〝アメリカを救う〟という本は、日本文だけは来月出来る順序になってます。表紙だけ作ってみたのですが、こういうのです。馬鹿に派手なものですが、言わば今迄は夜の星の世界です。月が引込んで星だけになっているのを、愈々太陽が出始めたわけです。つまりアメリカは夜の世界の代表者ですが、愈々日が出て、段々アメリカがなくなるわけではなくアメリカ式が、アメリカ全部が日の光になってくるわけです。これは、そのアメリカを救う第一歩です。それで今度樋口さんがハワイに支部を作って、来月の末に行く事になってます。それからロスアンゼルスにも幾らか信者が出来て来ましたし、来て呉れという要求が非常にあるのです。それで画家の嵐さんという人が最初行く積りです。立松文二さんも行くでしょう。それについて、この本を持って行くと非常に工合が良いので、そうしてこれを大いにあっちに弘める積りです。つまり今迄にこういう本は出た事がないから、アメリカでも非常に問題になるだろうと思います。案外あっちで売れるかも知れないと思う。つまり売れれば売れる程人が読みますし、それから大袈裟に言うと外貨獲得にもなります。何十万部と売れる様になると中々大きいです。百万部売れるとすると一億ばかりになります。あっちにはもっと高く売りますから、二、三億の外貨獲得が出来るわけです。それからその次はヨーロッパの方に弘まるわけです。昨日フランスから、一人は在ドイツのフランス人、一人はフランスに居るフランス人で、病気を治して貰いたいという手紙が来ました。何時か「栄光」にも出しましたが、フランスの有力な雑誌パリ・マッチの編集長のカルティエさんが来て、箱根で色々話をした、その談話をその雑誌に載せたのです。それを見て、一人は目が悪い人で一人は胃が悪い人で、是非治して貰いたいと丁寧な手紙が来たのです。無論フランス語で、それを訳した処が、読んでみてあんまり熱心に書いてあるので心を動かされる位なので、御守だけ送ってやりました。それから養生法やそういう事も精しく書いて返事を出す様にしておきました。これからヨーロッパに「栄光」新聞なども少し多く送ってやる様にしました。これはヨーロッパに行く最初の種です。二粒の種を播くわけです。そんなわけですから来年あたりになると、あっちの方も相当動いてくると思ってます。それで日本文の方は無論各大臣、国会議員、新聞社、大病院、そういう方面に配る積りです。新聞広告も一通り出そうと思ってます。だから相当問題になるだろうと思います。兎に角医学の間違いをかなり思いきって暴露してありますから、本当だとすれば医学上の大問題となるし、若し本当でないとすれば、岡田という奴はけしからん、やっつけてしまわなければならない、というどっちかです。まるで決闘みたいなものです。敵を斬るかこっちが斬られるかというどっちかでしょう。処がこっちが負ける事は絶対にありません。向うが嘘なのです。向うはなまくらですが、こっちは正宗を持っているのですから、脳天なしわりという奴です。そうすれば確かに問題になりますから、そうなるとこの本を買わないわけにはいかないから、チャタレー夫人よりかもっと売れるだろうと思ってます。外が獲得ばかりでなく内貨獲得もしたいと思います。いずれにしても面白いと思います。
〝アメリカを救う〟の結論はまだ読んでませんが、結論もかなり徹底してますから今読ませて見ます。
御論文 アメリカを救う〔結論〕
結論
(『アメリカを救う』より)
最後にこの著の結論をかいてみるが、理論と実際によって、病気とは如何なるものであるか、現代医学が如何に間違っているかは充分判ったであろうが、要するに人間は健康で、休みなく働けるよう神が造られたものであって、これこそ不滅の真理である。それだのに病気に罹り人間の役目が果せないとしたら、それは何処かに不合理な点があるに違いないからで、その点を発見し、それを矯正する事によってのみ治るので、それ以外治病と健康の要諦は断じてないのである。処がこれ程ハッキリしている道理に気が附かなかった人間の迂闊さは、不思議とさえ思えるのである。しかも飛んでもない間違った考え方によって、薬と称する毒を以て治そうとした事で、それが反って病を作る元になるなどとは、夢にも思わなかったであろうが、この誤謬の為今日まで如何に大多数の人間が、被害を受けたかは計り知れないものがあろう。そうして今一つ言いたい事は、人間は平常薬をのんで健康を保っているのではなく、無薬で健康で活動しているのが自然の常態である。それをどう間違えたものか、病気に罹るや全然的外れである薬で治そうとするのであるから、その迷妄驚くの外ないのである。何よりも若し薬で病が治るものなら、今日迄の人間が先祖代々如何に多量の薬を体内に入れたかは分らない程であるから、病は疾くの昔に無くなっていなければならない筈である。それだのに何ぞや、至る処病人の氾濫である。何よりも薬のなかった時代の人間は健康で、普通百歳以上の長寿者が大部分であった事は、歴史がよく示している。
