3.病原となる〝薬毒〟

① 薬の害を知らせることが根本

ア.薬が不幸を作り、悪の世界を造った。

(『御教え集』第18号/S28.1.7より)

 悪の世界というものは薬がつくったものです。無論今読んだのは、薬が不幸をつくるというのですが、不幸というのは悪のためですから、人間界から悪をとれば不幸というものは無くなってしまいます。だから病気で苦しむために不幸になるというので、その病気をつくるのは薬ですから、薬というものはそのくらい恐ろしいのです。ところがその薬をいい物の様に人間は長い間教育されているので、一寸やそっとではなかなか分らないのです。救世教信者になれば信じられますが、普通の人に言ってもなかなか信じられないので、そこに骨が折れる点があるのです。ですから結局薬の害を知らせる事が根本なのです。

イ.薬毒は発育を妨げる。

(S7.10.15)

――奈良の正倉院で見た昔の人の着物はずいぶん大きなもの。当時の日本人はみんな大きかったのか。

 『そうです。』

――現在、小さくなったのは薬毒のためか。

『薬毒です。あれは発育を妨げるのです。』

② 薬毒や食物以外の異物は、体内に残存する。

(天国の福音『薬毒』▲より)

 今日まで、西洋医学においては二千五百年以前ヒポクラテス創始の医道以来、また中国の医祖伏羲(ふくぎ)によって五千年前創始せられた医道はもとより用ゆる病気治療の方法は、ことごとく浄化作用の停止以外には出でなかった事は既に述べた通りである。そうして浄化停止に最も効果ありとしたものが薬剤使用であった。しかるに薬剤なるものの本質はことごとく有毒物であって、人体を毒作用によって衰弱せしむるのである。(中略)しかしながら日本においても徳川末期の漢方医の大家杉田玄白はいった。「元来世の中に薬なるものはない。薬というのはことごとく毒である。故に薬によって病を治すのではない。実は毒をもって毒を制するのである」ーとは洵に先覚的至言である。また現在の薬学といえども毒物の研究を本意としている事である。そうして薬剤は効力発生後消滅すべきものと医学は信じているが、それは非常のあやまりで実は体内にいつまでも残存する。何となれば人間として飲食すべき物質は造物主が自然に決定しているのである。それは人間が生命保持のためとして造られたる食物である以上、必ず味わいなるものをもっている事と、消化機能なるものは、天与の食物に順応すべき性能に造られているものである。従ってそれ以外の異物は消化機能の役目以外のものである以上消化せずして残存するのは当然である。これについて二、三の実例をあげてみよう。

 私は以前、某病院の看護婦長を永年勤めていた婦人から聞いた話であるが、四十余歳の男子、なんらの原因もなしに突然死んだのである。その死因を疑問として解剖に付したところ、その者の腸管内に黒色の小粒物が多量堆積しており、それが死因という事が分った。しかるにそれは便秘のため永年にわたり下剤として服んだその丸薬が堆積したのであって、それがため腸閉塞かあるいは腸の蠕動(ぜんどう)休止のためと想像され得るが、とにかく死因は下剤の丸薬である事は間違いないという事になったそうである。

 次に、右と同様な原因によって急死した五十歳位の男子があったが、ただ違うのはこの者は下剤ではなく胃散のごとき消化薬の連続服用が原因であって、解剖の結果、胃の底部及び腸管内は消化薬の堆積おびただしかったそうである。

 次に、私の弟子が治療した胃病患者があった。それは胃の下部に小さな数個の塊があって幾分の不快が常にあった、しかるに本療法の施術を受けるや間もなく数回の嘔吐をなし、それと共に右の塊は消失し、不快感は去ったが嘔吐の際ヌラのごときものが出て、それがナメクジの臭いがするのである。その人は十数年以前ナメクジを数匹呑んだ事があったそうで、全くそのナメクジが消滅せずして残存していたものである。

