「神々の指紋」グラハム・ハンコック

バチカンにおいて上梓、1995年5月2日

司教教会博士聖アタナシウスの祝日 教皇登位第17年

「〝沈まぬ星の母〟〝神秘な日の曙〟〝栄光の太陽の光沢〟であるマリアよ、わたしたちに東方の光をお示しください。東方から毎日、希望の太陽が昇り、その存在の光を人類に与えています。(聖書の)美しい比喩によりますと、わたしたちの救い主が再び来られるのは、東方からなのです。」(cf.Mt.24,27)

◇グラハム・ハンコック

元「エコノミスト」誌の東アフリカ特派員。

「神々の指紋」出版にいたるいきさつ・・・・・・1513年に描かれた「ピリ・ノイスの世界地図」には、1818年に初めて発見された南極大陸の姿が詳細に描かれていた。しかも、1949年のスウェーデンとイギリスの南極大陸調査団によってはじめて明らかにされた、氷床の下の地形までもが正確に描かれていた。地図に描かれているクイーンモーランド地方が氷に覆われ始めた6000年前は、現在の歴史家が認めている最初の本格的な文明が発達する前。誰が、6000年以上も前に氷のない状態の大陸沿岸を英がいたのか。ピリ・ノイスによると、彼自身が地形を調査し、地図を作成したのではなく、たくさんの元になる地図(いくつかは紀元前4世紀か、それ以前に作成されたもの)だという。

1963年、ハプグリット教授は、海軍総督ピリ・レイスが使用した古い地図のいくつか、特に紀元前4世紀よりも前の地図は、さらに古い時代の地図を模写したものであり、この古い地図も、さらに古代の地図を元に作られたという。教授は、紀元前4000年よりも前に地球の詳細な地図が作成されていたことは反論の余地がないほど明らかだと断言。これらの地図を作成したのは、非常に高い技術レベルに達していた、まだ知られていない文明というのだ。ハプグッド教授の科学的研究に対しては、アインシュタインの熱烈な支持があったが、生涯を終えるまで、同時代の学者のほとんどから冷遇された。

ハンコックは、中南米各地の遺跡と、そこに伝わる伝説を調べるうちに、奇妙な「暗号」が浮かび上がってきた。

G「特に私はこれまで、世界中に存在する洪水神話が重要なことを示そうとしてきた。神話学の専門家によってくだされる間抜けた判断では知的に説明できないのだ。洪水神話と氷河期の終わりに起こった世界的なメルトダウンとして知られているものとの間には、驚くほどの相関関係が見られる。洪水神話はそれらの出来事の記憶を伝えているのだという私の見方を「証明する」ことはできない。だが同じように神話学者たちも、洪水神話は胎児が子宮で浮かんでいたという原型の現れだとするような見方を証明できない。彼らの言っていることは理論に過ぎない。私の見方も理論に過ぎない。どちらが正しいかは時間が語るだろう。」

G「その結論とは、人類史には忘れられた物語があるということだ。われわれは記憶喪失した種である。1万2000年以上昔、この惑星上には高度な科学文明が栄えていた。ところがこの文明は、氷河期に終末をもたらした巨大な地球規模の大洪水によって滅亡したのだ。ところが、残された手がかりから察すると、この高度文明の生き残りは、原始的な「旧石器」人たちのもとに入植して、自分たちの知識の光をこの世界に刻印しようと必死に努力を続けたのである(その入植地はアンデス山脈、中央アメリカ、そしてエジプトである。ことにエジプトではひじょうな成果を収めた)。いわば「神のごとき」これらの生存者たちによって伝えられた科学こそ、人類の神話的記憶にたびたび現れる、契約のアークのような不可解な「技術的」産物の数々をつくりだす鍵だったのではないか。」

G「20世紀後半の合理的知性の風土にあっては、最後の火の預言をまじめに取り扱うのは、時流にあわない。最後の日は迷信深い人々の作り事であり、無視してもまったく大丈夫だ、とほとんどの人は考えている。だがメキシコを旅行している最中、時々、古代の歴史物語には耳を傾ける必要があるのではないか、という直感の声がたびたび聞こえてきて悩まされた。つまり、ありそうもないことかもしれないが、物語を後世に伝えた人々が、これまで信じてきたような迷信深い野蛮人でなかったらどうなるのか? 彼らは、われわれの知らないことを知っていたのではないか? もっとはっきり言えば、第五の「太陽」の最後の日が正しかったらどうなるのか? 別の言葉で言うと、マヤの賢人が予言したように、恐ろしい地球の大災害が地球の内部の奥深くで始まっているのではないだろうか?」

G「太古の時代から受け継がれてきたいくつかの偉大な神話を見ると、人間は恐ろしい地球規模の大変動を、ありありと記憶しているようだ。これらの神話はどこからきたのか? なぜ、関係のない文化に生まれた物語の筋が、非常に似ているのか? なぜ、共通するシンボルに溢れているのか? なぜ、登場人物が似ており構想が同じなのか? もしもこれが「記憶」なら、神話が示唆する地球規模の災害の歴史的記録はどこにあるのだ? あるいは神話自体が歴史的記録なのか?」

G「有史以前とは何か? 忘れられた時代、記録が残っていない時代のことなのではないだろうか? 有史以前とは我々の先祖が生きていた時代ではあるが、すでに我々の記憶からは消えた霧に包まれた時代に違いない。」

