「アメリカを救う」という本がやっと出来て、之から印刷にかゝるのですが、翻訳の方の都合で非常に急いで半月ばかりで拵えなければならないので随分馬力をかけてやったのです。之が出来たら日本や米国の各方面に配ろうと思ってます。何しろ、米国の方で日本を救うという本が出たのなら、之はありそうな事ですが、敗戦でやっと講和になって未だヒョロヒョロしている日本が米国を救うというのは飛んでもない話ですが、之を見て驚くだろうと思ってます。それで反って興味を引くのではないかと思ってます。薬毒に就いても、何しろ米国では薬に一番大騒ぎをしてますから、薬毒に就いて徹底的に書いた積りです。何時か序論を読ませましたが、今度は余程完備したので、もう一ぺん読ませます。
御論文 アメリカを救う〔序論〕
序論
『アメリカを救う』より
今回本教信者立松文二君が、米国ノートルディム大学(カソリック系)に留学、一カ年を経た最近一先ず帰朝したので、予て依頼してあった現在米国に於ける主なる病気の統計を精査記録したものを持って来たので、私は一見するや愕然としたのである。それは同国に於ける驚くべき病者の氾濫であって、全く私の説を立証して余りあるからである。そうして今日日本人の誰もが思っている事は、つい最近迄世界医学の覇権を握っていた彼の独逸を凌駕して、隆々たる今日の米国医学の事であるから、定めし素晴しい成果を挙げているに相違あるまいと共に、私もそう思っていた処、事実は余りに裏切られており、その悲惨なる現状には、到底見るに忍びないものがある。従って今後もこの趨勢が続くとしたら、この恐るべき状態は益々深刻の度を加え、何れは国を挙げての一大危機に直面する日の来ないと誰か言い得るであろう。
しかも米国が現在国を挙げてその対策に腐心し努力しつつある彼のソ連の軍備と、共産主義の驚異であるが、これも重大には違いないが、それとは別な意味でのこの健康問題に至っては、寧ろそれ以上の重大性があろう。何となれば共産主義が如何に侵略の爪を伸ばすと雖も、自由主義国家群の連合によって、軍備を充実すれば防止出来ない事はないが、この方はそうはゆかない。何故なれば現代医学の余りにも無力であるからで、まだその原因すら分っていないばかりか、仮令分っても解決の手段は絶対あり得ないからである。としたら前途は全く暗黒の一語に尽きるであろう。これを吾々からみれば現代医学そのものに、恐るべき一大欠陥が伏在している事である。にも拘わらず全然それに気が附かず、寧ろ反対な方向に進んでいるのである。それは左記の統計を見れば分る通り、年を経る毎に加速度的に、凡ゆる病気が殖えつつある現状で、若しもこの儘としたら、向後一世紀を出でずして今日の強大な米国と雖も、急速度に衰退の止むなきに至るのは断言出来るのである。その例として現在ヨーロッパに於ける高度の文明国家としての彼の英仏である。両国近来の衰え振りはどうであろうか。彼のトラファルガー戦争時代の英国といい、ナポレオン戦争時代の仏国といい、その国民の元気を今日と較べたら、余りの異いさに驚かざるを得ないのである。この原因こそ全く誤れる医学の結果に外ならない事は、以下の解説によって判る筈である。
そうして今私は世界の文明各国を見渡した処、兎も角キリスト教を以て立国の方針となし、一般国民は神を信じ、正義の行われている国としては、先ず米国を以て第一とせねばなるまい。それが米国繁栄の礎でもあり、今日の如き偉大なる国家となった原動力でもあろう。という意味に於て今日世界の平和を維持出来る力をもつ国としたら、同国を措いて他にない事は言う迄もない。この意味に於て何よりも先ずこの国の国民の健康をよりよくする事こそ焦眉の急であり、世界の平和と人類の幸福に対する最大條件であろう。従って私は一日も速かに同国に於ける病気蔓延の趨勢を食止めると共に、尚進んで病なき米国たらしめるべく、先ずこの著によって自覚を促さんとするのである。そこで私は統計の順に一々の病気について、その原因と治す手段と、予防方法と、治病実績とを詳しくかいて英文に訳し、大統領始め会う方面の識者、医事関係者に頒布するのである。