 また今一つは歌う職業の婦人で、声を美しくせんがためナメクジを二匹呑んだ。しかるに数年を経て胃部の左方に癌のごとき小塊が出来、漸次膨張し、入院手術を受けたところ、驚くべし一匹のナメクジは死んで固結となっており、他の一匹の方は生きていて腹の中で育って非常に大きくなっていたそうである。

 以上によってみても、異物である薬剤が残存する事は疑いない事実である。そうして薬毒が病原になるという事実について一般に気のつかない事がある。それは医師が医療を行いつつありながら余病発生という一事である。もし医療が真に効果あるものとすれば、治療するに従い順次全治に向うから、余病などの発生はない筈である。すなわち仮に最初三つの病気があれば二つとなり、一つとなり全治するという順序でなければならない筈であるに拘わらず、反って一つの病気が二となり三に殖えるという事は洵に理屈に合わぬ話である。それ等の事実に対し、医師も患者も何等疑念をさしはさまないという事は不思議というべきである。これの事によってみても世人がいかに医学を過信し、一種の迷信化している事で、私はいつも嘆かざるを得ないのである。

③ 薬が血液を濁らせて、身体を弱らせる。

ア.異物である薬の毒分が血液中に吸収されて、濁血となる。

(医学革命の書『固め方法と溶かす方法』より)

 食うべき物は自ら決っており、体内の消化器能(機能?)もそれだけを完全に処理するようになっているので、他の如何なる物も処理されないのは勿論であるから、薬は異物である以上処理されず、大部分は残って了う。而も浄化を停止するだけの強い毒である以上、其毒分は残り血液中に吸収される。之が濁血である。

イ.薬が心臓に入ると血液が濁り、身体が弱る。薬が直接心臓に入って血に混じる注射はいっそう悪い。

(『観音講座』(七)▲より)

 薬を飲むと胃に入り腹に入り心臓に入る。食物は良いが薬は心臓に入ると血液が濁る。血液が濁れば体が弱るのである。注射液は直接心臓に入りて血に混じるから一層悪いのである。

 人間の体は常に浄化作用をしているからその粕が肩や首に寄るのが多いのである。これは罪穢の病源とは違うのである。肩が凝り、脳溢血を起し易いが先祖の罪穢よりは軽いのである。なお又毒が下へ降って行くものもある。脊椎や腰へ注射して足へ下りて来て踝(くるぶし)や関節へ固るのはこれで、これは仲々治らんものである。

④ 毒素は神経を使うところに寄る。

(『スポーツマン早死の理由』▲より/『栄光』193号)

 今日世間で最も不思議に思っていることはスポーツマンの人達が割合早死である事である。何しろ体育協会の会員であり、体育については常から出来るだけ錬磨しているにかかわらず、右のごとくであるとすれば、ここに疑問が生ずるのは当然である。(中略)

 まず体格を見ると、右とか左とかのある局部に必ず毒素の固まりがある。それは何がためかというと、運動の場合姿勢が一定しているからで、その一点へ力が集るという訳で、そこへ毒素が集まり固結が出来るのである。私が常に言っているように、毒素は神経を使うところに寄るという意味に外ならないのである。

⑤ 医療を受けたから悪化した。

(『医学の罪悪観』▲より/『栄光』172号)

 本教浄霊に来る患者の数は年々増加して、今日は全国で非常な数に上っているが、重難症患者は一人の例外なく、医療の結果そうなったというのである。これらを吾々からみると、最初から何もせず放っておけばすでに治っていたのであるが、医療を受けたために悪化に悪化しつつ重難症となり、ついに死の一歩手前にまで追い詰められた、この種の人のいかに多いかは、膚(はだえ)に粟を生ずるくらいである。特に薬剤を多く用いた者程、悪化の度もはなはだしいのであるがら、知らぬ事とは言いながら由々しき大問題である。

⑥ 薬の連続使用で次第に浄化が悪性となり、あの世往きに。

(医学革命の書『毒素とは何か』より)

