① 眼病の特徴
ア.眼病は、頭脳の毒素が眼から出ようして一旦眼に集まることが原因。
(医学革命の書『眼、耳、鼻、口・主なる病気(二)』より)
悉くの眼病は、頭脳内の毒素排泄の為、一旦眼球や其付近に集合するのが原因であるから、この理が分れば少しも恐れる事はないのである。従ってこれが一般に分ったなら、眼病盲目は今より何分の一に減るであろう。
イ.眼の診査方法。毒素は主に人体の後部に滞留するが、絶えず鼻耳口から排泄されようとして、眼や鼻などの病気となる。排泄すべき毒素を早く目に集めるためになるべく目を使う。近視で眼鏡はできるだけ掛けない。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
眼を診査するには、最初前額からこめかみ辺へ掌を触れ、熱ければ毒素があるので、その他眉の辺上瞼等を押し痛む人は眼球に毒素が溜っている証拠ですから、治療は眼を中心に頭部、顔面、後頭部等を浄血すればよいのであります。頬の方の耳の際(きわ)を押して痛む人は、顔面神経に故障があります。元来人間は上部即ち頭部、頸部、肩部付近に滞溜する毒素は主に後部でありますが、絶えず鼻耳口などから排泄されようとしている。それは後方には穴がないから、孔のある前の方へ流動するのであります。それの表れとして、眼を使う時は眼へ毒素が集溜され眼病になるのでありますが、実はその際の眼は、毒素排泄の役目を遂行せんと一時自分の家へ集溜さした様なものでありますから、時日の経過によって目脂等で排泄され浄化されるのであります。しかし、その事が判らないと、患者に対し極力眼を使わせない様にしますが、本当に治す意味から言うと眼を使ってもよい。なぜなれば、そうすれば排泄すべき毒素をより速く眼に集溜させるからであります。出来るだけ毒素を寄せて排泄さした方がよいのであります。眼鏡は、出来るだけかけさせない方が好いので、これは胃病の場合の胃の薬と同じ事で、眼鏡の力を借りるから眼の力は退化するのであります。
ウ.眼に限り、白色の膿が紅色
(天国の福音『眼病』▲より)
眼について知っておかねばならぬ事がある。それは眼球充血の場合紅色を呈するが、これは血液ではなく膿であって、眼に限り白色の膿が眼球に集溜する場合紅色を呈するが、膿排泄に従い紅色は消滅するのである。
エ.医療を施すから眼病が治らなくなる
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
一番の眼目は眼で、眼にも種々な病気がある。又この眼病は割合多くて治り難いのでありますが、眼そのものの病気としては治り難い事はない。しかし誤れる療法の為に助かる眼も駄目になってしまう場合がよくあるのであります。
(医学革命の書『眼、耳、鼻、口・主なる病気(二)』より)
眼病も甚だ多いものであるが、大抵の眼病は放っておいても治るものを、薬を入れるから治らなくなるのである。というのは眼の薬程毒素を固めるものはないからで、盲目なども殆んどそうであって、一生涯不治とされるのも薬の為で、全く恐るべきものである。
オ.悲しくないのに出る涙は、点眼薬が時日を経て涙に変化したもの。
(天国の福音『眼病』▲より)
眼病の大方は本医術によれば全治するのである。また悲しくもないのに涙の出る人があるがこれは点眼薬が時日を経て変化し涙となって出るのであるから放任すれば必ず治癒する。この症状を医診では涙嚢(るいのう)の故障とするが、これもはなはだしい誤説である。
② 近視、乱視、遠視
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
近眼は、多く乱視を伴うものであります。それではいかなる原因かと申しますと、初め頸髄から延髄付近の両側に水膿が溜結する。その為に血管が圧迫され、眼の栄養、つまり血液の送流が妨げられる結果、眼の栄養不足を来すので、それが為視力が弱り遠方が見えない。ちょうど衰弱した人に遠路を歩かせる様なものであります。それが近眼の原因であって、又乱視は同じ原因で、光線と物体映写の刺戟に眼の方が負けるのであります。よく乱視の人は日向を見るとまぶしがるのは、光線の刺戟に堪える力が乏しいからであります。薮睨(やぶにら)みなどはやはりこの類(たぐい)であります。遠視は近限とは違う。近眼の方は、眼は確かではあるが、営養不良の為ですが、遠視は老齢等の為、眼自体の衰弱であります。近眼は近来非常に多く、特に小学生に沢山あります。それはなぜかというと、体内にある毒素即ち主に天然痘の残存毒素が小学校へ入って頭を使い始めると、その為に頭脳に向って延髄付近に集溜し固まる結果、前述のごとく眼の営養不良を来し近眼になるのであります。昔は近眼などほとんど無かったであろうと想います。もっとも近代文明は活字の文明とも言うべく、どうしても細い字を読まなくてはならない。それも別の原因をなしているのは勿論であります。又、今日まで「天然痘の残存毒素」が判らぬ為に、近眼の原因も判らぬのは止むを得ない事であります。
(天国の福音『眼病』▲より)
近来日本人に最も多い病気として近視眼がある。医学上治療困難とされており、原因も適確には判っていないようであるが、これは延髄付近に集溜せる毒結が、眼の栄養としての血液送流管たる血管を圧迫する事によって、眼が栄養不良に陥るためである。そうして眼鏡を用うるため、眼の力が漸次弱り眼鏡中毒となる。従って近視眼を治癒するには、毒結溶解と共に眼鏡廃止が根本である。しかし眼鏡は急に廃める訳にはゆかないから、漸次的に度を低めればいい訳である。もちろん本医術による時、軽症は半年位、重症も二、三年位にて完全に治癒するのである。
(医学革命の書『眼、耳、鼻、口・主なる病気(二)』より)
次に近眼であるが、これは延髄部に固結が出来、血管を圧迫する為、眼の栄養不足となり、遠方を視る力が足りないのが原因であるから、固結さえ溶かせば容易に全治する。又乱視の原因も同様であるが、ただ近眼と異うところは毒素の性質上固定的でなく、動揺性であるからである。
(『御教え集』第24号/S28.7.17より)
近眼、トラホームという目の病気は後頭部に必ず固まりがありますから、これを溶かせば盲目でも必ず見えるようになります。此処に固まっているのはやっぱり肩から来ます。此処に固まりがあって、こういうように肩から来ます。そういうように固まっている人で目の見えない人は随分あります。そういう人はまず目の後、と言ったところで中心がありますから、その交錯した中心の固まりをとれば必ず見えて来ます。ただそれを溶かすには相当かかります。これはできるだけ力を抜いて中心を狙ってやると幾分ずつ溶けて来るから見えて来ます。だから盲目を治すのも別に難かしい事はありません。