処で日本についても言いたい事は、米国医学が如上の如き真相であるに拘わらず、今日最も進歩せる医学と過信し、これを採入れようとしているのであるから、実に恐るべき迷妄である。これも全く唯物科学心酔の結果、米国医学の外形的進歩に幻惑されたからであろうが、これを考えれば日本も米国と同様洵に危い哉である。故に日本の当事者もこの著を読んで、速かに目醒られん事を望むのである。最後に一言したい事は医学が進歩する程病人が増えるという厳たる事実は、現在米国が遺憾なく全世界に示している事である。
御論文 アメリカを救う〔病気とは何ぞや〕 【註 栄光一七九号】
病気とは何ぞや
(栄光一七九号/『アメリカを救う』とは少し異なる)
序論にもある通り、現在米国に於ける病気の漸増は何が為であるかを、その根本から説いてみるが、先ず病気なるものの発生原因であるが、驚く勿れ病気というものは医療が作るのであって、特に薬剤がその中心をなしているという事実である。つまり病気を治し、病人を減らそうとするその方法が、反対に病気を治さないようにし、増やしているという、到底信じられない程の迷妄である。そうしてこれは説明の要のない程明らかであるに拘わらず、それに気が附かないのであるから、全く二十世紀の謎といってもよかろう。それ処か益々医学に信頼し、これを進歩させれば病気は解決出来るものと固く信じているのである。ではその様な不可解な原因は何処にあるかというと、それは医学の考え方が逆になっており、病気を以て悪い意味に解釈しているからである。それをこれから徹底的に解説してみよう。
本来人間なるものは、生まれ乍らにして例外なく先天性毒素と、後天性毒素とを保有している。先天性毒素とは無論親からの遺伝であり、後天性毒素とは生まれてから体内へ入れた薬毒である。というと何人も意外に思うであろう。何となれば昔から薬は病気を治すもの、健康を補うものとの観念が常識となっていて、良い薬さえ出来れば病気は解決するものと信じ、それを医療の主眼としているからである。特に米国は薬に最も重点を置き、新薬発見に非常な努力を払っているのは誰も知る通りである。故にもし薬で病気が治るとしたら、病気は漸次減らなければならない筈であるのに、逆に益々増えるのはどうした訳か、これ程理屈に合わない話はあるまい。元来薬というものは、地球上只の一つもないのであって、悉く毒物であり、毒だから効くのである。それはどういう意味かというと、薬という毒の作用によって病気症状が減るから治るように見えるので、実は治るのではないのである。
では薬が何故毒物であるかというと、抑々人間が口へ入れるものとしては、造物主が人間を造ると同時に生を営むべく用意されたのが食物である。そうして食物にも人間が食うべきものと、食うべからざるものとは自ら別けられている。即ち食うべきものには味を含ませ、人間には味覚を与えられているのであるから、人間は食いたいものを楽しんで食えば、それで栄養は充分摂れるので、これだけを考えても造物主の周到なるは分る筈である。この意味に於て生きんが為に食物を摂るというよりも、食物を摂る事によって生きてゆけるので、丁度生殖と同様、子を得る目的で男女が営むのではなく、別の目的の営みで偶然子は授かるのであるから、神秘極まるものである。
右の如く人間の体内機能は、食物として定められた物以外の異物は、完全に処理出来ないようになっているので、薬は異物である以上、含まれている栄養分だけは吸収されるが他は体内に残ってしまう。これが薬毒であって、しかも厄介な事にはこれが各局部に集溜し、時の経つにつれて固結してしまう。その集溜個所としては神経を使う処に限られている。神経を使う処といえば、勿論上半身特に首から上で、頭脳を中心とし眼、耳、鼻、口等であるから、其処を目掛けて毒素は集中せんとし、一旦頸の周りに固結する。如何なる人でも頸の周り、肩の辺に必ず固結をみるであろう。これが凝りであって、或程度に達するや自然排泄作用即ち浄化作用が発生する。その場合発熱によって毒結は溶けて液体となり、咳、痰、鼻汁、汗、下痢、熱尿等になって排除されようとする。これを名附けて感冒というのである。
