神様と私との関係(地上天国五十七号)
私が大本教信者であった頃は、国常立尊という神様が時折お憑りになったが、その神様は崇高な威厳と厳しい霊感のあった事は今でも覚えている。併し一番憑られたのは何といっても観音様で、絶え間なしという位であった。勿論その時の気持は、何ともいえない和かさで、大慈大悲の御心が溢れていたのである。
ここで一つの面白い事は、確か以前も少しかいた事があるが、伊都能売金龍と申す神様が憑られた事があった。その龍神は数千年間琵琶湖に住まわれ、時を待たれていたのが、愈々時節到来因縁によって私に憑依されたのである。この神様は八大龍王の頭領である九頭龍といって、俗間で九頭龍権現のお名前で祀られているのがこの神様である。何しろ長い間龍神であられたが為最初憑られた時は眼光爛々と輝き、口は耳まで裂け、額の両側から大きな角が隆起し、背の上部、肩と肩との真中辺が角型に隆起し、物凄い唸り声を発するので、私は愕然としたのである。その頃の私は霊的知識がまだ余りないので、何が何だかサッパリ分らなかったが、その後間もなく龍神という事が判ると共に、暫くして話をされるようになった。その時に話された事は“吾は長い間龍神になっていた為、人間の言葉が使えなかった処、おかげで漸く使えるようになった”と喜ばれ、それから色々な話をされたが、その中で随分神秘重大な事を教えられ私は驚きと共に嬉しさが込み上げた事も度々あったのである。
まだ色々あるので何れはかくが、ここで言いたい事は現在の私である。それは静岡事件の際留置所の中で、頗る神秘な神業が行われた事はいつか話した事があるが、その時私の体内に入られたのが最高最貴のミクラタナの神様*であって、出所早々散花結実の書を千枚かいて主なる信者に頒ち与えたのも、その時の経綸によったのである。処がその時から後の私は、以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行ればいい事になったのである。
このような訳を知ってから分った事は、神様に伺うというのは、最初にかいた通りこれまでの行り方であって、間接的である。処が今度のようになった私としては、未だ嘗て世界に例のない事は勿論で、釈迦、キリスト、マホメットの三大聖者は判らないが、恐らく私程の神との直接的ではなかったと思うのである。何故なれば今日残されている幾多の功績を見ても分るのである。
(*御倉板挙之神:伊耶那岐尊が天照大御神に高天原の統治を任せる時に、授けた首飾りの玉の神。如意宝珠。太陽神の御魂、太陽の黒点に通ずる。)
『御神書』/<宗教篇>/第一章 明主様の御教えを研鑽させて戴くについて/神人合一/
よく昔から神人合一という言葉があるが、実際からいってそういう人は、今までに一人もなかったと私は思っている。成程釈迦、キリスト、マホメットの三大聖者にしても、神人合一の如くみゆるが、実は神意の伝達者であって、分り易く言えば神の取次者であったのである。というわけで世人は神人合一と、神の取次者との区別を知らなかったのである。即ち神の取次者は神憑りや、神の命によって行動するのであるから、常に神や仏陀を祈り、その守護を仰ぐ事にしているのである。
処が私はそういう事は全然やらない。信者も知る如く、神を祈る事もないし、神の守護を仰ぐ事もない。只自分の思うがままを実行していればいいわけで、甚だ簡単である。としたら今までに例のない事とて、変に思うかも知れないから、ここに差支えない点だけを書いてみよう。いつも言う通り私の腹には光の玉がある。これは或最高の神様の魂であるから、私の言動総ては神様自身が、私を自由自在に動かしているのである。つまり神と人との区別がないわけで、これが真の神人合一なのである。
従って、私に在られます神霊は最高の神位であるから、これ以上の神様は世の中にないのであるから、他の神様に頭を下げる意味はないので、何よりも信者が日々顕わしている奇跡がそれを証拠立てている。その奇跡たるやキリストの顕わした奇跡以上の奇跡が常に顕われているので、私の弟子でもキリストに比べて何等劣る処はないのであるから、この一事だけでも私の神格は想像つく筈である。
