1.心臓

 心臓と脈

(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『病気発生の原因』▲より)

 本療法は実に霊医術であり、特に「心臓医学」ともいうべきもので、心臓が根本になるんであります。

(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『心臓』▲より)

 これから心臓の事についてお話致します。よく心臓が悪いという患者を査べてみると、本当に心臓の悪い人は滅多にないのであります。心臓の異常は脈でみるのが一番いい。何病でもそうですが、リョウマチスとか神経痛とかは脈を診なくともいいのですが、内臓に関係のある病気は、必ずまず脈を診なくてはならないのであります。脈で診る癖をつけると、余程脈によってすべての状態が判るのであります。昔の漢方医の大家は、脈は二十一通りもあって、脈を診ただけで、どこが悪いかという事が判ったといわれております。これは段々熟練するとそこまで到達し得る事も至難ではないと思うのであります。貴方方でも一年位やれば略々(ほぼ)判るようになると思います。脈の不整というのは、トントンとうつのが不規則で、トントント・・・トントントンというようにうつ。ひどいのになると、計算の出来ないのがあります。無論、こういうのは症状はわるいのです。又結滞するのがあります。トントントントンートンというように一つ位休んでうつのであります。普通結滞するのは悪いとしてありますが、健康体であって結滞する人も偶にはあります。これは差支えないんであって、どこか病的症状があって結滞するのはわるいのであります。又脈に力のあるのと無いのとありますが、持上る様にきつく力のあるのは健康体であって、どこか悪い所があるか、又は衰弱していると、非常に力がないのであります。次に脈の数ですが、年齢の少い程多いので、生後二、三年は百十位、四、五歳で百位が正常であります。そして段々成長して子供で九十位、青年になってから四十歳位までは七、八十であります。それで、脈の数としては、成人でまず八十位までは健康体としていいのであります。年をとるに従って脈は少くなり、七、八十歳になると六、七十位になります。病気でなくとも、非常に疲れたり、腹が減ったりした時などは多いのであります。普通病体として脈が九十位までなら必ず短時日に治るのであります。次に、まず百までの脈なら、時日の長短はありますが、必ず治るとしていいのであります。それから百以上百十位までは、治ると治らないとの半々位であります。しかし、百十から百二十までは治るのもありますが、大体治癒困難と見なしていいのであります。百二十を越したら、これはもう危険区域へ入っているので、普通二、三日ー長くて一週間以内に駄目と見ていいのであります。しかし、一時的発作的に百二、三十位あっても、長く持続しないで、二、三十分か一、二時間で元へ戻るのは全然ちがうので、これは何でもないのであります。昨日も今日も百二十位という具合だったら、まず恢復は困難と見ていいのであります。

 熱が高いと脈拍は高いという事になっていますが、これは火素即ち熱を吸収するのに心臓がさかんに働く為であります。しかし、病気によって、必ずしも高熱に伴わない脈の少い場合もあります。衰弱している者の脈で、弱くて速いのは、火素は吸収しているが、その力が足りない為であります。ですから・・・脈で一番衰弱の程度が判るのであります。脈がフワフワしているのは、余程衰弱している。これは感じで判ります。又衰弱していながら、ゆっくりうつのがあります。これは、一つの脈が段がつくように(∧)でなく(∧∧)、(一山でなく二山型)にうつのであります。一寸見ると正確のようですが、念を入れてみると変な所があります。これは心臓が弱っているので、こういうのは多く喘息の持病の人にあります。世間一番誤られ易いのは、喘息と心臓病であります。御承知の通り、喘息の原因は、横隔膜下に水膿が溜る。それが肺の下部を圧迫し、それが又心臓を圧迫する。それの為、動悸や息切がする。この症状を心臓がわるいと診られ易いんであります。

 弁膜症、狭心症、肥大症、心臓神経衰弱(心臓性神経衰弱)

(医学革命の書『胃病と心臓病』より)

