九月二十六日

 神仙郷も略々完成しました。此処が完成したという事は非常に大きな意味があるのです。大きいというと、つまり世界的の意味があるのです。神様は、地球の経綸――之は地球が始って以来なのです。丁度丸にポチみたいなものです。或いは池に石を投げる様なものです。それに依って波紋が起る様なもので、最初は小さい処にやられる。それが段々拡がって色んな変化が起こるのです。それで私はそういう意味の事を神様から教えられて、始終其れをみていると良く分るのです。で、今から二十年位前に――昭和六、七年頃に色々世界のそういった小さい型を見せられました。其為に、今に世界は斯ういう風になる。自分の仕事は斯ういう仕事だ。という事がはっきり分って、それで見当が附いたのです。其時分に日本の大変化――天皇の地位が変るという事も良く分ったのですが、其時分にそんな事を言ったら大変な事になるから言わずに居なければならなかったが、何ういう形式でそうなるかという事は知らされてなかったから分らなかったが、この終戦で成程と分ったのです。そんな様な意味で、神仙郷が出来たという事は、やはり世界の最初の――何時も言う通り、地上天国の模型が出来たのです。之が段々拡がっていって世界的になった時が、つまり地上天国になるわけです。そうすると此処が拡がるに従って、今度は体的に――此処は霊の中心になるのですから、之が熱海に写るのです。此処が霊界の経綸で、熱海は現界の経綸になるのです。ですから熱海が出来て、それから段々拡がるのに、現界的に拡がっていくわけです。

 今度京都の方に丁度適当な土地が手に入ったのです。で、此処が「五」で、熱海が「六」で京都が「七」になるわけです。丁度ミロクの形になるわけです。日本の国にミロクの形が出来たわけなのです。で、京都は何処迄も日本的に造る積りです。大体土地は一万八千坪ですから充分とも言えるし、まあ神様が何うなさるか分りませんが、大体それで理想的な物が出来るわけです。つまり、箱根が山で経で火です。熱海は水で緯になって、それから京都が土で平です。ですから神様は、ちゃんと日本の国の良い処に、斯ういった所を造られたわけです。日本で、箱根に熱海、京都としたら、先ず天国的の条件はすっかり備わっているのです。ですから、そうなってからが日本の地上天国というのが出来るわけですが、未だ未だその極く初めです。初めですけれども、休みなくドンドン拡がっていきます。天国が拡がると地獄は無くなるのです。今色んな(きたな)い物や悪い物は、みんな地獄の物ですから――地獄を造っているものだからして、何うしてもそういう物は無くならなければならない。之から創造と破壊――創造されるほど破壊が始る。まあ汚い、丸でゴミ溜の様な娑婆だったのですが、そこに綺麗な物を入れる。そうして段々いくと、汚い物は片附けられなければならない。或いは焼いて壊して了うか、そういった様な大掃除をしながら、良い物が段々出来て来るわけです。壊し、焼かれ、片附けられますが、そういう大掃除が大変なのです。つまり世の終りです。それは一切がそうなるのです。だから第三次戦争も起こりましょうし、原子爆弾の射合もありましょうし、それから病気で片っ端からドンドン死ぬ事もありましょうし、それで始(初?)めて綺麗な世界になって、そうして地上天国が出来るわけです。品物は壊せば後で出来ますが、一番困るのは人間です。然し汚い者は取片附けられなければならないのですが、人間が一番肝腎ですから、一人でも余計助けなければならないというのがメシヤ教の仕事なのです。そればかりではありませんが、それが一番肝腎な事です。それが救いです。メシヤ教――救世(きゅうせい)教――世を救う教え――という、ですからメシヤ教は宗教ではない、救いの(わざ)だという事は、そういう事です。そんなわけで、之からドンドン時の進むに従って色んな面に現われて来ます。それで京都の今度の場所は嵯峨ですが、丁度釈迦堂――有名なお釈迦さんの所、それから去年講演をした法然院という所がありますが、あそこの丁度間になる。法然院というのは法然上人があそこに住んで居られた所です。立派な阿弥陀さんがあります。見た人は沢山あるでしょうが、あれは素晴しいものです。大体法然上人という人は、阿弥陀教の開祖と言っても良いのです。法然上人の弟子が親鸞です。親鸞から六代目のが蓮如上人です。今の本願寺の開祖と言っても良い位のものです。そんなわけで法然院は阿弥陀さんの居られる所です。それから釈迦堂はお釈迦さんです。で、其真中が、私の方が居る事になると、観音様になるわけです。で、観音様が真中で、観音様の左が阿弥陀で右が釈迦となり、之が本当の三尊の弥陀とか、三尊仏です。本当言えば三弥勒です。で、阿弥陀は法身の弥勒です。ですから法然上人と、「法」の字を使うのも面白いです。そういう意味で、兎に角仏界のミロクの形が出来るのです。それで、之は仏教の方でも言ってありますが、弥勒三会――三人の弥勒が会うという事です。〝弥勒三会の暁〟という事が、今度京都の嵯峨に私が居る様になると、弥勒三会という事になる。ですから仏界が非常に変るわけです。今仏界の霊界はドンドン変っているのです。だからそれが現界に写るわけです。仏界が変るという事に就いて、今度京都に――弥勒三会になりますと、そうすると今迄の色んな仏教の開祖、教祖という、そういう人達が霊界で非常に働き出すのです。今もちょいちょい信者さんの内にそういった仏教の開祖が憑って、明主様に御託して貰いたいという事を、随分頼みに出て来るのですが、それというのは、今迄仏というものは非常に良い事をした代りに、又神様を押込めたという罪があるのです。あの五男三女と言って、伊都能売の神様の家来があるのです。八人の家来ですが、それはお釈迦さんが押込めたのです。で、押込められた為に龍になってミロクの世を待っていたのです。それが八大龍王です。ですからそういう押込めた罪も相当あるのです。けれども罪の中でも、意識的に行う罪と無意識に知らず識らず行う罪と両方ある。それで意識的に行う罪は非常に重いのです。それは現界の法律と同じです。知らず識らず行う罪は、悔悟して御託をすれば許されるものです。それで今仏教の方の偉い人の罪は、知らず識らず良いと思って行った罪だから非常に軽いのです。それと同じ様な意味に於て、医学――お医者さんも、気持は善ですから――動機善だからして、そう深い罪ではないのです。気が附いて御詫して、今度は別の本当の働きをすれば許されるのです。けれども罪は罪ですから、やはり相当の代償がなくては許されないのです。之は別の話ですが、お医者さんの子孫というものは寔に不運です。之は良く見ると分りますが、斯ういう事もそういうの現われです。そんな様なわけで、つまり之から色んな事も、そんな様な現われが非常にあるのです。そこで仏界の偉い人達が今度御詫すると共に、その代償として大いに働かなければならない。すると、今にいずれ京都に美術館も造りますから、そんな様な意味で非常に働いて、工合良くいくわけです。

