2.仏教の分類――三つの標準

「仏教要語の基礎知識」水野弘元著、春秋社

――仏教理解の難解さ――

 o付加の問題

2500年の仏教の歩みの中で、様々な教理や学説が付加され、不純な夾雑物まで入り込んで、釈尊時代の仏教よりも極めて複雑多岐となっている。

 o言語の問題

われわれは仏教的に漢訳仏典を通して仏教を理解しているが、漢訳の仏教語は今日の日本の日常語と違ったものが少なくない。同一のインド語からの漢訳語にしても、古代に訳された古代語、次に訳された旧約語、唐代以後の新訳語と、幾通りもの訳語がある。それが、さらに発音によって訳された音訳語、意味によって訳された義訳語があり、極めて複雑になっている。さらに、多種の言語が同一漢字で訳されているため混乱を招く場合もある。

 o体験を表現する難しさ

仏教は、一般の学問のように単なる知識の面だけでなく、信仰や実践という体験とか悟りといった面が最後の目的として重視されている。体験や悟りの境地は、俗に冷煖自知といわれるように、その体験を持つ者でなければ判らない。理論的理解でも、そこに体験が要求される。特に体験を表現した理論になると、何らかの体験をもたない者には充分に理解できない。

いかにやさしい言葉で表現しても、体験のない者には理解されない。仏教の経典などを平易な言葉に訳すだけでは不充分な理由はそこにある。同一用語でも、低い立場や高い立場に使用され、同一語でも場合によっては、その概念内容に雲泥の相違があることがある。

般若心経の「色即是空、空即是色」――空の意味にも種々のものがあり、これを正しく把握することが必要。両者の色(しき)は同一文字だが、前者の場合は通俗的な色、後者の場合は空を理解体得した高い悟りの境地から見られた色であり、両者は決して同視されてはならない。

 o説法の態度

仏が人々に法を説く場合、相手の智慧経験の高下深浅によって、同じ教理を示すにしても説き方を違えられた。四悉檀(しつだん)は、この意味における仏の説法の態度を示すもの。

※ 四悉檀・・・・・・世界悉檀、各各為人(かくかくいにん)悉檀、対治(たいじ)悉檀、第一義悉檀。

世界悉檀とは、世間一般の立場で説かれる通俗的説法。各各為人悉檀とは、各自の性格能力に応じて、それに適した説法をされること。対治悉檀とは、心の病としての煩悩の対治するために、それに応じた説法をされること。相手に対応して法が説かれるため、その説法には相互に反対矛盾するようなものが少なくない。第一義悉檀とは、このような方便施設を用いず、高い智慧や能力のある者に対して、仏法の第一義的な真実義をそのままに説かれること。

(1)二乗または三乗によるもの

乗は乗り物の意。仏教は人々を迷いの彼岸から悟りの彼岸に渡す乗り物なので、仏教を乗り物に喩えて乗という。

二種に分けて二乗、または三種に分けて三乗とする。

二乗とは「小乗と大乗」(声聞乗と菩薩乗)。

三乗とは「声聞乗、縁覚乗(えんがくじょう)、仏乗」の三つ。二乗の小乗を声聞乗と縁覚乗の二つに開き、大乗を仏乗としている。

  1. 小乗仏教

小乗とは劣乗ともいい、小さな乗物、劣った乗物の意味。自分だけの完成や救済を目的とする自利(じり)の教えであるから、小乗という。声聞乗とも言われるのは、小乗仏教では仏の教えを聞くことによってはじめて悟りが得られるとするため。声聞とは弟子のこと。

原始仏教や根本仏教と言われる初期の仏教は小乗仏教とすべきではない。

――部派仏教――

1.阿羅漢となることを目的とする声聞思想(声聞乗)

2.業報輪廻の苦を離れようとする他律主義(業報思想)

3.自分だけの完成や離脱のために修養努力する自利主義(小乗)

4.聖典の言句に拘泥執着する()の態度(有)

5.理論的学問的傾向が多く、その理論には、実践と無関係のものもある。(理論的)

6.出家専門的であるにかかわらず、その境地は世俗的な低いもの(低俗の出家仏教)

  1. 大乗仏教

大乗は、大きな乗物、勝れた乗物の意味。小乗仏教のように自利だけでなく、自利と利他の両方をなすのが大乗仏教。

自ら完成し救われるだけでなく、他の人々をも広く救済し完成されることを任務とする自覚覚他(自らさとり他をさとらせる)の教え。その理想は自覚覚他が完成した仏陀となることであり、大乗のことを菩薩乗、仏乗ともいう。

――初期大乗仏教――

1.仏陀となることを目的とする菩薩思想(菩薩業)

2.成仏の願行のために自ら願って悪趣におもむく自立主義(願行思想)

