。
谷川氏 私はそういう茶碗では、「不二」と「雨雲」です。
明主様 良いですね。私は「紙屋」も好きですね。長次郎では何ですか。
谷川氏 「大黒」です。三、四年前に茶道の大展覧会があった時に出てまして、やっぱりいじらなければ承知できないので、朝早く博物館に行って夕方まで待った事があります。あれは何気ない茶碗でいて、実に何とも言えないものです。天衣無縫ですね。
明主様 それは本当ですね。
谷川氏 これは「不二」に匹敵する物ですね。或る意味ではそれ以上とも思います。あれくらい品格のある茶碗はありませんね。「雨雲」は親しみやすいですね。そこにいくと「大黒」は品格も高いし、「不二」みたいにおさまりかえってないから、それは何とも言えませんね。
明主様 つまりイヤ味がないのです。垢抜けてます。
谷川氏 そうです。井戸茶碗の良さも結局それですね。何の細工もない、おおらかな素直さですね。
明主様 そうですね。去年の「あやめ」の茶碗は随分ほめられますね。
谷川氏 あれも良い茶碗ですね。
明主様 雁取はどうですか。
谷川氏 私は実物を見ていませんのでよく分りませんが、少しクズがありますね。
明主様 これは御存知ですか。
谷川氏 今拝見します。光悦風ですね。……これは「膳所光悦」ですか。
明主様 そうです。
谷川氏 私は写真だけで実物は見ていませんでしたが……。
明主様 名器鑑に出ている方が悪いのです。
谷川氏 それは有名な話ですね。膳所光悦というのは、光悦の中では全然かわっているとは聞いておりましたがね。この口作りが何とも言えませんね。高台も何とも言えないが、この口作りは良いですね。複雑なものですね。形も良いですね。「乙御前」という有名な茶碗がありますが、その高台は実に良い物ですが、口作りが少しヘナヘナでした。口作りはこの方が良いです。
そうです、これの箱を拝見したいですが。「膳所光悦」でお茶をいただくとは思いませんでしたね。これは遠州の箱ですね。
奥様 「ふ」がはいっている所は、宗達のチンコロのような感じですね。
谷川氏 一寸そういうような感じがありますね。この茶碗は随分使ってますね。茶碗というのは高台を見れば分ります。この高台が減っているのは、畳ずれです。上の方だけ見ていると非常に新しい物に見えますが、高台を見ると古い茶碗という事が分ります。これがすり減っているのは、畳ずれ手ずれとでもいうものですね。この高台は実に良いですね。そうして上の方にムックリと自然にプッとふくらんでいる点が、実に良いですね。そして実に素直になって、口作りに来て何とも言えない複雑なものを画いてます。そして実に自然に変化があります。それがわざとらしくありません。
明主様 やっぱり名人芸ですね。井戸茶碗では何ですか。
谷川氏 やっぱり喜左衛門井戸ですね。それから毘沙門堂です。
明主様 筒井筒はどうですか。
谷川氏 あれほどにひどく割れているので、それを気にする人がありますが、その姿の美しさは第一等ですね。きれいな点から言うと、細川井戸、有楽井戸ですが、力のある点から言うと、やっぱり喜左衛門です。ただ喜左衛門は筒井物みたいに割れていませんから、きつ過ぎるのです。ちょっと気味が悪いと言う人があるかも知れませんが、私はそうまで感じません。それから面白いのは、筒井筒は今から三十年ほど前に京都の博物館に長い間出ていたのです。その時は如何にもホコリっぽくなってました。ところがこの間嵯峨さんに招ばれて行って見ましたらずっと美しくなってました。それは使っているからですね。茶碗というのは使ってないと死んでしまうのです。これは硯でもそうです。湛慶の硯でも、長い間使ってないと死んでしまうそうです。支那などでは、そうなった硯は毎日水をつけてすり、水をつけてすりしていると、三年くらいやると、生き返って来るそうです。それで、今の井戸などの美しさというのも、長年使って来た味がこもっているのでしょうね。
明主様 この「膳所光悦」もそうでしょうね。
谷川氏 人間的の美しさというものが出てますね。
明主様 全く微妙なものですね。
奥様 お茶をのむためにつくったのですから、それを使わなければ死ぬわけですね。
谷川氏 そうです。持たれる事によって茶碗自身にあるものが引き出されるのです。こういう焼物というのは世界に類がありませんね。それは支那の焼物も世界に類がありませんが、ただ支那にも楽のようなのはありませんね。これは日本の天才ですね。
