国万造主大神[国常立大神]三千年の仕組
ーー「神霊正典より」ーー
第百二十三章 国祖国万造主大神[国常立大神]三千年の仕組
『 前述の如く、太古より万国棟鿄国たるの権威を以て発達し来れる日の本の人文、一朝にして桑滄の変を蒙りたる為め、予てより創造神の神意を体して隠退し居り給いし、国祖「国万造主大神」[国常立大神]は、世界統理の根本国としての日の本の文化の回復建設の必要上、嘗て歴代天皇によりて日の本が指導啓発したる外国文物の逆輸入を計画し給う。従って、其の間に於て、外国諸神の跳鿄弥が上にも激しくなり、また、外国文物の輸入によりて、個有日本の破壊も当然行わるべきにより、斯の如き附随的事象に対する適当なる防遏手段を講ぜざるべからず。また同時に、最後に到来すべき天の岩戸開きに対する事前の準備も整え置かざるべからず。玆に於て、国祖「国万造主大神」は葺不合文化没落を期として、鋭意諸般の劃策を樹立し、時期の到来を待ち給えり。国祖国万造主大神三千年の仕組と云う。明治二十五年、「国常立大神」再出現の時より、正に三千五十年以前に当り、葺不合六十九代天皇の末期、其の第三回大地変の直後なり。』
——外国文物の輸入による個有日本の破壊の防遏手段
・崇神天皇即位3年3月3日(紀元前95年)、「皇祖皇太神宮」の神宝中、上代天皇神骨像石神體48八體から1體を宮中に、他の1體を*丹後「元伊勢太神宮」に秘密裏に勧請。後、宮中のものは大和笠縫村に移して祭祀。これは、「天疎日向津比売天皇」[身魂 天照日大神]の神骨石像神體で、天皇は上代日の本中興の御祖であることから、その御神霊の御威徳によって仏魔を下そうとする天子の意から出た。この時より、「天疎日向津比売天皇」を、「天照大神」と称し奉る。(第百三十二章)
・垂仁天皇即位25年(紀元前5年)、大和笠縫村に鎭祭していた神宝「天疎日向津比売天皇」の神骨像神體を、更に「倭姫命」に命じて、伊勢五十鈴川上に鎭祭され給う。即ち、*現在の「伊勢太神宮内宮」を「天照皇大神宮」と称し奉る。(第百三十三章)
(*丹後「元伊勢太神宮」と「伊勢太神宮内宮」を結ぶ線をレイライン[光の線])
・「天照日大神」の神勅によって、「息長帶媛皇后(神功皇后—身魂は「大鶴姫大神」)」が天津日嗣の高御座に登られることになる。時に皇后の御齢42歳であられた。此の登極の御事が史実に残らなかったため、現在の皇統に漏れており、単に摂政の始めとして記録されるに止まっている。(第百三十四章)
・「普賢」「文珠」「妙見」等の諸菩薩が、部下眷属と共にまた相次いで日の本に侵入し、各所の神社を占拠してますますわがもの顔にのさばったため、代々の天皇は苦心を重ねられてきた。「推古天皇」の御代に到り、「大地将軍」(「国常立大神」の分神霊)は「聖徳太子」の身魂としてご出現、天皇の摂政として長らく政治に参与した。「聖徳太子」は、我国歴史では佛法弘通の大先覚者として伝えられるが、これは上辺の見方に過ぎず、太子は表面では仏法に帰依して、内々ではその鋭鋒を挫いた。(第百四十章)
・天智天皇は、素服軍国を始め、滋賀大津に皇居を定めて、唐制に倣い律令を制定。身魂「十道行成大神」は、「饒速日尊」が現界に出現して活動されたもので、「山武姫大神」諸神の佛法弘通に対し、毒をもって毒を制する意図で、唐制の採用を試みた。(第百四十一章)
・御代、仏魔が甚だしくわがもの顔にのさばるようになったことから、「国万造主大神」は「役の小角」に現れらて大嶺山を開き、神仏を混合して、大いに仏魔の鋭い矛先を挫く。魔軍として伝えられる「一言主神」は「国万造主神」の現れで、「小角」はこれに指導されて大峰に入った。「山武姫大神」の御身魂たる天皇は、「小角」を捕えて大島に流罪したが、後に赦ゆるされて大和に還った「小角」は、大峰より遂に仙人となって天に昇り、行方はわからない。(第百四十四章)
・聖武天皇は、自ら「三宝の奴」と称して毘盧舎那仏を建立し、表面では帰依するも、内々にその鋭い攻撃を挫かれた。仏像建立にあたって、その體内に古記、宝物を蔵し、その散り失せることを防いだが、後年戦争による火災で仏像の首が落ち、ことごとく無くなった。(第百四十六章)
