<金山神社(かなやまじんじゃ、きんざんじんじゃ)>
――祭神カナヤマヒコ――
「古事記」等日本神話によると、イザナギ(伊邪那美命、伊弉冉尊)が、火の神となる火之迦具土神(ヒノカグツチ)を生んだ時、美蕃登(みほと、陰部)が焼けて病気になり、吐いたものから、金山彦命・金山姫命が誕生したとされる。
鉱山を宰り、鍛冶など金属に関する産業従事者の守護神とされていることから、この分野の技術を携えて渡来した高麗系帰化人の祖神として結びつけられても来た。4世紀~5世紀頃、大和朝廷の半島進出や大陸との交通に関係して来朝した帰化人たちは、進んだ特殊技術をもって部民(ぶのたみ)として朝廷に使えた。鞍部(くらつくりべ)、陶部(すえつくりべ)、錦織部(にしごりべ)等とともに、鍛冶部(かねちべ)として編成され 朝廷に奉仕したのがその氏族の始めで、鍛冶金工の生業に従事する人たちの産業神になった。
鉱山の神という性質から、鍛冶屋の神、金工職人の神、金物商の神として崇められ、金属加工の神として代表的な存在。金山神社ではカナヤマヒコが単神として祀られることが多いが、共に生まれた妹神・カナヤマビメ(金山毘売神、金山姫神)は同じ性質の神なので、共に祀られることがある。そのため、こういった業種から篤い信仰を受け、日本屈指の企業・トヨタ自動車でも、豊興(ほうこう) 神社として、創業当初からカナヤマヒコを祀っている。金属および鉱山とその関連業(鍛冶、鉱業、他)にまつわる神を祀るが、イザナミ、ヒノカグツチ、その兄弟神となる大雷神(オオイカヅチ)、大山祇神(オオヤマツミ)、罔象女命(ミズハノメ)などが合祀されることはあまりない。
――「南宮大社」(岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1)――
公式WEBサイト<https://www.nangu-san.com/>
南宮大社は、日本各地に鎮座する、カナヤマヒコ(金山彦命、金山彦神)を祀る神社の総本社。戦前の国幣大社で、崇神天皇の御代に創建されたとされるが、詳細はよくわからず、非常に謎が多い。古くは金山彦神社と称されたが、美濃の国府から南方にあたるところから南宮大社と呼ばれ、今に至る。
古来、朝野の崇敬厚く、平将門の乱や元寇の役など、国も危機の際には度々の勅願があり、神験著しかったため、正一位一等の神位を授けられて来た。不破郡は濃尾平野の展開する拠点に位置し、中山道沿いの交通の要衝であったので、各地へ分祀されたのではないか。
南宮大社という社名には、美濃国の国府が北方に設けられていることに対する南側の宮という意味が込められているとされるが、延喜式神明帳には、仲山金山彦神社と記載されていることから、元々の名はやはり金山彦神社で、全国の金山神社は、この社名からの影響と考えられる。
系列社は、金山神社、金山彦神社、南宮神社、金峯神社、他。
(1)神武東征の影響
社伝によると、神武天皇が即位後、この地に祀り、八咫烏を配祀して、東山道の要路を鎮めたとされる。神武天皇の東征で、神武天皇の弓の弭(ゆはず)にとまった黄金色のトビ(鵄)が光り輝き、長髄彦(ナガスネヒコ)の軍を眩ませたという逸話から、最初、この黄金のトビが祀られ、何らかの形で、カナヤマヒコに転じた可能性もある。
(2)南宮大社への改称
崇神天皇5年(紀元前93年)11月には、南宮山山上へ遷座し、その後さらに、遷座し、現在の地に至ったという。また、この時、その鎮座地が、国府の南、あるいは古宮の南であったため、南宮とされたという。この古宮の場所は、現在、南宮大社の御旅所である南宮御旅神社と考えられている
(3)降伏祈願のご神徳
