6.精神病、ヒステリー

① 精神病の真因

ア.首肩の凝りで前頭部が貧血し、後頭部右側延髄付近の固結で不眠が拍車をかけ、霊が憑依して精神病となる。理性を司る前頭部の稀薄に憑依霊の活動力が相応する。霊の充実は常に動揺しているから、人間は欠陥三くらいの線を確保すべき。

(『日本人と精神病』より/『地上天国』8号)

 精神病の真因は肉体的と憑霊現象とである、というと唯物主義教育を受けてきた現代人にはちょっと分り難いかもしれない。(中略)

 まず精神病者は憑霊現象であるとすれば、何故であるかというと、世間よく首が凝る肩が凝るという人は余りに多い事実である。(中略)

 首、肩の凝りは頭脳に送血する血管を圧迫するので、それがため前頭部内に貧血を起こす。ところがこれが問題である。というのは頭脳内の貧血は貧血だけではない。実は血液なる物は霊の物質化したものであるから、貧血は頭脳を充実している霊細胞の貧血ではない、貧霊となる事である。この貧霊こそ精神病の原因であって、憑霊は霊の稀薄を狙って憑依する。その霊とは何であるかというと大部分は狐霊で、次は狸霊、稀には犬猫の如き霊もある。勿論何れも死霊で、また人霊と動物霊との共同憑依もある。

 ここで人間の想念を解剖してみると、まず理性と感情とそれを行為化する意欲である。その理由としては、前脳内の機能は理性を掌り、後脳内のそれは感情源となる。(中略)そうして理性にしろ感情にしろ、それを行為に現わす場合、大小に拘らず意欲が要る。その意欲の根源こそ、腹部中央臍部内にある機能である。所謂行いの発生源であって、右の三者の合作が想念の三位一体である。

 ところが前頭内の貧霊は、不眠症を起こす。不眠の原因の殆どは、後頭部右側延髄付近の固結であり、それが血管を圧迫するからである。不眠は貧霊に拍車をかけるから、得たりかしこしと狐霊は憑依する。前頭内は人体の中枢であるため、その部を占有する事によって人間を自由自在に操り得るのである。(中略)

 以上の如く、人間の本能である感情を常に制約し、過ちなからしめんとする活力こそ理性の本能で、人間がともかく普通生活を営みつつあるのは、理性という法律によって本能を抑え生活秩序が保たれているからである。従ってこの法律の力を失うとすれば感情は自由奔放脱線状態となる。それが精神病である。

 右の如く法律が前頭内に光っているのを知っている憑霊は、そこを目がけて憑依しある部分を占有する。勿論霊が充実しておれば憑依する可能性はないが、稀薄といっても厚薄の差別があり、その差別に憑霊の活動力が相応する。(中略)

 ところが現代人に凝りのないものはないから、霊の充実が十ある人など一人もないと言っていい。社会で尊敬されるような人でも、二乃至三ぐらいの欠陥はある。(中略)しかしながらこの欠陥は一定不変ではない。常に動揺している。(中略)

 ところが一般人はまず平常三乃至四ぐらいであって動機次第ではいつ何時五の線を突破するか分らない。この場合思いもよらぬ罪悪を犯すのである。この例としてヒステリーであるが、この原因は殆ど狐霊で、この狐霊が前頭内に蟠踞し五の線を突破するか、あるいは嫉妬、怒りのため五の線が先へ破れる場合である。そうなると心にもない滅茶苦茶な事をいい、狂態を演ずるが長くは続かない。というのは五の線が再びそれ以下に保たれるからである。従って人間は三の線を確保すべきで、四ぐらいの線では危いのである。今日犯罪者が多いというのは右の理を知ればよく分るであろう。憑霊とは勿論獣霊である以上、五の線を突破すれば形は人間でも心は獣類となんら異ならない事になる。(中略)

 最後に当たって根本的解決法を書いてみるが、勿論本教浄霊であって、これ以外世界広しと雖もないことをここに断言する。

イ.後頭部頸椎部に水膿が溜結して脳の中枢が貧血した時、その貧血に邪霊が憑依するか、その人の腹に潜在する邪霊が上昇して脳の中枢を占領するかで、精神病となる。加えて精神的打撃を受けると、精神病に拍車がかかる。精神病者の幻聴、幻覚、自問自答などは狐霊に踊らされている。

