① 腎臓の働き
ア.強靭な健康は、三毒が最も作用する腎臓の強盛に正比例。
(天国の福音『腎臓医術と若返り法』▲より)
本医術は一言にしていえば腎臓医術ともいえるのである。さきに詳説したごとく、病原としての毒素は然毒、尿毒、薬毒の三種で、その三毒が最も作用する局所としては腎臓である。まずその順序を説いてみよう。
人間がこの世に生を享けるや、既説のごとく先天性毒素としての然毒が、まず背面腎臓部に集溜する。嬰児といえどもほとんどは背面腎臓部に相当の毒素を保有している。幼児の起き歩きの後れる原因もそのためである。そうして人間は成人するに従い、然毒の凝結圧迫により腎臓は萎縮し余剰尿が溜結、なんらかの病気発生となり、それの浄化停止のため薬毒を使用する。すなわち以上三毒の圧迫加わり、腎臓はいよいよ萎縮する。元来 腎臓はホルモンの製出と、生理的残渣(ざんさ)を尿によって排泄するという重要機能である以上、腎臓萎縮は全身的浄化微弱とホルモンの欠乏を促す。その結果としての老衰は免れ得ない。この理によって人間の元気旺盛なるは腎臓機能の活発によるのであるから人間の強靱なる健康こそ、全く腎臓の強盛に正比例するのである。
腎臓が完全なる活動状態となるにおいて、まず全身が軽くなり挙措(きょそ)敏捷となる。頭脳は明晰となるから能率は増進する。仕事に当って倦(う)む事を知らず、かつ困苦に堪え、万事楽観的となり、常に爽快感を保つから怒る事を厭(いと)い協調的となる故、人から敬愛され、成功者となる訳である。また婦人にあっては浄血の持主となるから著しく美を増し、不断の快感は接する人に好感を与え、ホルモンの増加は著しい魅力を発揮する。故に夫婦は円満となり、家庭内の風波は起り得なくなる。また老年者といえどもまず二十年は若返るであろう。その結果として普通九十歳以上の長寿者となる事は敢て難事ではない。
私は、人類の腎臓を完全たらしむるにおいて病者の絶滅、出産の増加はもちろん、戦争の絶滅をも期し得らるる事を信ずるのである。何となれば完全なる腎臓は完全なる健康体となり、完全なる精神を持ち得、完全なる精神の持主は闘争を厭い、平和を好み怠惰を厭い、利己愛を捨て、すべて常識的に事を処理するというようになるからである。私は思う。本医術を他所にして世界の真の平和の実現は得られないであろう事を。
イ.腎臓は水の方の浄化作用の役目で、心臓は火の方。尿蛋白は浄化作用の残渣。牛乳を飲むと腎臓を弱らすから蛋白が少なくなる。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『腎臓疾患』▲より)
腎臓というものは「物を洗う水の働き」をするものであります。それで、心臓が熱を吸収して毒素を燃焼すると灰が出来るから、その灰のようなものを水で洗って流す。・・・それが腎臓の役目であります。ですから、毒物に中(あた)ると、非常に下痢をしたり、小便が沢山出る。その際尿は、腎臓が洗った汚水であります。昔は腎虚などといって、精液を造る器械といったものですが、その補助はするが、作り出すものではないのであります。それで、大熱の出た後などはよく腎臓病を起しますが、それは心臓熱で燃焼した灰が尿に混って出るので、これを蛋白といい、病気と思うのでありますが、実は浄化作用の残渣であります。牛乳を飲むと蛋白が少くなるというのは、腎臓を弱らすから、洗う力が少くなるからであります。又、窒扶斯(チフス)や猩紅熱、扁桃腺炎の後など、よく腎臓が悪くなるといいますが、これは腎臓が悪くなるんではない、ヤハリ病素の洗い渣(かす)が蛋白となって出るので、非常に結構な事なんで、間もなく治るのであります。これ故に蛋白の出るのは決して悪い意味ではないのであります。腎臓は、そういう訳で、水の方の浄化作用の役目で、心臓は火の方の浄化作用の役目であります。ですから、心臓と腎臓は、重要な夫婦役になります。それで、心のシに濁りを打つと腎の、ジとなっているのも面白いと思うのであります。又こうも言えます。心臓は火、肺は空気、胃は土、腎は水の役であります。又、腎臓と肺臓が水で、心臓と肝臓が火の役とも言えるので、又、心臓が霊で肝臓は体、肺が霊で、腎臓は体とも言えるのであります。