3.一切衆生を救済し、社会全体を浄化向上させる利他主義(大乗)

4.般若の智慧による無我無執着の(くう)の態度(空)

5.理論や学問よりも信仰実践を重視する。その理論は空理でなく、実践の基礎としてのもの(実践的)

6.在家大衆的であるにかかわらず、その境地や第一義的な高いもの(勝義の在家仏教)

  1. 大乗と小乗の相違

声聞の教えは自己を完成するために、四諦八正道をもって根本学説とする。四諦八正道が得られれば、自己の人格が完成すると共に、それはやがて他の人々のために活躍することにもなる。声聞として最高の悟りを得た阿羅漢は、必ずしも自利一辺倒の独善者ではなく、世の人々を教化救済するとされるのはそれであり、この点で、阿羅漢は世間と没交渉な独善者ではなく、声聞が自利のみであるとしたのは、大乗の側からの不当な批難。

ただ、原始仏教の後、仏滅100余年以後から成立した部派(小乗)仏教は、大乗仏教運動が起こったころ形骸化し、世人を指導強化するという仏教本来の宗教性を失っていた。そのため、仏教を釈尊の真精神に復帰させようとして、仏滅後400年の頃から、大乗仏教が唱道された。

自己の人格完成のためには四諦や八正道の教えで充分だが、大乗仏教ではこれに満足せず、菩薩の修行法としては八正道を採用することなく、六波羅蜜を独自の修行法として説いた。八正道は自己完成のための項目だけを含んでいるから、利他のためには充分ではなく、布施や忍辱のような対社会的項目を含んでいる六波羅蜜が菩薩の修行法としてはふさわしいとされた。

六波羅蜜の修行法では、布施を最初において、社会のすべての人々が相互扶助的な布施事前を行うことが大乗仏教においては最も必要であるとした。大乗が自分の教えは多くの人々を救済する大きな乗物であり、部派仏教は自分一個の修養や完成を目指す小さな乗物であるとしたのはこのため。

小乗・声聞乗という名称は、大乗仏教の側から部派仏教に対して軽蔑の意味で命名されたもので、部派仏教自身が自らをそう呼ぶことはない。

大乗も、中期以降になると、哲学理論が重視され、理論的専門的なものとなった。

小乗仏教は、僧侶の瞑想の生活を重視し、その教えは一般に「人間は本質的に自立した存在であって、自らの努力によってのみ涅槃に達することができる」と考える。大乗仏教では、「人間は自立したものではなく、互いに助け合わなければならない」と考える。ブッダや菩薩たちなどから助けを受けることもでき、信仰と信心を中心として、すべての人が解脱を得ることができるとする。

 ①八正道と六波羅蜜の異同

 

六波羅蜜には八正道のすべて以外に、八正道にない布施と忍辱が含まれている。この二つだけは対社会的なものであって、利他的な大乗の特質を示している。

波羅蜜は六波羅多とも音訳され、義訳して、度、度無極、到彼岸などともいう。古来、中国や日本での波羅蜜の解釈は、波羅蜜の修行によって生死輪廻の此岸から、菩薩涅槃の彼岸の理想世界に達することができるという意味だった。しかし、波羅蜜は本来、最上であることの意味となり、古い漢訳の度無極に近い。つまり、完全なる布施乃至智慧を六波羅蜜という。般若波羅蜜が、「智慧の完成」と英訳されるのはそのため。

 ②有と空

釈尊は当時の外教で問題としていた「何があるか」というような実体の有無(存在論)によっては人生問題は決して解決できないとして、これを問題とすることを禁じた。仏教で問題とすべきことは、本体ではなくて、われわれの周囲に生滅変化している現象である。その現象が「いかにあるか」(状態)、それをわれわれは「いかにすべきか」「いかに対処すべきか」(態度)ということを唯一の問題とすべきであるとする。これを縁起説という。四諦八正道や十二縁起などの仏教の基本学説はすべてこの立場のもの。

ところが、部派仏教は、有(存在)についての議論をするようになった。それは仏教本来の立場を逸脱したものであるとして、大乗の人たちは、釈尊の正しい立場に復帰すべく、「いかにあるか」「いかにあるべきか」という般若の空を強調し、正しい縁起説を復活させた。部派仏教はアビダルマという綿密な教学を研究したが、それは釈尊が取り扱うことを禁ぜられた有(存在)についてのものが多かった。

※ アビダルマ・・・・・・論とか対法とか義訳される。「法に対するもの」の意味で、経典に対する説明・註釈・研究などを対法、すなわちアビダルマという。阿含経(ダルマ)に説かれている語句を定義説明したり、教理学説を分類整理組織したりするような哲学的(神学的)研究をなすもの。部派時代になってから発達成立し、各部派はアビダルマ文献としての論蔵を作製し伝持した。