(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『精神病』▲より)

 この病気[精神病]の原因は、最初は不眠症からであります。不眠症はまず精神病の一歩手前と言ってもいいのであります。従って、後頭部の水膿溜結を溶解すれば眠れる様になりますから、眠れさえすれば精神病は治ってゆくので、吾々の方では精神病は必ず全治するのであります。不眠症から精神病へ進む順序を述べてみましょう。不眠の原因である後部頸椎部の水膿溜結が脳への送血を妨げるので、脳の中枢が貧血するのであります。その貧血へ邪霊が憑依するのが、その原因であるのと、今一つは憑依でなく、患者自身の腹中に常に潜在して居た邪霊が、頭脳の貧血に乗じ上昇して頭脳中枢を占領するのであります。元来人間の精霊は、平常はある程度の濃度を保っている。その程度とは、普通人の健康状態の血液の密度と同一であります。しかるに何らかの原因によって、血液が減少した場合、そのごとく精霊も稀薄になるので、その霊の稀薄に乗ずれば、他の霊即ち邪霊が憑依し得らるるのであります。一種の補給的意味ともなります。

 この例として、産後に不眠症や精神病が起り易く、又、月経時にヒステリーが起り易く、又、山に行って断食等を行う場合天狗等が憑依するのは、皆貧血に因る精霊の稀薄に乗ぜらるるのであります。右のごとき体的原因以外、精神的衝動を受けるにおいて、いよいよ不眠症に拍車をかけられるのであります。それは貧血が一層はなはだしくなるのでそれだけ邪霊の力が増す事になります。邪霊が憑依するや、あらゆる事象を連続的に無制限に想わせる。それは彼らの本能であります。そうして邪霊の思念がついに発展して、行動にまで及ぶので、それが常軌を逸しさせる種々の狂態であります。医学上でいう幻聴とは、霊のいう事が聞えるのであり、幻覚というのは種々の霊が見えるのであります。そうして邪霊というのはほとんど狐の霊で、稀には狸の霊もあり、なお稀には両方の場合もあります。精神病者が自問自答するのは頭脳の中枢に蟠居している狐霊と外部に居る狐霊との問答であるが、この場合本人の記憶を利用する事が多いのであります。又 空間をみつめて驚いたり泣いたり笑ったりするのは霊が見えるからであります。要するに精神病なるものは、人間が狐霊に踊らされるのであります。本療法によれば、半ケ年ないし二ケ年位で完全に治癒するのであります。

ウ.精神病の原因は腎萎縮で、毒結による頸部周囲の血管で起きる脳貧血と、心配事という精神的打撃から続く不眠で発病する。霊の物質化した血液の稀薄に応じて憑依が起きるが、ほとんどの精神病が狐霊の憑依。

(天国の福音『精神病』▲より)

 精神病は全くの霊的病患であるが、ただ発病の動機は、肉体的毒素の誘引による事がそのほとんどである。まず原因から説いてみるが例外なくこの病気は不眠の持続からである。不眠の原因は内的と外的との二種あってまず内的より説くが、それは頭脳の血液不足のためで、既説のごとく毒結による頚部周囲の血管圧迫のための脳貧血である。そうして被圧迫の血管は、右側延髄部に、次いで左右いずれかの頚部淋巴腺及び頭脳全体の毒素の影響であり、外的とは精神的打撃すなわち心配事である。しかしこれとても内的原因による脳貧血の影響ももちろんあるのである。

 ここで血液について説明するが、血液そのものは物質であるが、これを霊的に観る時、活力の源泉である霊細胞で、いわば霊の物質化が血液である。従って純血であれば霊細胞は濃度であり、貧血または濁血は霊細胞も稀薄である。元来憑依霊なるものは、霊細胞が稀薄でなければ憑依出来ないもので、稀薄の程度に比例する。判りやすくいえば霊細胞が充実し十の場合は絶対に憑依は出来ない。それが九となれば一だけ憑依出来得、八となり七となり五となり四となれば、憑依霊は六を占領する。すなわち本霊四憑依霊六となるから憑依霊の方が勝ち人霊が負ける結果憑依霊の意のままとなる。それが精神病である。そうして精神病の場合は狐霊の憑依がほとんどで、稀には狸霊もある。昔から狐憑きというのは、これを指したものである。