ウ.腎臓が悪いと余剰尿で太る。尿意は我慢しない。
(『馬鹿肥りは病的だ』/『自觀髄談』より)
程のよい肥り方なら健康に違ひないが、そういふのは滅多にない。大抵は病的である。よく固肥りといふが實は之が怪しいので、之を私は小便肥りといつてゐる。何故なれば、腎臓の悪いのが原因であるからで、今それを悉しく説明してみるが、原因は斯うである。一例を擧げれば女學生には肥つたものが非常に多い事は誰も知つてゐる通りで、之は何が爲かといふと、學校で授業中尿意を催す場合、勉強の時間が惜しいのと若い女性の常としてつい我慢する。それが爲、尿は腎臓外部に滲出し、固結する。その固結が腎臓を壓迫するから腎臓はいよいよ萎縮し、尿量は極減される。それが爲外部への滲出量を増す事になるから、餘剰尿は漸次身体全部に氾濫し固結する。それが眞の原因である。
從而、尿の滞溜固結であるから何時かは浄化が起る。勿論發熱、咳嗽、喀痰は附物で、肋膜炎、腹膜炎等が病發すると共に、浮腫、盗汗も著しいのである。世間よくアンな丈夫そうなお嬢さんが大病になつたり、時によると不幸になつたりするのは不思議だとよく謂われるが、右の原因が判れば成程と思ふであらう。之に就て一例をかいてみよう。
以前、神奈川縣下全部の女學生の健康診斷を行つた際、模範健康者といはれた者が三人あつた。その中の一人を私が診た事がある。固肥りの實に健康そうなお嬢さんであつたが、其後暫くして發病するや急速に悪化し、結局死亡したのであつたが、(中略)遂に右のような運命になつたので、實に気の毒と思つた。(中略)
以前、神奈川縣下全部の女學生の健康診斷を行つた際、模範健康者といはれた者が三人あつた。その中の一人を私が診た事がある。固肥りの實に健康そうなお嬢さんであつたが、其後暫くして發病するや急速に悪化し、結局死亡したのであつたが、(中略)遂に右のような運命になつたので、實に気の毒と思つた。(中略)
以前私は力士の身体を診た事があつた。名のある力士としては太刀山、大錦、年寄立浪等であつたが、何れも眞の健康体ではない。前記の如き餘剰尿による固肥りであつた。それは何よりも力士は早死である事が證據立ててゐる。力士で六十才を越す者は滅多にないといはれてゐるにみて明かである。又肥滿してゐる人は肉体を動かすと苦しがるのは無論心臓が壓迫される爲でもあるが、健康者の肉は軟かいから心臓壓迫はないが、餘剰尿の固結は硬いので、それで心臓を強壓するのである。然し息切れは肺臓が壓迫される爲もある。
右の如くである以上、尿意を催した時、我慢する事を止めるべきで、尿意を我慢するなどといふ些細の原因から生命を失ふ結果となる事を考えたら、實に恐ろしい話で大いに注意すべきである。
<事例1> 腎臓の系統の家系。小便に相当薬毒が入っているから痛む。少し気長にすれば治る。
(『御教え集』第1号/S26.8.1)
(お 伺) 私の息子二十四歳は本年一月より体具合が悪く、医師の診断を受けました処、膀胱及び腎臓が悪いと云われ色々と医療を加えて行く中に、二カ月目に膀胱腎臓結核と云われ、腎臓の手術を勧められましたが、その儘で切らず三カ月放任し、五月中旬頃より御浄霊を受けております。御陰様で腰痛は取れ、今迄小用する度に膀胱が痛みましたがそれも少しは取れましたが、まだ小用する度に少し痛みます。最近は特に食事が進みません。
因みに昭和二十三年九月長女清野(十九歳)は腸結核にて死亡、続いて二十四年六月夫は心臓、肝臓、腎臓病にて死亡、本年七月十九日次女厚子(十九歳)は咽頭結核にて死亡しております。家には光明如来様、御屏風観音様共御奉斎させて戴いて居ります。御浄霊は特に何処をさせて戴いたら宜敷いでしょうか、又子供の死亡は成長してから死にます。幼い時は皆元気ですが、何か霊的に関係が御座いましょうか御伺い申上げます。
〔御 垂 示〕