以上長々とかいた通り、進歩したと誇称する現代医学も煎じ詰めれば、治病方法としては溶けかかった毒素を固めて病気以前に戻す事と、病んでいる臓器をメスを以て切り除ってしまう事の只この二点であって、外には何にもないのである。それのみか逆理によって病人をふやし、人間の寿命を縮めて来ながら、それに気が附かない処か、政府はじめ一般人民も信頼し謳歌しているのであるから、その損害たるや戦争よりも甚大であろう。
又別の例として、近来スポーツ競技を見ても分る如く、白人に比して黒人の方が目立って体力の強い事である。しかしこれは黒人が強くなったのではない。白人が弱くなったのである。これも医学衛生の進歩の為としたら、実に恐るべき進歩である。故にこれに目醒めない限り、文化民族の将来は全く悲観の外ないと思う。
従ってこの真相が世界に知れ渡るとしたら、当然医療に関係ある人々は、失業か営業不可能となるであろうから、今からその対策を考究しておく必要があろう。その事を考える時、実に気の毒の限りではあるが、事は全人類永遠の幸福に関する重大問題であって、小の虫を殺して大の虫を助ける意味に於て、当事者は充分理解の上、善処されん事を望むものである。
この間アメリカに三十年も居る人と会っての話によると、今年のオリンピックの競技でアメリカも随分活躍して良いレコードをつくった様ですが、よく調べてみると殆ど黒人の血が混っている選手だそうです。ですから、若い時分から医学衛生を大いに守った白人の方が弱ってきて、黒人としたら近頃はいくらか西洋医学の御蔭ではなく、被害を蒙ったかもしれないが、以前としたら一番医学の害を蒙っていないと見なければならない。その方はそんなに丈夫です。この間もニュース映画を見ると、マラソンでも黒人の早(速)い事は、まるで桁が違います。それからボクシングとかも物凄いです。そんな様で段々白人の方が弱ってくるのです。それから、これもこの間何かで聞いたのですが、ヨーロッパの方に行った話ですか書いたものですかで、英・仏の人間ときたら全然話にならないそうです。まるでただ安易な生活だけを望んで活動力などはないそうです。それの何よりの証拠は、英国は相変らず労働党が勢力がありますが、あれは社会主義政策をモットーとしてますが、つまり社会主義というものは働く奴も働かない奴も大して違いがない様に国家が扱う事です。だから仕事の嫌いな、なまけるのが好きな人間には一番良いのです。英国の政治などが、災害保険とか健康保険とか失業保険。それから色んな養老院とか、そういう様な精度は非常に完備しているのです。だから優勝劣敗が非常に少くなってくる。処がアメリカはまだそれだけ元気がありますから、大いに優勝劣敗が激しいのであれ程進歩するのです。というその原因というのは医学の為です。特に種痘の為なのです。今度の〝アメリカを救う〟の本にも種痘について精しく書いておきました。そんな様で、種痘は英国が本元で、それからフランスにいったのです。それで種痘によって身体が弱り、弱ったのを良くしようという手段が又弱らせる原因になるのです。ですから段々弱ってしまって、ヨーロッパの国の元気というのが無くなったのです。ですからそうなると、ただ安易をむさぼるだけに淡々としてます。だから中共が出来た時に、アメリカは絶対に承認しないというのを、英国が最初に承認したのです。あれは大変な失敗でチャーチルなどは大変困っている様です。そうなると正義という観念がごく薄くなるのです。私も時々思ったのですが、つまり中共が後押しして北鮮軍が南鮮に侵略してきたのです。それから中共が蒋介石の方を押込めてしまって占領してから、まだやっと一、二年経つか経たないうちに政府をこしらえて、それを承認するという事は全然戦国時代と同じ様なやり方です。だから強い奴がそこを占領してしまったら、すぐにその政府を世界が承認してしまうという事になると、殆ど文明ではないので、暴力で強い者勝ち的な事を承認するという事は絶対許せない事です。それだからアメリカは絶対に許さないというのを、英国は真先に許したのです。そういう事の原因は何処にあるかという事は、国民の元気が弱っているのです。こっちさえ安全なら良いというのは、大体何にあるかというと、香港を脅される為に、若し香港からしめ出しをくったら英国の支那貿易は大打撃を受けますから、そうすると英国の財政を保てないというのが一番の原因だったらしいですが、実に哀れはかない国になってしまったのです。そういう様に国民の元気がなくなったという事は、やはり医学の進歩によって体力が弱ったのです。だから今度のオリンピックの選手にしろ、英・仏からは殆どなかったです。米国・ソ連・あとは小国です。日本もあやしくなってしまいました。そんな様で実にお話にならないのです。それでまだ元気のあるのは米国ですから、米国が英・仏と同じ様になったら、それこそソ連に良い様にされてしまいますから、米国の国民の元気を英・仏的にしない様にするのが世界平和において一番重要な問題です。それでこの〝アメリカを救う〟という事はその意味なのです。そうして結局ソ連の方は相当医学は採り入れているが、贅沢をさせないのです。食物も不味い物を食わしているから元気が劣えないのです。美味い物を食って贅沢をして薬をやっていては弱るばかりなのです。それでソ連は良いのですが、米国が弱ったら世界中がソ連にやられてしまいますから、米国をどうしても救わなければならないという意味がこの本を書いたというわけです。
