今の世の中で、嫌われているものの一つに、新宗教が御座る。新聞雑誌など、新宗教とさえ言えば、サモサモ憎らしそうに書くんだから、ヤリ切れない。成程、殺人強盗や詐欺や掏摸、万引なんかの物騒な奴等なら、いくら憎んだり嫌われたりしても当り前だが、これは又大違いで、不幸な人を仕合せにしたり、悪人を善人にして、安心して住める世の中にする我々様を、本来ならば有難くて、手を合わせて拝んでもいい位なのに、嫌うなんていうのは飛んでもない話で、頭がどうかしてやしないかと、口惜しがるには当らないよ。世の中には、随分如何わしい、アプレゲール宗教が、後から後から出るんだから、マア仕方がないと諦めてしまいたいんだが、ドッコイそうもゆかない事があるんだ。外でも御座らぬ、やれ伝染病だ、結核だ、何だ彼んだと抜かして、ビクビクし乍青い面をして、朝から晩まで体温計と首ッ引で、天井の節穴を勘定しているのが能という、まるで生きた屍どころか、作りつけの人形同様なんだから、見ては居られない態だよ。本来なればピンピン威勢のいい若者共が、そうなんだから、テモサテモ哀れ憫然、八百屋の天秤で御座るよ。
処が、少し年を取ったのになると、中風などと来て、手足がブラブラ、涎をダラダラ、気の抜けたビールのような目玉で、糞小便も垂れ流しと来るんだから、ヤリ切れないよ。そうかと思うと、癌というその名の如く、頑固極まる奴で、何れはこの世のオサラバは決っているんだから、可哀想なものだよ。その外、何だ彼んだと病の問屋が多すぎるんだよ。処がこの問屋は、まだ品物が足りないと見えて、ヤレ新薬、注射、手術などと、箆棒に高い品物を仕入れるんだから大変だよ。こんな仕入の金に比べたら、税金なんかは屁のようなものだ。いくら税金屋でも、金さえ払やあ命までもとは仰言る気使いはないんだから、屁の河童さ。そんな病の苦しみを、着物一枚位の金で、助けてやるメシヤ教なんだから、ウッカリ嫌いだなんか言うと、天罰覿面、どんな罰が当るか判らないんだから、御用心々々々と言いたいね。こんな有難い信仰だから、今に世の中に分って来たら、猫も杓子も、アチラからもコチラからも、引張凧の大繁昌で、飯食う暇もない事になるよ。処が、気の利かない奴はポカンとして、人の尻馬に乗って、ワイワイ騒いでいた彌次馬共も、時節到来尻に火がつき、こりゃ堪らぬと悲鳴を上げ乍ら、オタ、オタ、オ助け下さいと泣きついて来ても後の祭で、天国行のバスは車庫に入ってしまってお気の毒様、仕方なくなく、金ピカづくめの葬式車に乗せられて、十万億土往きというのだから、何とマア、お気の毒でも何でも御座らぬ。身から出た錆で、自業自得の次第で御座る。
(栄光 九六号)
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