 ③理論的と実践的

部派仏教は、存在論などについて詳細な理論的研究をなし、部派相互の間でも議論を戦わせたが、実践に関係のない議論のための議論が多く、かえって実践修行や宗教活動の面を疎かにした。

大乗ではこのような弊害を矯正しようとして、いたずらな理論よりも信仰や実践を強調した。また、理論を説くにしても、原始仏教と同じく、実践の基礎となるかぎりでの理論に過ぎなかった。

 ④低俗の出家仏教と、勝義の在家仏教

部派仏教では、アビダルマによる学問理論の研究を綿密に行ったが、一般民衆には理解できないような専門的で難解なものがあり、しかも民衆の信仰実践には必要のないものだった。このように部派仏教では、指導的立場の人々は寺院に篭って専門的な教理研究には没頭したが、これは仏教の宗教としての活動を妨げ、仏教を衰退させる原因となった。

この欠陥を痛感した大乗の人たちは、すべての人に受け入れられるやさしい信仰実践の道を説いた。菩薩の修行法として説かれる六波羅蜜はそれであり、この中でも最初に説かれる布施は、在家の一般の人々が容易に行うことのできるもの。大乗の教えでは、在家生活における日常のあらゆる行為が仏教の第一義的な教えにかなったものであり、生活の場がそのまま仏道修行の道場となるように説かれた。

  1. 縁覚乗(三乗の一つ)

縁覚は、他の教えを聞いて悟る声聞と違い、他からの教えによらず、自ら縁起の道理を観察することによって悟りを開くとされる。また、他を救済する仏陀と違って、自分だけの悟りを目的とし、山林に隠遁して世を離れ、世の人々を指導救済することをしない独善者であるとされる。

※ 縁覚思想・・・・・・釈尊が菩提樹下において縁起の道理を観察して、正覚を成じて仏陀となった後に、数週間は禅定思惟を続けて、成道の楽を享受していた。その時の釈尊は、自分の悟った縁起の道理は極めて難解なものなので、これを世人に説いてもおそらく理解されえないであろうと、説くことを断念し、このまま隠遁してしまおうかと考えられた。

しかし、やがて梵天という神が仏の前に現れて、もし釈尊が法を説かないならば世の人々はますますし堕落して苦悩を重ねるだろう。仏の説法は難解であっても、説き方を工夫すれば理解する者もあるだろうから、ぜひ説法してくださいと懇願した。仏は梵天の勧請に従って説法の決意をされ、そこから釈尊の伝道教化の活動が始められる。

このときの仏はもはや縁覚ではなく、正等覚者としての仏陀。

原始経典の中にも縁覚について説かれており、縁覚の思想は仏教以前から存在していた。仏教の歴史の上では、縁覚は実際には存在しないし、縁覚独自の教えというものもない。故に、三乗の教えとして区別を立てるべきではなく、四諦八正道も十二縁起も六波羅蜜も、すべて仏教の基本的な教理学説。

(2)原始仏教・部派仏教・大乗仏教とするもの

教理展開の時代的区分によって、原始仏教、部派仏教、大乗仏教とする。

  1. 原始仏教

釈尊の在世時代から、仏滅後100年頃までの初期仏教を指す。その間は仏教教団には分裂や分派がなく、すべては一体となって原初の姿を伝えていた。

この初期仏教をさらに二分して、前半を根本仏教、後半を狭義の原始仏教とする説もある。根本仏教とは、もっとも純粋でもっとも根本的な釈尊の教えを意味し、釈尊在世から仏の直弟子たちが生存していたと考えられる仏滅30年後の頃までの仏教を指す。

  1. 部派仏教

仏滅後100余年、教団の中に戒律や教理の解釈などにおいて異説を生じ、保守派と革新派の間に意見の対立が現れるようになった。最初の対立や分裂は、仏滅後100年の頃に起こったとされる。

革新派は大衆部(だいしゅぶ)と称し、保守派は上座部(じょうざぶ)(小乗)といわれて、伝統を形式的に保持した。教団内ではさらに細部の点において意見の相違を生じ、また仏教が次第にインド諸地方に発展普及すると、諸地方相互の間の教団の連絡や関係が断たれて、各地方の教団が独立したりする。根本の二部派の間にそれぞれ分派活動があり、次第に細分裂していき、2~300年後には、十八部または二十部と言われる諸部派が成立することになった。このように分裂した諸部派の仏教を部派仏教という。

  • 部派仏教の聖典「三蔵」

各部派は、根本聖典として、仏の説法を集めた阿含経という「経蔵」と、教団の生活規定を集録した「律蔵」と、哲学書としての「論蔵」との三蔵を保持するようになった。経蔵と律蔵にもそれぞれの部派の特徴は見られるが、これは原始仏教時代から伝えられたもので、そこに多少の類似点は見られるとしても部派的色彩が濃く、むしろ相違点のほうが多い。経蔵と律蔵には釈尊の説が含まれるが、論蔵は後の時代の成立で、形式的な煩瑣な哲学理論を取り扱い、一般の仏教信者には必要のないもの。

