(お 伺)
真理に就て
〔御 垂 示〕
之は一概にいえない。真理は其人の見方と立場によって異う。神から御覧になるのと人が観るのと違うし、神でも上中下の位があるから、下位の神のみらるる真理と、最高の神の身らるる真理とは又大いに異うのである。人間が真理と信じている事で、神から見て逆理の事も往々ある。森羅万象の一切と其動きは真理ならざるはない。何となれば万有全体の上にまし座す神としては、その全体が御自分のものであるからである。又一切を二つに分けると、その各々の真理は陰陽相対的に違ってくる。その二つのものがそれからそれへ幾つにも分れるに従って、それぞれ異って来る。要するに小さく考えるのと、大きく考えるのとでも異って来るのである。
人類社会に於る真理、それはどうしても、正しい事を基本にしなくてはならない。宇宙の真理とても善を主に動いているからである。もし悪を真理とするとすれば人類社会は既に崩壊し一切は滅亡していた筈である。そうならないで現在の如く栄えているのは、少しづつでも正が勝っている事を証拠立てている。それによってみても善が栄えるのが真理であると言う事に帰着するのである。
然し乍ら人類社会に善なる者のみで、悪なるものが無かったならば、今日の如く文化は発達し得なかったのである。悪があって善の活動を妨げたり苦しめたりする事によって善の力を強め、その進歩を促進せしめたのである。以上は大乗的な説方であって或程度の覚りを開いた人に説くのは差支えないが、小乗的な人にはその真意は解し難く、誤解を招く懼れがあるから注意すべきである。
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