明主様 そうですね。この間見ましたが、日本にお茶を持って来た支那の坊さんの物で、何とか言う名前でしたが。
谷川氏 青磁ですか、天目ですか。
明主様 そうではないのです。普通の薄手の茶碗で、支那陶器で言えば越州窯というような、少しネズミを持った物です。それから珠光青磁というような色です。
谷川氏 それでは栄西禅師ではありませんか……。
明主様 そうです。それを見ましたが、なかなか良い味がありました。
谷川氏 栄西禅師が持って来て、明恵、明恵といろいろ言いますが、その人が伝えたのですね。
〝支 那 陶 器 に つ い て〟
小坂氏 この前もありましたが、大五室の、入るとすぐ右手にあった越州窯の鶏頭壺は良い物ですね。今年も去年と同じ所に出てましたが、越州窯では天下の名品ですね。何時見ても良いです。
明主様 それに大きいですから良いですね。
谷川氏 大きくて強くて実に堂々たる物です。
明主様 あれの小さいのはアメリカにもありますがね。
谷川氏 それから、郊檀窯というのは、何処の物何処の物と分ってますからね。幾度も問題にした物です。郊檀窯では岩崎さんの香炉、横河さんの鉢ですね。
明主様 そうでしょうね。
谷川氏 南宋哥窯の研究ができたのは近頃ですから、郊檀窯の研究はまだだったのです。そう言えば今度新しく出た袴腰の哥窯は良いですね。私は岩崎さんの香炉は見ていませんが、色刷の写真によると、色は私が以前見たのに非常によく似てます。岩崎さんのを一度手にとって見たいと思っているのです。
奥様 やはり天下の名器となりますとね。
谷川氏 そうですね。しかし横河コレクションと言って随分沢山ありますが、天下の名器となると、そう余計にはありませんね。
明主様 そういう意味では、あるのは白鶴ではありませんか。
谷川氏 私は具体的に並べて見たことはありませんが、或いはそうかも知れませんね。
明主様 そうでしょうね。私は、あそこにどうしても欲しいという物が二、三点あるのですが、なかなかウンと言いません。
谷川氏 それで、良い物は黒いですね。
奥様 やっぱり名工が焼くのでしょうね。
谷川氏 それは官窯ですからね。
明主様 王様に気に入られようと思って心血をそそぐのでしょうね。
谷川氏 今郊檀窯として知られているのは、不孤斎の「琮」と、岩崎の物と、横河コレクションの物ですね。
明主様 「琮」というのは何ですか。
谷川氏 日本でよく三木手というあれです。
明主様 三木手のあれは良い物ですね。
谷川氏 昔は日本に砧青磁つまり龍泉窯は沢山出来ましたが、それで不孤斎が寄付した「琮」というのは砧青磁よりもっと貴重な物だということが分らなかったのです。伊達家にありましたが、伊達家では水指に使っていたそうです。シューマン・リーという向うとの連絡で来ていた人が不孤斎が寄附した「琮」を見て、この人は気に入った物を見ると舌打ちをする癖がありますが、舌打ちをして……デイビッドのコレクションにもあるが、それよりずっと良い。これならニューヨークに持って行ったら四万弗でも五万弗でも、好きな値をつけられると言ってました。
明主様 デイビッドには非常に大きなヒビ手がありますが、あれは何ですか。
谷川氏 最初の秦の帝室の宝物だった物が大分ありますが、そういう物ついては、多少問題があるのです。ですからあそこには南宋哥窯としてある物の種類が沢山あります。黄色っぽいのが随分いろいろとありますね。
明主様 しかし青磁というものは難かしいものではないですか。
谷川氏 難かしいですね。私も約三十年くらい焼物をいじってますが、青磁の本当の面白さが分ったのは五、六年前からです。難かしいからなかなか分りませんね。
明主様 私も青磁が好きですが、後から後から疑問が出て来ます。
谷川氏 しかし今からしてみますと、支那人が一番珍重しただけあって、やっぱり焼物の頂点ですね。
明主様 そうです。品格がありますね。美術館に出ている鉢は随分ほめられますよ。
谷川氏 修内司窯のですね。あれは良いです。
明主様 去年あった袴腰の青磁も良い物でしょう。
谷川氏 良い物でした。青砧と言っていたうちから、だんだん研究して修内司窯と選りわけるようになったのですが、少し白っぽくて実に品格の高い物です。
明主様 そうですね。細工も、形とか、薄手のキッチリとした処とか、実に良いですね。
谷川氏 そうですね。