今一つ言わねばならない事は、今日までの悉くの聖者は、将来天国的世界が実現するという予言はしたが、自分自身造るとは言われなかったのは、全く神格が低く力が足りなかったからである。私は自分自身が病貧争絶無の地上天国を造ると宣言しているのは、右の理由によるからである。というわけで今後私は今までにない幾多の驚くべき経綸を行うから、それをよく見て貰いたいので、到底人間業とは考えられないような事が、ドシドシ出て来るであろう。
其後暫くして私は三月ばかり神懸りになった事がある。其時は種々の神や仏が懸ったが、其中で、観音様の御本体である伊都能売の神様が憑られ、私の使命を知らして呉れた。それは観音様が私の肉体を使って人類救済の大業をさせるといふ事や、二千六百年以前、釈迦出生の時代、観世音菩薩として印度補陀落迦山上に安住され、救道を垂れた事など、種々の因縁を明されたが、それ等は非常に興味津々たるものではあるが、何れ時が来たら説くつもりである。
よく私が質きかれる事に、「大先生は、観音信仰がよほど熱烈であられたと想像される。」といふのは、殆んど紋切型といってもいい。此想像は信者としても大部分はそうであらう。況んや第三者に於てをやである。処が驚く勿れ、私は観音信仰は全然なかったのである。ただ観音様は如何にも眉目秀麗、円満なる御容姿と、何宗でも祭られてあるその固着や、偏頗のない点に好感を持ってゐたまでである。処が前項の初めに書いた如く、私の傍に観音様の霊が始終附いておられる事を知って驚くと共に、此時を契機として観音様の関しての奇蹟が起り始めた。之等も追々発表するが、そのような訳で、終には観音様の御本体は伊都能売といふ神様である事を知り、何れ時機が来れば、観世音菩薩は或期間救ひの為に化身されたのであるから、最後には元の神位に復帰さるるといふ事なども判ったのである。そうして昭和元年から観音様は始終私の肉体に懸られ、私に種々な事を教へられ、命じられ、自由自在に私の肉体を使はれるのである。全く私を機関として一切衆生を救はせ給うのである。
以上の如くであるから、私が観音を信仰して今日のやうになったのではない。全く観音様の方で私を道具に使われるのである。此様な訳で私というものは、観音様の身代りといってもよからう。故に観音様といふ主人が思ひ通り使はれるので、私としては全然自由がない。といって観音様が揮はれる妙智力は自由無碍であるから、その点亦別でもある。一言にしていえば普通人より自由がなく、普通人より大自由があるといふ訳で、此心境はなかなか説明がし難い。普通人には想像すら出来ないからである。今一つ私の変ってゐると思ふ事は、昔からの開祖や聖者等はすべて何事も神秘にする傾向があった。恐らく自分の心境を赤裸々に述べた例は殆んどなかったであらう。尤もそうする方が有難味がよけいある事も考えられる。然し私はそういふ行やり方はどうも好まない。尤も時代の関係もあらう。何しろ今日は神でも信仰でも、科学的に究明されなければ承知しないのである。そういふ智性人が社会を指導してゐる現状だから、幽玄神秘的では一般を判らせる事は至難である。観音様も其点を鑑みられ、私の行り方のような方法をとられたものであらう。
昨日は立春で、一昨日は節分ですが、この節分というのは大本教に大変関係があるのです。最初大本教を開いた神様は国常立尊という神様です。この国常立尊という神様は、鬼門の金神と言って、鬼門に押込められたという事になってます。この神様について話してみます。この神様は元世界を支配していたのです。それで、あんまり喧ましい……と言うよりか、あんまり厳正で、厳しいので、とてもやりきれないというので、他の沢山の神様が艮(東北)に押込めたわけです。その神様は三千年の間隠退されて、その間霊界に居て閻魔大王となっていたのです。それが今度「艮の金神はこの世に閻魔と現われて、世の立て替え立て直しを致すぞよ」というお筆先があります。そういうわけです。