<室生龍穴神社、吉祥龍穴>

奈良県宇陀市室生1297(室生寺から1kmほどの距離)

<WEBサイト:http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=5792

創建時期は不詳。歴史的には室生寺より前で、室生寺は、龍穴神社の神宮寺とも言われ、龍王寺と呼ばれていた。社格は、旧村社。

<奥宮「吉祥龍穴」>

室生周辺は、山々に囲まれた盆地状の地形で、複雑な水脈と渓谷が広がり、巨石や岩壁が点在し、自然の造形が強い印象を与える。こうした地形は、古来より「特別な力が宿る場所」として見立てられ、人々はそこに“場の力”を感じ取り、信仰へと昇華させてきた。室生の地には古くから、点在する3つの龍穴と6つの岩屋(九穴)、5つの渕と3つの池(八海)を総称する「九穴八海(くせんはっかい)」という伝説がある。これは、室生一帯が、個々のスポットとしてだけでなく、全体として一つの巨大な聖域、自然そのものを神として崇める聖地群であったことを示している。吉祥龍穴は、この伝説の3つの龍穴のうち、最も重要で中心的な場所として、今もなお深い信仰を集め続け、龍穴と呼ばれる洞穴では今でも雨ごいの行事が行われている。

単なる洞窟ではなく、水や雲を司る龍が出入りするとされる、山中の洞穴や大きな岩の割れ目、湧水のある場所といった地形は「龍穴(りゅうけつ)」と呼ばれ、「水の力が集まる場所」「天地の気が交わる場所」として神聖視された。

「室生龍穴神社」の創建時期は定かではないが、境内から200mほど離れた渓流沿いに存在する「吉祥龍穴」と呼ばれる岩穴が、神社の起源とされている。この岩穴を龍神が住まう場所と捉え、祈雨の儀式が行われたことが始まりだと考えられ、室生寺よりも古い歴史を持つとされる古社。

奥宮「吉祥龍穴」は、古来より、日照りが続くと天皇の勅使が派遣され、この龍穴の前で雨乞いの神事が国家的な行事として執り行われてきた。平安時代には、朝廷から雨乞いの使者が派遣されたという記録も残り、水神信仰の中心地として人々の生活に深く関わっていた。国の農業、ひいては命運が、この聖地の龍神の力に委ねられていた。『延喜式神名帳』(967)には式内社として記載されている。

(※ 延喜式神名帳――延長五(927)年に編纂された『延喜式』の九巻と十巻にあたり、当時「官社」に指定されていた全国の神社をまとめたもの)

奥宮「吉祥龍穴」は神社の発祥の地であり、信仰の核心、すなわちご神体そのもので、龍神伝説が数多く残されている。また、大国主神の後妻である須勢理姫命が、この岩窟に隠れたという伝説もある。仏教における龍を統率する女神である「善女龍王」が、この吉祥龍穴を住処としたという伝説も伝えられている。社殿という人工物が作られる以前の、より原初的な信仰の形がここには残っていて、麓の本殿や拝殿は、奥宮「吉祥龍穴」を遠くから拝むための「遥拝所(ようはいじょ)」として発展した。

<御祭神>

当初の御祭神は、空海が招請したとされる善如龍王だったが、現在は古事記や日本書紀に登場する、水の神で雨ごいの神として知られている「高靇神(たかおかみのかみ)」。

・「善女龍王」

仏法を守護するとされる八大竜王の一尊、沙掲羅龍王(しゃかつらりゅうおう)の三女で、雨を自在に操る力を持つ女神。弘法大師(空海)が唐・長安の青龍寺から勧請し、京都の寺院「神泉苑」で雨乞いを行った時に現れた龍王としても知られる。

伝説によれば、善女龍王はかつて奈良市の猿沢の池に住んでいたが、ある時、天皇に仕えていた采女(うねめ)が身を投げたことで池が穢れたため、それを嫌い、春日山へ移った。しかし、春日山もまた鹿などの死骸が多く、最終的に、いかなる穢れもない清らかで静かな環境を求めて、この室生の洞穴、すなわち「吉祥龍穴」に棲み処を移したと伝えられる。「古事談」によると、奈良・興福寺の猿沢池に棲んでいた龍王が、後宮の采女(女官)の身投げを忌み、春日奥山に移り棲んだが、そこにも死骸が捨てられたため、室生龍穴に移り棲んだと伝わる。(室生寺発行の冊子より)