之は、やっぱり医学の犠牲になる訳ですね。反って、一人子供が死ぬと、この次には用心して医者を余計頼るからね。そう云う時、お医者様はおどかしますからね。手後れだとか云って、別に手後れじゃないですね。やっぱり、系統とか、血統とか、体にもそう云う点はあるんですね。腎臓の系統ですね。ですから腎臓を良く浄霊してやればいいですね。それから、膀胱は痛い所、そこを浄霊する。こう云うのは、小便に相当薬毒が入っているから、膀胱の粘膜を刺激するんですね。こんなのは何でもないですよ。少し気長にやれば治ります。腎臓を切らなくて良かったですね。小用する度に少し痛むというのは、腎臓から尿道に行く出口あたりでしょうね。
<事例2> 薬毒がたくさんあるから、気長にすればだんだん治ってくる。家族で反対があるだけは治りが遅いが仕方がない。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 谷本豊子(二十九才)腎臓病が悪化し、医師に見離され、御浄霊にて御守護戴き、入信致しました。お腹の御浄化で、段々張って臨月位になり、心臓も苦しくなりましたが、動く事は出来ました。上下に汚物を沢山出し、お腹は普通になりましたが、三カ月程すると、再浄化戴き、前の半分位に張り、大変苦しく、足は全然立たなくなり、横にもなれず座った儘です。下痢はして居りますが、出るのを感じません。膝に薄赤色の斑点が出来、破れそうになり、お腹の上部に水ぶくれが出来て、汁が少しづ(ず?)ゝ出て居ります。お道の事は、母親丈少し解って居りますが、父親及び家族全部は解って居りません。御先祖は祀って居りません。お祀りする様に話ましたが、その気持は御座いません。里に帰って居りますが、嫁入先は全然解りません。御浄霊の箇所御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は薬毒ですよ。薬毒が沢山あるんで、色んな形になるんですね。ですから、一番悪い処悪い処をやって気長にやっていれば、段々治って来ますよ。側の者が反対する丈は、治りが遅いけれども、之は仕方がありませんね。
② 急性腎臓病、慢性腎臓病
ア.急性腎臓病
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 四十度前後の高熱を出し、背面腎臓部の左右両方か又一方が激痛を伴なうのである。この場合激痛の為腰を動かす事は不可能で、多くは身体を彎曲させて呻吟する。
浄霊 高熱及び激痛せる方の背面腎臓部。
イ.慢性腎臓病
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 然毒又は尿毒、薬毒が背面部に溜結し、それが体温計に現われない程の微熱によって溶解し、一種の液体となって腎臓内に浸潤し、尿と共に排泄せられるのである。
症状 尿と共に蛋白の排泄及び浮腫が特徴で腰痛、疲労感等がある。むくみがある場合尿量は減ずるのである。
浄霊 背面腎臓部の溜結毒素と尿道。
③ 腎臓結核、腎萎縮、腎盂炎、浮腫み
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『腎臓疾患』▲より)
腎臓病にも種々あります。腎臓結核、萎縮腎、腎盂炎等であります。よく萎縮腎を腎臓結核と誤られます。本当の腎臓結核は、右か左かどっちかの内部に水膿が溜結し、それが化膿して痛みを有(も)つのであります。そうして、普通は膀胱へ移行するもので、非常に悪性で、小便に血液が混るのであります。そうして、膀胱結核から摂護腺、睾丸へまで移行し、最後に到って睾丸は糜爛(びらん)するのでありますが、こうなれば間もなく死に到るのであります。又腎臓をよく手術によって剔出(てきしゅつ)しますが、多くは予後不良であります。