それについて、最初のお筆先に「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ」という事と「今度は炒豆に花の咲く時期が参りたから、神も嬉しいぞ」というお筆先があります。節分には豆をまきますが、これは、その時の邪神の総大将天若彦尊という神様ですが、その時に〝炒豆に花が咲いたら再び出て来い。それまでは出られないように押込める〟という事なのです。ですからしてあの豆まきという事はそういう意味なのだそうです。これは信じられない事はないのです。ところが、それに対してお筆先には〝今度は炒豆に花の咲く時節が来るぞよ〟というのですから、炒豆に花が咲いたわけです。それが何時かというと、明治二十五年に始めたのですが、私は一昨日の節分の日に大変な神秘、奇蹟があったのです。それは、これからいよいよ国常立尊様が表面に現われるというわけです。「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ」という〝艮の金神の世になりたぞよ〟という事は、自分が世界の支配権を握るという事です。それが、今までは霊界だったが、これからは現界に現われるのです。それが一昨日その型があったのです。神様は凡て型でやり、型を見せるという事になってます。ですから一昨日現われた型というのは、私は三年も前から努力していたのです。それがだんだん延びていて、一昨日それがはっきり出たのです。それで私は非常に喜んでいるのと、大いに祝ってよいと思っているのです。では、その結果どういう事になるかというと、これは閻魔大王というのですから、審判の神様です。つまり善と悪を立て分ける、善は栄え、悪は滅びるという御働きです。それがこれからはっきり現われて来るわけです。その点から大いに変るわけです。世界も、特に日本がそうです……霊界から言うと日本が元ですから……。ですから、つまり霊界が明かるくなるわけです。明かるくなるという事は、勿論火素が増えるわけですから、今年あたりから病気がボツボツ増え始めるわけです。それからいろんな悪い事も秘密な事も浮かんで来るわけです。最近いろんな汚職事件があっちからもこっちからも出て来ますが、これも今まででは珍しい事です。これもソロソロその最初の現われのように思われるのです。そういうわけで、或る時期にゆくと、病気の増えるのも……これは一ぺんになりそうです。
今の〝世界を救う聖者が八人目に出る〟という事は、伝説にあるのです。仏教の方では釈迦が八人目だという事になっているのですが、それは仏教の都合のよいように作ったものです。釈迦は「八」という事はないのです。釈迦は「七」で、七人目なのです。というのは五六七のミロクとして、釈迦が七のミロクになるのです。釈迦は何処までも「七」の数字で支配される人です。だからつまり「地」は「七」ですからして、地のミロクです。私は伊都能売ですから「八」になるのです。伊都能売というのは、数で言うと「五」「三」ですから「八」になるのです。そして「八」という数字は富士山になるわけです。ですから「八」という数字を書くと、富士山の形になります。それで私は大和民族の宗家になるのですが、大和民族というのは、今の駿河の附近が発祥地なのです(本当は富士山の上なのですが)富士山の麓なのです。だから昔は富士山が本当の神様の山として、あそこの上に今でも木の花咲爺姫が祀ってありますが、そういった意味で、私は富士山と非常に因縁があるのです。それで静岡の裁判であっちの留置場に入った時に大きな神秘な事があったという事も、そういう因縁なのです。そうしてあの時も話したとおり、夢で、私が富士山に乗っかって景色を見るという話もしましたが、その時が私が生まれた、第二の誕生です。そこで、出てから「散花結実」という事を言いましたが、花が散って実を結ぶで、散花結実という事は種が宿ったという事です。それから私の力とかいろんな、そういう事が違ってしまったわけです。それからが本当に開けたわけです。ですからあの時に救世教というものはすっかり壊れてしまったわけです。もうこれで駄目だというくらいに見えたのですが、それが花が散るという形です。それはその当時よく話しましたが、そういうようなわけで、今の八人目という事も合っているのです。