南宮大社のひとつの側面として、「朝敵調伏」の神として信仰を集めた経緯もあり、平将門の乱や元寇の役などの国難の際に、朝廷による降伏祈願が行われ、前九年の役の際には、正一位の神階が与えられたとしている。
(4)金属加工御者の崇拝
基本、金山神社が勧請される地域はある特色が強い傾向にある。それは、金属加工業が盛んな地域に集中しており、とりわけ、鍛冶職人や金属製品の販売業者などに人気を得ている。その地域例は、神田金山神社(東京都千代田区神田近辺)、金山神社(新潟県三条市八幡町)。
南宮大社は、鉱山、金、鉄鋼の神として信奉され、鍛冶屋を代表とする鉄鋼業関係者を中心に拡大した。鉄鋼をひとつの武器=力と考えれば、朝廷が武神的側面をもって祀ったとも考えられ、その表れが「朝敵調伏」の神に現れている。鉄鋼業信仰から、現代では、トヨタ自動車が創建時に、独自に豊興(ほうこう) 神社を創建し、金山彦神を祀っている。一部では、鍛冶に使う金槌を生産の神として、男根信仰に発展している地域もある。
・神武天皇御代(BC660年〜) 美濃国(岐阜県)
東征の際、神武天皇の弓の弭にとまった黄金色のトビ(鵄)が光り輝き、長髄彦の軍を眩ませるという、黄金伝説が始まる。
・神武天皇御代(BC660年〜)、南宮大社(岐阜県)
南宮大社の元になるものが八咫烏とともに祀られたとされるが、具体的には不明。
・崇神天皇5年(BC93年)、南宮大社(岐阜県)
南宮山の山上に遷座し、そこから現在地へと遷座したとされるが、詳細は不明。
・平安中期(905年〜)、南宮大社(岐阜県)
延喜式神明帳に、南宮大社が名神大社として、「仲山金山彦神社」の名で掲載される。
・平安末期(1160年〜)、南宮神社(長野県)
木曽義仲公が幼い時、養父中原兼遠に連れられて京に上った時、密かに源氏信仰の本拠である美濃関が原の南宮大社(美濃国一宮)から特に乞い願い、長野県木曽郡の地にご分祀を勧請したとされる。
・慶長5年(1600年)、南宮大社(岐阜県)
関ヶ原の合戦で南宮大社の社殿が焼失する。
・寛永19年(1642年)、南宮大社(岐阜県)
徳川家光によって社殿が再建される。
・明治3年(1871年)、南宮大社(岐阜県)
近代社格制度によって、南宮大社が国幣中社に列する。
・大正14年(1925年)、南宮大社(岐阜県
近代社格制度によって、南宮大社が国幣大社に列する。
・大正14年(1925年)、豊興神社(愛知県)
愛知県豊田市に、トヨタ自動車が創業と同時に、金山彦神を祀る豊興神社を建立する
そのほか、金山社として有名なのは、延喜式々社として由緒をもつ、河内国(大阪府)柏原に金山彦神社、金山媛神社。金山彦神社はかつて金山孫神社と称し、金山彦命を、金山媛神社は金山孫女神社と呼び、金山姫命を祭って来た。美作国(岡山県)大庭郡中山神社、大和国(奈良県)宇智郡金峰神社等も両神を祭る社として知られている。
佐久の金山社で面白い例がある。佐久市鍛冶屋の氏神は白鬚神社であるが、この境内社的の場所に金山社がある。現在は白鬚神社の社域の一角ではあるが完全なる境内ではなく、またかつては部落の北はずれにあってその旧鎮座地も判っているところから、白鬚神社の神官でありかつ郷土史家でもある平林富三氏は、鍛冶屋なる地名が、大陸系の鍛冶専門といっても刀剣など武器を作る鍛冶ではなく、農具を製造した野鍛冶集団であった、拓殖民が中心となって開拓した村ではなかろうかと、推察されている。やがて農耕中心の村落となったところから猿田彦命を祭る白鬚神社が氏神の位置を占めたのではないかとの説であるが、白鬚神社もまた高麗系の帰化人に深い関係を持つようである。この鍛冶屋部 落の例から関心を寄せられることは、旧前田原の鎮守神飯玉神社はやはり始め白鬚神社と呼ばれていたが、寛政年間に現在の社名に改められたことが社伝に残っている。旧前田原村でもっとも有力な氏族であったという原田氏が、白鬚神社とともに金山社をも尊崇したということは、単なる偶然だったのだろうか。もちろんこれも社伝からすれば原田氏が前田原へ移住したと思われる時代よりも古く、白鬚神社はここに祭られていたとあるから、さまざまな問題を含んでいるのではあるけれど。
