公式WEBサイト<https://minashijinjya.or.jp/>
水無神社は、飛騨国の一宮と称されて、飛騨国中の宗祀として現在に至るまで篤い信仰を受けている。かなり広い境内は明るくよく整備されて清々しく、産土神社として崇敬されているのがよくわかった。

【飛騨一宮水無神社】

御祭神は、水無神(ミナシノカミ)を主神として十四柱の神々が祀られ、この水無神(みなしのかみ)は、御年大神(ミトシノオオカミ)であるとされている。古事記では、穀物の神である御年大神は、素戔嗚命と神大市比売命の息子の大年神と香用比売神の子供としていて、御年神は後から上書きされたものではないかと考えられる。
「水無」は「ミナシ」と読むのが一般的で、「水主(ミヌシ)」のことされている。「スイム」と読むとする説もあり、延喜式では飛騨国大野郡水無神社として記載され「ミズナシ」と振り仮名が付いている。
飛騨一宮水無神社の創立鎮座の年代は〝神代にあり〟と伝わるが、古伝旧記が散逸して、詳しい事は定かではない。平安初期の貞缶9年(867年)に、従五位下の神位を授けられたことが延喜式に出てくる。1945年には、熱田神宮のご神体(草薙の剣)がこの神社に一時避難していて、皇室からの信任も篤い。天皇陛下の即位と伊勢の神宮の式年遷宮の時には、位山のイチイの木から作られた笏が献上されている。
山本健造氏は、「〝天孫〟とは飛騨民族のことであり、ヒルメムチ(天照大神)が葬られている位山で、サヌ(神武)にイチイの木で作られた位板が授けられたという口伝が飛騨に残っている」と言っており、この地に住んでいた人たちが位山の神々に仕えていた可能性は高い。
水無神は、神通川(宮川)と飛騨川の分水嶺、水源である位山に鎮座する水主神として水徳を仰がれ、生命、特に農作物に実りをもたらす「作神(さくがみ)様」として信仰されてきた。ゆえに農耕の祖神、養蚕・畜産の守護神、延命長寿(健康長寿)の守護神として御神威が高いとされている。
「水無神社は位山を神体山(奥宮)とする神社である」について――
古代祭祀の形を残している神社は、必ずご神体山を背にして建設され、神社を参拝すればご神体山を参拝する形になっている。ところが、水無神社は位山から7km北東に位置し、南東方向(135度)を拝する形に建てられていて、水無神社を参拝しても全く位山を参拝する形になっていない。距離の離れた他の山を探すと、御嶽山が水無神社の祭祀ラインにピッタリと当てはまった。位山からも御嶽山の噴煙がしっかりと見えることから考えても、水無神社が御嶽山を拝している方が相応しいと思われる。
この水無神社の御旅所は、水無神社から西に1kmほど離れた丘で、円墳のような形で頂上部に広場があり、この頂上部に登るために100mの真直ぐな道が造られていて、滑走路のよう。富山県の尖山にも真直ぐな道が存在した。「尖山に入った男が急にまぶしい光に包まれ気がつくと位山にいた」という話もあり、尖山と位山には何か深い関係があるのかも。
この御旅所は、位山の遥拝所とされていて、位山が良く見える。

【水無神社御旅所から位山を望む】

【水無神社と位山の祭祀ライン】
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