今年の節分は非常に意味があるのです。私としても非常に大きな奇蹟があったのですが、それはまだ言うわけにはゆきませんが、いずれ話をします。この節分という意味は、大本教と非常に関係があるのです。ごく古い、神代というのですが、神代と言っても、空漠たるものでなくて、神格を得た人間が住んで居た時代で、いわばこの前の昼の世界といったようなものです。その時に世界を主宰していた神様が国常立尊という神様です。この神様は非常に厳正な神様で、間違った事は許さないというような政策をとったために、非常に多くの神様――八百万の神――から、その時分でも與論が、どうもあんまり喧ましすぎてとてもやりきれない、だから押込めてしまった方がよいというので、排斥運動、押込運動をした結果、押し込められたのです。それで艮(東と北の間)の或る地点に押込めたのです。そうして、再び世の中に出て来られないようにというので、豆を炒ってまいて、その時に〝炒豆に花が咲いたら出て来てもよい〟と……尤も、炒った豆が芽を出すはずがないのですから……それを条件のようにして押込めたのです。それで非常に悪い神様としたのです。これは大本教のお筆先にありますが、「悪神、たたり神と申して、われを押込めたのであるぞよ」というわけです。それで、鬼門は悪神だからして、鬼門に向って越したり、いろいろな事をすると恐ろしいというような説を作ったわけです。それで何事も、鬼門は恐ろしいというように教育したようなわけです。それが今もって続いているので、人は非常に鬼門を嫌うのです。ところが事実は反対で、大変な良い立派な神様です。ただ、あんまり正しすぎたためにそういう事になったのですが、その根本はやはりその時に夜の世界になったわけです。そこで、国常立尊様は火の系統の神様ですから、夜の世界ではまず隠退しなければならない事になるわけです。それがまず、お筆先には三千年としてあります。それでいよいよ三千年たったので、今度は御自分が、時節が来たので世の中に出る、と……出るについてはいろいろな……お筆先には三千世界の大芝居という事になってます。この押込めた系統の神様……総大将は天若彦尊という神様で――これはよく天邪鬼という事を言いますが――その神様が総大将で、あといろいろな神様がその一派に属したわけです。その押込められた時には僅かな部下を連れて隠退されたが、それから命が無くなって、死んで霊界に行って、三千年の閻魔大王になったという事になっているのです。お筆先には「今度は、われはこの世の閻魔と現われて、世の立て替え立て直しを致すぞよ」とあります。という事は、審判をされるという事です。今までは霊界の死んだ霊を審判したが、今度は生きた人間の審判をするという事です。つまりもう悪は許さないという事になるのです。そのために大本教というものをつくったのです。私が大本信者になって、そういう事をいろいろ……表面的の事も、裏面=霊的の事もすっかり分ったので、大本を脱退して、観音教から救世メシヤ教というふうにつくったのです。
お筆先の一番冒頭に「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」というような事が書いてあるのです。〝三千世界一度に開く梅の花〟と言って、梅というのは非常に重要な事になっているのです。それで艮の金神様は、霊界では閻魔大王となり、現界では観世音菩薩となるのです。観世音菩薩は兄花姫になるのですが、兄の花姫は神界のお働きで、伊都能売の神になるのです。これは兄の花姫と木の花咲爺姫とありますが、兄の花姫というのは兄の花と言って梅になるわけです。梅が先に咲くから兄の花になるわけです。それから木の花咲爺姫というのは桜の花になるのです。この場合は仏界のお働きで、木の花咲爺姫は観音様になるのです。富士山に行くと木の花咲爺姫を祭ってあります。それであそこで絵姿を買う事になってますが、あれは桜の枝を持ってます。その富士山の木の花咲爺姫は頂上の真中に祭ってあります。頂上の上り口の右側にあるのが、久須志神社としてありますが、これは九頭龍権現と言って、木の花咲爺姫の守護神になるわけで、龍で守護しているわけです。これが最初私に憑った龍神です。それで、木の花咲爺姫は桜であって、これは仏の働きになるのです。ですから兄の花姫は神様の働きになるのです。それで木の花咲爺姫は仏の働きだからして、最初インドに出られたわけです。ですから仏の方では桜の花になってますが、これはそういう因縁になるわけです。