 ここで狐霊の性格を知る必要がある。本来狐霊の性格はちょっと人間には解し難い程の特異性がある。それはいかなる訳かというと、狐霊は実によく喋舌り、連続的で決して中絶はない。かつ速度も著しい、よくある種の婦人などが昂奮の結果威猛高になり相手の口を開かせず喋舌り続ける場合がある事を経験するであろう。しかも論旨は辻棲が合わない。これは狐霊が人間の口を借りて喋舌るのである。その揚句本人は何を喋舌ったか分からないという事がよくある。それと同じように物の考えも連続的で果しがなく、それからそれへと考える、これが睡眠を妨げ不眠の唯一の原因となるのである。精神病者がよく出鱈目な事を喋舌りつづけるのはそういう訳であり、また医学上でいう幻聴、幻覚なる症状も、狐霊の性能が表われるからである。

 精神病は、本医術によれば必ず全治する。それはまず不眠の原因である圧迫毒素を溶解し濁血を浄血化し頭脳への送血が多量になるため、ここに霊細胞は充実し、狐霊は移動し、萎縮し離脱する。(中略)

 そうして本病といえども根本原因は萎縮腎であるから、腎臓部の治療を充分行うべきである。狐霊の憑依する個所は前額部中央すなわち眉と眉との中央部一、二寸奥であるから、その辺に霊の放射を行うべきである。また霊の種類とその場合によって憑依局所の異なる事がある。すなわち狸霊は精神病の場合のみ頭部であるが、普通は胸部及び腹部の左側であり、龍神は腹部が多く人霊はおもに頭部である。しかしながら霊は伸縮自在であるから、人霊などは全身に拡充する場合と、縮小して一局部にいる場合とがある。これらは経験の積む程判り得るのである。

エ.延髄の固まりの圧迫で頭の上に来る血液が稀薄になると、霊が憑って考え事をさせ、眠られず精神病となる。考え事をさせるのは副守護神。浄霊すると頭の上にいる霊が萎縮する。

(『御教え集』第2号/S26.9.5より)

 最初精神病と癲癇の解説です。(中略)眠られないと言うのですが、あれを書いてないが、こう言う訳なんです。ここ(頭の上)が稀薄になり、延髄の固まりが圧迫する。するとここ(頭の上)に来る血液が来なくなり稀薄になる。それで、ここに霊が憑る。そこに乗っかる。それで色んな考え事をさせる。それで眠られないと言うのは、色んな考え事をさせるんですね。その考え事と言うのは、副守護神です。ここ(頭部)を充実させるには、ここ(延髄)の固まりを溶かすんです。連続的に考え事をしていると睡眠不足で眠られなくなる。その様な人はここ(延髄)に固まりがあります。寝られないで考え事ばかりしていると、ここ(頭部)に憑いている先生がのさばって来て、段々考え事ばかりする事になる。それが精神病です。浄霊すると、そこに居るのが萎縮すると言う訳なんです。

オ.ヒステリーは一時的精神病。精神に衝撃を受けて精霊が萎縮した瞬間、腹部に潜居していた狐霊が頭脳を占有して人間を躍らす。

(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『精神病』▲より)

 ヒステリーは、精神に衝撃を受けた瞬間精霊が畏縮する。その間隙に乗じて腹部に潜居していた狐霊が俄然上昇し、頭脳を占有して人間を踊らすのであります。その場合・・・玉の様なものが腹から昇ってゆくのを意識する婦人がよくありますが、それであります。頭脳は人間全体の縮図のようなものですから、頭脳の中心を占領すれば身体全部を支配出来るのであります。暫くして、本人が平静に還るに従って狐霊は再び元の腹部へ戻るので、意識がはっきりしてくるのであります。前述の様な訳でありますから、精神病とは連続的ヒステリーであり、ヒステリーとは、一時的精神病とも言えるのであります。女ばかりではなく、男で狐が憑いてる人があります。そういう人は顔も狐に似ておるものです。治療をすれば、血が頭へ充実して来るから霊力が増進し、反対に狐霊は畏縮するので、眠れるようになり、意識がはっきりしてくるという順序であります。

カ.霊界が違ってくるにつれて、腹にいる霊が頭に上るから精神病が増える。

(『御教え集』第21号/S28.4。6)