 心臓病であるが、此原因は至極簡単である。即ち心臓近接部に毒素溜結し、圧迫の為脈搏不正(整?)、心悸昴進と共に、肺も圧迫されるから呼吸逼迫する。之が普通の弁膜症であるが、此重いのが彼の狭心症であって、之は心臓の周囲全体に毒素溜結し、全体的に固るべく収縮するので、心臓は強圧の為、激烈な痛みと非常な呼吸困難をすので、生命も危くなるのである。之等も浄霊によれば割合簡単に治るが、右は普通の狭心症であって、之とてなるものに心臓神経衰弱というのがある。之は突発的で命も危いかと思う程の苦痛が、数分乃至数十分でケロリとして了う。之は心臓病で死んだ霊の憑依であるから、之は霊的病の項目に譲る事とする。 

(天国の福音『心臓及び高血圧』▲より)

 心臓病は医学上大体狭心症、弁膜症、肥大症等に分けられている。すなわち狭心症は発作的に胸部激痛、圧縮感、呼吸切迫等で、苦痛はすこぶる激烈洵に恐るべき症状である。重症は一回の狭心症によって一命を落すものさえあるが、大抵は一旦快復するものである。この原因は心臓の周囲に溜結せる毒素が、第一浄化作用により、心臓に向かって求心的に圧縮する、そのためである。医療は注射によって一時的小康を得させるが、本医術によれば容易に根治するのである。弁膜症は狭心症と同一原因でただ全体的でなく局部的圧迫であるから、心悸亢進、脈搏不整、軽度の呼吸逼迫等が重なる症状である。心臓肥大症は稀にはあるが、大多数は医家の誤診である。それは心臓付近に溜結せる毒素の塊を見誤るのである。但し大酒家、スポーツマン、登山家等にはたまたまあるが普通人にはほとんどないといってもいい位である。

 次に心臓神経衰弱というのがある。これはなんらかいささかの動機によって、急に心悸亢進、呼吸切迫、死の直前のごとき苦悩を起すがこれは暫時(ざんじ)にしてケロリと治り平常のごとくなるもので、この原因は霊的で、なんら恐るべきものではない。

(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『心臓』▲より)

 又心臓部の肋骨に水膿が固結し、その付近に水膿がある場合があります。そうすると、微熱を持ったり、多少の圧迫もあるから、そういう人は少し何かすると、直ちに鼓動が激しくなる。これが心臓弁膜症と間違えられるので、この例は割合多いのであります。これは簡単に治るのであります。三月程前・・・二十年来の心臓弁膜症が僅か三回で治って、今はすっかり快く、とても感謝しております。弁膜症は治らぬとしてありますが、実に簡単に治るのであります。が、これらの患者はいわば擬似弁膜症で、それは全く心臓に何ら異状がないからであります。心臓弁膜症でも、脈拍に異常が無ければ容易に治るのであります。それは大抵喘息の膿の為か又は肋骨の為と思えば間違いありません。しかし本当の弁膜症はあります。それは心臓狭心症に因るのと不時衝動の為とであります。狭心症は非常な苦痛を起すもので、胸部は締めつけられる様であります。原因としては、水膿溜結が心臓部に出来、心臓を極度に圧迫する為で、その結果弁膜の運動が阻害されるからであります。これは絶対治らぬとされております。そうして鼓動が不正になるので、これが本当の心臓弁膜症で、偶にしかない病気であります。も一つは、高所から落ちたり、あるいは胸を打つとか、そういう大きな衝動によって心臓に打撃を与える。それが為弁膜症となり、脈縛不正になるのであります。又非常な大酒飲みで、酒の為に常に心臓が刺戟を受け、肥大となって故障を起す。そういう原因によって起る事もあります。

 も一つはバセドー氏病の末期に、脈拍不正となる事もあります。本当の弁膜症は非常に治り難いのであります。ただ以上の内、衝撃に因る場合は治りいいので、これは打ちすてておいても、何年か経つと自然に治るのであります。水膿溜結による弁膜症でも、気永にやれば必ず治るんであります。酒の為になったのは、酒を罷(や)めて気永にやれば治るのであります。ただ狭心症の結果、弁膜症になったのは一番困難であります。これは最もひどく打撃を与えられるからであります。

