(1)科学的・論理的根拠
最近明らかになった、1万年以上前に、高度な文明が地球上に存在したことを示唆する科学的・論理的な根拠。
- 1993年、スフィンクスは、地質学的調査の結果、1万年から1万5000年前に建造されたことが明らかになった。スフィンクスの隣にある巨石で造られた河岸神殿も同じ。
ギザの西の崖に岩に彫刻されたスフィンクスは、紀元前2500年頃、カフラー王によって建立されたと考えられてきたが、ライオンの身体には、頭を除いて、明らかに水による侵食の跡が残る。この規模の侵食を起こすためには莫大な雨量を必要が必要であり、エジプトにそのような気候があったのは紀元前1万年よりも前。とすると、スフィンクスは紀元前1万年よりも前に作られたに違いない。したがって大洪水の前には、エジプトには偉大な文明が存在していたのではないか。
- 1994年、エジプトのギザのピラミッド群は、1万2000年前の天体図となっていることがわかる。
第四王朝ピラミッドは、第三、第五、第六王朝のものとは建て方が違う。第三のものは使われている石が比較的小さく、5~6人で扱え、内部の構造はお粗末なもの。第五と第六のピラミッドはお粗末な造りで、完全に崩壊している。第四のものは素晴らしい造りで、何千年の歳月に耐え、現在に至るまでほぼ原形を保つ。
第四のギザのピラミッドは、オリオンの三つ星と驚くほどの精度で同じ配置に建てられている。ピラミッドのパターンは、空の星のパターンを正確に再現している。ギザ台地との完璧な一致は、紀元前1万450年。
- 1991年、エジプトのアビドス均衡の砂漠から12隻の海洋船が発見された。
これらの船が埋められたのは紀元前4000年の昔。だが、エジプト人たちは今も昔も航海民族ではない。
- 1993年、大ピラミッドの女王の間の南通気孔の先に部屋があることが、発見された。
1960年代、大ピラミッドの王の間の南側にある通気孔が、ピラミッド時代(紀元前2600年―前2400年)にオリオン座の三つ星に照準をあわせていたことが発見された。ピラミッド時代、女王の間の、外とはつながっていない南通気孔は、シリウスに向けられていた。
- 2世紀から16世紀に編纂された世界地図の多くに南極大陸が描かれていた。
だが、南極大陸が発見されたのは19世紀。最近、学問的に注目されている。
○考古学者の新たな風潮
古代の精神性や高度な芸術文化に対して、考古学者たちは以前よりも寛容になり、偏見是正を求める新たな風潮が生まれている。石器時代の人々は無知な野蛮人でも知性の低い野人でもなかったことを認め、公にもそう発言する機運も高まってきている。
しかし、未だにほぼ例外なく、1万7000年前の地球人類たちの社会経済は、一様に最終狩猟生活の段階にあり、最初の都市の建設はそれから7000年も前のことだったと決めつけている。したがって、彼らは、その間に何千万平方キロの大陸棚が海に沈み、地球の居住可能地域が完全に変わってしまった事実に興味を抱かない。
oケンブリッジ大学人類学者リチャード・ラジリー著「石器時代の失われた文明」(邦訳「石器時代の文明の驚異――人類史の謎を解く」河出書房新社刊)
「天界に関する伝達可能な知識の伝統が過去4万年以上、つまり、ほぼ旧石器時代後期のはじまりから存在していたことになる。これは、広く受け入れられている知識や科学にとって、非常に厄介なことだ・・・・・・一言でいうと、あまりに時期が早すぎて、ほとんどの人々には受け入れられない。」
オーストラリアの陸上遺跡の八口調査では、全世界的な天文学の伝統と聞いて連想されるような社会的基盤が存在した証拠は見つかっていない。だが、1万6000~7000年前にかけて大オーストラリアの300平方キロ以上が水没し、考古学調査はまったくと言っていいほど行われていない。
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