そこで今年の節分は、いよいよ艮の金神様がこの世の閻魔と現われるという最初になるわけです。ですから、これから審判が厳しくなるわけです。けれどもこれは最初からパッとやるわけではなくて、神様の方はジリジリと、つまりだんだん育つようになって行きます。そのためかもしれないが、最近いろんな汚職事件が重なり合って出て来ましたが、こういうのも一つの現われではないかととれるのです。面白いのは、節分の日は大きな奇蹟があったのですが、昨日(4日?)は小さな奇蹟があったのです。というのは、道具屋が古い掛物を持って来たのですが、それは支那の元時代の物で、今から四百年近く前に画かれた絵ですが、それが閻魔大王なのです。お供が廻りに居て、よく画てますが、表装がいたんでいるから、それを直していずれ箱根美術館に出しますが、これも小さな奇蹟です。今まで閻魔の絵というのは見た事がありません。そういうようなわけで、神様の御仕組は一歩前進したわけです。今年の節分というのはそういう意味があるのです。それで、そうなった結果はどうだというと、つまり善悪の立て分けという事になっているのです。という事は、善の方が勝ってゆき悪の方が負けてゆくのです。そうすると救世教が発展するという事になります。こんなよい、素晴しい宗教が、こんなにグズグズしているわけがないので、ドンドン発展しなければならないわけです。しかし発展が遅いという事は、つまり悪の方が押さえているからです。だから、これが分って、感心して、信者になり、人にもならせなければいけない、と、そう思っていながら、ついグズグズしているという事は、一方にそれを邪魔する霊があるからです。その邪魔する霊が、これからだんだん弱ってゆきますから、そうすると順調にゆくわけです。節分の意義を話したわけです。
今年の節分について、もう少し詳しく話をしてみます。前にも言った事がありますが、節分というのは、古い時代に国常立尊という神様が世界を支配していたという事になっているのですが、その時分の事だから、世界と言ったところで全部だかどうだか分りませんが、まず日本を中心にして相当広範囲に支配していたに違いないのです。それで神様と言ったところで、やはり人間なのです。しかしその時分の人間は非常に霊が高かったのです。その時分は昼間の世界の終りぐらいだったのですが、ところが長い時代にだんだん人間が、夜の世界のために穢れに穢れて、霊的にレベルが低くなったわけです。それでよく「天神七代、地神五代」という事がありますが、天神時代というのは、天の神様……神道の方で言うと「天津系」「国津系」或いは「天津神」「国津神」と言いますが、天系です。大体日本民族は天系なのです。その天系だった頃は天照天皇という最後の天皇が支配していたのです。それで、これは何時かも言いましたが、天照天皇が日本を逃げて、皇后様だけが残って、それが天照大御神と、こうなっているのですが、それよりか前に国常立尊という神様が支配されていたのです。その神様は非常に厳格で、つまり至正至直で、ごく正しい事でないと許さない、というような事のために――これも神道の方にもありますが――大勢の神様が一致して押込めたのが節分の晩としてあるのです。その押込めた方の総大将が天若彦という神様で、そうして、もう国常立尊は世の中に出られないようにというので、艮(東北)の方角に押込めたとなっているのです。そうして、艮に押込めたからして艮の金神という御名前にもなり、艮の金神国常立尊となったのです。そうして節分の晩に豆をまきますが、〝炒豆に花が咲いたら出てもよい、さもなければ永久に押込めてしまう〟というわけで、それから炒豆をまいたのです。