また、この地には、大国主命正妻・須勢理姫(すせりびめ)が、父・スサノオの追手から逃れるため、この龍穴に隠まったという言い伝えもあり、神話の時代からこの洞穴が、神々にとっての聖なる避難場所、神聖な守護の地であったことがうかがえる。

・「高龗神(たかおかみのかみ)」

日本書記に登場する、慈雨を降らす山の水神様。

<本殿由緒> 

「祭神 高龗神

 配祀 天児屋根命 大山祇命 水波能賣命 須佐之男命 植山姫命

 主神 高龗神は、伊邪那岐大神其御子 地具土神を斬り給へる時生れませる神にして、水火を司る遺徳を具へ給ひ、晴雨を調節して国土民生を安じ給ふ。

蓋し、農を以て国の本とする我国古来の伝統的民俗信仰として 昇天に慈雨を祈るの風潮野を挙げて後を絶たざりし所以にして 木津川、淀川の上流の統治に此大神の鎮まります事深く故なしとせず。

随って古来歴朝朝野の信仰篤く祈雨止雨の奉幣に預り給ふ事度々にして神階は度々昇叙されて應和元年正四位下に叙せられ給ふ。延喜の制 貴船 丹生等の社と列びその神威赫々たる官幣の小社に列せられ所謂式内社として近畿一円に衆庶の信仰篤く以て今日に及べり。

配祭の祭神は古来聚楽の叢祀を奉斎せしを明治末年に合祀せり。」

――参拝順序

古来からの正式な順序は、麓にある室生龍穴神社(本社)に参拝して、本社の神々に敬意を表してから、ご神体である奥宮「吉祥龍穴」へ向かう。

【韋駄天様】 

駐車場から室生龍穴神社に向かう道沿いにある 

【室生龍穴神社】

【而二不二(ににふに)】の神木

龍穴神社の鳥居の手前に立つ二本の杉の大木「而二不二(ににふに)」の神木。高さ約25m、樹齢約600年。「而二」と「不二」の二つの言葉がくっついた「而二不二」は、二つであって二つでない という意味。「而二(にに)」とは、一つのものを二つの面から見ることで、「不二(ふに)」とは、二つの面があっても、その本質は「一つ」であるということ。 

【連理の杉】

連理の杉の案内板  

石鳥居のすぐ右手にある、二本の大杉。地中で根が繋がり、地上では枝が絡み合うようにして立つ形状から、連理の杉(夫婦杉)」と呼ばれている。「連理」とは、別々の木が一つになることを意味し、その姿から古くから夫婦円満や縁結びの象持とされてきた。境内は広くはないが、杉の巨木群に囲まれた空間は、下界とは異なる静かで神秘的な空気に満ちている。まだ小さい連理のような形態をした杉もいくつかあった。 

【室生龍穴神社「拝殿」】

undefined  ご祭神 ご祭神    

1694年、徳川家光の側室である桂昌院(けいしょういん)が、室生寺から般若堂を移築した美しい建物。拝殿の神額には「善如龍王社」と掲げられており、この地が神仏習合の時代を経て、仏教伝来以降も変わらず、古くからの龍神信仰の拠点であったことを今に強く伝えている。拝殿後方に回って、本殿へ。

拝殿の横を通り 

拝殿・後方部。 

【拝殿奥の「本殿」】

本殿の遠景 

本殿前の狛犬

本殿の前の狛犬 本殿の前の狛犬 

拝殿の奥、石段を登った先にある本殿は、1671年(寛文11年に春日大社の第一摂社である若宮社から譲り受けた旧社殿とされ、奈良県の指定文化財にも指定。鮮やかな朱塗り、そして優美な曲線を描く屋根が特徴の「春日造り」という、奈良地方に特徴的な神社建築様式を今に伝える貴重な建造物。本殿から見える奥山には「竜神」が住むと伝えられる。本殿には、主祭神の高龗神(たかおかみのかみ)、本殿の両脇には、宗像三女神の一柱・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀る「道主貴神社」と、天手力男命(あまのたぢからおのみこと)を祀る「手力男神社」が鎮座する。日本神話の「天の岩戸」伝説で、岩戸に隠れた天照大神を外に連れ出した力持ちの神「天手力男命」神が、本殿のすぐそばに祀られていることは、奥宮への道中にある「天の岩戸」とも深い関連性を感じさせ、この地全体の神話的な構成を暗示しているかのようだ。一般の参拝者は、石鳥居からお参りすることになっている。