次に、萎縮腎は、水膿溜結が腎臓を圧迫するので、腎臓は充分の活動が出来ないので、その為尿が溢れる、その尿が毒素となり、又は浮腫になるのであります。この診査は、腎臓部及び付近を指圧すれば必ず痛む個所があります。そうしてこの溢出した尿中の毒素を医学では尿酸といいますが、私はこれを尿毒といっております。独逸のある学者は、「万病は尿酸が原因である」ともいっています。今もこの説は相当認められておるようであります。リョウマチスで、赤く腫れないのはこの尿毒が原因であります。私はこれを腎臓性リョウマチスと言っておりますが、非常に治り易く、この尿素は割合に弱性で、溶解し易いものであります。尿毒というものは、あらゆる病気になります。よく腎臓が悪くて肩が凝る人がありますが、これは矢張り、尿毒が肩へ集る人であります。足が重倦(おもだる)く痛む人など、皆この尿毒が下の方へ垂溜する為であります。最も多いのは、尿毒が腹膜へ溜るので、そしてそこで凝る。これは、腹部を圧すと必ず痛む所がそれであります。この尿毒は、肋膜、喘息の原因となる事もあります。ですから腎臓の為に喘息を起し、喘息の為に心臓病が起るんですから、間接には、腎臓が心臓病の原因になる訳であります。
腎臓の原因で脚気と似ている症状を起す事もあります。これは割合多いので、あるいは真の脚気より多いかも知れないと思う程で、足が重く腫れたりなどして、脚気のような症状を起しますが、脚気とは全然異う。私はこれを「腎臓脚気」と言っております。腎臓の周囲へ水膿が溜結すると、浄化作用によって発熱する。これを腎臓炎又は腎盂炎と言います。腎盂炎の症状は、腎臓部の痛み、腫れ、発熱等で、又特徴として脚力が無くなり、歩行不能になるのでありますが、これは頗る治り易く、普通二、三回位で全治するのであります。本療法によれば、腎臓に関する疾患は非常に治り易いんで、ほとんどの腎臓的疾患は百パーセントの治癒率であります。
(アメリカを救う『腎臓炎乃至腎臓病』より)
腎臓という機能は、尿の処理機関であるのは誰も知っているが、この病気は初め薬毒が背面腎臓部に溜り固結するので、これが腎臓を圧迫し完全に尿の処理が出来なくなる。即ち萎縮腎である。このため余剰尿は腎臓膜を滲出し、全身に氾濫する。これが浮腫である。処がこの余剰尿は局部的に固まって種々の病気となる。その中一番多いのが首肩の凝り、頭脳の病、耳、眼、鼻の病が主で、驚くべきは歯槽膿漏の原因もこれであるから、考えたら不潔極まるものである。又右の固結が浄化の為発熱する場合、これを腎臓炎というのである。又腎臓結核は非常に痛む病気で、重症になると血の混った尿が出る事がある。これは薬毒によって腎臓壁に腫物が出来、其処から膿と血が滲出するからである。又腎臓結石は最初胆石病の胆石の小粒が尿に混って流下し、腎臓内に停滞するうち尿素が附着して段々大きくなり、これが膀胱の入口又は出口につかえ、尿が閉止する事がよくある。その為下腹部が浮腫となり、増大してどうにもならなくて遂に死ぬ人も往々あるのである。
茲で注意すべきは、医学では腎臓病の場合尿中の蛋白を恐れ、塩分を禁止したり牛乳を多量に飲ませたりするが、これはナンセンスである。というのは蛋白とは実は前記の如く浄化によって溶けた尿素であるからで、蛋白が出る程いいのである。従って蛋白が出切ってしまえば、完全に治ってしまう。医師諸君においても、今後試して貰いたいと思うのである。
(天国の福音『腎臓病及び糖尿病』▲より)
腎臓病は急性と慢性とあり、前者は稀で一般にいう腎臓病はほとんどその後者である。急性は高熱及激烈なる腰痛を伴い動くさえ不可能であるが、これはすこぶる治癒しやすいのである。それに引換え慢性は、医療では治癒に時日を要するよりもほとんど不治とされているが、本医術によれば完全に全治する。また慢性は浮腫が特色で原因は既記のごとく腎臓萎縮による余剰尿の滞溜である。そうして医学は腎臓病と断定するには尿中の蛋白によるので、蛋白を非常に恐れるがこれははなはだしい誤謬である。何となれば蛋白とは、腎臓周囲に固結せる余剰尿が浄化溶解し、尿に混入して排泄せらるるからである。医学は蛋白を滅失すべく、牛乳飲用あるいは安静を奨めるが、もちろんこれは両者によって衰弱を促し、浄化停止を計ろうとするので、これによって蛋白が減少するから効果ありと思うのである。またこの病気に対しよく利尿剤を用いるがこれも一時的で連続するに従い逆効果を招き、慢性の原因となる。