それは三千年としてありますが、いよいよ三千年たって、その国常立尊様が再びこの世に現われるその機関として出来たのが大本教です。ですから大本教のお筆先に「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国の世になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」という事を教組は獅子吼したわけです。最初大きな声をして怒鳴ったのです。それで気違い扱いされて警察に留意された事がありますが、そういうわけで気違い婆さんにされたわけです。それが明治二十五年の一月元旦です。ですから〝梅で開く〟というが、梅というのは、花は五弁になってます。これは五大洲を形取ってあるのだそうです。ですから〝一度に開く梅の花〟というのは、世界が一度に開くという事なのです。ところが今年の節分は、いよいよ艮の金神様が表になる、つまり今まで三千年隠れていたのが表面になるのです。それで、大本教を開いたのは、霊界がそうなったのです。ところが今度は現界がそうなる。という事になったのは、この節分にお知らせがあったのです。それはいずれ言いますが、今はまだ言う事はできません。一年ぐらいは言う事はできないのです。それはやはり梅に関した奇蹟なのです。それは私は三、四年前から準備していた事ですが、そういうようなわけで、いよいよ表になるという事と、それからお筆先に「今度はこの世の閻魔と現われるから」という事があるのです。というのは、御隠退になっている時は、霊界に行かれて閻魔大王になるのです。閻魔大王というのは要するに霊界における審判の……今で言う検事総長とか最高裁判所長というような、そういった……裁きの最高の地位です。ところが〝この世の閻魔と現われた〟というのですからして、今度は現界的の裁きをされるわけです。これが審判です。これが又面白いのは、立春の日に京都の方の道具屋が閻魔大王の絵を持って来たのです。それで私は〝ハハア、神様は、いよいよ国常立尊様が現界の閻魔の御働きをされるという事だ〟という事を思って買いました。それは支那の元時代の絵ですが、閻羅王と書いてありますが、支那では閻魔大王の事を閻羅王と言うのです。吉田松陰の書いたものにもありますが、「精神一到何事か成らざらん、われ王侯を得ずんば、死して閻羅王とならん」という事がありますが、王侯というのは大名の事を言うのです。やはり日本でも閻羅王という事を言われたわけです。それで、家来が二、三人居ましたが、いずれ美術館に出します。神様は凡て型で見せますから、その閻羅王の掛物によってお知らせになったわけです。そういうような事があったのです。立春の日には、その掛物は知らなかったのですが、その掛物は午後に来たのです。それでこの節分から非常に浄化が強くなるという事を言いましたが、やはり合っているわけです。そういうようなわけで、今年から又非常に霊界が明かるくなるわけです。明かるくなると、善の方は非常によいですが、悪の方は反対に非常に苦しい事になります。最近いろんな汚職事件が出ましたが、こんなに一度に次々出るのは今までに例がないでしょう。これもやっぱりその一つの現われというように見られない事はないです。そういうようなわけで、鬼門を非常に嫌って、鬼門は怖いように言いふらされたのは、今言った天若彦の方からそういう宣伝をしたわけです。それで「福は内、鬼は外」と言いますが、「鬼」というのは、つまり鬼門の金神、艮の金神国常立尊様という事になるからして、実は、一番善い神様、一番立派な神様です。それで面白いのは、大本教の発祥地の綾部では、豆をまく時には「鬼は内、福は外」と言うのです。それはやっぱりその時分から天若彦に対する反対のやり方だったわけです。そういうようなわけで、鬼門に越したり、鬼門の方を嫌うという事は、人間が正しい人がなかったからです。大抵穢れている人や、肚の本当でない人がそっちに越せば、やはりそういった気を受けるから、浄化が起こるわけです。それで浄化というのは災難や苦しみですから、そこで嫌ったというわけです。だから本当から言えば、若し方角をかまえば、鬼門に越すのがごくよいのです。ただ病気と同じで、一時浄化作用が起こりますから、そこで怖がるのですが、そのために後がよくなるのです。ですから、他の宗教は、豆まきというと非常に盛んで、むしろ宣伝的にやりますが、救世メシヤ教は絶対にやらないという事は、そういう根本的の理由があるからです。
