此の間、薬が段々効かなくなるという話をしましたが、今し方の学校放送の時間で、今年の赤痢の多いのは、サルファ剤というのが、前には飲ませると割合に良く治ったが、そのサルファ剤が此頃効かなくなった。何ういう訳で効かないかというと、医者が言うには、素人が矢鱈に使うから効かないのだと言う。すると素人の手に入ると薬の効目が薄くなるというのは何ういう訳か一寸分らない。反って医者の方が薬を余計使うのだから、あべこべではないかと思いますが―。それから、素人が使うから効かなくなった為と、其他もう一つの原因は、効くと直ぐ薬を止めて了う。其為に治り損なって増えると言うのですが、之も其の言う処は分らない。むしろ薬が効いているから、直ぐ止めるのではないですか――。一寸下痢が止まるので、もう治ったと思って止める――それがいけないのだと言うのです。ですから要するに医者の言う事は出鱈目なのです。理窟が一貫してないのです。何がなんだか、さっぱり分らない、そんな事で、もう頭が変なのです。何んと言って良いか分らない。それだからして、いつも医者が言うのは、手を洗う事、それから食物とか食器に蠅がたからない様に――それより他に仕様がない、という事を言っているのです。実に情ない様な話です。
それから此間アメリカから帰って来た立松文二という人で、あっちの大学に日本から選ばれて入っていたのです。カソリックの大学です。処がメシヤ教の事を大分宣伝するので工合が悪くなり、一年位で帰って来ましたが、其時にあっちの病気の統計を良く調べて帰って来たのです。それに就いて非常に米国は病人が多いのです。その病気の原因や治し方を色々書いて、向うの大統領とか主な大病院とか、そういう方面に小冊子にしてやろうと思ってます。それに就いて論文を書いたのです。今論文と統計を読ませます。
御論文「米国に於ける驚くべき病者の氾濫」 【註 栄光一七五号】
米国に於ける驚くべき病者の氾濫
(栄光一七五号)
下記の報告は本教信者立松文二君が、米国ノートルディム大学(カソリック系)に留学一カ年を経た最近一先づ帰朝したが、予て依頼してあった現在米国に於ける主なる病気の統計を、精査記録したものを持って来たので私は之を見るや唖然としたのである。それは余りに私の説を立証しているからである。そうして今日日本人の誰もが思っている事は遂最近迄は世界医学の覇権を握っていた彼の独逸を追抜き、今日隆々たる米国医学の事であるから、定めし素晴しい成果を挙げているに違いないと予想していたであろうし、私もそう思っていた処、事実は全然裏切られてをり、其悲惨なる現状には驚くの外ないのである。若し今後も此趨勢が続くとしたら、此恐るべき状態は益々増大すると共に、何れは国を挙げての一大危機に直面するであろう事も、想像に難からないのである。
而も米国が現在一大脅威としても、国を挙げて其対策と共に努力しつつある彼のソ連の軍備と、そうして共産主義の執拗な侵略的行動である。処がそれとは別な此健康問題に就ての重大性も閑却出来ないので、寧ろ共産主義以上かも知れないと思うのであって、之こそ一日と雖も忽せに出来ない大問題である。というのは共産主義の脅威にしても、自由主義国家群の聯合の力で兎も角抑えられている現状であるに反し、此方はそうはゆかない。何故なれば現代医学の幼稚なる為未だ其原因すら判らず、分っても解決の方法さへ不可能であるとしたら事は頗る重大である。それも其筈処か吾々からみれば、実は医学其ものが原因となっているという信ずべからざる程の意外な事実である。としたら此点に気附かない限り、今後と雖も悪化の一途を辿るのみであろう事は、下記の統計を見ればよく分るのである。それは年を経るに従い加速度的に凡ゆる病気が増えつつある事実である。従って此趨勢が続く限り、向後一世紀を経ない内に今日の如き強大なる米国と雖も、急速度に衰退の止むなきに至るのは、断言して憚らないのである。