G「考古学的証拠が示すところによれば、普通、人類社会においてはなにごとも年月を経て進歩していくが、古代エジプト文明もオルメク文明もいきなりすべての形態を備えて出現している。原始から高度に発展した社会への以降の期間はあまりにも短く、歴史として見ることができないのだ。数百年、あるは数千年かかるはずの技術的進化が、ほとんど一晩で起こってしまっており、先行するものが何も見つからない。(中略)驚異的なのは単純から洗練への進化の跡がまったく見られないことだ。同じことは、数学、医学、天文学、建築、そしてエジプトの驚くほど豊かで複雑極まりない宗教と神話のシステムにも言える。(中略)

初期のエジプト王朝の研究を専門とするジョン・アンソニー・ウェストはつぎのように言う。「複雑な文明がいきなり成熟した姿で出現したのはなぜか? 1905年に作られた自動車と現代の自動車を比べてみるといい。そこには明らかな「発展」の過程が見られる。だがエジプトではそうではなかった。最初からすべてが出来上がっていたのだ。この謎に対する答えはもちろん明白だ。だが、一般に流布している考えに反するため、あまり考慮されてこなかった。エジプトの文明は「発展」したのではない。遺産を受け継いだのだ」(中略)

ウォルター・エメリーはロンドン大学エジプト学の教授だが、以下のように問題を要約している。「キリストが生まれる3400年程前にエジプトでは大変化が起こった。新石器時代の部族文化から、いきなり見事に組織化された王朝時代に入った・・・同時に文字が現われ、巨大な建築物が築かれ、芸術と工芸が信じられないレベルに達した。それらはすべて華麗な文明が生み出したのものだ。これらが成就されたのは、比較的短期間のことであった。文字や建築技術の根本的変化の背後にはほとんど、あるいはまったくその発展の土台となるものが存在しないからだ」(中略)「第三者がすでに発展させていた高度な文明が、それぞれ別個にエジプトと、メソポタミア(シュメール文明)に伝えられたとすると、二つの文明の間に共通することがある反面、根本的な違いがあることがうまく説明できる。」(中略)

旧大陸と新大陸のいくつかの文化は、双方とも、遥か古代の第三者の影響を受け、知識という遺産を受け継いだのだ。」

G「いつか、本気になって、考古学者、文化人類学者、人類学者という恐るべき部族を、徹底的に取り調べるべきだろう。彼らはこれらのたくさんある地球を破壊した洪水伝説に見られる相似性を、いまだに偶然だとか、大げさに語られている、などとしており、歴史の証言としては不適切だと説明しているからだ。これは理窟に反する。なぜなら1万7000~7000年前までの1万年間に、2500平方キロ以上の地球の表面が水没しているからだ。大洪水は現実だったのだ。私たちの祖先はそれを経験している。だから彼らはその物語を語り、共通する記憶を後世に伝えていても、驚くことではない。この時代を水没地図や古代気候学などの科学で明らかにしていくべきだ。だが、当時のメルトダウンする世界がどんなものだったかを本当に知りたかったら、神話にも耳を傾けるべきだ。」

G「これまでに述べてきた地図の異常は、古代の地図製作と航海の科学の無言の証言だと思う・・・・・・ハイブラジル、インド、日本の地図。彼らは氷河期の後の氷床メルトダウンの時代に、世界を検索し、数千年にわたって、正確に地位図を書いてきたのだ。

失われた地理学があると推測しているが、その証拠は地図だけではない。時々述べているもう一つのポイントもここでは適切だ。それは世界中における計画的な建設で、巨石を使っていることが多い。その場所は特別かつ相対的な関係を持つ軽度にある。この本でも、エジプトのギザにある大ピラミッドと、南インドはティルヴァンナーマライの偉大な寺院アルナーチャラ、そして、カンボジアのアンコールワットの興味深い相対的な経度についてすべに述べた。(アルナーチャラは経度でギザの東に48度。アンコールはアルナーチャラの東に24度。48を2で割ると=24。48+24=72。5×72=360度)。これらの数字は、世界中の古代の神話に何度も登場する。これらの数字は天体的な現象である歳差運動の数字と関係があるが、偶然ではないかもしれない(歳差運動における移動の1度は、ほぼ72年ごとに起こる)。だが神話に連続して登場するすべての数字には他の共通点もある・・・・・・分母だ。すべての数字が3で割り切れるのだ。90=30×3。90度は円周(全体の四分の一)にとっても、幾何学(直角)にとっても、航海においても重要な数字に違いない。(中略)

つまり、ギザを基準の子午線として(グリニッジではなく)地球の地図上に「世界の座標軸」の線を描くと、それまでばらばらに存在しており、経度の面からも相互に関係がないと思われていた遺跡の、隠された関係がすぐに見えてくる。そのような座標軸で見ると、ティルヴァンナーマライは統計48度に位置し、アンコールは東経72度、サオパは東経90度に存在することになる。これらの数字はすべて古代の神話で重要で、天文学でも重要で(歳差運動の研究で)、3を基盤とするシステムで深く関連付けられている。そこで、ここで提唱する「呆れた仮説」は、最終氷河期の終わりの長い期間の間に、世界は何度も地図化されてきた、というものだ。地図の精度のレベルは18世紀の終わりになるまで、追いつけなかった。(中略)

それでは、オリジナルの航海者や建設者たちの文明の痕跡はどこで見つかるのか?

それで私たちは再び、海底の探索に戻ることになる。世界中のどこであれ、水没した構造物があり、現在の先史時代の考えと合わないなら、それが痕跡だ。」

 

 

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