愈々神仙郷も完成したのですが、之は何時も言う通り、つまり地上天国の模型が出来たわけです。之がこれから世界に拡がって行くのです。霊界の方の中心は、もう地上天国が出来ているのです。之が段々現界に写って世界的に拡がっていくのです。そうすると大変結構な事ですが、その代り立派な上等なものが出来て、拡がるに就いては汚いものや邪魔なものは除かれなければならない。ですから神様の方から言うと非常に結構な代りに、悪魔や邪神の方は大恐慌を来たすわけです。今迄安心していた処を取払いになるのですから――。それが世界的に段々現われて来ますから、悪魔の方は恐ろしくなるし、善の方は有難くなる――愉快になるというわけです。そこで破壊と創造が同時に行われるというのは、そういうわけです。創造が為される為に、どうしても破壊が行われるというわけです。それが段々加速度的に速くなって行く。ですから神仙郷というものは非常に大きな意味があるのです。
それに就いてもう一つは、つい最近京都に丁度良い土地が手に入る事になったのです。之は何時も言う通り、箱根が五であり、五は火です。それから熱海は六で、六は水です。七は土です。土が京都になるわけです。ですから、箱根は火であり経であるからして一番高い。それから熱海は水があって、ずっと低くなっている。で、京都の方は平になるわけです。ですから、五、六、七でミロクの型が出来たわけです。之に就いては、昨年の春初めて京都に行ったのですが、其時に私が「いずれ京都に地上天国を造らなければならない。それには平な所で、池のある所でなければいけない」と言ったのです。そうするとあの時に釈迦寺に行って、そこを出て法然院に行って、途中で左側に大きな池があって突当りに小さな山があって、平で非常に工合が良い。此処は気に入ったなと思って居た。然し売るか売らないかも分らないし、何の位の広さがあるかも分らないが、何んとなくそういう気がしていた。処が今年の春にあの辺に売物があるからと見に行ったのです。併し高い事を言っているので手が出せないので、いずれ神様がなんとかするだろうと放って置いたのです。処が最近其処を譲りたい――譲りたいとい事は去年から言っていたのですが、今度は本気になって、割合に安く負けると言うので、聞いてみると割合安く、手が出るという様な値段なので、それではというので今決めに行ってます。無論決ります。そんな様なわけで神様のやる事は、実に判で捺した様です。所は、広沢の池の所の地所です。嵯峨です。京都では嵯峨が一番良いのです。昔から――あれは平安時代の中心だったのです。あそこに釈迦寺があるが、あれも非常に意味があるのです。あそこは、私は今から四十年位前に京都に行って、嵯峨の釈迦寺に行って天井の栖鳳の龍の絵を見た事があり、そんなことで非常に印象に残っている。其時にもう結ばれたのです。で、観音が五の弥勒、阿弥陀が六の弥勒、釈迦が七の弥勒になっている。そうすると、あそこに釈迦堂があってお釈迦さんが毎日居られるという事はそういった意味です。要するに七です。〝嵯峨や御室の花盛り〟と言って、やっぱり桜が仏です。それで法然院が阿弥陀さんです。あそこには立派な阿弥陀さんがあります。丁度その真中が今度の地所なのです。まあ私は観音ですから――面白いのです。坪数は一万八千坪ですから、之もミロクになるわけです。で、後に非常に良い山があるのです。松ばかり生えている山があります。横にもあります。それから広沢の池という大きな池がありますが、京都としてはあの辺が一番良いでしょう。それから嵯峨野の秋なんかと言って、長唄にもありますが、あの辺の秋は非常に良いです。で、偶然かも知れませんが、今朝のラジオの趣味の手帳の話に――秋の虫に就いての話ですが、やはり嵯峨の事を非常に精しく話していました。あそこは虫の声を聞き乍ら月を見て秋草が生い繁っている――つまり秋草の庭で、虫の声を聞き乍ら月を見る。つまり源氏物語時代はあれを非常に賞美して憧れていたという事を言ってました。そんな様な意味で兎も角も五、六、七――ミロクの意味は、緒についたと言いますか、そういうわけです。で、名前は「平安郷」と附けました。それで良い家があそこに建っているのです。それを「春秋庵」――春秋です。それは京都は春と秋です。夏は箱根、冬は熱海、それで春と秋は京都です。昔は平安の都と言ったのですから、それで「平」という字が入らなければ面白くないのです。それに土ですから――。
あそこに造るのは純日本的なものを造るわけです。熱海は何処迄も西洋風のものを造るのです。だから今度の会館でも全然西洋風です。展覧会とか美術館とか、みんな出来る丈新しい様式のものを造ります。今度の京都のは、出来る丈日本風のものです。処が京都という所は、つまり日本の美的感覚を非常に良く出してある様に思っているが、之は良くみると、案外京都には日本的の美はないのです。あるにはあるが――極く古い、奈良朝時代の仏教美術でしょう。どうも仏教美術というのは、一つの限られたる宗教的なものですから、大きな意味から言うと本当の美ではないのです。それから其次は藤原から足利です。まあ鎌倉時代は鎌倉に多く残ってますが、京都の美としては仏教美術の時代を過ぎて、藤原、平安朝時代――其頃は相当色んな美術が出来ましたが、其時分の美術としては貴族的なものです。それも非常に上品な落着いたもので、良いですが、けれども一般的の美術ではなく大宮人的の美術で、まあ非常に華やかだったのです。それから足利になると、何んと言いますか、将軍とか当時の主権者が楽しむ為の美です。庶民的な点は少しもないのです。