(『御教え集』第21号/S28.4.5より)
目が悪いのは、左と右の延髄の真中の後頭部の所ですから、目の悪い人は其処を中心にやればいいです。これは実にはっきりしてます。目の急所は後頭部のちょっと下の所に必ず固まりがあります。そういう人は目が悪いのです。それから右の目の場合は左に固まりがあります。これは交換神経が頭を中心に交叉してますから、逆になるわけです。
ア.近視眼
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 これは延髄附近に溜結せる毒結が、眼の栄養としての血液送流管たる血管を圧迫する事によって、眼が栄養不足に陥る為である。
浄霊 延髄附近と肩胛骨部。
イ.乱視
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 延髄部附近にある毒が動揺する事があり、その為に血の流通が妨げられて眼に行く血の量がむらになる為である。
浄霊 延髄部の固結毒素のある所。
<事例1> 近眼は後頭部に毒。手術で眼の裏の膿を取るのは差支えないが、またすぐ溜まる。
(『御教え集』第3号/S26.10.8)
(お 伺) 高木謙爾(二十六歳)九月廿五日に入信。十二歳の時から近視でしたが、昨年十月終り頃から両眼が少し翳みかけました。今年一月医師にかかり、診察の結果「青そこひ」との事、一月廿四日に手術を受けた結果、全然視力が衰え、現在では右眼の左下の処がキラキラ光って、物を見るのに苦痛で、字なども読めません。又後頭部も常に痛んで居ります。浄霊の箇所は眼球を直接させて戴いて宜敷いでしょうか。又何処をさせて戴きますと宜敷いでしょうか。又之は長引きますでしょうか。又、私の生れる以前から家に居た、血の繋がらない祖父が「ウミゾコヒ」を患いました。祖母も結膜炎で死亡、その後は祖父は隠居して、二年後に亡くなり、仏はその跡取が祀って居ります。若し頼っているとすれば、私の家でも祀らねばならないでしょうか。
〔御 垂 示〕
手術を受けたら視力がありそうなものですがね。何う言う手術をしたのですか。普通は眼球を抜いて、裏の膿を取るんですがね。
「眼の膿を取ったので御座います、一時見えましたが、直ぐ見えなくなりました」
直ぐに膿が溜ったんだ。之は治りますよ。眼の裏に溜る膿を、溶かして溜らない様にすれば良いんです。やっぱり後頭部――眼の裏ですね。そこをやって――毒と言うのは、後の方から首筋を通って前頭部から下って来るんです(頭の上を通り)何処に一番毒があるかと言うと、一番熱い処があるから、そこを多くやる。眼と言うのは、前から奥の方を狙ってやるんですね。結構ですよ。気長にやれば、きっと治りますよ。別に難かしい処はない。之は、最初近眼だったんでしょう。
「左様に御座います」
近眼だから後頭部に毒がある人だね。霊的は余りない様ですね。毒ですね。
「一度位の手術では、治り方に差支えありませんでしょうか」
手術にも因るんです。眼の裏の膿を取るのは、別に差支えない。之は取っても直ぐ溜るんです。お医者さんは実に単純なんです。そこだけの膿を取れば良いと思うが、後続部隊があるからね。この考え方だけでも、実に単純な――馬鹿々々しいものですよ。ですから、盲腸を取った人が、やっぱり後で盲腸が痛む人がありますよ。と言うのは、盲腸に膿が溜る癖がつくんです。ですから、後で盲腸部に溜るんですね。それですから、医学の方では、少し位「そこひ」で見えなくても、もっと見えなくなる迄打擲らかして置いて呉れ。と言います。こう言うのがあります。六十位の時に診て貰った処が、もっと溜り切った処で手術をした方が良いと言うんです。と言うのは、あと溜る率が少ないんですね。それで、十年位経ってから行った処が、あなたは年を取り過ぎていて、手術は無理だ。と言ったそうです。実際、悲喜劇ですね。
③ トラホーム、濾胞性結膜炎、結膜炎
ア.近視乱視以外の眼病は眼球へ水膿や毒血集溜が原因。トラホームは上瞼の裏、濾胞性結膜炎は下瞼に多くブツブツができる。涙、よだれ、唾、鼻汁には有毒と無毒があり、毒素が多い人は涙が涙嚢を通過する際、それが混入する。手術除去は再発を繰り返し、だんだん悪化する。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
大体、近眼乱視などは営(栄?)養不良が原因でありますが、他の眼病は全然違うのであります。他の眼病というのは、水膿や毒血が眼球へ集溜する、これが原因であります。
眼病で一番軽いのはトラホームであります。これは瞼の裏へブツブツが出来る。これは主に上瞼に多く下瞼は少いのであります。それによく似たので濾胞性結膜炎というのがある。これはトラホームの反対で下瞼に多く粒も細い。小学校などでよく言われる病気でトラホームより治りいいのです。トラホームのブツブツはよく手術しますが、これはニキビを一つ一つ潰すようなものであります。この手術をした後一、二年位はいいが復出る。手術しては出来又手術しては出来しつつ段々悪化してゆくのが多いのであります。本療法で施術すると非常によく治る。どんなトラホームも治ります。普通は一週間か二週間で治ります。上瞼を一寸上へ上げただけで真赤になっているから判ります。悪化して来ると眼がゴロゴロします。もっと酷くなると、強い痛みで夜も眠られない程になります。そうして眼の水晶体を擦るので磨(すり)硝子のようになり、段々見えなくなるのであります。原因は、涙に毒素があって粘膜を刺戟し、一種の発疹をするのであります。涙にも涎(よだれ)にも唾にも鼻汁にも、有毒と無毒とがあります。肥厚性鼻炎や口唇が糜爛(びらん)するのは皆有毒の為であります。歯が悪くなるのは、唾に毒素があるからであります。唾液や鼻汁、涙の毒素は、未だ判っていない様であります。涙に毒素がある為に瞼の裏が荒れる。その毒素の弱いのが濾胞性結膜炎の原因で、酷いのがトラホームと思えばいいのであります。なぜ涙に毒素があるかというと、元来、涙は眼を保護するもの、あるいは眼を清潔に洗う為のもので、水分即ち一種の漿液であって、眼へ出る前一旦涙嚢(るいのう)に溜るので、その場合その人に毒素が多い為、漿液として通過する際それが混入するのです。
(天国の福音『眼病』▲より)