 近頃精神病が非常に多くなりました。(中略)そういうようで霊界が違って来るにつれて霊が浮いて来るのです。今までは、霊は普通お腹に居るのですが、浮いて来ると頭に上るのです。落着けなくなるのです。そこで精神病が多くなるのです。

② 精神病の浄霊の仕方

ア.精神病の急所は、貧血を起こす延髄、浄化熱を起こす淋巴腺、鳩尾。腹が立ったときは自分ですぐ浄霊して怒りを消す。霊界の浄化が強くなると、腹にいる動物霊は前頭部、霊界にいる宿無しは人間に憑依するなど浮いてくるから、精神病が増える。信仰があると憑れず、憑っても自由にできないが、信仰のない人や曇がある人、薬をのむ人には憑りやすい。曇りの多い人には何匹も憑るから発作状態も違う。

(『御教え集』第21号/S28.4.7より)

 精神病の浄霊の仕方を詳しく話そうと思います。とに角精神病の一番の急所は延髄です。延髄に必ず固まりがあって、この固まりが血管を圧迫し、前頭部が貧血して、そこに霊が蟠居(ばんきょ)して自由に操つるのです。それでこの貧血をなおすには延髄の固まりを溶かすという事が第一番です。それから淋巴腺ですが、この固まりも影響します。この固まりは貧血でなく浄化熱が出るのです。それでこの浄化熱が前頭部に及ぼすのです。ですから頭の熱い人は必ず此処(前頭部)にあります。此処を触って冷たいというのは、おそらく百人に一人も難かしいです。私は以前に書きましたが、〝日本人は全部精神病だ、ただ軽い重いの違いだ〟というのです。それで吉田さんが馬鹿野郎と言ったのは発作的の精神病です。それは後で後悔しているに違いないですが、その時は奴さんが此処(前頭部)に飛んで来たのです。しかしああいう人は度々はありません。一年に一度か二度くらいでしょう。それで普通の人は余程偉い人で月に二、三回くらいはやはり発作的に来るのです。それからごく下っ端の方は一日に三、四度あるのです。それで精神病について、動物霊ですが、お酒を飲むとやり良いです。それで酒を飲ませて酔わせていろんな間違いをやらせるのです。酒を飲むのはやっぱりお腹に居る先生ですが、それが此処(前頭部)に蟠居していろんな事をやろうというのです。酒乱はそのごく酷いのです。それで酒乱は人間の霊と動物の霊が共同でやるのです。そういうようでだんだん精神病が多くなってくるのです。(中略)それは霊界の浄化がだんだん強くなるに従って、そういった動物霊は落着いて居られないので浮いて来るのです。ですから元から居る奴は此処(前頭部)に上がるし、それからつまり宿無しですが、霊界に居るそういった宿無しというのは大変なもので、人間より多いのです。ですから人間に憑りたがってウズウズしているのです。しかし信仰があると憑りたくても憑れないし、憑っても自由にできないのです。しかし信仰のない人や曇がある人には憑りやすいのです。それから薬をのむと曇るから、やはり憑りやすいのです。ですから精神病の起った原因も薬です。そこで霊界に居る宿無しは始終迷って憑ろう憑ろうとしているのです。それでちょっと余計曇っている者には一匹でなく何匹も憑るのです。ですから発作の状態も一々違います。そこで今言ったとおり延髄を第一、淋巴腺を第二とするのです。それから鳩尾も肝腎です。鳩尾の奥の方を浄霊すると良いのです。これは怒った場合には必ず鳩尾に固まりがあります。だから怒った時に落着いて考えたら、必ず鳩尾に固まりがあります。此処が何とも言えない気持になるのです。それでそういう気持になると、頭に居る先生が非常にやり良くなるのです。ですから延髄と淋巴腺と鳩尾の中心です。鳩尾は前からやって良いのです。自分でも腹の立つ時にやればきっとなおります。さっき私が懐に手を入れてやっていたでしょう。それはそういうわけなのです。ここに来る前もちょっと面白くない事があったので、それがどうも腹が立ってしようがないので、喋ろうとしても何だか気になってしようがないので、懐に手を入れていたのです。もうなおりましたが……。だから今言った事は人の精神病ばかりでなく、自分の精神病もそうです。精神病ほどでなくても、ちょっとした事でもそうです。しかしこれは余程修業を積んでないと、変な事を言ったり、怒ったまぎれに脱線しがちですから、やはり怒った事を消すという事は肝腎なのです。