 

――奥宮「吉祥龍穴」――

本社「室生龍穴神社」から、奥宮「吉祥龍穴」へは、少し離れている。室生龍穴神社から車道を5分ほど歩くと、龍穴へ続くアスファルトで舗装された林道の入口があり、徒歩で片道約25分、車では6分ほどで奥宮に着く。舗装された林道だが、切り立った岩肌に沿った道は狭くて険しい。車で奥宮の入り口(鳥居)まで直接行けるが、道幅がほぼ1車線に近いほど非常に狭く、対向車が来た場合は、どちらかが道幅が広い場所まで長く後退する必要がある。また、龍穴の入口、石鳥居前の駐車スペースは狭く、行き止まりなのでUターンも必要。運転に自信がないなら、麓の神社の駐車場に車を停めて、歩いて登る方が賢明。【天岩戸】室生龍穴神社から奥宮へ向かう林道の途中、「九穴八海」伝説における六つの岩屋の一つとされる、白い鳥居が目印の「天の岩戸」がある。鳥居をくぐると、巨大な刃物で一刀両断されたかのような高さ5mほどの巨大な岩が1対となって鎮座し、その間には神域を示す注連縄が張られている。岩肌は苔むして、木々に囲まれて深い静寂に包まれている。神社の本殿脇に天手力男命が祀られている。

二つに分かれた巨岩

天岩戸の本殿 

【奥宮「吉祥龍穴」】

天岩戸から5分ほど杉木立の林道を進むと、奥宮「吉祥龍穴」の入り口を示す看板と白い鳥居が見えてくる。鳥居の前の道が少し広くなって、車3・4台ほど駐車できるが、先には進めないのでUターンが必要。

奈良 室生 吉祥龍穴 駐車場  

鳥居をくぐると、これまでの緩やかな道とは一変して、空気がひんやりする。苔むした急で狭い石段が約100段、谷底へと続く。滑りやすいため、手すりや入り口に常備された木の杖を頼りに慎重に下る。2026年は、階段はコンクリートでカバーされていた。奥宮の白い鳥居をくぐって急な階段を降りるにつれて、次第に水の音が大きくなり、眼下に川の急流と、崖に張り付くように建てられた小さな拝殿(遥拝所)が見えてくる。奥宮は、多くの参拝者が日常とは異なる不思議な感覚を体験する場所としても知られる。段を下りるにつれて、気温や湿度が変わり、周囲の空気が密度を増すように感じる。俗世と神域を隔てる結界のような感覚や、清らかな水の世界に入っていくような感覚を覚える人も少なくない。科学的に説明できるものではないが、多くの人がこの場所で、響き渡る水音によって心が洗われるような浄化の感覚や、深い心の安らぎを感じている。

   

大きな鈴がかかる、簡素な遥拝所吉祥龍穴や招雨瀑、川は、ご神域そのもの。奥宮の遥拝所は、龍神と間近で対面する極めて神聖な場所なので、土足厳禁。必ず靴を脱ぎ、備え付けのスリッパを利用するか、靴下で上がる。遥拝所の正面に、川の対岸に龍王が棲むといわれる暗い口をあけた洞穴「吉祥龍穴」が見える。

 

奥宮の龍穴龍穴の右側の大きな一枚岩からは「招雨瀑(しょううばく)」と呼ばれる滝が流れ、「雨を招く滝」という名の通り、古来の雨乞い神事の情景を彷彿とさせる、清らかで力強い水音を響かせる。

  

ロープが張られていて、吉祥龍穴や滝に近づくことはできない。大声を出したり騒いだりせず、自然の音に耳を傾け、必ず遥拝所から静かに手を合わせ、日々の感謝と祈りを捧げる。

 

 

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