いずれにせよ、原田氏がなぜ帰化系の氏族が祖神とした金山社を祭ったのかの疑問に対して、前田原村原田氏がその系譜に当たるかどうかは定かではないが、歴史的背景をもっとも深くもつ九州を中心とした大蔵系原田氏は、半島を経て応神天皇の御代に帰化した漢王の裔阿知使王の統を継ぐという。
北海道・東北地方
・金山神社 (湯沢市) :秋田県湯沢市院内銀山町鎮座。cf. 院内銀山。
(東北では「かねやま」と呼び、その多くは「金山」を意味している。)
関東地方
・金山神社 (小山市) :栃木県小山市犬塚鎮座。
・金山神社 (佐野市) :栃木県佐野市金井上町鎮座。
・金山神社 (足利市) :栃木県足利市福富新町鎮座。
・金山神社 (所沢市) :埼玉県所沢市金山町鎮座。
・金山神社 (さいたま市)
・金山神社 (松戸市) :千葉県松戸市根本鎮座。
・金山神社 (川崎市) :神奈川県川崎市川崎区大師駅前に鎮座する若宮八幡宮の境内摂社。
中部地方
・金山神社 (都留市上谷) :山梨県都留市上谷鎮座。
・金山神社 (都留市戸沢) :山梨県都留市戸沢鎮座。
・金山神社 (都留市玉川) :山梨県都留市玉川鎮座。
・金山神社 (笛吹市一宮町千米寺) :山梨県笛吹市一宮町千米寺鎮座。
・金山神社 (笛吹市一宮町金田) :山梨県笛吹市一宮町金田鎮座。
・金山神社 (甲府市) :山梨県甲府市中央鎮座。
・金山神社 (甲斐市大垈) :山梨県甲斐市大垈鎮座。
・金山神社 (甲斐市天狗沢) :山梨県甲斐市天狗沢鎮座。
・金山神社 (甲斐市宇津谷) :山梨県甲斐市宇津谷鎮座。
・金山神社 (韮崎市鋳物師屋):山梨県韮崎市旭町鋳物師屋鎮座。
・金山神社(南アルプス市有野):山梨県南アルプス市有野鎮座
・金山神社 (大町市) :長野県大町市平鎮座。
・金山神社 (岡谷市湊) :長野県岡谷市湊鎮座。
・金山神社 (岡谷市山手町) :長野県岡谷市山手町鎮座。
・金山神社 (名古屋市熱田区) :愛知県名古屋市熱田区金山町鎮座。
・金山神社 (名古屋市中村区) :愛知県名古屋市中村区長戸井町鎮座。
・金山神社 (あま市) :愛知県あま市西今宿鎮座。
近畿地方
・金山神社 (熊野市) :三重県熊野市金山町鎮座。
・金山神社 (甲良町) :滋賀県犬上郡甲良町金屋鎮座。
中国・四国地方
・金山神社 (徳島市) :徳島県徳島市多家良町に鎮座する山方比古神社の別名。⇒ 山方比古神社
九州・沖縄地方
・金山菅原神社(荒尾市):熊本県荒尾市金山鎮座。
・金山神社(芦北町):熊本県葦北郡芦北町井牟田鎮座。
*関連項目:黄金山神社、金山彦神社(かなやまひこじんじゃ)、金山宮、金神、金札宮
金山神社の由来
・一説に、承和二年(835)9月、大原ノ庄を巡察中に遺去した中納言藤原隆持朝臣の遺体を葬り、目標に植樹した。現在、この森を魔王の森と呼び、金山神社にこの人の霊を祀ったと云い伝えられる。明治5年、村社に列格された。
・弘安7年(1284年)に金山が開発され、寛永元年(1624年)から明暦現年(1655年)までの間が金山の隆盛な時だった。三坂に金山町ができ、黄金山正念寺が建立された。 金山神社は正保2年(1645年)、池田興兵衛の手によって建立されました。金山で働く人々の安全と産金の増大を祈願されたものと思われる。祭神は、大山祇命と金山彦神。
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