 そういう順序でやれば必ずなおります。

イ.精神病の急所は延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心。脳貧血が原因で霊が憑り、精神病となるから、延髄の固まりが溶けるに従ってはっきりし、大人しくなる。不眠が原因の精神病は右の延髄、不眠に関係なく起きたり頭がボーッとするのは左の延髄。

(『御教え集』第21号/S28.4.5より)

 最近精神病が非常に多くなって来たのです。(中略)精神病は私の本に書いてあるとおり、つまり脳貧血が原因なのです。そこに霊が憑るのです。この一番の因は延髄です。精神病の者を見ると必ず延髄に固まりがあります。この固まりが溶けるに従ってはっきりして来るし、大人しくもなるのです。その次に横も関係がありますが、一番は延髄です。これは人によって左と右との片方が多いのです。それで精神病の最初は不眠が一番の原因なのです。それは右の方の延髄です。それから不眠に関係なく起るのは左の延髄の固まりが圧迫して起ると思えばいいです。それからよく頭がボーッとする人は左の延髄に固まりがあります。

ウ.精神病の急所は、延髄、淋巴腺、前頭部、脳天の奥の方。右の延髄の固まりは不眠を起し、左の固まりは頭がボーッとする。

(『御教え集』第21号/S28.4.6より)

 近頃精神病が非常に多くなりました。(中略)第一は延髄です。延髄に必ず固まりがあります。これが圧迫して脳に行くわけです。延髄の血管が前頭部に行くのですから、此処が貧血するので、此処に霊が行くから、それで体全体を支配するというわけですから、延髄の固まりを溶かすという事が一番です。その次は淋巴腺ですが、やはり此処の血管を圧迫するので、これも脳貧血の原因なのです。ですから第一は延髄、第二は淋巴腺です。それから第三は前頭部です。此処で霊が踊るのです。前頭部の時は眉間からこの奥と思ってやれば良いのです。その次は脳天の奥の方です、大体これだけをやれば精神病は必ずなおります。それから延髄でも、右の方の固まりは不眠の固まりです。左の方の圧迫は頭がボーッとするのです。そういうように知っていると良く分ります。

エ.精神病       

(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因 毒結による頸部周囲の血管圧迫の為脳貧血し、そこに霊が憑る。それは左側延髄部の固結の圧迫が主で、次は左右何れかの頸部淋巴腺及び頭脳全体の毒素の影響である。血液そのものは物質であるが、これを霊的にみる時、活力の源泉である霊細胞で、言わば霊の物質化が血液である。従って純血であれば霊細胞は濃度であり、貧血又は濁血は霊細胞も稀薄である。元来憑依霊なるものは霊細胞が稀薄でなければ憑依出来ないもので、稀薄の程度に比例する。分り易くいえば、霊細胞が充実し十の場合は絶対憑依出来ないが、それが九となれば一だけ憑依出来、八となり七となり五となり、四となれば、憑依霊は六を占領す。即ち本霊四、憑依霊六となるから憑依霊の方が勝ち人霊が負ける結果憑依霊の意の儘となる。それが精神病である。精神病の場合は孤霊が殆んどで、稀には狸霊や龍神等もある。

 症状 初期の症状は霊によって種々様々であるが、殆んど不眠が特徴である。

 浄霊 延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心(脳天の奥の方)で、前額部の時は眉間からその奥をねらって浄霊する。

③ 精神病者への対応

ア.精神病は頭ではなく、肩と延髄の病気。遠くから後頭部の少し下を狙って浄霊し、大人しくさせてから延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心を浄霊する。眠れるようになれば治る。

(『御教え集』第23号/S28.6.26より)

 精神病は側ではなかなか浄霊をやらせないのが多いですから遠くから肩を狙って浄霊するのです。そういうようにして大いにやるとよいです。(中略)それから精神病は頭の病でなく肩と延髄の病気です。(中略)精神病の人は必ず延髄附近にコブがあります。それを取ればよく眠れるようになって、そうなれば治ります。

(『御教え集』第21号/S28.4.5より)

 精神病で暴れるのは触らせませんから、そういうのは遠くからで良いですから、遠くからやるのです。それでも大分違います。それから額も肝腎なのです。つまり延髄の血管が圧迫されていると、此処の血液が前頭部に行きますから、前頭部から浄霊する必要があります。ですから延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心という順序でやれば必ずなおります。ただ人によって、暇がかかるのと割合に早いのとの違いはありますが、ごく(たち)の悪いのは長くはかかりますが、しかし必ずなおります。