トラホーム及び濾胞性結膜炎はいずれも眼そのものではなく、瞼の裏面にボツボツが出来るのである。すなわちトラホームは上眼瞼でボツボツが大きく、濾胞性は下眼瞼でボツボツが小さいのである。そうして前者は治癒やや困難であり、後者は容易である。医学においてはトラホームは手術を可とするが、事実は最も不可であって、手術によるも決して根治はしない。否むしろ悪化を招来するのである。何となれば手術後一時的良果はあるが必ず再発する。故にまた手術するという訳で漸次悪性となり、手の付けられないようになるものである。数回以上の受手術者に至っては眼球著しく充血し絶えず漏膿、開眼困難、激痛等を伴い苦悩はなはだしく到底正視に堪えぬものがあると共に、手術のいかに恐るべきかを知るのである。トラホームは放任しておくも治癒するが本施術による時迅速に根治するのである。濾胞性結膜炎は自然治癒するもので、医療を加えればそれだけ時日が延びるのである。
イ.結膜炎は、前頭部の毒素が眼球から排泄されようとするもの。
(天国の福音『眼病』▲より)
次に多い眼病としては結膜炎がある。一名血眼(ちめ)ともハヤリ眼とも称し、眼球紅潮を呈し、眼脂(めやに)、涙等が絶えず溢れ出る。原因は前額部に滞溜する毒素が浄化溶解し、眼球から排泄されようとするので放任しておくも順調に治癒する。しかも治癒後は頭脳快適となるが、医療を施せば薬毒によって増悪し、視力障碍をさえ起す例もすくなくないのである。
ウ.トラホーム
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 前頭部の毒素が涙で排泄される場合、涙に毒素があって粘膜を刺戟し、一種の発疹が起るのである。
症状 上眼蓋の裏側に大きなボツボツが出来赤くなっているのがトラホームである。
浄霊 眼及び前額部及び後頭部と延髄部。
エ.濾胞性結膜炎
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 トラホームに似ているが、ボツボツは小さい。
症状 下眼蓋にボツボツが出る。
浄霊 トラホームに同じである。
オ.結膜炎(血眼)
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 前額部に滞留する毒素が浄化溶解し眼球から排泄されようとする。
症状 眼球紅潮を呈し、目脂、涙等が絶えず溢れ出る。
浄霊 延髄附近と前額部(眉毛の辺)。
④ 角膜炎、白内障、底翳、目星
ア.眼病の治療法は一つ。底翳は眼底に溜まる毒素の色で変わる。白内障や白青底翳は早期だと容易に治るが、固まったものほど日数がかかる。黒底翳は難しい。毒血は頑固。眼病の際、点眼薬を施すと膿が固結し、非常に治り難くなる。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
次にいろいろな眼病があります。角膜炎とか結膜炎、糜爛性結膜炎、白内障、底翳等でありますが、吾々の方では眼病の種類は問題ではない。何となれば治療法が同一だからであります。底翳なども皆、膿や毒血の集溜固結によるものであります。黒底翳は、一番重いとされております。これは眼底へ黒い毒血が凝結するので黒く見え、青底翳は青く見えるので、これは膿の青いのが溜るのであり、白底翳は膿の白いのが溜るから白く見えるのであります。白底翳が一番治りいいというのは、白い膿が一番弱性だからで、青いのはそれより悪性なもので、毒血はこれ以上の悪性であります。癌なども膿と毒血のと両方あるが、毒血が頑固であります。白内障は、眼球へ膿が集溜するんで、これは必ず治るのであります。白内障や白青底翳は治るが、黒底翳は難しいものであります。眼の玉が白くなっているのが白内障で、眼球そのものが、まるで田螺(たにし)を茹(ゆ)でたようになります。早期に膿が固まらない内ですと容易に治りますが、時日を経過して固まったもの程日数がかかるのであります。目星(めぼし)も非常に治りいいもので、大抵の目星は一週間位で治ります。これは普通は一つですが数個のもあります。
(天国の福音『眼病』▲より)
眼星(めぼし)も多い眼疾である。これらも毒素が眼球へ集溜、瞳孔面へ固結するのである。いわば瞳孔面に小さな腫物が出来る訳で放任しておけば治癒するのである。しかるに、医家または世人は必ず点眼薬を施すため膿が固結し、非常に治り難くなる。私の経験上全然点薬しない患者は二、三回にて大抵治癒するが、点眼を多くした患者程治癒に長時日を要するのである。右の外種々の眼疾はいずれも浄化のための毒素が眼球から排泄されようとして集溜する事が原因である以上、その毒素を排泄する事によって治癒するので、その方法としては本医術による外ないのである。
次に最も恐れられている眼病に底翳がある。(註 底翳とは、眼球内に障害があって物の見えなくなる病気。ひとみの色によって、白そこひ(白内障)・青そこひ(緑内障)・黒そこひ(黒内障)とよばれる。)これは白底翳、青底翳、黒底翳の三種があっていずれも眼底に毒素集溜固結するのである。その毒素とは白底翳は白い膿、青底翳は青い膿、黒底翳は黒い毒血であって、黒底翳が最も重症とされている。医療においては充分の毒素溜結を待って眼球を剔出、眼底部の着毒を払拭し、再びもとに復させ、手術治癒後特殊の眼鏡を用いる方法を執るのである。その結果はちょうど強度の近視眼位の視力であるが、それで満足するより致し方ない。しかしながら今まで全然盲目であったものがともかく幾分の視力が復するから患者の歓喜と共に、医家も医学の進歩に随喜するのであるが、本医術の見地より観る時、右は完全治癒とは言い難く次善的方法でしかない訳である。しかるに本医術による時完全に治癒するのである。ただ薬毒の多寡によって治癒の速度に長短があり、最も困難なるは彼の六百六号の薬毒による底翳であるが、この底翳は片眼が多いのである。
イ.点眼薬を施すと膿が固結し、非常に治り難くなる。ホウ酸で眼を洗うと、目がハッキリしなくなる。
(医学革命の書『眼、耳、鼻、口・主なる病気(二)』より)