今私は世界の文明諸国を見渡した処、兎も角キリスト教を以て立国の方針とし、一般国民が神を信じ、正義の行われている国としては、先ず米国を以て第一と見てよかろう。それが又米国繁栄の基礎ともなっており、偉大な国家としての原動力ともなっているのは争えない事実であろう。今日世界の平和を維持している国の王者としては勿論米国であるとしたら、何よりも先ず此国を救うのが、平和と幸福に対する最大条件であろう。此意味に於て一日も速かに同国に於ける病気増大の根本原因を知らせ、解決方法を教ゆる事こそ神の大愛でなくて何であろう。従って、私は統計の順に一々の病気に就て、其原因と治す手段と、予防の方法とを詳しく明示して小冊子となし、同国大統領始め、各方面の識者、医学関係者に配布する心算である。
処で玆で日本に就ても言いたい事は、米国医学が如上の如き実体であるに拘わらず、今日最も優秀なるものと誤信し、それを採入れようとしているのであるから、実に悲しむべき盲点である。之も全く唯物科学に囚われている結果で、米国医学の外形的進歩としての施設や、機械の優秀、強力なる新薬の続出等に眩惑された結果に外ならないので、米国と同様危い哉である。従って日本の当事者も此文を読んで速かに自覚されゝばいゝが、依然として迷夢から覚めないとしたら我国の将来も暗澹たるものであろう。最後に一言したい事は、医学が進歩する程病人が増えるという其鉄則は、現在米国が遺憾なく全世界に示している一事である。
之は未だ統計丈ですから、解決法は次あたりの時に読ませます。今の、如何に酷いかという状態が良く分ります。
寄書「米国に於ける病気状況」 【註 栄光一七五号】
米国に於ける病気状況
(「アメリカを救う」より)
米国駐在信者 立松 文二
全土を通じて、よく設備の行届いた六千四百三十の病院と、百四十五万六千九百十二のベッドを有し(以上千九百五十年現在)、日々の新聞に、医学上のいずれかの分野に於ける新学説、新療法、新薬、等々の発表、報告等を見ない日はほとんど無く、衛生思想は驚くべく普及し、食器類の熱湯消毒、病菌の媒介と見らるる蝿、蚊等の駆除、予防注射、伝染病患者の隔離等々が、莫大な予算の裏付によって、ほとんど完璧に近き迄に実施せられつつある。米国に於ける病気の状態は、果して如何?
霊界の漸進的転換、火素の増量、浄化力の強化、と云う一連の現象は、この医学王国に如何なる形で現われているであろうか?次に簡単な一瞥を試みて見よう。
マラリヤ、十二指腸虫病、トラホーム、チフス、コレラ、天然痘、黄熱、ペスト等々、所謂集団病と称せられる病気は、確かに医学の発達に比例して、米国を始めとする文明諸国から姿を消しつつある。と同時に、文明社会に固有の「贅沢病」乃至「文明病」の患者は、アメリカにおいてすら多数存し、寧ろ年々その数を増しつつある事、彼等の自負する医学を嘲笑うが如くである。現代医学は急性の集団病を慢性の文明病と置き代えた、と言っても過言ではないようだ。
例えば癌である。現在米国には七十万人余の癌患者がいるが、これは死亡者数、罹病者数、共に年々増加の一途を辿っている。死亡者数を見ると、千九百年には十万人につき六十四人であり、死亡率の順位として第八位に位していたのが、年毎に漸増して、千九百四十八年には百三十六人となり、心臓病についで第二位を占めるに至った。
即ち千九百年には、癌による死亡は四万一千人であったのが、千九百四十八年には十九万七四十二人、更に昨千九百五十一年には二十一万五千人が癌でたおれて、アメリカ建国以来の新記録を画した。現在米国癌協会(The American Cancer Society)は、種々の癌対策に腐心している。癌の早期発見と、責任ある医師による早期治療(主としてラジウム光線、Ⅹ線、摘出手術)とを、パンフレット、新聞、ラヂオ、公開講演等々によって、奨励、宣伝にこれ努めている。日々の新聞を見てもアメリカ人は癌恐怖症に取りつかれているという印象を受ける。