故に感冒とは毒素排除の過程であるから、少し苦しいが我慢して自然に委せておけば順調に排泄され、体内は清浄化し、治るという実に結構なものであるから、感冒とは全く簡易な生理作用で、神の摂理であるから、大いに感謝すべきであるに拘わらず、それを知らない人間は、この浄化の苦痛を反って悪い意味に解釈し、これを止めるべく考え出したものが医療であるから、如何に間違っているかが分るであろう。そうしてこの浄化作用なるものは、人体の活力が旺盛であればある程起り易いので、これを停めるには人体の活力を弱らせるに限る。そこで薬と称する毒を用いたのである。昔から草根木皮、鉱物、動物の臓器等から探り出し、煎じたり、粉末にしたり、抽出したりして水薬、丸薬、塗布薬、注射薬等色々な形にして、浄化停止に応用したのである。それには毒が強いと生命に関わるから、微弱にして少しずつのませる。この為一日何回などと分量を決めたので、よく効く薬とは中毒を起さない程度に毒を強めたものである。
このように薬毒を以て溶解排除せんとする毒素を固めて来たので、今日の人間が如何に有毒者であり、病気が起り易くなっているかは、近来予防衛生などと喧しく言ったり、感冒を恐れるのもその為である。又人間の寿命にしても六十余歳となったといって喜んでいるが、これも大変な誤りである。というのは人間病さえなければ百歳以上は楽に生きられるのに、百歳以下で死ぬのは病による不自然死の為で、無病となれば自然死となる以上、長生するのは当然である。右の如く医療とは病を治すものではなく、一時的苦痛緩和手段で、その為の絶対安静、湿布、塗布薬、氷冷、電気、光線療法等々、凡ての療法は固め手段ならざるはないのである。その中に一、二異うのは灸点と温熱方法であるが、これも一時的熱の刺戟によって、その個所へ毒素を誘導させるので楽にはなるが、時間が経てば元通りになるから何にもならないし、又ラジウム放射で癌を破壊する方法もあるが、これも癌だけの破壊なら結構だが、実は組織をも破壊してしまうから、差引プラスよりマイナスの方が多い訳である。
以上の如く現在迄の療法という療法は、徹頭徹尾固め方法であって、治す方法とは毒素を溶かして排除させる以外決してないのである。何よりも医師は〝治す〟とは言わない。〝固める〟というにみて明らかである。しかも固め方法の内最も有効なものが薬であり、その薬が病原を作るのであるから、医療を受ける程余病が発り易く、悪化するのは当然である。その結果遂に生命の危険にまで及ぶのである。それについてこういう事がある。治そうとして熱心に高貴薬など用いる患者程成績が悪く、その反対にどうでもいいと思う患者程治りがいいという話は、医師からよく聞く処である。又衛生に注意する者程弱く、無頓着の者程健康である事や、医師の家族や病院の看護婦などが多病であるのもよく聞く処である。面白い事には稀な健康者、長寿者に訊いてみると、「自分は病気した事がないから、医師や薬の厄介になった事はない」などというが、吾々からみればそれだから健康であり、健康だからそうであるので、この点大いに味わうべきである。
之を呼んだらアメリカの人は驚くだろうと思います。薬を一番大騒ぎをやっているのですから、目が暈んだかと思うでしょう。それから又、今アメリカで特に自慢しているのは手術ですが、手術も相当やっつけてます。
御論文〔手術に就いて〕
手術について
(『アメリカを救う』より)
日本もそうだが特にアメリカに於ては、近来手術の進歩を誇称し、大いに励行しているが、これは大変な誤りである。というのは手術の進歩とは、医術の進歩ではなく寧ろ退歩であるからである。何となれば真の医術とは、病に冒されている臓器その物を除去するのではなく、臓器はその儘にしておいて、病だけを除去するのが本当であるからである。しかもその為肉を切り、出血をさせ、非常な痛苦を与えるのみか、内部的不具者にするのであるから、医術どころか非医術であるに拘わらず、これを進歩した方法と信じているのであるから、その無智なるいうべき言葉はないのである。