 その他心臓肥大という事をよくいいますが、これも滅多にないんであります。よく肥大といって来る患者で、そうでないのが沢山あります。これは多く喘息の水膿溜結の為、横隔膜付近が脹れている。すると「そこまで心臓が肥大している」ように見えるのであります。心臓肥大症は、大酒家、スポーツマン、永年の重症喘息患者等にある病気であります。又非常に苦しむ病気などに罹ると、いくらか心臓肥大するようであります。心臓神経衰弱というのがありますが、これは発作的に非常に胸が苦しくなる。そうして脈が早くなって呼吸困難になり、脣(くちびる)は紫色になり、今にも死ぬかと思う状態になる。ところがこれは何でもないので、三十分か一時間位経つとケロリと治るんであります。医学では「心臓神経衰弱」といっております。これは何の為かというと、死霊が憑る。つまり死んだ霊が臨時に憑るんで、その死霊の死の刹那の症状が現われるのでありますが、これは本療法で簡単に治るんであります。

  又心臓は普通左に着いているのですが、右に付いている人が時々あります。これは心得ておくべき事です。前に、随分変ったのがあった。肋膜をやった人で、肋膜炎が治ったら、左にあった心臓が右へ移ったというのです。見るとたしかに右の方で鼓動が打っております。これは生れつきではない。病気が治ってから右へ行ったんだと言っておりましたが、これはいかなる理由か分りません。

ア.狭心症       

(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因 心臓の周囲に滞留する毒素が、第一浄化作用によって、心臓の周囲から心臓に向って求心的に強圧するのである。

 症状 発作的に突如として胸部一面強烈な痛みと圧縮感、呼吸逼迫等の症状を呈し、その苦痛は名状すべからざるものがある。

 浄霊 肩の凝りから来るので肩を浄霊し、心臓部を後ろからと前からと浄霊する。

イ.弁膜症       

(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因  狭心症と原因は同一であるが、全体的でなく局部的圧迫である。心臓附近の前後の肋骨及び横隔膜辺の溜結毒素の浄化による微熱の為心臓を興奮さす。

 症状 心悸亢進、脈搏不正、軽度の呼吸逼迫等である。

 浄霊 心臓の表裏と腹部及び腎臓部。

ウ.心臓肥大症     

(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因 心臓附近に溜結せる毒素の塊りが肥大とみあやまれる。但し大酒家やスポーツマンには真の肥大症があるが他はほとんど誤診である。

 浄霊 横隔膜附近及び心臓部。

エ.心臓性神経衰弱     

(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因 大抵は死霊の憑依である。

 症状 発作的に胸が苦しくなる。そして脈が早く呼吸困難になり、唇が紫になり、今にも死ぬかと思う状態になる。

 浄霊 祝詞をあげて前頭部を浄霊する。

③ 心臓手術

 (『心臓の手術』▲より/『栄光』203号)

 今度女子医大の学長、外科の大家榊原博士が、心臓弁膜症の手術に成功したという事をラジオで聴いたが、それは心臓の弁膜は四枚あるのを、病気に罹っている一枚だけ除去出来たという報告である。(中略)ところが吾々からみると歯牙にかける程の事でもない。なぜなれば我浄霊ならばそんな手数をかけずとも訳なく治るからである。というのはこの患者は一枚の弁膜の際(きわ)に毒素が固結し、その圧迫によって心臓の活動に障碍を及ぼしたのであるから、その固結毒素さえ溶解排除させれば、それで治ってしまうので、もちろん肉体に触れず、精々二、三回で済むのである。

 そうしてこの手術に際し注意したい事は、よしんば完全に切除出来たとしても、決してそれで根治するのではない。一時は治ったようでも、長くて数年も経てば必ず再発する。というのはその隣の残る三枚の内の一枚に固結が必ずまた出来るからで、毒素は誰でも予想外に多いものである。しかも手術の際の消毒薬は、いつもいう通り非常な猛毒であるから、その中毒の排除作用が悪性な病気となり、弁膜症再発以外別な苦しみが追加されるから、患者は気の毒なものである。