ア.腎臓結核
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 医学では血尿によって結核の診断を下すようである。併し多くは両鼠蹊部上部の微熱、又は軽熱の腎盂炎による発熱の為、輸尿管の附近一帯が熱せられるので、尿が輸尿管を流下する際熱尿となり、それが尿道を通過する場合、尿道粘膜の薄弱な人は粘膜が炎症を起すので、その炎症部の血管から血液浸潤して血尿となるので、医学は本病とよく誤診する。
症状 腎臓内部が化膿して痛みを持つのである。そして普通は膀胱へ移行するので非常に悪性で、小便に血液が混るのである。睾丸迄移行したものは重症である。
浄霊 背面腎臓部、微熱部、腎臓部。
イ.腎臓炎(腎盂炎)
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 腎臓炎は腎臓周囲に溜結した毒素の浄化作用である。
浄霊 背面腎臓部。
<事例1> 腎盂炎。腫れるほど良く、赤くブヨブヨになって血膿が出て治る。
(『御教え集』第4号/S26.11.8)
(お 伺) 私は五十一歳で三男五女の母です。三十四歳の十月に、一カ月程腎盂炎を病んだ事があります。高熱が出ましたので、注射をしたり冷したり致しました。其後はずっと健康で過して参りましたが、時々肩の凝りはありました。処が二十五年五月の中頃に、右の頬骨が腫れて来ました。之は虫歯の為だと思いその儘にして置きました。家人が、捨てゝ置いてはいけないと言うので、痛みませんでしたが歯科医に診て貰い、注射をして抜き取りました。処が十月十日になっても、腫れも引かず、十月十二日に大阪大学病院にいって診察を受け、レントゲンを撮りました結果、骨腫かも知れないから手術しては何うかとの事でしたが、私は手術が嫌ですから、遂にその儘二十六年の三月迄過して参りました。其間二回も神様に御願する様に勧められましたがついウカウカと過し、四月二日に入信させて戴きました。其後お参りをと思って居りましたが、長女がお産をしますので、手伝の為浄霊が後れ、六月十九日から毎日、近くの信者の方に浄霊をお願いして居ります。御浄霊を戴くに従って段々腫れがひどくなって、鼻柱より高く腫れ上り、何うなる事かと心配しましたが、八月六日に熱の浄化を戴きました。十月の初めから食欲が減り、十月二十六日に又発熱致し、その都度腎盂炎を病んだ処が痛みます。熱は二回共三十九度程ありました。三十日、明主様に御面会させて戴き、三十一日から又浄化を戴きまして、目ヤニはずっと出て居りましたが、五日には口と鼻から、少し血の固りが出て来ました。気分もずっと良くなり、食欲も出て参りました。支部には、月に一度位しかお参り致して居りません。尚、ひどく腫れて居ります。御浄霊によってお救い戴けますもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は、捨てゝ置けば良いんだ。非常に良いんだがね。骨腫かも――骨が腫れるんですかね。鼻柱より高く――結構ですね。之は結構ですよ。どんなに腫れても良い。腫れる程良いんですからね。そのうちに赤くブヨブヨになって、血膿が出て、それで治って跡は何にもなりません。
「本人も毎日御礼に参って居ります」
結構です。もっと腫れると良い。もう長い事はない。もう少し経つと、小いさい穴が開いて出ます。少し湿る様な事はないですか。決して心配はないから大丈夫です。もう直きですよ。それから腎盂炎の処が固めてあるから、少し痛みますが、腎盂炎なんて何でもないです。足は、歩くのに何ともないでしょう。それじゃ、腎盂炎も何でもないです。