次に結核であるが、これによる死亡率は確かに年々減少しつつある。千九百年には十万人につき百九十四人で、第一位の死亡数を示していたが、千九百四十八年には三十人となって、第七位に下った。「しかし、千九百五十一年においては、それに先立ついかなる年よりも結核患者数は多い(聖ヨゼフ・カウンティ結核連盟、St. Joseph County Tuberculosis League)」死亡者数の減少と、罹病者数の増加という皮肉な現象は、固め療法としての医学の発達と、浄化力の強化と云う、二つの相矛盾する事象の相剋がもたらす当然の一結果と言えよう。医療による浄化停止は、ベッドに常住する気の毒な社会的廃人を益々製造するに役立つ許りであるようだ。
死亡率減少しつつありとは言え、千九百四十八年における結核死亡者数は、四万三千八百三十三名に上っている。これは一日に百二十人、十二分毎に一人の死亡という割合であり、他の全伝染病による死亡者数の総計を上回っている。
因みに、全世界における結核による死亡者数は、年平均三百万人から五百万人に上るというから恐しいことである。現在米国で結核患者と銘打たれている人々は、五十万人(主として十四歳から三十五歳迄)即ち、二百二十五人の成人に一人の割合である。
米国の社会にとっての大きな脅威の一つに精神病がある。精神分裂症を始めとする精神病者の数は、実に九百万人という夥しい数を示している。そして精神病国民協会(National Association for Mental Health)は「今年米国で生まれた子供の内十二人に一人は、その生涯の何れかの時期に、精神病院に入院せねばならぬであろう」と報告している。
罹病者の多い事で、精神病に次いでいるのは、四肢の諸関節の激痛、発熱、腫脹、硬化等々の症状を現わす関節炎(Apthritis)であろう。患者数は全米を通じて七百万人から八百万人に上り、毎年約十四万七千人の新患者が出ている。人類史上最も古いこの病気は、又最も多く謎に包まれた病気とされている。
所謂心臓病による死亡者は、年々手の施しようもなく増えつつある。五十年前の千九百年には十万人につき百三十七人で、死亡率の順位では第四位であったのが、千九百四十八年には第一位を占め、三百二十三人となり、更に千九百五十年には三百五十四・四人で、実数にして五十三万五千九百二十人がこの病気でたおれている。心臓病罹病者数は実に三百七十万人と言われる。
次にいわゆる慢性頭痛持が米国に非常に多い事も注目に値しょう。クレアランス・ウッドベリイと云う医師は、アメリカン・マガジン誌の五月号で曰く。
「私は、約千二百万人のアメリカ人が、慢性の頭痛持である事を知って驚いた」と。
典型的「贅沢病」と云われる小児麻痺は、患者数は詳かでないが、比較的文明高度なヨーロッパ諸国及び米国に最も多く見られるのみならず、主としてそれらの国々の富裕階級に多い。これ等気の毒な小児麻痺患者の為の活発な街頭募金運動は、米国で屢々目撃される処である。
米国におけるその他の罹病者数は大体次の通りである。
動脈硬化及び高血圧症が三百七十万人、喘息が三百五十万人、慢性気管支炎が百七十万人、腎臓炎乃至腎臓病が百五十五万人、脱腸が二百万人、痔が同じく二百万人、又少くとも九百万の人々が何らかの心臓及び血管の疾患で悩んでいると云われる。
ニューヨーク医師会、医学情報部(Medical Information Bureau, New York Academy of Medicine)のイアゴウ・ゴールドストン博士(lago Gladstone, M.D.)によれば、
「アメリカにおける慢性病問題は、口で言う事も、想像する事も出来ぬ程重大なものである」と。
かくて、患者として医療を受くる者は年々増加し、千九百三十一年現在では七百十五万五千九百七十六名、千九百四十年には千八万七千五百四十八名、千九百五十年現在では、実に千七百二万三千五百十三名となっている。これはアメリカ全人口の一割以上である。医療を受けていない者も加えると、少くも米国全人口の六分の一に当る二千五百万人以上が、いわゆる慢性病の犠牲者であり、更に示唆に富んでいる事にはその半数以上が四十五歳以下の比較的若い人々である。
