愛宕神社

(旧称・阿多古神社)

山城と丹波との境界をなす京都最高峰の霊山・愛宕山(標高924m)の中腹(標高53m)に建つ、豊かな自然に囲まれた神社。全国各地にある愛宕神社約900の総本山で、京都・東京虎ノ門・福岡の愛宕神社を合わせて「日本三大愛宕」と呼ばれる。

〝火伏せ〟の御利益を求めて、多くの人が参拝するが、京都の愛宕神社には徒歩で登る(表参道で約2~3時間)ルートしかない。登山ルートには滝などもあるため、事前に参拝ルートの詳しい道順・休憩所・トイレを把握し、飲料と食料を準備して、適度な休憩を取りながら登る。

――「白雲寺」時代――

701~704年の大宝年間、修験道の祖「役小角」が、加賀白山の開祖「泰澄(たいちょう)」が、愛宕山に登った時、天狗・愛宕太郎坊の神秘的な力に触れ、朝廷の許しを得て、神廟を建て、愛宕山が霊場として開かれた。その後、愛宕山を中心とした5つの山々に5つの寺院「愛宕五寺」(白雲治、月輪寺、神護寺、日輪寺、伝法寺)が建立された。

天応元年(781年)、勅命を受けた「和気清麻呂(わけのきよまろ)」は、僧「慶俊(けいしゅん)」と共に、「白雲寺」を建立して、神仏習合の山岳修験道場として信仰を集めた。白雲寺の仏「勝軍地蔵菩薩(しょうぐんじぞうぼさつ)」は、強力なパワー「勝利を呼ぶ神の力」があるとされ、9世紀頃には、王城の北東に位置する延暦寺のある比叡山や比良山と共に7高山の一つに数えられ、王城の乾(北西)の守護神として崇敬を集め、中興した。

本殿に本地仏である勝軍地蔵、奥の院(現若宮社)に愛宕山に棲むとされる天狗・太郎坊が「愛宕権現太郎坊」として祀られ、火の神「迦具土命(カグツチノミコト)」と同一地された。現在は若社となり、「雷神(イカヅチノカミ)」、「迦俱槌命」ら3柱の神が祀られている。

境内には勝地院、威徳院、大善院、福寿院等の社僧の住坊が江戸末期まで存在した。

――「愛宕神社」――

明治元年(1868)の廃仏毀釈によって、「月輪寺」「神護寺」が今に残り、「白雲寺」は白雲寺時代の愛宕権現の本地仏「勝軍地蔵」の地蔵尊は、西京区大原の金蔵寺に移され、代わりに、稚産日命(ワカムスビノミコト)ら5座の王城鎮護の神が本宮に祀られて、現在の「愛宕神社」となった。

公式ページ < http://atagojinjya.jp/ > による、祭神は――

「本宮」……伊弉冉尊(イザナミノミコト)、天熊人命(アメノクマヒトノミコト)、植山姫命(ハニヤマヒメノミコト)、稚産霊命(ワクムスビノミコト)、豊受姫尊(トヨウケヒメノミコト)

「若宮」……雷神(イカヅチノカミ)、迦遇槌命(カグツチノミコト/イザナミの産んだ火の神)、ハムシノカミ、

「奥宮」……大国主命、以下17柱。

(和久産巣日神(ワクムスビ)――「古事記」では和久産巣日神で、イザナミノミコトの子。食物神の「豊受比売神(トヨウケヒメ)」を生んだ。「日本書紀」では稚産霊神で、火の神・軻遇突智神(かぐつちのかみ)と土の神・埴山姫(はにやまひめ)の間に生まれた子。その頭から蚕と桑が、臍に五穀が生じた。)

――御利益――

1.〝火伏せ(防火、火除け)〟

火の神「加具土命(カグツチノミコト)」は、「防火鎮火(火伏せ)」の神様として信仰を集め、全国各地に愛宕神社が勧請された。(愛宕は「阿多古」という神名にもとづく)