特に盲目であるが、この原因は最初眼球の裏面に血膿が集溜したのが底翳であり、外側のそれが白内障又は角膜炎であるが、これも自然に委せれば僅かずつ眼脂や涙が出て治るのである。又目星は眼に出来た小さな出来物と思えばいいし、流行眼で目が赤くなるのは浄化による毒素排泄の為である。又小児などで目が開けられない程腫れ、膿汁が旺んに出るのは非常に結構で、放っておいて出るだけ出て了えば治るのである。処がその際冷したり、温めたりするのは最も悪く、その為長引いたり悪くなったりするのである。茲で特に注意したい事は点眼薬である。これこそ固める力が強く、吾々の経験上発病後直ちに浄霊すれば簡単に治るが、一滴でも点眼薬を入れたらズット治り難くなるのでよく分る。又硼酸で目を洗うが、之も悪いので、硼酸の薬毒でその時は少しいいが、度々行っていると中毒となって目がハッキリしなくなり、クシャクシャするようになるのである。考えてもみるがいい、瞼の裏の粘膜という柔い布と、涙という上等な液で自然に洗われるのであるから理想的である。それに何ぞや愚な人間は余計な手数をかけて悪くするのであるから、常識で考えても分る筈である。それから悲しくもないのに涙が出る人があるが、これは点眼薬中毒であるから、顧りみればアノ時の点眼薬だなとすぐ分る。
ウ.目星
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 毒素が眼球へ集溜し、瞳孔表面に固結する為である。
浄霊 眼の中心と前額部、顔面(眉毛の上)及び後頭部(延髄部)。
エ.黒(白)(青)底翳
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 何れも眼底に毒素が集溜固結するのである。その毒素とは白底翳は白い膿、青底翳は青い膿、黒底翳は毒血であって、黒底翳が最も重症とされている。
浄霊 御浄霊は前だけでなく、特に後方延髄部上方から目を狙ってやる事。次に毒素は延髄の所から前に来て眉毛の上に出て、それから眼に下るのであるから眼の上も肝腎である。
注意 眼に就いて知っておかねばならぬ事がある。それは眼球充血の場合紅色を呈するが、これは血液ではなく膿であって、眼球に集結する場合に限り白色の膿が紅色を呈する。膿排泄に従い紅色は消滅するのである。
<事例1> 底翳はみな膿。強い毒下しの毒が目に来た時分に読書などして目を使った。大した手術ではないから気長にやれば治る。目は後頭部から下った真中が一番の急所で、目の外、頸の廻り、肩を浄霊する。
(『御教え集』第8号/昭和27年3月5日)
(お伺) 長谷川石男(昨年十月入信。二十一歳)生れて三カ月目に頭にオデキが出来、毒下しを飲みました処、一カ年程下痢が続き、止ると同時に目が悪くなり、御大師様にお伺い致しますと、体毒と衰弱の為で膿底翳との事で御座いました。五歳、六歳、七歳の時に両眼共手術を致しました。現在遠くの大きな物は見えますが、近くの小さい物は見えません。御浄霊は何処を致しましたら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
底翳というのは、みんな膿なんだからね。毒下しだね。この毒が―下痢と言うのは、その毒下しの毒ですね。余程強いものですね。之が止ると同時に――と言うんだから、毒が目に来たんですね(。?)その時分本を読むか何か、目を使ったんです。之は作った病気だ。大した手術じゃないんですよ。之も無論良くなるんですがね。之は治らない事はないですね。気長にやれば治りますよ。大した手術してないからね。浄霊は、一番肝腎なのは、後頭部の真中ですね。目はここが元なんですからね(。?)之は何の目でもそうですね。近眼でも乱視でもね。後頭部から下った真ん中の処ですね。ここが、一寸丸位の処が、目の一番の急所なんです。あとは、目の外からやって、ここ(後頭部)と――それが急所ですからね。あとは頸の廻り、肩と――無論固まりがありますから、そこを浄霊する。それで治りますよ。
<事例2> 涙と目ヤニが出るたびに喜んでよい。
(『御教え集』第3号/S26.10.15)
(お 伺) 仲秋一二三(二十六才)未入信者で御座いますが、本年一月頃より両眼とも結膜炎となり、眼科医にかゝり、目薬を毎日やって居りました処、四月頃になって両眼瞼附近が共に少しづ(ず?)ゝ白色(一見白ナマズ様な色)を帯びて来ると共に瞼も次第に白くなって参り、現在はそれが益々拡がって参り、未婚者で御座いますので、非常に心配し医療を受けてから九カ月目にして、はじめて御浄霊させて戴きました。第一回目では御座いますが、涙様になって少し浄化して参ります。本人の眼の後、肩、腎臓部等には相当固結があります。薬毒だけによるもので御座いましょうか。又相当時日を要するもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
薬毒だけですね。他に何もありません。最初の結膜炎と言うのは打擲らかして置くと、治るに定まっている。頭の毒が目から出ようとして目が赤くなる。血目と言うんですね。それが目ヤニになって出て治っちゃう。それを態々治らない様にお医者さんにして貰った。白ナマズと言うのは、薬が睫に滲み込んでなったんですから、薬毒が無くなるに従って元の様に黒くなります。心配ありません。涙と目ヤニが出るのは結構ですから、出る度に喜んで良いですね。相当時日はかゝるけれども、長くはありません。原因は結膜炎の時に頭の毒が来た――薬で止めてその薬毒が来ただけだから、やっているうちに両方とも治ります。完全に治りますから、何でもありません。でも良かったですね。知らないと、何んな盲になったか分らない。
⑤ やぶにらみ
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
又、瞳の見当違いの人があります。これは某大実業家の令嬢でしたが、生来酷い薮睨みで、眼が見当違いなので、踊りの場合など顔の位置が調わない。それを治療した所一ケ月位で全治し、踊りの際顔の位置が正しくなったと言って喜んで居りました。これは、眼を動かす筋を水膿溜結が妨害して居ったものであります。又、眼を開けているのが苦痛なので、自然眼を塞ぐ人があります。これは額の辺に水膿が溜結しているから、これが為重くなるのであります。
ア.ヤブニラミ
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 霊的と体的とあるが、体的は眼を動かす筋を水膿溜結が妨害している為である。
浄霊 延髄、頸部及び側頭部の目の附近。
⑥ 事故による眼の怪我
ア.目の裏の視神経に内出血が固まって見えなくなっただけ。子供だから放置しても一年くらいで、浄霊ならもっと早く治る。頭蓋骨に穴をあけて内出血をとる手術は野蛮。手術時の消毒薬が原因で後に必ず頭痛が起きる。
[要約]二重橋事件で目が見えなくなった11歳の女児(山田けい子)が、清水健太郎博士の手術で見えるようになったという新聞やラジオ報道。