 京都は無論、拵える物は日本的の物です。熱海は徹頭徹尾西洋風の物です。之は、会館でも展望台でも美術館でも、全部西洋風です。京都は徹頭徹尾日本風にする積りです。箱根は両方です。此処は中心ですから、西洋と日本と両方になってます。今度美術館の別館を造りますが、それから休憩室と、みんな西洋風にする。そうして此処(日光殿)は日本的の建物です。それで「日光殿」という名前が附いたのです。日の光は、やはり日本です。ですから京都の方は、あそこは「平安郷」という名前を附けましたが、平な処ですから、どうしても「平」という字が入らなければ面白くない。昔から平安の都といっているのはそういう意味です。大体、京都と言っても、日本美術の中心であり日本の文化都市としては京都が元ですから、大いに日本的にはなってますが、今迄の京都の色んな物は甚だ統一がないのです。バラバラです。それは仕方がないのです。京都に於ける太平というものは続かなかったのですから――。断えず戦争だとか紛争だとか、そういう事が多かった。で、江戸に来て徳川三百年――そこに来て初めて平和が続いた。江戸の文化は相当でした。京都、奈良は長い間殆ど平和は続かなかったのです。其為に日本文化というものに統一がなく、寄せ集めです。古い美術と言うと奈良朝時代の仏教美術です。そうかと言うと平安朝の貴族文化です。それから其次に飛んで鎌倉に行きましたが、之は多少は鎌倉に残ってますが、其間京都は振わなかった。其次は足利の東山文化、室町です。それから桃山という様な、其時分の文化は、つまり貴族文化或いは其時代の主権者の文化です。だから庶民的、大衆的の文化というものは無かったのです。大衆は殆ど下積にされて、只命令に依って生きている丈で、後は、今でも残っている様な物は、其当時の主権者が贅沢或いは権力を見せるという様な必要から生まれたものです。それから徳川時代に入って、今度は大名文化です。大名が、欲しい儘に色んな物を作ったのです。漸く元禄に至って庶民の文化が出来始めたのです。町家の金持が贅沢と競争――競う楽しみです。そんな様で色々良い物が出来ましたが、之は僅かの間です。直きに幕府から禁止令が出て萎縮して了ったのです。只、桃山文化は非常に絢爛たる豪華な、秀吉の性格を表わしたのが出来たと同時に、反対の(わび)の文化の茶の湯が出来たのは良い事です。今日でも茶の趣味が残っているばかりでなく、近頃非常に盛んになって、米国辺りでも非常にそういった趣味が理解されて来たのです、此間此処に来たメトロポリタン博物館の東洋美術部長のプリーストという人も、そういった侘の茶趣味が非常に強いのです。で、茶席を見せた時が一番褒めてました。そういったわけですから、又竹を非常に好んで、自分は竹が一番好きだと言い、竹林や三階に竹を植えてありますが、そういうのを喜んで居たが、私は意外に思った。米国でそういった侘を好むのは珍しいと思った。兎に角日本の茶の趣味というのは大変な功績です。之は京都にもよく出てますが、統一された日本文化――それが京都にはないのです。それから大衆的に楽しめるというものも無いのです。ですから私は将来どうしてもそういった意味の地上天国を造りたいと思ってます。つまり今迄の日本文化の良いというものをみんな採入れて、現代人の感覚に合う様にして、綜合し統一されたそういうものを造ろうと思ってます。そういった土地の環境から状態が良いです。それは、神様がちゃんと支度してあるのですから、良い筈です。