米国全人口の大きな部分を占めるこれらの人々は、労働不能乃至労働力不足の為、社会から当然受く可き報酬は得られず、又社会に対して寄与する処も殆どない。言わば、不幸な社会的徒食者の群である。
再びイアゴウ・ゴールドストン博士の言葉を借りれば、
「かかる現象は、現代医学の進歩に由因するのである。前にも述べた如く、現代医学は死亡者数を大量に減らした代りに、罹病者数を大量に増やしたのである」そして、「健康と病と云うものの本体に関して、新なかつ最も妥当な再検討が加えられない限り、医学は治療の努力を続けつつ、益々深く迷路に迷い込み、病と云う、病者と社会と職業にとっての重荷に追附く事は永遠に出来ないであろう」。
アメリカよ、アメリカよ、
神は汝に恵みを注ぎ給う。
と歌われている、輝かしき機械文明と、キリスト教の国アメリカも亦病んでいる。増加しつつある二千万余の病者の呻吟を前に施す術なく、唯唖然と拱手するかに見ゆる現代医学が、神の大慈大悲の想念の具現である神霊医学の前に膝を屈す可き時が、いよいよ来たのではあるまいか?
昭和二十七年九月二十日
(以 上)
今読んだのに就いて二つの問題を認めるのです。それは死亡率が減って病人が増える――之です。之は何時も我々が言う、固め療法です。それが良く分ります。死亡率が減って――之は特に結核に多いですが、日本でも二、三年前から結核が非常に減ったという事も、それです。いろんな薬――新薬が出来たり色んな療法が出来ましたが、之は残らず固め療法――固め方法です。固め方法は進歩したのです。そこで溶けるのが激しいと死んで了う。そこで固めれば死ぬのを延ばせる。之は借金に譬えれば一番良く分る。一遍に返そうとするから破産もするし、結局破滅するのですが、之を月賦ですればそういった危機は一時逃れられるのです。浄化の借金を月賦にするのです。なしくずしにするのです。若しか商人なら商人の借金を一遍に返せと言えば、つぶれるよりない。店を仕舞うよりない。それを、なしくずしにして月賦にすれば出来る。そこで死ぬ人が減ったというのは一時的なものです。何故なら、延ばした人もいづれは一遍に返さなければならないからです。そこで数年以内に死亡率が馬鹿に増える時期が来なければならない。そうすると目が醒めるのです。それから今後霊界の浄化が段々強くなるに従って、今迄固め方法が進歩して来たが、今度はその進歩も出来なくなる。それと、今言った借金を一遍に返す時期が来ますから、それで恐ろしい程馬鹿に人が死ぬのです。そういう時期が来ます。ですからそれを予め警告して置こうと思う。そうして之をアメリカに配る積りです。之を知って置くと、其時になって之だという事も分りますし、それから中には確かにそうだというので、目が醒める人も出て来ます。
それからもう一つは家畜に変な病気が起って、此儘進んだら非常な肉不足になるだろうという事が、今のに書いてありましたが、之は面白いです。アメリカの人の病気が多いのは、無論薬毒が一番ですが、其次は肉を食べ過ぎる為です。之はアメリカに限らずヨーロッパでもそうです。
一番肉を食べるイギリス、フランスなんかは非常に弱って了ってます。特にアメリカで一番恐ろしがっている癌は、此間も言った通り肉の毒です。肉食の為です。その肉の毒を野菜で消せば良いのですが、野菜の食べ方が足りないから、そこで癌が増えるのです。そこで肉の不足というのは、もう肉を食べてはいけないという神様の調節作用です。そこで、そういう調節されるという事は、一つの摂理です。
それから「神を見せる宗教」という論文を書いたのです。之は未信者向きの論文なのです。信者には分り切った話なのです。
御論文「神を見せる宗教」 【註 栄光一七六号】
神を見せる宗教
(栄光一七六号)
