神・・・・・・唯一神ではなく、多数の霊的存在がある。
死後の世界・・・・・・輪廻――涅槃に至るまで、新しい肉体の中に入って無限の再生を続ける。人は死ぬと六道のうずれかに生まれ変わるとされ、どこに生まれるかはその人の前世での行いによって決まる。これを業と言う。
創始者・・・・・・ゴータマ・シッダルタ(悟りを得たのちは、ブッダ)。紀元前463~383年、紀元前566~486年ほか、諸説ある。
経典・・・・・・ブッダの教え
聖職者・・・・・・多数
(1)釈迦の生涯
- 生誕
幼名は、「ゴーダマ・シッダールタ(悉達多、悉達)」。
生誕は紀元前624年とされるが、諸説あり、元前5世紀頃(前566~483とも)される。古代インド(天竺)(ネパールのタラーイ地方)のシャーキヤ(釈迦)族のゴータマ家が統治する小さな王国の王子として、シュツドダーナ(浄飯王)と妃マーヤ(摩耶夫人)の間に生まれた。
夫人は、釈迦はこの世に生を受ける以前、兜卒天で菩薩として修行していたが、六牙の白象に姿を変えて地上に降下し、カピラバストゥ(迦毘羅衛国)の場内で寝ていた夫人の右脇腹から体内に入ったという夢を見る。また、その夢を夫も見ていたという。
※ 「兜卒天」・・・・・・六欲天の第四。仏となるべき最後の修行の場。
実家のある故郷に夫人が帰る途中、ルンビニ園(藍毘尼園)の無憂樹の下で、その木の枝に手を差し伸べたとき、夫人の右脇腹から釈迦が誕生した。釈迦は誕生するや、十方にそれぞれ七歩ずつ進み、偈頌を述べ、そのとき、「天上天下 唯我独尊(この世で自分より尊い者はいない)」と唱えたとされる。摩耶夫人は、釈迦を生むと7日後に亡くなった。
※ 「涅槃」・・・・・・智慧を磨き、修行を積み、煩悩や執着を断って、悟りに到達した最高の境地。
- 妻子を捨てて修行生活に
釈迦族はアーリア人ではなかったが、釈迦は、少年期までは『ヴェーダ』を学習するアーリア的な生活を営み、王子として恵まれた環境で育てられて、16歳で結婚。一子をもうけた。
o四門出遊
ある日、城の外に出た釈迦は、東門で老人に会って老いの苦しみを知り、南門で病人に会って病の苦しみを知り、西門で死人を見て死の恐ろしさを知り、北門で修行者に会った。それ以後、人間の生きることの苦しみや己の人生の目的について思い悩むようになった釈迦は、29歳で突然、妻子と父母を捨てて出家。修行者を師として修行生活に入る。
- 仏陀となる
6年間、修行を続けたが、その修業は苦行ばかりで解脱の境地に至らないことを悟った釈迦は、師を離れ、ガヤーの山林の菩提樹の下でひとり瞑想に耽った。そして、21日目の夜明けに突然、悟りを得たシッダルータは、35歳にして仏陀となる。仏教ではこのことを大いなる悟りを得たとして、「大悟」と呼ぶ。
※ 仏陀・・・・・・「悟った人(覚者)」を意味する言葉
その後、釈迦はサールナートを手始めに、インドの各地を回って教えを説き、80歳の時、クシナガラで入滅(死亡)した。釈迦にゆかりのあるサールナート、ルンビニー、ブッダガヤー、クシナガラは、その後、仏教との聖地となる。
(2)仏陀
釈迦は梵語「シャーキヤ」を音写したもの。釈尊とは、釈迦牟尼世尊の略。釈迦牟尼とは釈迦俗出身の聖者のことで、世尊とは仏のこと。
悟りを開いて覚者(仏陀)となったので、その後を固有名詞化して仏陀(=仏)と呼ばれる。
また、真理に到達した者、悟りを開いた者を意味する梵語「タターガタ」を訳した「如来」の名号もあり、釈迦如来(釈迦仏、釈尊とも)と尊称される。
仏教成立当初、如来になったのは釈迦牟尼一人だったが、初期仏教経典の中では、釈迦以前にも悟りを開いた者が釈迦を含めて7人(過去七仏)おり、釈迦入滅後に現われる未来仏としての弥勒如来(弥勒仏)もいるとされる。
※ 過去七仏・・・・・・毘婆尸、巳棄、毘舎浮、拘留孫、拘那含牟尼、迦葉、釈迦牟尼。
のちの大乗仏教では、東方瑠璃光世界の教主である薬師如来や、西方極楽浄土の教主である阿弥陀如来、仏教世界全体を包括する広大な毘盧遮那如来なども考え出された。