 有名な漢(蘭?)方の名医杉田玄白の曰った事は、「薬は毒である。治病に薬を飲ませるのは、毒を以て毒を制するのだ」との言葉は至言である。只些か徹底しない点は、毒を以て毒を出さないようにするといった方が尚ハッキリする。此理によって毒の排除を止めるに毒を以てする以上、古い毒素の上に新しい毒素を追加するので、古い毒の固りの外に新しい毒の固りが増えるから、最初より浄化が悪性となる。それに対し又新しい毒を入れるから、段々毒が増えてゆき、躰は弱る上に弱るので、浄化の力も弱くなる。斯うなった人は顔色悪く、風邪引き易く、元気なく、常に医者と薬に浸りきりになり、生ける屍の如くなって、年が年中苦しみ通しであって、一人前の仕事など到底出来ない哀れな者である。而もそうなってもその原因が分らないから、相変らず次から次へ医師を取換え、新薬を探し求め、灸や(まじ)(ない)、民間療法、信仰等に遍歴しているが、それでも根本が分らない為、散々金を使った揚句、苦しみ乍ら彼の世行となるので、此因はといえば医学の誤りであるから、此罪悪こそ驚くべく恐るべきもので、結果からいえば医学は悲劇の製造元であるといってもいい。

⑦ 薬が病気を作り、増やし、悪性の病気を新たに作る。

(『御教え集』14号/S27.9.17より)

 何しろ色んな病気が増えつゝあるのです。(中略)それで丁度、浄化作用――要するに溶け様とする毒を固めて来たわけです。で、病気の種類も段々増えて来るのですが、それはつまり、此の毒が出ようとするのを固めると、其処から出ないから、他から出ようとして変化をするのです。だから色んな病気が増えるのです。それで薬毒が段々増えていくわけです。増えていくので――新しい薬という奴は段々毒を強めて固めるのです。

(『御教え集』7号/S27.2.17より)

 アメリカは非常に結核が減った。(中略)処が今言った様な具合に急激に増えたらしいですね。(中略)つまり薬で抑えつけているから、一時延びるんですよ。今度はそれが、反動時代になって、薬毒の浄化も加わって、猛烈な悪性結核が増えるんですね。

 

(『御教え集』第7号/S27.2.5より)

 浄化を停止した為に、一時、死亡だとか悪化を――一時喰止めたから――抑えたからね。(中略)けれどもそれで、ずっといく訳じゃないんだから、結局又浄化が起って、今度は先よりか悪性な結核か、さもなければ他の病気ですね。形を変えた病気ですね。形を変えた病気と言うのは、近頃アメリカで非常に起り出して来たですね。(中略)それから英国あたりは、結核が非常に少ないけれども、浄化を極く弱らせた――消極的健康者ですね。(中略)あれは国民の元気が無くなった――弱った為です。

⑧ 体内で固まった薬毒は浄霊で溶けていくが、一生涯無くなることはない。

(『御教え集』第18号/S28.1.7より)

 私は昨日から歯が痛くて少し腫れてますが、これは歯の肉に固まりがあって、それが溶けて来たのです。この歯の薬の固まりですが、この薬が今年で三十七年になります。三十七年たっても、今もって無くならないというのは、固まってしまうのです。ですから新しい信者の人などがかなり浄化して出たので、もう薬毒は無くなっただろうと思うと、あに計(図?)らんやこれからです。二十年も三十年も前にのんだ薬などはもう無くなっているだろうと思うと、どうしてなかなかです。固まっているからですが、それが順に溶けていくのです。ですから一生涯無くなるという事はないでしょう。私は三十七年前のを毎日浄霊してます。それから横腹と背中の間に固まりがありますが、これは肋膜の時の水が残っていたのが固まっているのです。それに薬毒もありますが、これは丁度五十年前のがまだあるのです。それは固まってしまうからです。それで何時までたっても取れないのです。それで誰でも浄霊によって、やっと溶け始めて出るのですから、大変なものです。

 

 

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