イ.ご神業の邪魔をする場合は、然るべき処置を取る判断が智慧正覚。御神書の読み方が足らないと霊的な判断を間違える。こちらの浄霊力がないと、余程強い精神病者の霊は抑えられない。

(S26.11.5/み教え集4号)

 それで、如何なる場合にも常識的に考えれば分るんですね。若しか、精神病なんかにしろ、暴れたりすると、それこそ病院に入れちゃうと良い。何故なれば、それでないと教えに瑕をつけますからね。その為に普通の――他の人の浄霊が出来なくなるし、手間をとって他の患者の邪魔になるからね。ですから結果に於てマイナスになる訳ですね。だから、そう言う場合には臨機応変に処して、暴れたりする事のない様にすると良い。こっちの御神業の邪魔する場合には、然るべき処置をとると良い。今の話は、目茶苦茶に――浄霊一方でやろうと言うのだが――憑っている精神病者の霊は、浄霊でやっても、そう言う浄霊は、余程こっちの霊力がないと抑える事は出来(にく)い。普通ならば浄霊でも治りますが、余程強いのがありますから、そう言うのは、こっちで適当に処置をとる。そう言った判断が、その人の智慧正覚ですからね。ですから、そう言う点も大いに勉強する。それには私の書いた本を出来る丈読むと良い。ちゃんと書いてありますからね。読み方が足りないと判断を間違えるんですね。

④ 〝日本人は全部精神病〟とは

ア.日本人は全部、発作的な精神病。腹が立ったり気分が悪い時は、自分で鳩尾を浄霊して発作的な精神病を治せば自分がなる必要がない。鳩尾をせず、頭だけ浄霊しても本当には治らない。

(『御教え集』第21号/S28.4.6より)

 私は〝日本人は全部精神病だ〟という事を何時か書いてありますが、それで発作的の精神病はほとんど全部がそうです。だから自分にそういう事があっても悲観する事はありません。総理大臣の吉田さんが馬鹿野郎と言いましたが、これは発作的の精神病です。後で吉田さんは〝どうしてあんな事を言ったりしたか〟と後悔しているに違いないです。そこで興奮してお腹に居たのがパッと来るのです。(中略)ただ問題は回数ですが、総理大臣あたりになると一年に一度か二度ですが、一般の人は月に一度か二度です。それからヒステリーになると一日に何回もやりますが、ヒステリーと言っても女ばかりではないので、やっぱり野郎もヒステリーになって、それで妻君がヒステリーになるのです。〝コン畜生、馬鹿にしてやがる〟と興奮して妻君をやると、妻君は〝何処が馬鹿野郎ですか〟という事になって、結局両方です。その時が一種の精神病になっているのです。ただ普通の人は続かないのです。何分とか何秒です。重いのになると何時間もやりますが、しかし毎日はありません。毎日やれば本当の精神病です。だから全然精神病でないという人はありません。それは私にはありません。知っているから自分でちょっと押さえます。それからもう一つは、精神病ではないが、腹とかを押さえた時に、後気持が悪いことがあるでしょう。その時は鳩尾(みぞおち)を浄霊するときっとなおります。それで前頭部と鳩尾で天地になってます。私もやっぱり腹も立つし気持の悪い事がよくありますが、そういう時は鳩尾を浄霊すると必ずなおります。やはりこれが頭に関係あるのです。これが始終モヤモヤしていると、頭もやっぱり面白くなくなるのです。そうすると精神病やヒステリー的の事が起りやすいのです。ですからそういうように急所を知って居れば精神病をなおす事も訳ないし、自分がなる危険もないわけです。これは非常に肝腎な事です。(中略)そういうようで、浄霊でなおすという事は素晴らしいものです。ところがその急所を知らないで頭をやっても、尤も大抵頭ですが、それだけでは本当になおりません。骨を折ります。

イ.憑依霊に負けると人格者や善行者でも過ちを犯す。飲酒による人格転換、不良児童や青年なども憑依霊。

 (天国の福音『精神病』▲より)