・嵯峨天皇の御世、「空海」[国万造主大神]が高野山を開き、真言宗を弘通する。日の本における真言宗は、仏教各宗派中、最も日本神道に類似する。すなわち「空海」は、仏教の教義をかりて神道を説く者で、さらには、仏教を日本の神道化しようと努めた者。(第百四十八章)
・醍醐天皇は、「聖宝理源大師」[身魂 青森白木上大神]に勅命して、大峰山修験道を再興させ、延喜式延喜格ができて、神道が盛んになった。この時より1000年の後、第2回の岩戸開きがあることから、そのための準備を開始したことが、この大峰再興の神意なり。日の本全国より集合して来た神霊・人霊はそれ以来、1000年間、そこで修業を積み続け、昭和4年9月26日、いよいよ期が熟したことから、全山の神霊人霊およそ数百万がことごとく下山して、日本全国に散り行き、各々因縁ある肉体に宿った。これを「醍醐天皇」一千年の仕組みという。(第百五十章)
・日の本では、大祓祝詞にあるように「天の御蔭日の御蔭を隠りまして」と云い、臣下各人の功績はことごとく天皇の威徳となり、天皇はこれを天祖の御稜威(=威光)に奉った。これが日本魂の根源。(第百五十一章)
・「清盛」の横暴は「木曽義仲」[身魂 青森白木上大神]によってまず挫かれ、後、「源頼朝」[身魂 地上大陣大神]がこれに代わり、ついに征夷大将軍となって幕府を鎌倉に開いた。(第百五十四章)
・「天照日大神」は「神武天皇」当時以来、因縁がある「十道行成大神」[饒速日尊の神霊]に対して、天皇の政権確立の勅命を発される。これは、「日蓮」が「十道行成大神」の身魂を有して出現した事の由来で、「日蓮」は承久の乱を下剋上の甚だしきものとし、しかも、これは当時の仏教各宗派の誤った教義に由来するとした。「日蓮」は仏法の研鑚が終って後、「皇祖皇太神宮」に到って、日の本の根本神道を究めんとする。訪ねること3回、当時の神主「竹内氏」よりその熱誠を認められて、ついに「竹内氏」系図を見ることを許される。ここに初めて太古よりの日の本の真相を識る事を得、直ちに「伊勢大廟」に参籠して、21日を経て郷里小湊に帰り、日蓮宗を立教した。立教の真意義は、武門に移った政権を返還させて皇室を確立するに在る。これによって、「天照日大神」の神勅に報おうとすることが、その身魂「十道行成大神」の意志だった。(第百五十五章)
・久遠の昔よりその事態に当っていた十六神の大神は、常に皇室擁護のため絶大な活動をされていた。されば、南北朝分離して62年後、「後亀山天皇」は、北朝6代「後小松天皇」に対して、父子の礼をもって神器を譲られて、南北朝の合一を見、「山武姫大神」の画策は全く失敗に終わる。(第百五十六章)
・天正3年、「織田信長」[身魂:天照彦大神]が「足利氏」を滅し、天正10年、「明智光秀」[身魂:青森白木上大神]が「信長」を滅す。天正13年、「豊臣秀吉」[身魂:大地将軍]が関白に任ぜられる。これは、「天照日大神」「青森白木上大神」「大地将軍」の葛藤で、遂に「大地将軍」の勝利に帰したものだが、幾何もなく第108代「後陽成天皇」の慶弔5年、関ヶ原の戦で「豊臣家」が滅亡。同8年、「徳川家康」[身魂:天照彦大神]が遂に征夷大将軍に任じられて、幕府を江戸に開くに到り、この葛藤の勝利は再び「天照彦大神」の手中に帰して、武門政治300年の基礎を開く。慶長十年「秀忠」[身魂:天若彦大神]が征夷大将軍に任じられるに及び、国祖「国万造主大神」が隠退されて後、「天照彦大神」が表にははっきり出ないが強い勢力で管理する代は、依然として継続されつつあった。(第百五十九章)
・宝永7年、越中で大洪水があり、上代よりの「皇祖皇太神宮」の地は、ついに流出して跡方もなくなったが、神主「竹内氏」一門がその神器・神宝を土中に埋めて、明治の聖代に至るまで完全に守護した。(第百六十一章)
——最後に到来すべき天の岩戸開きに対する事前の準備
・大昔、創造神「天一天柱主大神」の神策である「天の岩戸閉め」によって、駛身神霊界と限身人間界に、「自在の時代」が到来。この長い年月が経過する間、支配慾と恋愛慾に駆られた争闘のうちに、神霊と人間は既に幾多の波瀾に耐え、相当量の試練を終了し、再び、仮凝身神「天一天柱主大神」の神策によって、次の時代たる「限定の時期」に入らんとする時となった。この新たなる時代を実現するために、天の岩戸を再び開けて、神・現・幽(駛身神霊界・限身現界・幽界)三界の建替建直し、大神業に着手することとなった。これは、神界では神政復古の準備、現界では、万国棟梁天職天皇としての日本天皇の復古の準備、現界では、万国棟梁天職天皇としての日本天皇の復旧すなわち人類界の建替建直しを開始される準備、幽界では、諸霊魂の整理・浄化実施の準備なり。(第百六十五章)
