宗教、芸術、文化の誠

(お 伺) 

 宗教、芸術、文化の、誠とは如何なるものですか。

〔御 垂 示〕

 如何なるものにも善悪正邪があり、宗教でも正教と邪教がある。全然邪教というものはないが、大抵は堕落の結果横道へ外れたり、外道に堕ちたりする。

 今迄は最初は良い目的で始めたのものが、中途から邪神に利用される。即ちその宗教が力が弱いから邪神に負けるのである。世間は新しいものを邪教視するが、新しいものには良心的なものが多く、比較的古いものに邪教が多い。古いもの程黴が生えたり破損したりなどしてを(お?)り、邪神に負け易いからである。宗教によって救われると言う事は、入信以前よりは幸福になるものでなくてはならぬ。例えば身体が丈夫になるとか、貧乏だったのが豊かになったとか、家庭が融和する状態になったとかいうように。

 次に芸術にも正不正がある。それは芸術によって良い感化を受け、崇高な観念が湧くとかいう様なものが誠の芸術である。処が反対に邪念を起さしたり堕落さしたり、不快を催したりするものも多い。例えば近代絵画の如き、特に洋画の人物などは妖怪の様である。之等は自分の主観を恣まゝにしているからで、寧ろ美術ではなく醜術というべきである。之も或時期までで又改められる事になる。今の日本画は描くのではなく塗抹である。例えば書をなすったらどうなるか。それは芸術品ではなく提灯屋の書いたものと同じである。日本画は筆力と其味わひ(い?)を出す所に価値があり、それが真の芸術である、故に塗抹絵は美術工芸品だと私はいう。

 次に文化の誠であるが、文化といっても非常に広いんであるが、それを人類が利用する場合それが為社会が良くなり、人類の発明や発見を利用して人殺しや世の中を悪化させるのは誠の文化ではない。斯様に人間の使い様によって文化は善くも悪くもなるのである。

 

 

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