 ここに注意すべき事がある。それは普通人にして幾分か頭脳の平衡を欠く人がある。この種の人は日本人中恐らく八、九十%程度に及ぶであろう。(中略)それはいかなる訳かというと、前述のごとく頭脳の霊細胞が稀薄になる場合、一ないし四までを憑依霊に占有される結果である。すなわち脳の霊細砲の濃薄によって憑霊も伸縮するので、平常は真似目にして人格的行動の時もあるかと思えば、この人がと思うような行為のあるのは右の理によるのである。故に人格者や善行者がフトした事から過ちを犯す場合があるがそれは憑依霊に負けるからである。また平常真面目な人でも飲酒によって人格転換したり、不良児童、不良青年等の発生ももちろん憑依霊によるのである。

ウ.自分にもおかしいところがあると思ったら、自分で浄霊する。

(『御教え集』第21号/S28.4.5より)

 そういうようで精神病はこれからだんだん増えます。というのは霊界が変って来ると霊が浮きやすくなりますから、丁度浄化が強くなると固まりが溶けやすくなるのと同じようなもので、霊も落着いていたものが浮いて来るわけです。私の本に〝日本人は全部精神病だ〟と書いてありますが、どんな偉い人でも発作的の精神病があるのです。(中略)とに角精神病は、人ばかりではないので、自分でもおかしいところがあると思ったら、自分で浄霊するのです。

エ.病人だけでなく周囲も苦しむ結核と精神病は、一番の悲劇。

(『御教え集』第21号/S28.4.7より)

 結核と精神病は周囲の者が一番困るのです。精神病は二人も三人も付いて居なければならないし、結核は消毒だ何だと、その手数が大変です。病人だけが苦しむのでなくて、家族の者が多いに苦しむのです。それで結核というのは家族の恐怖心というものが大変です。精神病は暴れたりいろいろするので、それを押さえつけたりして、周囲の者は外出もできないのです。ですからこれだけは絶対になおさなければならないのです。とに角悲劇の一番の大きなものです。

⑤ 精神病などの事例

ア.前生、深刻に苦しめた相手が再生の彼に復讐しているため、普通人と変わらない思想も常識もあるが、意志通りの言葉や行動ができない。

(『精神変質症』より/『霊界叢談』より)

 大体狂人は皆変質であるが、之は又珍しい型である。此男は四十幾歳で、発病後五六年経た頃私の処へ来たのであるが、其態度も話しぶりも普通人と少しも変ってゐない。精神病者とはどうしても受取れないが、此男の語る所は次の如きものである。

 私の腹の中には○○○といふ神様が居られ、神様の仰有(おっしゃ)るには、「お前はトコトンまで修業(修行?)をさせるから、如何なる苦痛も我慢しなければならない。先づ第一金を持たせない。貧乏のどん底に落すから、その積りでをれ。」との事である。彼は元相当大きな石炭屋の番頭であったが、不況時代転業し不遇数年に及んだ頃発病したので、発病当初は何ヶ月間殆んど寝たきりで、然も全身硬直し、便所と食事以外は身体が自由にならず床縛り同様であった。其時腹中の神様は「お前は修業(修行?)のため寝ていなければならない。此方(こなた)がそうしてゐるの」だ(いるのだ」?)と言ふ。其から一ヶ年位経た頃漸く身体が自由になり、外出も出来る様になった。然し神様の御指図以外自己の意志ではどうにもならない。例えば、「今日はどこそこへ行け。」と神様が言ふので、その通りにするが、それ以外の方へはどうにも足が動かない。つまり神様の操り人形に過ぎないのである。その為多少蓄えのあった彼も漸次生活困難に陥り、遂に妻君の内職や子供の工場通ひ等で(から)くも一家を支えてゐたのである。其内病気もやや軽快に赴いたので、元の主人である石炭屋へ再勤する事となった。これからが面白い。

 彼の友人である某会社員がコークスが欲しいとの事で、彼は其を世話してやった。友人は非常に感謝し御礼の為と一日彼を某料亭へ招き、労を(ねぎら)った。其時謝礼として金一封を出されたが見ると金五百円也と書いてあった。貧乏の彼は喜んで受取ろうとした刹那、腹の中の神様は、彼の意志と全く反対な言を喋舌らしてしまった。「僕は礼など貰ふつもりで骨折ったのではない、斯んな事をするとは甚だ失礼ではないか、人を見損ふにも程がある。」と言ふので、先方は驚いて大いに詫び、それを引込めてしまった。彼は非常に残念だが仕方がなかった。それから別間で芸妓に戯れようとすると、全身硬直して一言も喋舌れない、それから便所へ行き、用を済ませ出るや否や突然縁側で転倒した。神様は、「お前は金を欲しがったり、芸者に戯れようとするから、(こら)しめの為こうしてやったのだ」と言ふ。