 では初めから手術もせず、浄霊もしないとしたらどうかというと、普通人の生活常態であれば、時々微熱が出たり、軽い痛み、鼓動の昂(たか)まり、息切れ等、いずれも軽い症状で、気にせずそのままにしておけば、自然に僅かずつ毒素は溶け、咳と痰となって出て、長くはかかるが、完全に治ってしまうので、手術などという余計な事をして、反って余病を作るのは、その無智哀れむべきである。

④ 心疾患の事例

<事例1> 心臓弁膜症も狭心症も、心臓の廻りに固まっている毒が心臓を圧迫するため。飲薬では、西洋薬より漢方薬の方が恐い。

(『御教え集』第1号/S26.8.25)

(お 伺) 昭和廿四年三月入信の信者でございますが、心臓弁膜症にて悩んでおりましたのを御守護頂き喜んでおりました処、昨年十一月始め雨に濡れてより風邪の気味にて体がだるく、家業の農業は出来ず漸く炊事が出来る程度でブラブラ致して居りました(此時より月経閉止致し現在まで全然ございません)その中次第に病状が重くなり本年二月事情により実家(未入信の上御道に対して全然理解がございません)え(へ?)帰り、療養致して居りましたが附近に信者さんもなく御浄霊も充分頂く事が出来ずに居りました。四月末頃より次第に全身がむくみ始めましたが、その頃から毎日御浄霊を頂く事が出来る様になり、御守護により多量の排尿と共にむくみは去りました。其後暫くは楽でございましたが、間もなく排尿少量となり再びむくみ始め、腹部は七、八カ月の妊婦の如き状態にて御浄霊を頂いて居りますが(隔日程度)全然変化ございません。現在腹部の腫れは次第に上に昇り胸部中央部まで達し、その為食慾も少く(お粥軽く一杯程度)時には全然食べられない事もあり又息苦しくございます。脈搏は相当欠滞致します。浄化の状態は殆ど絶望と思われるかと思うと御守護頂き、又暫くすると重くなると言う様に波状を繰返して居ります。

 右御浄化中、時々薄茶色の水を吐きましたが食物は嘔吐せず、水を吐くと胸がすいて食慾が出て参ります。又時々呼吸困難になり、その折腹部を押えますと臍部一、二寸位上部に鶏卵大の固りが現れ、自分で御浄霊して居りますと次第に楽になり、それと同時に固りもなくなります。此様な事が度々ございましたが最近では余りございません。この間実家の人の計らいにて止むなく医診を受け、排尿の為の注射を三回程致しましたが、その他には入信(前?)にも余り医薬は用いた事なく只二十数年前、肋膜が悪いといわれ母の勧めで煎じ薬を暫くの間(服用期間不明)服用致した事がございます。又実家へ帰りました当時は御浄霊頂きますと憑霊状態となり豊川稲荷だと申しましたが、最近では殆んど憑霊現象はございません。豊川稲荷は嫁家で二十数年前、祠と狐の象を買って参りお祀り致して居りましたもので、二十三年八月、光明如来様御奉斎と同時にお納め致しました。尚、夫は二十三年十一月結核にて死亡し、私の入信後は夫の父と共に御神体、御屏風観音様を御奉斎させて頂いて居りました。

 右御浄化は如何なる訳でございましょうが。又御浄霊の個所につき御教示賜わり度御願申上げます。

〔御 垂 示〕

 心臓弁膜症なんて訳はないんです。之は、心臓の廻りに毒が固まって、心臓を圧迫するんです(。?)之は少しやれば直き治っちゃう。夾(狭?)心症と言うのは、キュッと強く来るんですね。心臓の廻りに毒があり、圧迫するんです。

 弁膜症は一部ですね。前とか後とか横とかにある。それが固まって心臓を圧迫する。

 漢方薬――之が悪いですね。之が原因ですね。この為です。漢方薬が心臓の廻りに固まりますから、心臓を圧迫して、そこに膿が溜って、それがお腹や上の方にいく。

 それから、玉の様なものは豊川稲荷の霊でしょう。之は直き解決する。腹部の腫れ――之は尿毒と薬毒でしょうね。それが段々増えて来る訳ですね。それで、お粥が一杯程度と圧迫する。心臓の下から圧迫するので、心臓部の左の方と背中の方にいくと腫れてますから、そこを浄霊する。浄霊するには霊力が足りないんだな。力を入れてるんです。全然、力を抜かなければいけない。肋膜にも幾らか溜っているでしょう。然し之は直きに溶けます。漢方薬が恐いんです。飲薬では西洋の薬より、漢方薬の方が恐いでしょうね。薬としては漢方薬の方が恐ろしい。量が多いですからね。

