入信の奨めに就て

(お 伺) 

 生後六カ月の幼児、御浄霊により高熱が続き発汗甚しく、全身粟粒代の発疹をし疥癬の様になり、元気もよく、食慾もあり、便通、発汗、順調になりましたけれ共、夜になると四十度以上の熱が出ては汗を非常にかいております。母親は是非入信させて頂き、自ら浄霊の希望でありますが家の都合でまだ入信しておりません。私が総本部へ伺うので此病人の浄霊が出来なくなりましたので、母親も非常に心配しております。入信者でない家族の御浄霊は、特にこの様な場合は御浄霊を断わった方が宜敷いでしょうか。

〔御 垂 示〕

 断らなくてもよい。やってやるべきだ。汗かいたりなど非常によい。症状からみて順調な浄化である。ほんとうは病気が治ってから入信するのが本当で、病気が治って有難く、やむにやまれぬ気持で入信するのが本当である。例えばもし治らない中に入信して死ぬ場合がある。入信してから死ぬなんてあんな信仰は駄目だという事になる。すると怨まれる。特に肺病などは余計にそうで、入信すると余計に浄化が強くなる。肺病は医者に散々かかって、もういけなくなってから本教へ来るので、薬毒がうんと溜ってる。それに浄化が起り、浄霊すると反って死ぬ場合があるから、特に肺病は治ってから入信するようにしなくてはいけない。ただ生命に関係のない病気は病気の治らぬ中に入信してもよいが、生命に関わるのは治ってから入信すべきである。これなど順調だから屹度(きっと)治る、そうすれば家の人も判る。又入信してすぐに又光明如来様を祀らせたりせず、段々本人が判って信仰が進み、拝みたくなり是非という時になってから祀るべきである。すべて物事は漸次進んでゆく事がよくそれが順序である。突然に変るのは本当でない。例えば新しく教会をひらく場合、最初は出来るだけ小さくする。人間が赤ン坊から育ち一人前になる如く、又草木の種子が段々二葉から大きく育つ。それなら根が張り枯れたりなどしない。之が大自然の実相だ。私など此仕事は六畳一間から初(始?)めた。信仰も最初は種蒔であるから話だけにしておく。それが育つに従い先方が耳を傾ける程度になったら雑誌、新聞をみせる。その中に教修を受けたくなり教修を受けさす。そのうち病気が治ったりなどして光明如来様をお祭りする。此様なやり方で入ったのは信仰に動揺がない。急いで入信したのは所謂根が固っていないから動きやすい。之は如何なる事でもそうである。面白いもので最近新興宗教というと本教が一番目指されるが、決して一番になろうと思った訳でない。之も最初は目立たぬよう出来るだけ大きく見せないようにした。此点世間とアベコベでその結果一番拡がったようだ。

 

 

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