 それから最近日蓮宗が非常に活動しているのです。メシヤ教は別で、之はナンバーワンという事になってますが、新宗教の内で兎に角盛んなのは、日蓮宗です。日蓮宗の霊友会一派です。そんな様な工合です。それも近来に至って急激に日蓮宗が活動し始めたのです。それは何か訳がなくてはならないが、処が訳は大有りなのです。仏教の内で日蓮宗丈は変っているのです。他の仏教は全部月の系統です。大体仏教は月の教え――夜の教えです。処が日蓮宗丈が昼の教え――昼の仏教になるのです。それで日蓮と名前を附けたのです。それで日蓮宗は非常に陽気です。だから仏教の内では昼の仏教に入る。処で、仏教の方で言うと、法華経――法の(はな)です。法華経二十八品の内二十五番目の観音普門品――之が()になるわけです。そうすると実が()る前に――実が出来る前には華を咲かせなければならない。というわけで今華やかに活動しているのは、華を咲かせているのです。そうして大体メシヤ教は元は観音さんだったのです。そこで現界的に観音さんを生むという一つの経綸になっているのです。だから今非常に骨折って華を咲かせているわけです。大体日蓮上人という人は非常に観音信仰なのです。之は法華経の行者ですから仕方がないです。此間、江の島の龍の口に龍口寺というのがありますが、あそこで龍の口の御難の記念祭で、今年が丁度日蓮上人の開教七百年祭にあたる。それは安房の清澄山で日の出に向って妙法蓮華経を唱えた其時から七百年になるのです。そこで日蓮上人は自分は天照大御神の生まれ変りだという事を言って居られたのです。徹頭徹尾日の方の人なのです。そこで法華経――つまり仏の華を咲かせるというわけで、非常に観音信仰が強かった。そこで龍の口の御難で刀で切ろうとした時に雷が落雷して、刀の刃に雷火が(あた)って折れたのです。それで助かったという(いわれ)に依って出来たのが龍口寺ですが、そこに立正交(佼?)成会と言う、近頃有名になった会の信徒が三万二千人お参りしたのです。バスが五十何台とかいうので、斯んな事は初めてだそうです。で、今年が七百年祭で、身延なんかも大変な準備をして随分お参りがあった様です。日蓮宗が急にそういった活動を始めたというのは現界的に観音様が生まれられる、要するに現界的にメシヤ教が生まれるという意味になるのです。ですから非常に御苦労なわけなのです。華ですから、咲けばやっぱり散りますから――。それは何ういう点で散るか、何ういう風に実が()るか、それは言えないが、そういった様な事が今後出来るわけなのです。そんなわけでそういう点を見た丈でも、之からメシヤ教は何ういう風に発展していくかという事は大分見当が附くわけです。それで神様の方はちゃんとプログラムは出来ているので、只時節に依ってそれが現われて来るのですから、結局コツコツやっていれば良いわけです。神様の為さる事は、一寸見ると遅い様でまだるっこいが、それでいて非常に早いのです。というのは、やり損いがないからです。やり直しがないからです。ちゃんと予定通りに行くからです。そこで案外早いのです。