・仮凝身界創造神「天一天柱主大神」は、「天地根本大祖神」の意を体して、天の岩戸開きの勅命を燿身界創造神「天の御三體大神」に下された。この勅命によって、天の御三体の大神の一の神(=第一の神)なる「天照日大神」は、文化11年(1814年)冬至の日、まず「黒住宗忠」[黒住教祖]に神憑って、神政復古と万国棟梁天職天皇の世界統理復帰を直接授け、これを日の本皇室に伝達された。「宗忠」はこの天命を直受してより、まず表から見えるところでは、その教え黒住教を拡め、内々では、神の神命実現に努める事30年、次代「仁孝天皇」を経て「孝明天皇」の御代に到り、初めて時期到来。三度禁中に参内して、「天照日大神」の神勅を天皇にお目にかかって奏上。ここにおいて、天皇は始めて大神の神意を了解し、それ以後、天皇は徳川幕府に対する態度を一変し、皇政維新についての目論見を、すべてこの神勅に基いて建てる。(第百六十六章)
・天の岩戸開きの勅命を創造神より受けた天の御三体の大神は、大昔の第4次神政内閣以来、隠退していた国祖「国万造主大神」を徴して(呼び寄せて)その再起を促し、「天の岩戸開きに対し、再び立って、神・現・幽の建替建直しを実施して、もとの神代の神政に還元せよ」と勅命。国祖「国万造主大神」は、煎り豆に花咲く時節がようやく到来したことから直ちに勅命を拝受。古来、大神と共に隠退した「金神系諸神」[大神の直属神と八百八光神]にその再起を命じ、ここに葺不合皇朝末期、日本島文化が滅んだ時から準備していた、「国祖三千年の仕組み」によって、いよいよ三界の建替建直し、日本天皇が世界を統べ治めることへの復帰、神政復古の大神業実現の準備に着手した。(第百六十六章)
・「国万造主大神」は、大神業の最初の実行準備として、「仁孝天皇」の御代、天保9年(1838年)10月、天理教祖「中山みき子」に「天の将軍」と称して出現して、「このたび神が表に現われて、詳しい事情を説いて聴かせる」と宣べる。これを大神の「第一の宣示(=公示)」として、しだいに世界の建替建直し、神政成就について記述。多年「自在の時代」にあった神界・現界の両界を限って、統一ある神政成就の域に進めるために、神霊と人類の全般に向って未知の真理を明示し、創造神の神意を完全に具体化しようとする意志で、仔細な記述。(第百六十六章)
・「金神」系諸神は今日までの過去長い年月にわたって隠退し、全く表面に現われたことがなかったため、再起に当っては、まず現界人類にその出現を認識させ、これを神として尊びあがめさせる手段を取る。すなわち、「国万造主大神」は安政6年10月、大神の分霊神たる「大地将軍」を「天地金の神」として金光教祖「川手文治郎」に出現させ、「金神」系統神再起の真意義を徹底的に伝える。すなわち、人間として最初に「金神」の認識を得たのは、この金光教の開祖。ここで、「国万造主大神」の臣下の神を初めて「金神」と称し、盛んに尊崇礼拝して、これを広く世に拡めた。(第百六十六章)
・明治元年(1867年)御身魂「大地将軍」たる「明治天皇」が即位。「美子(はるこ)皇后」の御身魂は「大鶴姫大神」。ここに、武門は700年にわたって掌握した政権を奉還して、皇政が復古。(第百六十七章)
・明治6年より、国祖「国万造主大神」が天皇に憑って諸般の事を親授されたが、天皇を輔佐ほさする群臣百僚の多くは「山武姫大神」以下外国諸霊の虜とりことなり、神政復古の神の意義を理解する者は少なく、明治維新後の諸施設は、全く神意神策に反して物質的にも精神的にも日の本を欧米化し尽して、個有本来の日の本を混乱させたに過ぎない状態で、神政復古の真意と遠く隔たっていた。この状況を見た国祖「国万造主大神」は、現界の建替を除いて、まず「神・人の身魂の建替建直し」より着手すると決め、これを実施すべく、23年春、「明治天皇」への憑依から離れた。(第百六十七章)