しかも人間は、身体の一部と雖も毀損する以上、その影響のない筈はない。例えば盲腸炎にしても、膿だけ除るのならいいが、医療はそれが不可能な為、虫様突起までも共に切除してしまうのであるから、野蛮極るというべきである。何となれば造物主は人体に不必要なものは一つも造ってない筈である。これについてよく医家は盲腸は不必要だとか、腎臓は両方なくても差支えないなどというが、これは全くその必要性が不明であるからで、如何に今日の医学が幼稚であると共に、一面神への冒涜でもある。何となればそんな理屈をいう医学者自身も神から造られたものではないか。何よりも盲腸手術後一時は健康になったようでも暫くすると他の病気が必ず起る。というのは元来盲腸の役目は下半身の毒素排除の機関であるからである。今それを詳しくかいてみるが、初め毒素は背面右側腎臓部に集溜固結し、少しずつ溶けて盲腸部に移行し固結する。それがある程度に達するや浄化が起って発熱し溶解される。その苦痛が盲腸炎であるから、その際右の腎臓部を見れば必ず固結があり、圧すと痛むからよく分る。其処を浄霊するや忽ち盲腸の痛みは去り、間もなく下痢があって治るのである。
この理によって盲腸炎発病するや、何等治療もせず、寝ているだけで三、四日乃至一週間も経てば必ず全治し、生命の危険など聊かもないのである。処が医師は手遅れになると生命の危険ありとし、手術を奨めるが、吾々からみればその盲点に呆れるばかりである。右の如く毒素排除の役目である盲腸がなくなるとすれば、其処へ集溜せんとする毒素は、止むなく腹膜や腎臓部に溜る事となり、それが原因となって、反って盲腸炎よりも始末の悪い病気が起るし、尚又手術の際の消毒薬が膿化し排除されようとし、種々の病を起す事がある。それは悪性歯痛、中耳炎、結膜炎、顔面の腫物等である。
之に一つ一つの病気に就いての説明と、それに対する御蔭話を、多いのは六例少いので三例位出したのです。之を良く読んだら、大抵往生すると思います。おまけに米国の人は日本人よりか伝統に捉われません。白紙になって読むから非常に効果があると思います。其話は此位にして置きます。
つい此間信者の人で小川菊蔵というバスの販売を非常に大きくやっていて有名な人が、今度世界中を廻って歩いた其の時の色んな見聞記を聞いたのですが、中々参考になりました。色んな細かい話を聞きましたが、結局引括るめて言うと、今一番素晴しい勢は西ドイツだそうです。西ドイツはとても国民に元気があるのです。非常にドイツ復興に熱心で、日本なんか較べものにならないそうです。尤も私は去年新聞で西ドイツの出超に驚いたのですが、去年は三億弗プラスになったのですが、それで喫(吃?)驚したのです。今度小川さんから聞いてみて成程と思ったのです。というのはドイツ人は一番優秀だぞという一つの自信が強いのです。それが動機です。それから美術はフランスが一番良いと思っていたそうですが、イタリヤに行って驚いたそうです。フランスよりイタリヤのほうがずっと上だそうです。之はその筈です。フランスの美術は新しいですが、イタリヤはもっと古さがあるのです。それはエジプトやギリシャが一番古いですが、発展していません。日本で言うと埴輪でも見る様なもので未開発時代の美術ですが、ローマ時代に至って絢爛たる美術が生まれたのです。それが残っている為に、日本で言うと丁度奈良朝時代の美術の様なものです。それからフランスは京都風です。そういう様で古さがあるから良いのです。特に驚いたのはイタリヤも非常に国民的誇りを持っているのです。つまり自分の国はローマ華やかだった昔の頃は、やはり欧州では一番文化が発達した国であるというその誇りが今以てあるのです。で、現在ファッションが大分興って来たそうです。それに就いてムッソリーニはイタリヤでは非常に崇拝されているそうです。ムッソリーニの家族がローマに居るそうですが、それは国民から優遇されて良い生活をしているそうです。それからドイツでも、ナチスは今地下運動的に相当勢力を持っているそうです。で、ヒットラーもムッソリーニも国民の心の中では中々非常に崇拝されているそうです。只ヒットラーもムッソリーニも非常に偉いので、ドイツ、イタリヤの誇るべき人であるが、只戦争をしたからいけないので、その失敗丈で他の事は非常に良いという事を考えているのです。