(『御教え集』第32号/S29.3.17より)
写真入りでデカデカと出てますが、あんな事はくだらない事です。あれは内出血が目の裏の視神経に固まって、それで見えなくなったのです。ところが頭蓋骨に穴をあけて内出血の固まりを取ったので見えるようになったのですが、これは放ったらかしておけば、精々一年ぐらいの内に膿になって目ヤニになって出て、それで治ってしまうものです。浄霊なら一週間か十日で治ってしまいます。それだけのものなのです。それを大騒ぎをして、頭蓋骨に穴をあけて出すというのですから、実に野蛮と言ってよいか、馬鹿々々しいと言ってよいか、こっちからみるとお話にならないです。それを大変な事のように新聞などで大騒ぎをやってますが、こっちからみると可哀想なものです。それで手術ですから、消毒薬を沢山使いましたから、その悩みが今に出ます。それは、頭に消毒薬が染みて、それが毒になって、今に必ず頭痛があります。ウッチャラかしておけばきれいに治るものを、そういった頭痛の種を作って、頭蓋骨に穴をあけてやっているのですから、実に可哀想なものです。
(『御教え集』第32号/S29.3.16より)
あれは頭を打ったので内出血になって、その血が視神経の側に固まったわけです。(中略)眼球は別に何んでもないのです。(中略)浄霊なら上から出血を溶かしてしまいますから、これはずっと早く、一週間か十日で治ってしまうものです。ウッチャラかしておいても、子供だから早いので一年とみればよいです。
<事例1> 放っておけば目の内出血は二、三年で治った。浄霊は眼、前頭部。手術の消毒薬が頭に来て、その浄化で頭が痛む。眼から膿が出れば治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.16)
(お伺) 桜井猪之助(五歳)昭和二十六年四月、右眼球を打撲し、黒眼全部が真っ赤に充血、四カ月間の医療、二回の手術で見離され、同年九月より御浄霊を戴きました。最近頭痛が激しく、眼は腫上り食事は気儘にパン、お菓子の程度のみで御座います。御神体は御奉斎準備中で御座います。原因及び御浄霊の個所を御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
見離され――之が困るんですね。之は打擲らかして置けば、綺麗に治ったんです。内出血したんですが、放って置けば二、三年で治ったんです。之で、治らない様にしたんです。見離される様にしたんです。自分でして、見離したんです。お医者さんも悪気があったんじゃないが――治そうとしてやったんだがね。最近――之は結構だ。原因は今言った通りですね。浄霊は眼です。それで、医者が手術したりする時に、特に手術する時には消毒薬を使いますから、その消毒薬が頭に来て、その浄化で頭が痛むんです。結構ですよ。そんなに腫れて痛むんですから、今に眼から膿が出ますから、そうすると、ちゃんと治ります。もう一息です。ですから、浄霊の個所は眼です。それから前頭部ですね。之は医学による被害者だからね。だから、原因は医療――こう思っていれば良いですね。
イ.痛んで熱が出るのは膿で、肉腫ではない。手術しなくても浄霊で膿が取れて見えるようになる。
(『御教え集』第10号/S27.5.16より)
それから時々医学で――二、三日前も新聞だかなんだかで、盲の貧乏人の女の人で、肉腫が二つとか出来て、それに妨げられて見えなくなったというのを手術したら、忽ち見える様になったとデカデカと出てましたが、之は何でもないので、之は肉腫じゃないんです。膿の固まりなんです。何故肉腫ではないかというと、非常に痛んで熱が出たというんです。痛んで熱が出るのは肉腫と違うんです。膿なんですからね。それを二つとか取ったら見えて来たというんですから、何でもないですよ。我々の方でこう(御浄霊)やれば、膿が取れますから見えて来るんです。
ウ.火花が飛んで悪くなった眼は自然治癒する。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
鍛冶屋などで、よく火華(ひばな)が飛んで眼が悪くなりますが、これも時が経てば必ず自然に治癒されるものですから、放っておいてよいのであります。
⑦ 霊的な眼病――若年性の遠視、夜盲症、死霊の憑依、色盲、盲目
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
若くして遠視になる人もあります。これはどういう訳かというと、老人の死霊が憑った場合であります。鳥目というのがありますが、これも矢張り鳥の霊が憑るので、夜は見えない。それに引換え獣は昼間より夜の方が割合見える。猫などその代表者でありましょう。本来、日本人は鳥的人種で、西洋人は獣的人種であります。(中略)
霊的の眼病も多くあります。これはほとんど蛇の霊で、以前私はその蛇の霊を祀って治したものですが、非常によく治ります。これは蛇を殺す場合によく頭を潰すので、その際眼をも潰し盲蛇になるので、その死霊が人間に憑ると人間の眼が見えなくなるのです。私は今まで祀って沢山治したのでありますが、今は忙しいのと誰もが出来ない事と迷信視せられる懼れがある等でやめております。以前、鶴を殺した人に鶴の霊が祟って、嘴(くちばし)で眼球を突つかれて失明したという話を聞いた事があります。これは事実あるべき事であります。そうして蛇の祟る場合は、どういう訳かというと、祖先の死霊が霊界で蛇になり一家を守っている。それは家門へ対する執着の為であります。元来蛇は、執着の物質化ともいうべきものであります。それを知らずに殺すと、元来が祖先であり、執着者であるから非常に怒るので、それが子孫へ祟るのであります。そういう蛇はほとんど青大将で、昔から旧い家の土蔵などによく居りますが、皆それで、これは絶対に殺してはならないものであります。
(中略)色盲は、人間以外の霊が憑く為であります。畜生や鳥の霊などは想像も付かぬ程に物体が変って見えるのであります。馬などは、人間が非常に大きく見えるといいます。ですから馬が暴れた時、人間が両手を拡げると必ず停るというのであります。で、畜生は人間の様にあらゆる色彩を見る事が出来ない。それは人間の様にあらゆる声音言葉が現わせないのと同じ訳で、動物の音声は一種か二種より現わせない。そのごとく色彩も一種か二、三種より判らないのであります。又面白い事には、毒素が眼へ集溜した場合白眼の方は紅くなり、黒眼の方は白くなるのであります。特に、眼病の治療日数は、最初において言明する事は不可能でありますから、まず一週間位治療し、その効果によって判断すべきであります。