<事例2> 腎臓萎縮。腎臓と腹をよく浄霊すれば治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 進藤仲子(四十六才)十年前子宮外妊娠にて開腹手術を行いました。本年九月腹膜炎の症状となり、医診を受けました処、子宮筋腫並びに結核性腹膜炎で手術不可能と言われ、ペニシリン、ストレプトマイシン四十本を打って見るより方法なしとの事で、不安になり、御浄霊でとお縋り致し今日に至って居ります。尚、五年前に一度お守様をお受け致しましたが、一時的で信仰より遠ざかって居りましたが、九月に改めて入信致し御浄霊をさせて戴いて居ります。腹膜は、御守護戴き一カ月程で治りました。その後一カ月、十一月中旬より腹部が次第に腫れて参り、下旬には乳下から下腹部迄、指で押してもへこまぬ程に固く大きく腫れましたが、其頃から稍排除が始り、下痢と下り物が続き、腹部も柔らかくなりました。現在はガスを非常に出して居り、下痢と下り物は前程でない様で御座います。食欲はありますが、胸部の圧迫感の為一日三杯足らずです。苦痛は、胸と腹部の圧迫感、横腹の吊れる様な痛み、浮腫みの為の足のだるさ等で御座います。右に就き御浄霊の要点を御教示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は腎臓ですよ。腎臓萎縮ですね。だから、腎臓部に固まりがあるから、そこを精密に浄霊して、次はお腹ですね。そうすれば治る訳ですがね。それ丈のものですね。力を出来る丈抜いてやれば、腎臓も良く溶けますからね。
④ 糖尿病
(医学革命の書『眼、耳、鼻、口・主なる病気(二)』より)
糖尿病であるが、これは脾臓の周囲に毒素が固結圧迫する為、糖分の処理が不能となる。これが原因であって、これも浄霊で簡単に治るのである。この病気に対して医師は食事を制限するが、これなどもなんら意味はないばかりか、衰弱の為かえって病気は悪化する位である。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『糖尿病』▲より)
糖尿病は、甘い小便が出るとしてあります。症状は、疲労感と、喉が渇くのと、尿の排泄多量と、尿意頻繁とであります。又、歯の脱落も特徴であります。この病は、患者自身の発見ではなく、医師に言われて知る人が大部分であります。この病の人を診査しますと、必ず胃から肝臓、腹膜にかけて水膿溜結があるのであります。そういった機能が一帯に圧迫されるのが原因であります。特に、肝臓部が割合に酷いのであります。膿結を溶解するに従い段々治ってゆきます。割合治りいい病気であります。治癒の状態は、喉が渇くか渇かぬかで最もよく判るのであります。又、夜中に小便に行かなければ治ったとみてもよいのであります。なお医師で尿の検査をすれば確実であります。
(天国の福音『腎臓病及び糖尿病』▲より)
糖尿病は、医学上膵臓の疾患とされている。それは膵臓によって製出されるインシュリンの欠乏が原因といわれ、医療はインシュリン注射を行うが、一時は若干の効果はあるが、根治法でないからほとんどは慢性となる。また医学においては極端な食餌療法を行い、糖分を与えないようにする。それがため患者の苦痛と経済的負担は容易ならぬものがある。特に米食を不可とするので日本人には困るのである。糖尿病は本医術によれば、膵臓外部に溜結圧迫せる毒素を溶解排泄する事によって完全に治癒する。しかも食餌は普通食であるから、その点患者は大いに助かるのである。
ア.糖尿病
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 溜結毒素が膵臓及び肝臓の株を圧迫する為である。
症状 疲労感や咽喉のかわき、尿の排泄が多量で、尿意頻繁、歯の脱落等が特徴である。
浄霊 腎臓及び脾臓の下部の毒素を背面より浄霊する。
⑤ 腎臓摘出手術
(『手術は野蛮?』▲より/『栄光』143号)
腎臓病で右か左か一方の腎臓を摘出しても、それだけで治り切りになる事は滅多にない。大抵は残った方にまた起るというような事になる。
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