密教では、一切の仏・菩薩(悟りを得た者と、それを求め修行する者)の根源であり、あらゆる徳を供えた大日如来も生み出される。
(3)釈迦の過去世(かこぜ)
釈迦は、過去世(前世)において、さまざまな境遇に輪廻転生して生まれ変わり菩薩の修行をしていたとされ、これら一連の釈迦の前世譚を「ジャータカ(本生譚、本生経)」と言う。素材の多くは、古代インドの伝説や民間説話。
話の根底には、因果応報と輪廻転生の思想があり、成道以前の釈迦が菩薩行(悟りに至る修行)を遂行している姿で登場する。
① インドの巳毘王が鷹に、鳩の替わりにわが身の肉を取れと言った話。鷹は帝釈天(ここではインド神話の神)だった。
② インドの国王の3人の王子、末弟の摩訶薩埵が、7匹の子連れで、飢えて死にそうな母虎にわが身を与えた話。
法隆寺の玉虫厨子の須弥座側面に、「捨身飼虎図(しゃしんしこず)」と呼ばれて異時同図法で描き出される。もう一つの側面には、「施身聞偈図」が描かれている。
③ 仏道を求めて修行するインドの雪山童子は、恐ろしい羅刹(悪鬼)に、わが身を与えるから、唱えていた偈頌(仏教の教理や仏徳を賛嘆する詩句)を教えてほしいと頼んだという話。羅刹は帝釈天だった。
(4)人生の「苦」がなくなるには
- 「苦」と「縁起」
o「苦」
釈迦は、人が生きるということは「苦」そのものであると説いた。
「苦」とは、何か。まず、生・老・病・死の「四苦」。これに、怨憎会苦(=嫌いな人と一緒になる苦)、愛別離苦(=愛する人と別れる苦)、求不得苦(=求めても得られない苦)、五陰盛苦(=欲望に執着して生きる苦)の4つを加えて、「八苦」。人生とは「四苦八苦」であるとする。
o「縁起」
菩提樹の下での悟りの中心が、「縁起」。縁起とは「物事は互いに関係しあって因果のうちに存在している」という意味。釈迦は「苦」の原因は「縁起」にあると説いた。
そして、人間は「無明(無知)」である故に迷い、その迷いがあるから愛憎の念をもち、執着して苦しむと考えた。
- 「四諦」と「八正道」
もし、人が「無明」である状態から逃れることができれば、苦悩もなくなるとして、「四諦」(したい)(=4つの真理)を知った上で、「八正道」(=8つの正しい方法)を行えば、無明の状態から逃れて、「苦」もなくなると説く。
o「四諦」
菩提樹の下の瞑想で、ゴータマは「四諦」という4つの真理を学んだ。それは、生はすべて苦しみであること、苦しみの原因は欲望であること、欲望の終わりは苦しみの終わりとなること、欲望は八正道によって押さえ得ること。
①苦諦・・・・・・この世の一切は苦であるという認識。(自分の思い通りにはならないと認識する)
②集諦・・・・・・苦の原因は執着や欲望。
③減諦・・・・・・苦の原因である煩悩を取り除けば、苦も消滅し、悟りの境地に至る。
④道諦・・・・・・苦の原因を取り除くためには、8つの正しい方法を行わなくてはならない。
o「八正道」
実践的に説かれる「八正道」は、日常倫理と宗教倫理の一致を目指した教説として、後の大乗仏教にも受け継がれた。8本のスポークをもつ車輪は、八正道のシンボルで、いかにして苦しみを脱して悟りを得るかについての仏陀の教えを要約したもの。8つの徳目とは、正しい思考、正しい理解、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい思念、正しい瞑想。
八正道は、快楽のために生きることも、過度の自己否定も避けるもので、中道ともいう。
①正見・・・・・・物事をありのままに見て、正しい見解を持つこと。
②正思惟・・・・・・物事の道理を正しく考えること。
③正語・・・・・・嘘のない正しい言葉で語ること。
④正業・・・・・・常に正しい行いをすること。
⑤正命・・・・・・正しく清らかな生活を送ること。
⑥正精進・・・・・・正しい目的に向かって努力すること
⑦正念・・・・・・邪念を持たず、正しい道を思念すること。