(天国の福音『眼病・霊的原因』▲より)
眼病にも霊的原因が相当ある。最も多いのは失明の原因が蛇霊の憑依である。それは蛇を殺す場合、多くは急所として頭脳を打砕くから、眼球も共に滅失するので、それが憑依する以上盲目となるのである。その他夜盲症、一名鳥眼は鳥類の霊の憑依であり、色盲は動物が人間に再生せる場合、未だ動物の性能が残存しているためである。
(『二人の盲の話』/自觀叢書第五編『自觀随談』)
私が十二三の頃淺草の千束町に住んでゐた事がある。父は古道具屋をしてゐたのでその仲間であつた。當時淺草一といはれた道具屋で花龜といふ人があつた(此名は花川戸の龜さんだからである)此人は六十位の時に両眼つぶれ完全な盲目となつてしまつた。その話を父からよく聞かされたので今でも覺えてゐる。その話は斯うである。
花龜が盲になつたのは全く罰が當つたんだ、といふ事で、その譯は花龜が中年の頃當時静岡縣の有名な某寺の住職が相當大仕掛で淺草の觀音樣の境内を借りて、開帳をした事がとんでもない運命となつたのである。それは豫期に反し非常な損をしたので歸山する事が出来ず、止むを得ず本尊の觀世音菩薩の像を花龜に抵當とし金を借りて漸く歸る事が出来た。其後數ヶ月經て金を拵え、約束通り花龜へ行つて返金すると共に本尊の返還を求めた。すると花龜は「そんな覺えは全然ない、何かの間違ひだらう」といつてテンデ取合はないので、住職は進退谷り花龜を恨んだ末軒先で縊死したのである。勿論花龜は其佛像を非常な高價で外人に賣り、それから店も一段大きくなつたといふ話である。右の如くその住職の怨恨が崇つて盲目者となつたのは勿論で、而もその一人息子の跡取りが大酒呑みで數年の間にさしもの財産も飲み潰して家出をし行方不明になつたといふ事である。その結果赤貧洗ふが如く、親戚等の援助で辛くも露命を繋いでおつたやうな有樣で、その頃よく老妻に手を曳かれ町を歩いてゐる姿を私は度々みたのである。
今一つはやはり私の近所に渡邊銀次郎事、經銀といふ表具師があつた。之が亦六十才頃から盲となつた。茲へは私はよく遊びに行つて可愛がられたものである。盲の原因としては斯ういふ譯がある。此經銀といふのは表具師の名人で然も贋物を作るのが特技であつた。彼は其繪師と結託した。その繪師は古人は元より應擧、抱一、是眞等の偽筆が巧みで私はよく遊びに行つては書く所をみたものである。その繪を經銀が古びをつけるが之が又彼の得意で、特に虫喰ひなど本物としか思はれない程で、私が遊びに行くと或部屋は締切つて誰も入れなかつた。聞いてみると虫喰ひを作るのを人に見せない爲である。此樣な譯で全く贋物で人の目を眩まし大儲けをした天罰と聞かされ私は子供心にも天罰の恐しさをつくづく知つたのである。
其後私が三十才頃の事一人の女中を傭つた。その女は年は十八九でなかなかの美人であつたが惜しいかな片一方の眼が潰れてゐるので、前記の二つの例もあるし私は何かの罪と思つたのでよく聞いた處、此女の父は明治初年頃ゴムで作つたニセ珊瑚が初めて日本に現はれた事があつたその時、このニセ玉を地方へ賣歩き大儲けをしたとの話で私は成程と思つた。此女の盲の原因といふのは以前奉公をした家の坊ちゃんが、空氣銃で冗談にうつたのが當つて片目が駄目になつたとの話であつた。
ア.眼病
(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 霊的な失明の原因は蛇霊の憑依である。それは蛇を殺す場合、多くは急所として頭部を打砕くから眼球も共に滅失するので、それが憑依する以上盲目となるのである。その他夜盲症一名鳥目は鳥類の憑依であり、色盲は動物が人間に再生せる場合未だ動物の性能が残存している為である。
⑧ 眼の養生法
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『眼病』▲より)
眼の養生法をお話致しましょう。それは寝ていて本を読むのは極悪い。以前、眼の悪い患者を治療していた時、なかなか治らぬので、ふと気が付いて、寝ていて本を読むのではないかと訊くと「そうだ」と言うので、そこでよく説いて、それをやめさせてから良くなった事があります。元来人間は、横になれば眠る事に決っている、横になって本を読むのは天理に外れてる。本を読むのは起きて机にでも向うのが本当であります。ですから眼の悪い人には、それを訊いてみる必要があります。又、電車の中で読むのは、見ている物が動くので極わるい。夜電車内で電灯の薄暗い光で読むのは殊に悪い。私は先に大森から東京へ通っていた事がありますが、退屈するので新聞など読んだが、ドシドシ視力が衰えるのでそれに気が付き止めた事があります。
眼は洗うという事がありますが、これも感心出来ない。それは涙程結構なものはない。硼酸(ほうさん)などで洗うと一時良いようですけれど、眼に薬を入れるから薬が沁みる。その薬が時日の経過によって毒素になるからで、長く眼を患い、いつも眼がクシャクシャしている人は薬の中毒が多いのであります。(中略)
そうして眼を治療する場合は、指を触れる訳にはゆかぬから全然患部に触れないで空中を擦(こす)るのと吹くだけで治るのであります。
眼は人体の日月でありますから、日月を隠すのは雲で、これを吹き払うのは風である様に、その雲を吹き払う意味で強く吹き、そして周囲も出来るだけ浄化するのであります。眼は後の方をよく治療するのです。眼の悪い人に限り、眼の裏の方が非常に凝っているものでこの辺をよく浄化するのであります。次に、婦人においては、産後七十五日は決して眼を使ってはなりません。産後悪くしたのは一生涯治らない。ですから産後だけは充分眼を大事にしなくてはならないのであります。又、薬の中毒で悪くなる事もあります。以前六百六号の注射をした為に全然失明した人もありましたが、これは薬が原因ですから仲々治らない。少しは良くなるがとても治らないから、これは二、三年経ってから来なさいと言ってやりました。二、三年経つと薬剤は膿になるから、膿になってから溶し易いのであります。
⑨ 眼病の事例
<事例1> 眼は、延髄と前頭部と後頭部。
(『御教え集』第2号/S26.9.8)
(お 伺) 昭和二十三年九月頃より目が悪く、それより御浄霊を戴いて居りますが、目の玉に「イボ」様なものが出来て時々痛みます。家族九人中五人迄お守を戴きまして、光明如来様も昨年二月にお祀り致し、御浄霊は毎日続けて居りますが、未だ良く目が見えません。如何にしたら宜敷いものでしょうか。