私がいつもいう通り、義経は観音様の化身であったのである。以前私のかいた中に、艮の金神、国常立尊という神様が神代の時御隠退せられ、霊界に於ては閻魔大王となり、現界に於ては観世音菩薩と化現され、慈悲を垂れ給い、一切衆生を救われたのである。そういう訳で、牛若丸の虎蔵とは即ち艮で金神様の御名を祕されたものである。そうして鬼一法眼は伊邪那岐尊の御役をされたのである。鬼は岐であり、一は神の意味であるからである。これに就いて以前私は義経に生まれ変ったのだと話した事があるが、右の意味にも表われているであろう。
『天照大御神は日本では最高の神様としてますが、主神ではないのです。つまり太陽神です。宇宙というものは太陽ばかりではない。月もあるし星もあるし地球もありますから、その全体を握っているのが主神なのです。それで、私は主神の仕事をさせられているわけですから、そこでそういった今迄の偉い神様も、之からこのメシヤ教の為に大いに働くわけです。』


<雨宝童子図>
この神様は”雨の宝の童子”と書く「雨宝童子」という神様で、天照大神が 16 歳の少年の姿をされ、筑紫の日向に下生された時の御姿です。神仏習合思想の両部神道で最も大切な神とされ、大日如来が化身した姿ともいわれます。筑紫の日向は、黄泉比良坂の戦いで三つの桃の実(オオカムヅミ)の神力により魔軍に打ち勝った伊弉諾尊が、禊祓いをされ左目を洗われときに、天照大神がお生まれになった地です。雨宝童子は、正式には、金剛赤精善神雨宝童子と申し上げ、金剛石の如く何ものにも侵されない強く純粋な真心を持つ正しい神であり、雨の降る如く福をもたらし災を祓う神力を持たれています。
この雨宝童子は、静謐で威厳ある眼差しをされ、金環日食を思わせるような頭光があり、額に純白の宝珠(月を表す)、頭頂には弥勒下生を迎えるための印ともいわれる五色の五輪塔を頂いています。金色の転法輪文様の白衣に、黄色の帯を締め、濃紺と緑の裾、内衣の緋色という五色の衣を纏われた御姿は、凛とした品格を漂わせておられます。右手に邪を粉砕する金剛杵、左手には赤精の名の通り真っ赤な如意宝珠(太陽を表す)を持たれ、霞たなびく水辺の山上に降り立たれた若き大神の御姿として描かれています。この雨宝童子図の箱書きには 「国常立尊之図」と記してあり、この尊像が国常立尊として信仰されていた時期があったようです。
伊勢神宮の鬼門の方角に、天照大神が降臨されたという朝熊山があります。「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭に唄われたように、ここは明治に神仏分離令が出されるまで、伊勢の参詣者が必ず参拝する「伊勢神宮の奥の院」といわれる聖地でした。神苑・太神山のふもとから流れる田代川と信楽川が、琵琶湖から流れる瀬田川と合流する滋賀県大津市に、祓戸四柱の神を祀る佐久奈度神社があります。ここは大祓祝詞が生まれた地で、瀬田川はそこから京都で木津川、大阪で淀川となり、瀬戸内海に注ぎます。この佐久奈度神社で禊祓いをしてから、伊勢神宮奥の院である朝熊山に参拝するのが、古来の正式な順序であると言われていました。
朝熊山山頂の金剛證寺に祀られている平安時代の木彫雨宝童子像(重要文化財・現在非公開)は、御伊勢詣りの本当のご神体であるともいわれています。そのように天照大神は古くから雨宝童子の姿として表され、女神とされたのは主に明治以降の近代になってからのことです。
<「雨宝童子図」解説文より>
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