特にドイツで驚いたのは道路が良いという事だそうです。自動車屋さんだから余計そういう事に気が附くのでしょうが、ドイツのヒットラー道路は一時間百五〇キロのスピードが出せるそうで、そういうのはアメリカにも無いそうです。あれは私も驚いたのですが、ドイツが第一次欧州大戦後失業者が多く、其時ヒットラー道路と言ってドイツを縦貫するものを作ったのですが、何時かの映画を見ても分ります。それからみると、日本の道路を見ては呆れて了います。だから私が総理大臣になれば官吏を半分にします。官吏が多過ぎるから能率が上らないのです。今官吏の費用が五百億位あるでしょうから、半分にすれば二百五十億で済みます。そうして日本に縦に道路を作って、あとは枝をつければ良いのです。そうすれば日本の道路問題は解決します。どうも、チビチビとしたり、曲り角を削る位のしみったれな事をやっている。日本は思い切った事をやらないという事は、一番は国民的誇りがないのです。小川さんも言ってましたが、日本人はそういった様に国民的誇りがない為にフワフワして、外国的の事が良いと思っているのです。私は之をぶち壊さなければならないと思う。日本の国民的誇りを自覚させなければならない。それを知らなければならない。処が今迄はそれを知る人も知らせる人も無かったのです。之は私は、講和にならない内は言えない内は言わなかったが、もうソロソロ言っても良いでしょう。兎に角世界中で一番優秀な国民は日本人です。金に譬えれば、白人は銀に相当するが、日本人は金なのです。それ丈の異いさです。それだから今度「アメリカを救う」という本を出したのですが、アメリカ人というのは、我々からみればずっと下なのです。そういう自覚がないから、アメリカの真似ばかりし、或いはヨーロッパの真似をしているが、それは国民の自覚がないからです。自覚と言っても、取って附けた様なものでは仕様がないのです。此の事は本当なのです。それを今迄日本人は知らなかったから、英・米の真似ばかりしていた。だから真似は一番上手くなった。真似は鋭いものです。真似と贋物作りは世界一です。それから巾着切の上手いのは日本が一番です。それは外人に対する日本の国民的誇りでは……。ですから私はそれを段々直し、説いていきます。
此間文士で相当に名のある人ですが、其人との話で日本の小説に就いて私は斯う言ったのです。日本人の小説は上手いがスケールが小さい。只面白いのを作って有名になって、金を大いに儲けて大いに贅沢をするという考えで、社会の為或いは人類の為に何うするかという主張というものがない。だから日本の小説はそこに目醒めなければならない。そこにいくと西洋の小説は実にスケールが大きい事と、人類愛的に素晴しく智性が高い点があるのです。そういう話をしたのですが、どうも日本人はそういった様な御座成的で、その日暮しの状態です。その代り色々な種類は多いです。然しそれを纏めた力強さがないという事は、今言った国民的誇りの自信がないという事です。之も私は段々時節に応じて発表する積りですが、日本人の内に素晴しいものがあるのです。この一番素晴しいのは大和民族です。この大和民族の文化的智性というものは実に素晴しいものなのです。それが今迄隠れていた。というのは神武天皇以来色んな戦争で、平和より戦争の方が多かったのです。それから権力争いです。そういう事の為に下積になっていた。私は大和民族の頭領なのです。ですから之から愈々大和民族が出て来るのですが、大和民族というのは日の係(系?)統です。今迄の世界というのは月の世界、夜の世界だったからして、月が出ている間は太陽は地球の裏側になって暗闇になっていたというのが、今度愈々太陽が出て、月の夜が隠れて了う。そこで昼の民族というのが大和民族です。大和民族の中心というのが私です。それで日の神様が守護しているのです。それで火素が出て病気が治るという事になるのです。今迄は斯う(御浄霊)して病気を治す事は出来なかったというのは月の光だからです。月の光というのは太陽の六十分の一ですから、今迄の宗教では治っても六十分の一です。闇の夜であったのが、愈々太陽の光が出たら月の光は消えて了うのです。太陽の光ですから六十倍病気が治るというわけです。それですから馬鹿に良く治るという事は当り前で不思議はないのです。
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