・神・現・幽三界の諸神霊に対して、「国常立大神[国万造主大神]神勅によって、地の祖神として再び出現し、三界の大整理・身魂の建替・建直しを実施して神政成就に達すべき。内外の諸神はいずれもこの命に服従すべし。」と宣言し、創造神の神策と宇宙の天律について、順次説明。この宣示の中で、「国万造主大神」は自らを「国常立大神」と名乗る。(第百六十七章)
・明治25年1月、国祖の分霊神「稚比売君大神」の霊統たる大本開祖「出口直子」に「国常立大神」が親憑して、その宣示を発表。この「国常立大神」の宣示によってようやく天津神策を理解し、「国常立大神」が地の親神である事を認め、直ちに国祖の許に馳せ参じたのは、「竜宮乙姫」系神団がその先駆。(第百六十七章)
・それ以後の10年、「国常立大神」は引き続き天の神策を説き給い、補佐役として神定された「日之出大神」の穏健な政策を快く受け入れて、争闘を用いず、外国諸神系の神霊に覚醒を促し、一日も早く宇宙の「限定の時代」に入らんと努力。(第百六十七章)
・創造神「天一天柱主大神」の意志が漂い行くところ、宇宙はその「自在の時代」が終了し、神政復古して、「限定の時代に」入る機運が熟し、人間界でもその準備時代が終了したことから、世界万国棟梁天職天皇世界統理の時期がついに到来。ここに、皇統第222代[神倭125代]裕仁天皇[身魂 大地将軍]、良子(ながこ)皇后宮[身魂 常世姫大神]が即位。いよいよ昭和の時代に入り、天の岩戸開きを目前に実現させるために、現界建直しの凡てに先立って、まず天皇・皇后両陛下の身魂の還元が完了したものである。(第百七十一章)
・昭和4年10月2日、国祖「国常立大神」は詔して、内外諸神霊を紀州熊野新宮の四次元界に召集。「日之出大神」に、あらためて神策天津を教え諭させた結果、太古以来日の本撹乱の主謀たりし三巨神、すなわち「山武姫大神」「勢至菩薩」[山武姫大神の分身]「十億道神」も、ようやく天津神策を理解し、「国常立大神」の御前で頭を地につけて拝礼して、大神の指示に従うと誓う。(第百七十一章)
・紀州熊野神宮に鎮座する十二柱姫神が出現する。これら姫神は太初よりこの方一度も世に現われたことはなく、日本魂の生粋たる姫神。いよいよ時期が到来したことから出現し、国祖「国常立大神」の輔佐神として立ったこの十二柱姫神を、世に「船魂十二柱大明神」と称す。(第百七十一章)
・昭和5年2月12日(紀元節の翌日)、「国常立大神」は全部の内外諸神霊に対して、日の本千代田城の四次元界に集合を命じ、「日の本を盛り樹てて、神・現・幽三界の建替・建直しを実施し、神政成就に向いて協力邁進すれば、自在時代に於ける過去の罪を罪とせず、却ってその現界建替・建直しの功によって各神にその位処を得させる。天地根本大祖伸の真意なので、各神は可能な限り早く日の本の神・現両界を奪う野望と司配慾の誤った意志を棄て、各々が持場に帰って天から命じられた自分のすべきことを全うし、日の本よりの神命に服従すべき事。」と、丁寧に繰り返し教え戒めた。この神集は前後10日で終わり、内外諸神がことごとく国祖「国常立大神」の諭したことを理解。昭和5年2月21日、「山武姫大神」を筆頭に長年日の本に紛れ込んで、自分だけの考えで理非の分別もなく横暴な行動をほしいままにした諸神霊は、互いに手をつないで日の本を去って各々その本国に帰り、また宮中に侵入していた「金毛九尾」の一団と仏魔の一団も、一緒に逃れ去った。(第百七十二章)
・「神武天皇」[御身魂 山武姫大神]即位をもって「第二回岩戸閉めを行い、支那と韓の文物の輸入、すなわち和光同塵の政策を取られて以来2590年、昭和5年2月21日に到り、「山武姫大神」の退去によって、ここに「第二回の岩戸開き」となった。(第百七十二章)
——人類界の建替建直し
・大昔、第4次神政内閣以来、永年にわたって駛身神霊界で、表には出ないが司配権を掌握していた「天照彦大神」は、今度の天地和合の取持役として神定された「木花佐久夜姫神」[地上姫大神]の世話で、円満にその政権を国祖「国常立大神」に返還したことから、「自在の時代」はついに全くその形式を消滅し、天津神・国津神は各々その個有の位置に帰り、宇宙は「限定の時代」に入って天地はここに定まり、これを「天地御和合」という。 (第百七十二章)