又今年十五歳になる私の娘も、二カ月程前から、午前中に一回必ず発熱し、会社に通っている都合上医師の診察を受けた処、結核三期と言われ、又他の医師に診て貰った処肺浸潤と言われ、其後、又外の医師に診察して貰ったら、今度は肋膜と言われましたが、注射も薬もして居りません。本人は今尚変りは御座いません。やはり午前中は熱があります。霊的でしょうか。如何致したら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
目が悪いと言うのは、良いんですがね。之は最初医者にかかったんですか。薬が入れてあると治りが悪いのですがね。それでなければ、目なんか必ず治る病気ですがね。時々痛いと言うのは結構ですね。元はここ(延髄)と前頭部と後頭部ですね。そうすると治る筈ですがね。薬が入っていても治りますがね。目ばかりやっているんじゃないですか。目が悪くても、目ばかりやっていては治りません。前頭部、後頭部――元はここですからね。ここをやると良い。病気と言うのは、現われた処はあんまり効果はないんです。現われた処は舞台ですから、薬屋の処をやると良い。薬屋に気をつけて見付けるんです。不断から教えてあるから、それを守ってやる。
それから、熱があるのは結構じゃないですか。発熱位結構なものはないからね。発熱さえして居れば必ず治ります。発熱するのは治る作用だからね。喜んでどんどん会社に通って良い。結核三期なんて出鱈目です。肺浸潤と言うが、肺浸潤をするんで、如何に毒が減るかを考えると――結構です。発熱したら喜んで良い。
注射も薬もしてない――結構ですね。霊的じゃないですね。薬毒があるので、それが溶けるのです。之は放ったらかして置いても治る。但し急所がありますからね。急所を見付けなければならない。然し、急所と言っても定まってますからね。ここ(頸部)ですね。ここが一番熱がある。淋巴腺ですね。それから延髄のどっちかです。それから頭ですね。頭の――前頭部に寄った方――それを触って御覧なさい。それをやると直ぐ治る。一寸も心配要らない。医者なんかに行く必要はない。治りますからね。
<事例2> 目ヤニが出れば良い。
(『御教え集』第2号/S26.9.8)
(お 伺) 私は昭和二十年十二月入信させて頂きました。入信前には胃が悪く胃散其他の薬を飲みました。八年前には子宮が悪く、医者に十日ばかり通い注射もしました。十二、三年前にロート目薬をよく致しました。入信後は年に四、五回胃痙攣の浄化を戴き、痔の出血の浄化を一年位戴きました。今年の二月頃より目の浄化を戴き、症状は両上瞼に次々と目パチコが出まして、下瞼は腫れて眼球は赤くなって居ります。片方は殆んど目が開かない状態にあります。現在毎日御浄霊を戴いて居りますが、今(未?)だに目の浄化が続き、近頃は体も痩せて来ました。御浄霊の箇所御垂示賜り度く御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
胃が悪いのは医者の為です。それから、子宮が悪く注射した――之も祟ってます。ロート目薬―目の悪いのはこの為です。胃痙攣と言うのは胃散が残っているんです。つまり、ロート眼薬と言うんですね。目は、一体に長くかかりますがね。痩せて来たのは、微熱があるからです。胃の薬は背中に固まってますからね。背中を浄霊すれば良い。痩せたんだから、食欲も減った訳ですね。背中の浄霊と――目薬を入れて、人間は仰けになって寝るからね。そこで、薬がこっち(後頭部)に固まる。ですから、目の後を浄霊する。之は目もちゃんと治ります。目ヤニがでないかね。目ヤニが出れば良いです。
<事例3> 手術後、眼球裏の毒で黒目が白くなった。気長にやれば治る。目の奥、延髄、頸の周りの毒が溶けて出て、だんだん治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.25)
(お 伺) 五歳の男子。生れつき両眼大きく、医師より「生(成?)長するに従って視力が減退する」と言われ、生後八カ月の時、右眼を手術致し、其後右眼は全然視力なく、黒目が白くなっております。左眼は相当に大きく出てを(お?)り、視力は強度の近視位で御座います。種々の療法を始め信仰にも縋り、本月初め本教のお話を聞き、十八日に私(母)が入信させて戴きました。之は、霊的に何か関係が御座いましょうか。又薬毒の為で御座いましょうか。御浄霊の箇所を御教示下さいませ。
〔御 垂 示〕
大きくと言うのは、何う言う様に大きいのかな――目が大きいと言う事はないんだから、瞼が大きいのかな。黒目が白く――之は、お医者が拵えたんだからね。手術しなければ、何でもないんだがね。手術した後に白くなっていると言うのは、可成り薬毒が――消毒薬ですね。消毒薬が溜って、それが固まって白くしたんだから――之は治りますがね。之は眼に――眼球の裏の方に毒があるんですよ。それが圧迫しているんです。押されているんですね。気長にやれば治ります。溶けて来ますからね。元はこっち(延髄)ですからね。それを良く溶かしていくと、目ヤニになって出ますから、それで段々治っていきます。唯、色んな事をやった丈治りが悪いんですね。今迄、何にもしてなかったら何でもないんですがね。未だ五歳だから――年が行かないから――治り良いから、今言った様に気長にやれば良いです。浄霊は目の奥の方と、こっち(延髄)ですからそれを狙ってやれば治ります。それから、頸の周りにも、毒の固りがありますから、そこを良く探してやれば良いですね。よく、人が良いと言う事は残らずやったと言う事は、お蔭話に書いてありますがね。人が、良いと言った事は、あべこべなんだからね。
<事例4> 眼の裏に膿が一杯溜って押すから眼が飛出た。組織を殺すラジウム挿入や膿を固めるレントゲンをしたから、非常に長くかかる。しばらく試して、膿が出て来れば治る。
(『御教え集』第6号/S27.1.16)
(お 伺) 私の弟(内臓外科医)の長女本田幸子(三才)何時とはなく、片方の眼のみにて物を見る様になり医診の結果「脳膜神経膠腫」と言う稀病で、原因不明で予防法、治療法は共になく、早くて半年、遅くも五カ年内に脳髄と肝臓を犯され、必ず一命を取られる恐ろしい病気で、この儘放って置けば、眼球突出し、臭気甚だしく、看護に耐えられぬとの事に、右眼は摘出手術、軽症の左眼はラジウムを挿入致しました(。?)手術後は順調でありましたので退院し、自宅より毎日通院しレントゲン療法を施してを(お?)ります。至極元気で左程苦痛も訴えず、両眼帯の為手探りで遊んでを(お?)ります。医者には絶対に治らないと見離されましたが、本人の親は、光明如来様をお祀りすればお救い願えますでしょうかとの事で御座います。尚、御浄霊の方法を御教えの程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