⑧正定・・・・・・精神を集中し、心を安定にすること
(5)釈迦の教えの根本理念
釈迦はこれらの教えの根底として、この世を動かしている3つの原理「三法印」を説き明かす。釈迦の死後、こうした釈迦の教えを弟子たちが「結集」として多数の経典にまとめ、今日の仏教の基となる原始仏教がつくられた。
①諸行無常・・・・・・人はやがて老い、必ず死ぬ(この世に常なるものはなく、万物は流転する)
②諸法無我・・・・・・物事はすべて原因と条件により現れる。すなわち「縁起」こそが宇宙の森羅万象の性格であり、永続すべき実体はない。
③涅槃寂静・・・・・・この動かしがたい真理を前にしては、人間の孝も不幸も、成功も失敗も、すべて因縁であり、その理をわきまえずして苦しむのは「我執」である。我執を克服すれば、平安なる境地が得られる。
(6)バラモン教の「因果応報」と「輪廻転生」
仏教の教えだと誤解されている因果応報、輪廻転生という考え方は、実はそれ以前の古代インドのバラモン教からきたもの。
o「因果応報」・・・・・・心身のあらゆる活動や行動を、「業」(梵語カールマの訳語)を因として相当の果報がもたらされるとする。
o「輪廻転生」・・・・・・あらゆる生命も因果応報によって生死を繰り返し、三界、あるいは六道を再現なく流転しつづけること。輪廻転生から抜け出て悟りに至ること(成道)を解脱という。
(7)仏教の「戒律」――在家と出家での違い
「戒律」の、「戒」は「シーラ」の訳で、仏教徒が守るべき心がけのこと。「律」は「ヴィヤナ」の訳で、「戒」の由来や解釈、運用法を記した聖典のこと。
大乗仏教は、戒律に寛大。上座部仏教は、厳格(タイ仏教には227もの戒)とされているが、在家の仏教徒も守るべき基本的な行動規範とされる「五戒」は共通。
- 五戒
上座部仏教では、「五戒」に、「三戒」(無用に着飾ることや歌舞の鑑賞を慎む、ベッドを使わず床で寝る、昼を過ぎたら食事をしない)を加えて、「八斎戒」とする。
・不殺生戒・・・・・いかなる生き物も殺してはいけない。傷つけてもいけない。
・不楡盗戒・・・・・・他人の所有物を盗んではいけない。
・不邪淫戒・・・・・・淫らなセックスをしてはいけない。
・不妄語戒・・・・・・どんな嘘もついてはならない。
・不飲酒戒・・・・・・酒を飲んではいけない。
- 五戒を破ると
「持戒」とは、戒律を守って生活すること。しかし、「五戒」を守ることは難しい。蚊に刺されたら、つい殺生も犯してしまう。
釈迦の言いたいことは、戒律を守ることが目的ではなく、習慣化することでよりよい智慧を持とうということにあり、五戒を破っても罰はない。
ユダヤ教やイスラム教の戒律と、仏教の戒律は全く違う。仏教の「戒」は習慣を意味していて、「~をしない習慣を身につけよう」という、努力目標のようなもの。
嘘をついたとき、その人は「教えに背いて申し訳ない」とじくじたる思いで、仏の前で懺悔する。その懺悔の気持ちをいつまでも持ちつづけることが、在家信者の「戒」。
o出家者にはより厳しい「戒」
出家者(僧門に入った者)の戒は、やや厳しくなる。身に付けるべき習慣と考えられている点は在家者と同じだが、在家者の模範となる立場にある出家者には、戒も細部にわたって設けられている。その一例が、食事の規定。僧は肉食を禁じられ、精進料理を食べるのが慣行とされている。しかし、法として定められているわけではない。
o初期仏教の「戒」
教団が成立し、寺院での集団生活が始まると、戒に対する懲罰的要素が強くなった。
戒を犯した僧は、大勢の仲間を前にして懺悔させられる。殺人、盗み、自慰などの淫らな性的行為、悟りを開いていないのに悟ったという嘘――これら4つの罪は、いちばん重い罪である「波羅夷罪」とされ、教団から追放された。
出家主義の上座部仏教圏の諸国では、いまでもこうした戒を忠実に守ることが求められている。
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