これは今始ったことではないが、有神論者が第三者に向って実在を説く場合、何程種々の例を挙げて説明しても容易に納得出来ないのは、誰も経験する処であろうが、これは独り本教に限らず、他の如何なる宗教でもそうであるのは殆んど例外はあるまい。処で自画自讃ではないが、我救世教に限って本当に神を見せる事が出来るのであるから、先ず世界に類例はないであろう。これは本教御蔭話を見てもよく分るし、又信者達の経験によっても明らかである。そうして最初浄霊を受けに来る患者の十人が十人と言いたい程大いに疑いを抱いているが、これも無理はない。何しろ医療を始め世の中にありと凡ゆる療法を受けても治らず、散々懲りた揚句とて、本当に治る療法などこの世の中に最早ないと決めてしまっているからである。という訳で悶々として悲観のドン底に陥っているが、といって現実の苦しみには堪えられないので、何かに縋りたい、死ぬのは嫌だという気持が一杯である。その際本教の話を聞き熱心に勧められるので、今一度瞞されてみよう位の甚だ頼りない藁をも摑む心境で浄霊を受けに来るのである。
そこで来てみると只手を翳すだけで、何の変哲もないので、これ程の大病が斯んな事で治る道理はない、アア馬鹿々々しい来なければよかったと後悔する人も少くないのである。よくそういう人が治ってから、アノ時アア思ったのは洵に申訳なかったとお詫びをする事もよくあるが、何しろ今日まで見た事も聞いた事もない行り方で素晴しい効果を挙げるので、只驚くばかりである。然も多くの宗教が病気を治す場合、必ずと言いたい程最初から、疑っては駄目だ、信じなくては御利益はないというのがお定りで、これが一般常識となっている以上、偶々本教の話を聞くと、最初から大いに疑え、本当に御利益を見ない内は決して信じてはならないというのを聞くと、余りの異いさに面喰ってしまうが、中にはそれは面白い、これこそ本当の宗教だ、余程の自信がなくてはそんな大胆な事を言える筈がないとして、反って信用する人もあるのである。
処で浄霊を受けるや二度吃驚、今までどんな治療でもこれ程の効果はなかったのに、今度は迚も工合がいい、アアこれで助かった。この世に神様は確かにある、今迄無いと思っていたのは飛んでもない間違いだった、有難い、自分は本当に救われたといって、それこそ手の舞足の踏む処を知らずという有様で、歓喜に浸るのである。これによってみても御利益のない内から信じろというのは、己れの心を偽れというのと同じで、如何に間違っているかが分るであろう。これは自力本意(位?)であって、本当の神様の力というのは他力本意(位?)であるから、楽々と御利益を頂けるのである。尚注意すべきは、仮令御利益があっても大きい小さいがあるから、その見分けが肝腎である。併し世間小さな御利益でも直に宇(有?)頂天になる人があるが、これは大いに注意すべきである。というのは医師に見放された大病が治って、神様から生命を頂いた事がハッキリ分ってこそ、全身全霊を打込んでも間違いない信仰である。又神にも上中下の階級があって、小さい神だと小さい御利益で、大きい神程大きい御利益を頂けるので、これが相応の理であるから、この点も充分心得ておくべきである。
以上によって、神を見せる宗教としての我救世教は分ったであろう。
それから、之は又話は違うが、袈裟の強羅の温度は二十三度なのです。東京は二十一度なのです。東京より暑いのです。此間も一日ありましたが――で、今年の温度は余程面白いので、此処は大抵東京と同じです。東京より低い事は今月に入ってからないです。同じか、今言う様に高い位です。それは何ういう訳だというと、それ丈強羅は火素が多いのです。それに就いて今論文を書いてますが、此間も話したか知れませんが、スエーデンのハルマンという学者で、世界の温度は五十年間に十度増したという事を言われてますが、之程考えなくてはならない事はない。五十年間に十度の割合で行くと、五百年で百度です。処が近年そうなったので、昔にそうなっていたら人類は暑さの為に参って了います。百度増えると言っても、百度になるわけではない。今迄の温度より百度増えるのですから、今迄の夏は華氏で八十度ですが、すると百八十度で、之では生きていかれない。今迄にそんなに増えたのでなくて、五十年そこそこから、五十年以後増えた事になるのです。それが日本が先なのです。やっぱり日本は火の国です。