 美術館は何しろ狭いし、それから特別展覧会をやりたいと思ってますから、今あるのを一々片附けてやるというのも厄介ですから、どうしても別館を造ろうと思っている。それで今の萩の家の後手――女の人の宿舎を移築して、その跡に――丁度四、五十坪の別館を造ろうと思っている。そうして特別展覧会の会場にしようと思っている。来年は最初浮世絵展覧会をやろうと思ってます。今度私は来月京都に行きますが、それは京都の美術館で浮世絵展覧会をやるのですが、そこは今迄接収されていたのが解除になったので、それを記念して浮世絵展覧会をやるので、中々大仕掛けにやるそうです。それに四、五点出品したので、是非来て呉れと言いますし、私も是非行ってみたいと思ってます。随分あらゆる物を集めて並べるらしいです。で、そんなわけで行こうと決めると、丁度さっきの土地も手に入る事になったので、それでどうしても見なければならないという様なわけで行く事になったのです。つまり私が行こうと思う事は滅多にないですが、今年は行くまいと思ったが、やっぱり神様の方で行く事情を作られるわけで行くのです。ですから人間心で色々計画しなくても良いのです。そういう風な事情になって来ると、うまく行くのです。そういった事がなくてやろうとすると、失敗したり無駄をしたりするのです。だから私は、骨折ってやる事はいけないと言うのです。楽に、楽しみにやる事でなければいけない。処が今迄の世の中はあべこべで苦しまなくてはいけなかった。よく苦心惨憺という事を言いますが、本当は苦心惨憺したもので碌なものはないのです。だからよく絵だとか品物を作るにしても、よく苦心惨憺して作りましたと言うのは、私は駄目だと言うのです。苦心惨憺して作ると、作品に苦心が表れますから、そういうものが表われては美術品は駄目なのです。楽しみ楽しみやった物でなければ駄目です。そうすると見た人が、それから受ける感じが良いのです。そこで何時も言う通り、その点が今迄の事と反対ですから、一寸分り(にく)いのです。何でも苦しみさえすれば良いと思う一つの習慣です。ですから一番苦しんでやった事は失敗している。ですから日本の此間の戦争ですが、あの位苦しんだ戦争はないです。昨夜も「黎明八月十五日」という映画を見ましたが、実にあの当時の大臣や偉い人達が、軍人との色んなやゝこしい悶着で、一人近衛師団長ですか殺されましたが、そんな様な場面を見ました。やっぱり苦しむ事はいけないなと、つくずく思われましたが、やはり苦しみというのは地獄になります。よく難行苦行をして苦しんでますが、あれは自分から好んで地獄に落ちるのです。ですからやっぱり天国や極楽は出来るわけはないのです。その点を余程考えなければいけないのです。というのは今迄の宗教で天国を造る宗教は無かったのです。つまり地獄の儘で、地獄は仕様がないのだから、せめて苦しみを、つらい思いをしないで、つらくない様にしようというのが目的です。ですから苦しみを楽しもうというのが、今までの色んな宗教です。苦しみを楽しもうという事になると、殆ど人間の頭脳は錯覚しているのです。ですから苦しみは苦しみ、楽しみは楽しみですから、その結果メシヤ教は非常に現当利益がある。処がそんなのは駄目だ、信仰すれば病気が治るとか金が儲るというのは、そんなのは極く浅薄と言わなければならない。そんな事は度外視して精神的に救われなければならないと言って、額に八の字を寄せて理窟を言う人がありますが、それは今迄はそういう風に、凡てがそうなっていた。楽しんで物事をやるという事は出来なかったのです。そこでそういう様な変態的になっていた。だからそういう思想――考え方を直すのは中々骨が折れるのです。私なんかも以前はそういう事で随分失敗しました。態々好んで苦しむのです。そういう事のない様にという事は、今のメシヤ教の〝神様にお任せして置けば旨く行く〟という事です。今迄はお任せして旨くやって呉れる神様が無かったのです。力が無いのです。反ってお任せすると飛んでもない事になる。それで余程自力を出さなければならない。と、斯ういうわけです。

 

 

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