惜しいな。之は治るんですがね。別に大した病気じゃないですよ――我々から言えばね。之は、眼の裏に膿が一杯溜るんです。眼が飛出ると言うのは、押すんです。早くて半年――そんな事はありません。之は間違っている。眼が悪くなって肝臓を何うすると言う事はありませんよ。眼は直接肝臓に何うと言う関係はありません。若しそんな事言うと、目の手術した人は皆肝臓が悪くなる筈だ。
放って置けば臭気甚だしく――之は上等ですね。膿が出るんですからね。右眼は手術したと言うのだからしようがないが、左眼にラジウムを挿入したと言うのは、困りますね。
ラジウムは組織を破壊するんですからね。組織を殺すんですからね。こんな事してなければ訳なく治るんですが、唯問題はラジウムですね。それからレントゲンは膿を固めるんですからね。この為に非常に長くはかゝるでしょうが、治るには治ります。唯レントゲンが弱いとか、ラジウムが弱いとかすれば、それ丈早く治るでしょうがね。実に困るんですよ。お医者の手をかけた丈は遅いんですからね。けれどもラジウム、レントゲンをかけ乍ら浄霊しては何にもならないから、それ丈は止める。それで、一週間か二週間位試してみて、それで膿が出て来ればしめたものです。膿が出て来れば溶けて来たんだから、請合って治ります。
<事例5> 膿で押し出された片目は望みなし。片方は、頭の毒が取れれば相当長くかかるが治る。ただ、反対が強くてなどの場合、霊になって救う以外にない。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 川上キノ(昭和二十一年入信。五十七才)二十六年七月畑の草取りの最中に急に右眼に痛みを覚え、床に就きました。右半面が激しく痛み、信者さんに御浄霊を戴き、その時の状態は黒目の中央に膿結らしい物があり、肩、頸筋、頭部に相当の熱があり、次第に黒目は全部真白になり排膿を始め、其後小指の頭位の膿結が黒目の辺りより御浄霊中に飛出しました。更に目の玉の周囲がザクロの様に腫れ、黒目の処が大豆位の大きさに飛出し、二回に亘る毒血の排泄により、眼球は凹み、ザクロの様な腫れもすっかり取れました。現在は、黒目に雲がかかった様になり、電燈の明りも判りません。中教会にて御浄霊を戴いてより左眼も段々見えなくなり、両眼共に見えない状態で御座います。御浄霊は約六カ月戴いておりますが、只今の処変化は御座いません。尚左眼は御浄霊を戴きつつ多少痛みがあるのみにて段々見えなくなりました。既往症としては、二十才頃大腸カタルで注射一本と服薬を致しております。又本家は潰れ家敷となっており、本家に目を患って亡くなった者が要るとの事で御座いますが、その関係が御座いましょうか。御屏風観音様はお祀りさせて戴いておりますが、御神体は家族の者が解らない為に、未だ御奉斎致しておりません。
尚、御浄霊の急所御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
御神体は未だ――やっぱり、どうもね。御神体を祀ってその部屋に寝なければいけないですね。之は、霊的もありますが、やっぱり霊、体と両方ですね。こう言う人は頸の廻りを見て御覧なさい。必ず固まりがありますから、そこを溶かさなければならない。それから肩――その辺に固まりがありますから、それを溶かす。家族が反対するんだからしようがないが、それは、ゆっくりで良いです。それから後(延髄)ですね。ここに固まりがありますから、それを良く溶かす。治りますがね。そんな難かしいものじゃない。それから頭ですね。こう言処(延髄)の毒が頭に行って、そうして目に行って固まるんですよ。
「最初、黒目は飛出ておりましたが、殆ど低くなった様で御座います」
反対に凹んだ訳ですか。今黒くはあるんですか。
「黒くはなっておりますが、その前が膜が被った様になっております」
目の玉が取れる場合があるんですがね。そんな事はないですか。
「取れた様では御座いません」
それは取れた様な気がしますね。それでなければ凹む訳はないんだ。膿で後から押されて、目の玉が取れる場合があるんだ。膿で一杯被ったその儘出たんですよ。だから、膿の固まりみたいに見える。それは目の玉ですよ。片っ方丈ですね――この方は望みないですね。片っ方は治りますね――頭の毒を取ればね。けれども、之は相当長くかかりますね。何年もかかりますね。ですから、反対があったりすると、一寸――それ程丹誠にして、結局骨折り損のくたびれ儲けになるかも知れないが――之は止めた方がいいかも知れないですね。
幾ら人間を救うと言っても、十人が十人全部救う事は出来ないんですよ。十人の内に二人や三人は救われない人が出来るんですよ。致し方ないですね。だから悉く救おうとしても、救えない場合には、先ず止めるよりないですね。そう言うのはどうしても、霊になって救うと言うより仕方がないです。肉体では救われないと言う訳ですね。
<事例6> 眼に入った虫が毒を食っていたが、浄霊で毒が減って弱った。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 赤羽義治(未入信)の飼牛が非常に涙をこぼしますので、目を開いて見ました処、黒玉の中に細い糸の様な一寸位の虫が居り、獣医に診せた処、早速針を入れて出そうとしたが、取れずに失明して白く腫れました。其後頼まれて御浄霊を致しました処五日程で黒目が見え出しましたが、やはり虫はピンピンして居ます。其後御浄霊をしていると虫は見えなくなりました。之は霊的で御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
面白いね。之は随分変だね。虫はピンピンと言うんだからね。之は、霊的にも言えるけれども、何かの折に眼に入った虫が、そこに喰いついて、段々育っていった。そうして、つまり浄霊した為に、そう言う虫は皆毒を食うんだから、毒を食ってしまったので、それで弱ったと言うんで、別に大した事はないですよ。
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