明主様 この間名古屋に行った時に鳳凰耳花生のを見せてもらったが、色は良いですが、細工が悪いです。要するにゲテ物作りです。それに片方の耳が取れて、新しくこしらえた物のようでした。
谷川氏 私は手にとって見たことはありませんが、しかしあれは堂々たる物ですね。
明主様 そうです、見映えがあります。
奥様 白鶴の浮牡丹もなかなか良いですね。
谷川氏 しかし私は、そういうゴテゴテした物よりも、無文の方が良いです。
明主様 しかし白鶴の浮牡丹は良かったです。これはちょっと違っていて、非常に強いのです。
谷川氏 そうですか。私ははっきりと記憶にありませんのですが、普通言っているのはゴテゴテしてますからね。
明主様 そうです。ゴテゴテしてます。しかし白鶴のは非常に鋭いのです。その力強さが何とも言えません。白鶴の磁州の龍のはどうですか。
谷川氏 あれは良いですね。アメリカに行っても巾がきいたらしいです。私は長い間、写真で見て大した物ではないと思っていたのですが、実物を二つ並べて見ると龍の方が上です。龍の方が男性で、細川さんのは女性です。力強さから言っても違いますね。
奥氏 三彩の鶏頭壺も良いですね。
明主様 良いね。三彩では日本一でしょう。
谷川氏 しかし三彩の鶏頭壺とかいろんな物があっても、私は箱根美術館にある越州窯のが第一等だと思います。あの力は大変なものです。
明主様 そうです。それにサビの工合から、古さから言っても良いです。
〝玉 器・銅 器 に つ い て〟
谷川氏 玉器はまだお買いになりませんね。私は今玉器に興味を持っていますが、玉器や銅器になると、漢以前でなければ弱くて駄目です。三国、漢の物を、殷や周の中に入れて見ていると、だんだんいやになります。焼物ですと漢のは強くて良いのですが、玉器とか銅器というのは漢までの物で、漢以後の物はまるで駄目です。銅器は戦国時代にもありましたが、漢以後の物は弱くなります。
明主様 全く、銅器となると漢以後は駄目ですね。私は、不思議に思うのは周代に周銅などと、あれほどの物ができたということです。
谷川氏 その前の殷、商でもそうです。殷の物でも立派なものですね。
明主様 立派ですね。ですから陶器でも、ほとんど銅器を写してますね。殷から周時代の文化というのは大変なものですね。
谷川氏 このことは私共も一番興味のあることです。結局銅器は古代の宗教に結びついた祭器ですから、漢以後になると仏教がはいってますからね。ですから支那は仏教がはいってからと、その前と区別します。仏教は北魏の時に盛んになったのです。
明主様 ですから魏には仏像の良いのがあるのですね。
谷川氏 日本の飛鳥ですね。そうして奈良朝は大体唐ですね。日本でも飛鳥の物というと強いですからね。
〝仏 像 に つ い て〟
明主様 仏教美術の方はどうですか。
谷川氏 私は何でも好きです。今度お買いになられた三体の金銅仏では、小泉さんのでない、後の二つの方が良いですね。私が見た時には白鳳としてあるが、飛鳥の方が美しいと思いました。飛鳥の方が野蛮な顔をしてますが、良い物と思いました。肩から背中から、力があって良い物ですね。小泉三伸の仏は大分劣りますね。それから御物四十八体仏の中にああいう野蛮な顔をしているのがありますね。
明主様 四十八体仏の中ではどれが良いですか。
谷川氏 図録を見ないと宙では言えませんが、しかしそれぞれに良いですね。初めは妙に線のつまった物や、野蛮なのは、いやだと思いましたが、やはりそれぞれに良いですね。金銅仏とは言いますが、あの中に木彫のが一体はいっているそうです。
明主様 金銅仏は推古と白鳳とはまるで違いますね。
谷川氏 しかし随分多方面にいろいろお持ちですから大変ですね。私も、一つの物しか蒐めないというのは蒐集の邪道だと思います。何でも相通ずるものがあると思います。
明主様 そうです。
谷川氏 私は今日は風邪を引いたかして、汽車の中でも憂鬱だったのですが、美術品を見ていると疲れません。
明主様 私もいろいろ用事はありますが、こういう時間だけは特別です。
谷川氏 私もそうです。他に用事があったりしますが、骨董屋に行く時だけは別です。いろいろ見せていただきまして有難うございました。今美術館に陳列してある物で、ゆっくり見たい物もありますから、又お伺いします。
一同 どうも長い間有難うございました。
(栄光 二一一号~二一四号)
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