 或日主人が彼に向って、「君は成績が良いから給料を増し、支配人格にしようと思ふ。」といふので、彼は非常に喜び受諾しようと思ふや否や、神様は又逆の事を喋舌らせる。「僕は給料なんか問題にしてゐない。増す事は御免蒙る、又支配人もお断りする。」と言ふので主人も不思議に思ひ、撤回してしまった。又或時二十余歳になる主人の令嬢と面接し、世間話などしてゐると、神様は突如思ひもつかぬ事を喋舌らした。それは、「お嬢さん、僕とキッスしませんか?」と言ふので、これには彼自身も驚いた。勿論お嬢さんも仰天して部屋から逃げ出した、これらが原因となって店は(くび)になったのである。

 其後、職業紹介所や知人などに頼んで、やっと職業にありついたかと思ふと、必ず先方を立腹さしたり、厭がらせるやうな事を喋舌るので彼も就職を諦め、家に閉籠(とじこも)るのやむなきに到った。そんな事を知らない近所の人達は妻君に向ひ、「お宅の御主人は何もなさらないやうだから、町会の役員になって欲しい。」と言われる。神様は、「そんな事はならぬ(」?)と仰有(おっしゃ)る。それに(そむ)けば全身硬直という制裁を加えられるからどうする事も出来ないで毎日ブラブラしてゐる。神様に訴えると「お前はもっと貧乏で苦しまなければいけない。」と言ふので、いよいよ赤貧洗うが如くになったのである。

 以上のような訳で、症状からいっても精神病者とは受けとり難く、普通人と違わぬ思想も常識も備えてゐるが、ただ意志通りの言葉や行動が出来ないだけである。此原因は多分前生時代、深刻に苦しめた相手が再生の彼に対し、その復讐をしてゐるのであらう。最近彼は全快して私の家へ礼に来たのである。

イ.死んだ父親の霊と稲荷の霊の憑依で、娘が精神病に。

(『精神病』/自觀叢書第九編『光への道』)

 十七歳の女学生の精神病を扱った事がある。これは非常に暴れ、ある時は裸体となって乱暴する。その際三人位の男子でなくては制えられないほどの力である。また大いに威張り母親を叱りつける事がある。然るにこの原因は左の如きものである事が判った。即ち娘の父は数年前没し、現在は母親のみであったがその母親は、数ヵ月前或宗派神道の信者となったので、祖霊を祀り替え、仏壇や位牌を処分した。それがため父の死霊が立腹したのが動機となった。ところが父の未だ生きている頃、その家は仙台から東京へ移転したが、元の邸宅を売却し邸内に古くから祀ってあった稲荷をそのまま残したので、買主は稲荷の祠を処分してしまったため、その狐霊が立腹し、上京した父に憑依し父は精神病となり終に死亡した。このような訳で、父親の霊と稲荷の霊との二つが娘に憑依したためであった。故に発作時父親の霊は母親を叱り、狐霊は常軌を失わせるといったような具合であったが、私の治療によって全快し、その後結婚し、今日は二児の母となり、何等普通人と異らないのである。

 右の如く古くからある稲荷を処分した事によって、精神病になる場合が非常に多いのである。今一つ面白い例をかいてみよう。これは、二十歳の青年で、大分治癒した頃私の家で使用した。何時も庭の仕事などやらしていたが、私の命令に対し狐霊が邪魔するのである。例えばある場所の草を全部刈れと命じ、暫くして行ってみると一部だけが残っている。私は、「何故全部刈らないか。」と訊くと、「先生が〝そこだけ残せ〟と言われました。」と言う。私は、「そんな筈はない。それでは〝一部残せ〟と言った時、私の姿が見えたか。」と訊くと、「見えないで、声だけ聞こえました。」と言うので、私は、「それは狐が私の声色を使うのだから、以後注意せよ。」と言ったが、直に忘れて右のような事が屡々あった。

 

 

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