日の出る国ですから先に火素が増えるわけです。大体日本に火素が増えるという事は要するに昼間の世界になる事です。それは明治から、もうそういう工合に始っているのです。然し之はもっと前からなのです。霊界というものは三段になってますが、天国でも、第一天国、第二天国、第三天国となっている。それで第一天国が黎明になって、それから第二天国、それから第三天国、それから八衢になるのです。最高――最奥の第一天国が黎明になったのが六百数十年前です。日蓮上人の時です。日蓮上人が現われた時が黎明の最初なのです。それ迄の仏教はみんな月の教えだった。南無阿弥陀仏というのは六の称名と言いますが、それは南無阿弥陀仏は月の教えだからです。之は余程面白いのです。六字の称名と言って、月は「六」で日は「五」ですから南無阿弥陀仏が六の称名、それから妙法蓮華経は五字ですから、五字の称名という事が言われている。月の世界に日が出たというのが五ですから、日蓮上人は妙法蓮華経を唱え初めた。そうして日蓮とは、日の蓮です。それで最初安房の清澄山で妙法蓮華経を唱えた。それから日蓮宗を弘通した。それですからして、あの時に最奥天国の中心が黎明だったのです。それから愈々第二天国が済んで第三天国から、今度は八衢になる時が明治なのです。明治という文字が、「明」は日月で、日月で治める。今迄は月で治めたが、今度は日が入って日月で治めるという事も非常に神秘なのです。それから大正になった。大正という事が、「大」が正しくなるというのです。あれは大本教のお筆先に「今迄は大の字逆さになりたるぞ、今度は大の字本様にするぞよ」という事があるが、之が非常に面白いのです。神秘なのです。で、「大」というのは一人と書くのです。一人が逆になっていたという、それを真直に直す。それから昭和というのが又非常に面白いのです。昭和という意味に就いて今に書きますが、未だ一寸時期が早い様ですから――。神様はやっぱりそういう風に色んな事で知らされているのです。兎に角昼間の世界になるという事は著々と進んでいるのです。それで、私の自觀叢書にある通り、昭和六年六月十五日に安房の日本寺に行ったという事を書いてありますが、あの時にはっきり分ったのです。此時は実に色んな事があって面白かったのです。日本寺というのは乾坤山日本寺というのですが、乾坤山という名前が面白いのです。之は安房の鋸山ですが、鋸山というのが又面白い意味があるのですが、いずれは斯ういう事も精しく話します。東京湾から富士山にかけての、斯ういう事も先に話した事があるが、色々な神秘があるのです。乾坤というのは天地という事です。天地乾坤と言って非常に大きな意味になる。それからお寺の名前で「日本」というのはありません。非常に大きな名前です。あそこから黎明になった。日本の夜明が始った。それが昭和六年六月十五日です。それから九カ月――三月三日経ってから満州事件が起ったのです。満州事件が段々拡がって来たのが大東亜戦争になって、そうして日本が革命になった。日本の大革命です。引繰り返って了った。之は其時分から、ちゃんと順序正しく神様が経綸されていた。斯ういう事を説明すると、実にピッタリしているのです。正しく来ているのです。日本が一番変ったという事は天皇陛下の地位が変ったという之が一番変っている。他の事は講和になって、段段復古調で以前と同じなのですが、只一つ以前と同じにならないのは、天皇陛下です。之も今の話の事を考えてみると、ちゃんと分るのです。之は私は前から調べあげていて、昭和七、八年頃に天皇陛下の地位に変化があるという事を知らされていたが、話す事が出来ないから困りました。之に就いてもいずれ話しますが、実に神秘なのです。つまり之から火素が増え、霊界の浄化が強くなるに従って、色んな事が起るのです。それに就いて「第三次戦争はある」という事は今度の「地上天国」に出しますが、あれらも、浄化が強くなると当然そういう風になるという事です。
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