・大昔よりこの方、創造神の許された「自在時代」の間に、駛身界諸神霊は権威に逆らういろいろな争闘に直面したため、ようやく自覚を生じるに到って「限定の時代」が到来。真の統一・真の自在ある調和の神政成就の域に入ろうとして、まず神政復古の魁たる天地和合の実現がなされたもので、天の岩戸はここに初めて開ける。時に、昭和5年6月1日なり。(第百七十二章)
・天地和合の神命は、駛身神霊界全般にわたって隠す所なく伝達され、駛身四次元界の建替はここに全く完了を告げた。すなわち、最早、自在時代は終わりを告げ、限定の時代に入ったことをもって、まず、「天照日大神」は、神の世界での天津日嗣天職天皇の位のままで宇宙の宝座に即かれ、宇宙の司宰神として、「天照皇大御神(アマテラススメネホミカミ)」となられた。次に「国常立大神」は、あらためて「国祖 地の親神」の座に帰還された。ここにおいて、神代での神政政治この方、初めて、玲瓏玉の如き(=玉のように美しく澄み切った)清浄な駛身神霊界が出現し、これより諸神は協力して、限身界すなわち人類界の建替建直しに望む事となった。(第百七十二章)
・昭和5年11月初め、「天地根本大祖神」より創造神「天一天柱主大神」、司宰神「天照皇大御神」、地の親神「国常立大神」に対して、宇宙開闢以来空前の、某大神の勅が降下した。このため同年11月21日、「天照皇大神」[駛身界に出現された「天照皇大御神」]が地上に降臨し、こうして「国常立大神」の日の本建替えの準備は次第に進捗。昭和6年4月20日、「国常立大神」より「天照皇大神」に対して、「地上建替準備の完成とその実施に関しては、徐々に下命ありたし。」と奏上。これを聞いた司宰神「天照皇大神」より、初めて「現界建替開始」の神勅が降下される。これは昭和6年6月20日の御事。(第百七十三章)
・三次元界浄化に関しての国祖「国常立大神」の方針は、人類界に及ぼす災害をギリギリ最少にされる。そのためには、時が到れば消滅されるべきこれら下級神霊をして一時その思うところをさせて、これによって生じる波瀾を逆に利用することで、三次元界の清掃を行われる。ゆえに、この三次元界の清掃は、それが原因となって四次元界での天津神策を理解しないこれら神霊の清掃となる。これらの諸神霊は、その操り人形である前記の諸人間の肉體の死と同時に、宇宙にその存在を許されず、消散せしめられる。これがいわゆる「霊肉共に亡す」で、極めて厳しい神策の権限。(第百七十四章)
・現在、三次元界に起りつつあり、また将来起るべき凡ての事象は、国祖「国常立大神」が永年の準備、いわゆるその三千年の仕組みに従って、「天照皇大御神」よりの登動の勅令をもって始めて諸般の事象が顕現してくる。これが将来、やがて我々の面前に展開されるべき事象で、善・悪共に、凡て国祖の仕組みの権限に外ならない。(第百七十四章)
・現在、国内で騒がしく議論されている農村不振商工沈滞等の状況は、決して憂慮するに足りないのみではなく、実は、当然起るべき事が起こりつつあるに過ぎない。ゆえに、このいわゆる国難の時期に物事をうまく処理する方策として、現代の政治家や一般国民がさまざま画策するような方法と、それらの人々が引き起こすような解決の予想は、事実においてなんらの権威をも示さない。この解決は、一に国祖「国常立大神」の意志のままに成り行く。したがって、この国祖の仕組みの中で、将来、神政成就のために相当の破壊を行うべきが当然という場合があれば、必ずその破壊は突然起こり、しかも全く避けることはできない。ゆえに、現在の状況をこのまま人力のみで補って一時的に取り繕い、善い方向に導こうとしても、全く不可能に終わる。要するに、現在の日本と世界的苦境の打開は人為では全くどうにもできないもので、論議の結果でもなく、政治的変革の結果でもなく、はたまた戦争の結果でもなく、全く自然の結果。すなわち、国祖「国常立大神」の仕組みの実施が進捗する結果として、天皇親政なる事実が実現し、これによって打解され、これによって新なる建設が行われると推察される。(第百七十四章)
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