併し、それも非常に良いのです。其次は桃山ですが、桃山が又非常に豪華な立派なものですが、併し当時の主権者の満足を得る為の豪華な桃山美術だったのです。で、その反動的とも言うべき茶の趣味――そういうものは出たのですが、これも非常に良いのです。それから、次は徳川期に入ってから、元禄時代に至って非常に庶民的の、良い物を作った為に、之は今迄の権力者の楽しんだ物とは異った物が出来たのです。けれども、元禄時代は只庶民的の風俗です。そうして建築とか庭園というものには手が廻らなかったのです。そうれはそうでしょう。又そうでなくても、衣服や調度が贅沢過ぎたと言って将軍から禁止された位ですから、建築迄はいかなかった。それで庭園でも昔から日本にありますが、庭園としての第一人者は小堀遠州でしょう。京都に遠州の作ったものが沢山ありますが、之は非常に小規模で茶には良いのですが、現代人の見た眼から言えば、それ程褒める価値はないのです。京都なんかでは、桂の離宮なんかゞ非常に大騒ぎをする人がありますが、私の見た目ではあの時代には成程立派であったかも知れないが、今日の目でみると大して価値が見られないのです。で、只時代というもの――時代の味わいは、之は仕方がないです。他の修学院だとか、まあ平安神宮の庭なんか少しは良いのですが、それとても、自分で言っては可笑しいのですが、此処の神仙郷程にいっていません。そんな様で本当の日本の美を理想的に現わしたという所は京都には無いのです。建築でも、立派な物というとお寺です。本願寺だとか、平安神宮とか立派ですが、やはり宗教的です。そんな様なわけですから、私は今度の京都の今の土地は、日本美術を――建築でも庭園でも今迄の時代々々に出来た物を綜合した、日本の趣味を出来る丈採入れた、日本の綜合美と言うか、そういう物を造ろうと思っている。そうして京都としての本当の日本美術都市という様な、そういった条件に当嵌る様な物を造ろうと思っています。それには水が必要なのですが、良い塩梅に大きな池がありますから、あそこの水を貰えば良いし、山も非常に良く、松ばかりの山があります。今度行けば分りますが、何とも言えない良い感じがするのです。
それから今の嵯峨にも――平安郷ですが、其処にも美術館を造りますが、美術品は大いに仏教美術を採入れて――之は、あっちのお寺と連絡して、そういう物を造ろうと思ってますが、それに就いて霊界の各宗の開祖が大いに働き出しますから、それがみんな自分が作った寺ですから、そこを良い様にやるに違いないですから、そう骨折らなくても、ちゃんと良い物は集りますから面白いです。
それから今新宗教で目立って活動しているのは、殆ど日蓮宗の系統です。あとは大本教の系統です。大本教の系統は、メシヤ教と生長の家と、三五教というのがありますが、あれも最近中々やってます。それで日蓮宗の中でも、最近問題になったりした立正交(佼?)成会です。あれなんか此間日蓮の七百年祭のお祝に、江の島の龍口寺――つまり日蓮上人の龍の口の御難の所に出来たお寺で、龍口寺に信者が三万二千人――大勢参拝したと言うのです。兎に角そういう大きな団体が参加したのは龍口寺始って以来初めてという事です。バスなんかゞ五十台とか、そんな事を言ってました。今東京日日新聞の宗教欄で投票を募集してますが、あの中で目立って沢山入っているのは、殆ど日蓮宗の系統です。そんな様なわけで、もう仏滅の世が来るというのに日蓮宗丈がそんなに華やかに活躍しているのは、不思議な様に思いますが、之は大変な意味があるのです。その意味を今話しますが、其前に日蓮宗の派で活躍している――活躍していないのもあるでしょうが、兎に角も相当に働いている団体を書いてみると、随分あるのです。
日蓮宗、法華宗、中山妙宗、本化妙宗連盟、本門仏立宗、顕本法華宗、国柱会、霊友会教団、思親会、立正交(佼?)成会、久遠妙宗、大日本獅子吼会、仏子道場、霊山会、妙智会――妙智会というのは随分やってます。仏所護念会、本門法華宗、立正観光協会、唱和本宗、浄風会、本門経王宗、孝道教団――孝道教団というのは横浜に大きな家を作って大分盛んな開会式をやってます。観音閣教団、立正安国会、其他。
未だありますが、主なものが之丈です。では何故斯ういう事になるかと言うと、こゝに大変な意味がある。之は法華経二十八品の観音普門品ですが、法華経は、之は私が始終言っている通り、華を咲かせるのです。仏華を咲かせるのです。花を咲かせると、実が生る。その実が観音様です。観音様というのが、このメシヤ教の子供みたいなものです。つまり観音教団で生まれて、それが段々育って来てメシヤ教になったのです。そうすると、以前に観音教団が生まれたのは霊界です。今度は現界に仏華が咲いて現界的に観音様が生まれるというわけです。そこで日蓮宗が今盛んなのは、現界に華を咲かせているのです。霊界に仏華を咲かせたのが日蓮上人です。で、今は現界に仏華を咲かせているのです。で、之は散るのです。花が散るとそこに現界の観音の実が出来る。斯うなりますから、その意味で良くみていると、之からその通りになりますから、まあ御苦労なお役目をして呉れるわけです。ですからメシヤ教は之から現界的に段々発展していきます。実ですから、最初からそんなに大きくはなりません。最初は花の中心に一寸出来ます。それが段々現界的に拡がっていくのです。大いに期待を持って良いわけです。話は其位にして、浄霊を非常に希望してますから、浄霊をします。
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