 今の様に力を抜いて、左の心臓から胃の方にかけて浄霊して固まりを溶かせば、そう難かしいものじゃない。

<事例2> 肉腫は骨のあるところにできないから誤診。心臓附近にある毒結の見当がつけば咳も減ってどんどん治る。

(『御教え集』第7号/S27.2.27)

(お 伺) 小島三十皥(みとこ)(五十歳)三男(いさを)(十三歳)昭和二十六年十二月末十時頃寝床より飛起き、手を振り目をむいて「恐い」と言い乍ら母親に抱きつき、苦しみましたので、直ぐに病院に連れて行き鎮静剤を射ち一応収まりましたが、正月過ぎてより咳が激しくなり、一月十七日市立病院にて、感冒との事でレントゲンの結果、胸中央立てにズット白く現われ、縦隔肋膜炎と診断され、家で療養致しておりましたが、再び一月十九日小児科医長の診断で、直ちに入院との事で入院致しました。心臓附近の肋膜故水を取る事が出来ないとの事で離(利?)尿剤、エフエドリン、強心剤、マイシン等の注射を続けました。其頃よりお道の話を伺い、御浄霊を戴く様になりましたが、医者の手を切れませんでした。二月十日妻が入信させて戴き、先生方より御教え戴きましたが、薬を断切る事が出来ませんでした。二月十九日三回目のレントゲンの結果、水を取る為に胸部に注射針二カ所刺しましたが何も出ず、肉腫と言われ、阪大の癌研究所に入院しましたが、食欲はなく衰弱ひどく、苦痛も激しいので、ラジウム、レントゲン等の治療は無理と言われました。もう運命は決しているとの事に即日家に帰り大光明如来様に一心にお縋り致し、御浄霊を戴きましてより、食欲も出、大変楽にさせて戴きました。私は三月二十四日、功は二十五日入信。二十六日御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。只今の状態は、会長先生の御浄霊を戴きましてより御浄化強く、ひどい喘息の様にせき込みますが、中々痰が切れ(にく)く、呼吸困難の発作が頻発します。尿量は多くなり、軟便五回程御座いました。食欲も少し衰え、食しますと後が御浄化強く苦しくなりますので、控えてを(お?)ります。入院以来未だ横臥出来ず、坐った儘の状態で御座います。御浄霊の個所御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 肉腫――誤診だね。少し見当違いをしているな。之は胸の――心臓の附近に毒の固まりがあるんですよ。大したものじゃないですがね。毒の固まりが――旨く見当がつけば、ドンドン治るんですがね。少し外れている。見当がつけば、咳も減って来ます。之は直かに押してみて、こうやってみて、一番暖かい処――熱のある処、そこをやれば良いんですよ。之は大したものじゃないですよ(。?)見当さえつけばドンドン良くなります。医学じゃ、こんな事が解りませんからね。良い加減な事を言って、穴をあけて見たら肉腫だと言う。肉腫はこんな処に出来るものじゃない。肉腫は肋骨に――骨のある処に出来るものじゃない。だから私は、お医者さんに診断して貰うよりか、大工か鍛冶屋に診断して貰えと言う。何故かと言うと、医者は良い加減にやるから、素人がやるより危ぶない(。?)

 「最初に苦しんだのは、何う言う訳で御座いましょうか」

 浄霊の時か、医者の時ですか。苦しみと言っても理由が違いますよ。医者の時か、浄霊してからの苦しみかです。

 「浄霊の前ので――」

 それは、医者は苦しむ様にするからです。医者にかかれば苦しみます。

 「霊的の事で――その場合は霊的で――」

 そうです。霊が来るんです。

 

 

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