高天原(たかあまはら)に神留(かみづま)り坐(ま)す皇親(すめらがむつ)神漏岐神漏美(かむろぎかむろみ)の命(みこと)以(も)ちて八百萬神等(やおよろずのかみたち)を神集(かむつど)へに集(つど)へ賜(たま)ひ神議(かむはか)りに議(はか)り賜(たま)ひて我(あ)が皇御孫命(すめみまのみこと)は豊葦原(とよあしはら)の水穂国(みずほのくに)を安国(やすくに)と平(たいら)けく知(し)ろし食(め)せと事依(ことよ)さし奉(まつり)りき
(※ 秀明教会 会主・小山美秀子先生は「かみ」と発音されたが、現御明集では「かむ」と表記されている。四十二年教祖祭より、「かむ」と発音するようにという三代教主の指示で変更された。)
『高天原に神留り坐す』
〝高天原〟というのは――ご入信の時に皆さん方も充分に先生からお聞きだと思いますが、われわれ、このお道に入れていただきますまでは、タカマガハラというふうに発音していたと思います。そのほうが本当は素直でございます。言いやすいわけでございますが、本教は教祖明主様が強く仰せくださいまして、必ずアマと発音するようにしております。ご存知ですね。タカアマハラと申します。もし万一、今日おいでになってらっしゃる方の中で、普通言っておりますように「祝詞」も「神言」もタカマガハラとおっしゃっておりましたら、ここでご訂正願いたいです。タカマガハラのほうが発音はしやすいわけですけれども、曲がっちゃう、枉(まが)の神様の働きになる。夜の世界でございますとタカマガハラでもいいわけですが、昼間の世界になりまして、正しい神様がおあらわれになったという意味で、はっきりと、タカアマハラと発音いたします。
これは御(ご)教書をお読みになっている方はおわかりだと思いますが、霊界の第一天国でございますから、当然、天照大神の主催し給う神界ということに本教ではなるわけでございます。そこに〝神留り坐す〟、神々様が霊界の第一天国にお鎮まりになって。〝神留り坐す〟というのは、ただそこにおいでになるということだけではなく、そこにおいでになって地上をご照覧(しょうらん)あそばしておいでになるという意味がございます。
『皇親神漏岐神漏美の命以ちて』
〝皇(すめら)〟というのは、(長い間、黒板にお書きになっている)〝皇(すめら)〟という言葉は、統(す)べ知らすということなんです。統治(とうぢ)あそばすという意味が含んでおります。そして皇とは、清(す)む。水が清むとか空気が清む、きれいという言葉や、大きな、立派な、神聖とかいう意味が皇という字に含まれております。そういう語源でございます。
この「神言祝詞」には、皇(すめら)という字と、親しむという字を書いて、スメラガムツとふり仮名がついておりますね。だけども、この「神言祝詞」の皇親という字は、こう書いても、スメラガムツと読みます。こう書いてある「神言祝詞」もありますし、これが一番古いわけです。皇睦でスメラガムツと読んでいた時代もございます。それから、皇吾睦(スメラ・アガガムツ)と書いて、スメラガムツと読んでいた時代もございます。同じことでございます。教団では、この字(皇親)を取り上げています。そして親しみ睦み合うという意味が、皇親という言葉の中に入っております。で、統治するという意味になる。
〝神漏岐神漏美命〟という言葉を「神言」で初めてお聞きになった方も多いと思いますが、天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)、これを神道でご主神と申しております。私たちで申しますれば、大光明如来様のことでございます。その天御中主命、その一柱から男女の神々をお産み出しになりました。高皇産霊命(たかみむすびのみこと)神皇産霊命(かみむすびのみこと)、神漏岐神漏美命(かむろぎかむろみのみこと)、伊邪那岐伊邪那美命(いざなぎいざなみのみこと)というふうに経てくるわけでございますが、この神漏岐神漏美の岐(ぎ)と美(み)は男女の神様のことを表すわけでございます。岐とは男の神様のことでございます。美とは女の神様でございます。ですから、男女二柱の元の親神様の〝命以ちて〟、ご命令に従って、お言葉によってとかいう意味です。
『八百萬神等を』
大勢の神々様方を、
『神集へに集へ賜ひ』
一度ではありません、何度も何度もお集まりになりまして、
『神議りに議り賜ひて』
〝神議り〟とは、審定(しんてい)会議のことでございます。何度も何度もお集まりになり、また何辺も会議をお開きになって、
『我が皇御孫命は』
皇室の、天皇のお孫様に当たる方はという意味ですね。神道の非常に盛んになった明治時分の、そういうことから「神言」は流れてきておりますので、当然そういう解釈になるわけです。
『豊葦原の水穂国を』
〝豊葦原〟の豊(とよ)というのは、豊かという意味です。葦が非常に繁っている原という意味ですが、この葦というのは、悪(あく)という字を引っかけております。言葉通りに解釈いたしますと豊かに葦の繁っている原ですけれども、その言葉の裏は、悪の蔓延(はびこ)っているこの地上をということでございます。
水穂国というのは、瑞々しく稲の穂が生い茂っている国という意味で、天(あめ)、つまり天(てん)に対しての地上のことを言います。実り豊かな秋の取り入れ前の農業の盛んな国という意味と、もう一つ、それの裏には物質的に豊かな国という意味になります。火と水に分けると、火が霊で水が体とおっしゃるように、水というのは物質を指すわけでございます。
『安国と平けく知ろし食せと』
それを〝安国と〟。浦安(うらやす)の国と申しますか、心安らかな。ただ平穏なという意味だけでなくて、精神的にも平和、あらゆる面で平和な国に〝知ろし食せ〟と。統べ知らせる、治めてこいと、
『事依さし奉りき』
仰せになりました、委任されましたという意味です。
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