京都の家庭や飲食店の台所では、「火、すなわち慎みを要する」を意味するお札「火迺要慎(ひのようじん)」がよく貼られ、「火の用心」は歳末など火の元への注意喚起のために掲げる標語などでもよく目にするほど、当たり前に浸透している。3歳までにお参りすると一生火に関する災いを避けられるとされる。

2.〝戦勝〟

祭神・悪行や煩悩を切る勝軍地蔵菩薩(しょうぐんじぞうぼさつ)は、甲冑を着て馬にまたがる勇ましい姿から、「戦勝」「勝運」を司る神としてまつられた。本能寺の変直前に、明智光秀が戦への勝利を願って参拝したという逸話が残るが、信長公記には、神社で引いたおみくじに3回連続凶が出て、その後の光秀の運不運を暗示していたと記される。明智光秀のほかにも、伊達政宗や直江兼続などの名だたる戦国武将の愛宕信仰が厚かったとことも、全国に愛宕神社の社がある理由かもしれない。

  

――本殿焼失・本殿倒壊――

<福知山の愛宕神社>

令和5年(2023年)6月15日午後7時55分頃、福知山市の「愛宕神社」から出火の通報。福知山市内は15日夕から激しい雨と雷が続き、稲光の中での消火活動が行われた。午後8時41分に鎮圧状態となったが、再び火勢が強まったこともあり、本殿など木造の社殿3棟、約70㎡を全焼。当時、神社の境内は無人。

愛宕神社総代・田淵完一「こんな結果になってしまって、みなさんに申し訳ない」  

17日午前0時すぎ、愛宕神社近くの「一宮(いっきゅう)神社」でも、本殿を囲う木製の塀約3㎡が焼けた。たまたま通りかかった2人の男性が、神社の方が炎で明るくなったのを見て、神社本殿を囲う木の塀の一部などが燃えているのを発見して通報。境内にあった消火器で30分後に延焼を消し止めたが、現場付近ではオイル缶が見つかっている。

(奈良時代創建の一宮神社は、境内に鎌倉時代の石灯籠が残されているなど歴史のある神社。江戸時代には福知山藩の鎮守として栄えた。御祭神は、天照大御神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた三女神の一柱。福岡県宗像郡沖の島鎮座の宗像大社より歓請されたといわれ、大国主命の后として一緒に日本国土開発と経営に協力。また、神功皇后が三韓からの帰途、神験特に著しかったので巡拝されたとされる。)

18日午前2時半頃、愛宕神社や一宮神社から1㎞範囲内にある福知山市のホームセンターで、店の外に置いてあった段ボールが燃え、19日には、土師の木造空家の縁側が燃える不審火が起きた。6月21日現在、先月5月24日午後3時過ぎに空家で不審部がおきて以降、福知山市中心部にほど近い半径約1㎞の範囲で5件の不審火が発生。警察は、連続不審火とみて捜査しているが、愛宕神社は、激しい雷雨で稲光の中、消火活動が行われたにも関わらず、本殿が全焼した。

火事を防ぐご利益「火伏せ」をうたう愛宕神社の総本山が、毎年、霊界の火素が強くなる節目の6月15日に全焼した・・・・6月15日に霊的な火素が強くなった結果、夜の時代の〝火防〟の働きはなくなって、体的にも火の浄めが始まるのか?

→ 8月8日、ハワイ・マウイ島で過去100年で最大の山火事が起きて、ラハイナなどの街が大惨事に。

<加古川の愛宕神社>

令和5年(2023年)9月25日、午後7時半頃、兵庫県加古川市神野町石森の旧愛宕神社で、男性が木造の社殿の下敷きになって死亡しているのが確認された。加古川市には愛宕神社が8つあり、神野町の愛宕神社は2019年に同じ町内の天満神社に合祀されていた。死亡した男性は、過去にこの神社を管理する宮総代で、休日に解体作業を進めていた。地区では急遽、秋祭りの中止を決めた。

 

 

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