  1. 大乗仏教

大乗仏教は、部派仏教が形式化し学問化して、仏教本来の宗教活動を怠ったために、仏教を仏教本来の姿に復帰させる運動として、西紀前1世紀頃から起こった新しい仏教。

この新仏教では、従来の部派仏教を小乗とか声聞乗といって軽蔑排斥し、部派の三蔵聖典とは異なった、独自の正典「大乗経典」を仏説の名において作製した。釈尊がこの時代に法を説いたとすればこのように説かれるに相違ないと、彼らによれば、これが真実の仏法であって、そこに説かれていることは部派が伝える聖典よりも釈尊の真精神を発揮しているとの信念に立っていた。

  • 大乗非仏説

部派仏教は、新しい大乗経典を悪魔の説であって、仏説ではないと批難する。

しかし、仏説とは何か。歴史上の釈尊の説法そのものだけを仏説とすれば、原始経典としての阿含経の中にも仏弟子らの説いたものがあり、それらは非仏説である。また、仏説とされる阿含経が現在の形をとったのは仏滅後数百年の後で、その間記憶によって伝えられていた。だから、意識的、無意識的改変が加えられ、決してそれは仏の説法そのものではない。したがって、厳密に言えば、原始経典でも仏説そのものではない。

今日では、仏陀の真精神を伝え、仏教の法を正しく説いているものは仏説と見て差し支えないとしている。

(3)南方仏教・北方仏教によるもの

地域的に区分して、南方仏教と北方仏教の二つとすることもある。しかし、この分類や名称は便宜的のもので、主としてインド本土から南方に伝わったものを南方仏教(南伝仏教)といい、北方に進んでいったものを北方仏教(北伝仏教)という。

また、現在の地理的位置から見て、南方仏教は北方仏教よりも南方にあるから、そう呼んでいるともいえる。しかし、北方仏教に属するものが、昔はジャワ、スマトラなどの難解地方に行われていたこともあるから、その流行地域の位置によって南北仏教を命名することには不適当な場合がある。

  1. 南方仏教(南伝仏教、上座部仏教)

小乗部派仏教の一派。セイロン、ビルマ、タイ、ラオスなどの南方地域で行われている仏教で、南伝仏教とも言われ、上座部仏教とかパーリ仏教とかの名称でも呼ばれる。パーリ仏教とは、この仏教がパーリ語という一種の古いインド語で書かれた三蔵聖典を伝えているから。

この仏教は西紀3世紀にインドを統治し、仏教を信奉して、インド全域だけでなく、当時知られていた全世界に仏教を伝えたアショーカ王のときに、セイロン島に伝えられた。

明治以後、西洋の文物が日本に輸入されると共に、南方仏教も日本の仏教学者によって研究されるようになった。

  1. 北方仏教(北伝仏教)

西北インドから中央アジアに伝えられた仏教、または南方の海路を通じて中国に伝わった仏教、中国から朝鮮半島、日本へと伝えられた仏教、ベトナムの仏教、それにインド本土から直接にチベットに伝えられた仏教を、北方仏教または北伝仏教と呼ぶ。

翻訳された仏典としては、小乗諸部派の聖典もあるが、大乗に属するものが多い。ことに、実際に信奉された生きた仏教としては、すべて大乗仏教のみであり、小乗は有害無益であるとして排斥されたから、北方仏教は大乗仏教であるということもできる。

  • 中国仏教

中国には西紀1世紀の頃から伝えられた。経典の翻訳も2世紀以来1000余年にわたって続けられてきたため、漢訳聖典の数量は莫大なものなった。

  • チベット仏教

7世紀頃から直接インドから輸入されはじめたが、経典の翻訳はその後13世紀まで続いた。チベット訳の仏典は、漢訳に次ぐ尨大なもので、漢訳に見られない中期や後期の大乗経典や論書などが含まれている。

(4)主として日本仏教で唱えられた、顕教(けんきょう)・密教によるもの、自力(じりき)教・他力(たりき)教によるものなど

顕教・密教の分類は、弘法大師空海の真言密教などで説かれている分類。仏教の真実義は仏の自内証の秘密に属するから、これを言語に表現することができないとして密教と言い、密教以外の言詮されている仏教を顕教とした。

自力教・他力教の分類は親鸞などの浄土教の説であって、阿弥陀仏に絶対帰依信奉する往生浄土の教えが他力教であるのに対し、自己の精進努力によって完成をはかる聖道文(しょうどうもん)の教えを自力教としている。

 

 

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