(S28.11.17/み教え集28号)
つまり運が良いとか悪いとか言いますが、総て順調に行く時には何んでも順調だし、これが、悪い時になると泣面に蜂で、悪い事ばかりが重なって来るものです。それは健康とピッタリと関係しているのです。これは私の経験でもそうです。私は薬毒がウンとあります。何処か体が悪い時には必ず悪い事が来るのです。疥癬を大分長くやりましたが――私の疥癬は今年で九年目になります――まだすっかりとはゆきません。耳が痒いので始終こうやって掻いてますが、これも疥癬が耳に来ているのです。それから腰の廻りから足が痒いとか、今でも蒲団に入って暖まったりすると幾分痒いです。それで、一番最初に玉川警察署に十一日間留置された事がありますが、その時には疥癬が一番酷かったのです。それから静岡事件の時には足に未だ残っていました。一昨々年―二十五年ですが、この時には疥癬がいやに悪かったのです。(中略)それから私は疥癬の外に歯が始終痛んだり、頭が痛んだり、始終いろいろありますが、そういう時には何かしら、つまり苦しむ事があるのです。これは誰でもそうなので、その理窟なのです。というのは、そういった悪いという事は、毒素に対する浄化が起こっているのですが、浄化というものが人間の体ばかりではないのです。浄化というものは、あらゆるものに相応して来るのです。だから体の何処かが悪いという事は、やっぱりその人の運命に苦しみがあるわけです。毒素があるとその部が曇っている。そうすると体全体が曇っていると、毒素は肉体的苦痛によって除ってゆき、それから運命はいろいろな災いで除ってゆく、という訳ですから、(後略)そういう訳で、一切のそういう苦しみは浄化作用ですから、その苦しみというものも、それが分れば喜ぶというまでもゆかないが、そうクヨクヨする必要はないわけです。それで除かれるだけ除かれてしまえばあとは無いので良くなるばかりです。(中略)それが真理なのだから、そこを本当に知ると非常に気楽になります。だから苦しい事が起こると、これは楽しい事の前提だ、これによって楽しい事になるのだと思うから、さのみ苦痛ではないという事になります。丁度病気が起こって、熱が出て痛んだり苦しいが、これによって良くなると思うから、心から苦しくはないのです。それで病気の事はよく分るが、外の事になると気がつかないのです。(中略)一切の人間の苦しみというものは、病気ばかりでなく他のものもある。それで病気の浄化の時には他の事の浄化も丁度同じに来るか、続いて来るか、どっちかなものだ、という事を知っていればよいのです。
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