それから近頃の傾向は、新宗教における病気治しという事は相当認めてきました。しかしどういう様な認め方かというと、精神的に病気を治す、つまり宗教的に神仏というものを信じて、その心の慰安によって非常に影響する、それで病気が治る。という様な考え方です。ですから肉体は医者で治し、精神は宗教で治す。それで両々相俟ってやるのが理想的医学だ、という様な説を唱えてきましたが、これは飛んでもない間違いです。それは今のインテリが考えそうな事ですが、その医学というものが肉体を治すというのがとんでもない間違いです。それについて書いてみました。
御論文〔医学療法と信仰療法〕 【註 栄光一八六号】
医学療法と信仰療法
(「栄光」一八六号)
今日医師諸君はもちろんの事、インテリ階級の人達は例外なく、信仰で病気が治る事実に対し、決って左のごとき解釈をする。大体病気というものは、病は気からといって精神作用が案外大きいものであるから、信仰で病気を治そうとする場合、その宗教の教師などから神仏の利益を過大に言われ、言葉巧みに必ず治るように思わせられるので、何しろそれまで医療でも何の療法でも治らないで困り抜いている際とて、まともに信じてしまい、まずそれだけで精神的に快方に向かうので、別段神仏の利益でない事はもちろんであるという観方である。そんな訳だから本教の治病奇蹟がどんなに素晴しいと聞かされても右のような解釈で片付けてしまうのであるからやり切れない。その度毎に吾々は憤慨を通り越して呆れるばかりである。もっともそう思うのも無理はないかも知れない。なぜなれば今日までの信仰療法の多くがそれであるからである。
ところが本教の病気治しは、それらとは根本的に異っている。それをこれから詳しくかいてみるが、まず本教へ治療を乞いに来る限りの人々は、もちろん最初から疑っている。何しろ新聞雑誌は固より、大部分の社会人殊に智識人などは、必ずと言いたい程病気は医薬で治すものと決めているからで、今日のごとく素晴しい進歩した医学と信じ切っており、これ以外病を治すものはないと思っている。しかも最近アメリカで発見の新薬もそうだが、その他精巧な機械、手術の巧緻等々によって、安心して委せている現在、そんな新宗教の病気治しなどは問題にならないではないか、そんなものを信用したが最後、飛んでもないことになるかも知れない。それこそ迷信以外の何物でもないと、色々の人から云われるので、それもそうだと思い、宗教治病の機会があっても逃してしまうのである。ところが病気の方は遠慮なく益々悪化し、ついには死の一歩手前にまで追い詰められる結果、自分から医療に愛想をつかした人々は、本教に縋ることになるが、そういう人は極く運のいい人で大部分の人は医療に嵌ったまま御国替となるので、実に気の毒なものである。という訳で病気は治らず、金は掛かり放題、苦痛は増すばかりなので、煩悶、懊悩の際、たまたま本教の話を聞くが、これ程科学が進歩した今日、そんな不思議なことがあってたまるものかとテンデ話にならないが、外にどうしようもないので、では瞞されるつもりで、一度試してみようくらいの肚でやって来る人が大部分で、初めから信ずる人などほとんどないといってもいい。としたら精神作用など微塵もない。ところで来てみると医学の素養など全然ないはなはだ風采あがらない先生らしい御仁が、薬も機械も使わず、身体にも触れず、ただ空間に手を翳すだけなので、唖然としてしまい、大病院や博士でも治らないこれ程の大病が、あんな他愛ないやり方で治るなどとはどうしても思えない、だがせっかく来たので帰る訳にもゆかないから、マアー一度だけ試してみようとやって貰うとこれはまた何たる不思議、たちまち病気以来かつてない程のいい気持になり、苦痛も軽くなるのでいよいよ分らなくなる。しかし分っても分らないでも、快くなりさえすりゃいいという訳で、どんな頑固な人でも無神論者でも、一遍に頭を下げ、百八十度の転換となる。これがほとんどの人の経路である。
以上の事実を仔細に見ても、本教治療法のどこに精神的狙いがあるであろうかである。ところがそれに引替え医学の方はどうであろうか、むしろ精神面からいって比べものにならないではないか。まず当局はじめ言論機関、学校教育等々、医学の進歩を旺んに強調し、これ以上のものはないとして、病気になったら手遅れにならない内、一刻も早く医師に診て貰い、指示通りにせよ、それが正しい方法で、決して外の療法などに迷ってはいけないと極力注意する。しかも立派な大病院、有名な博士、完備せる施設、精巧な機械、新薬等々、実に至れり尽せりで、これを見ただけでもどんな病気でも治ると思うのは当然で、安心してお委せするのが今日の常識である。このような訳で医学を信ずる人はあっても、疑う人など一人もないのである。
以上によってみても、医学に対する信頼は百パーセントであるに反し、吾々の方の信用は零よりもマイナスなくらいである。にもかかわらずその結果は散々医療で治らない病人が、我方へ来るやたちまち治ってしまうのであるから、その治病力の差は月とスッポンといえるのである。この事実を公平に言えば、現代医学こそ迷信であり、我医学こそ正信であると断言出来るのである。つまり医学を信じて生命を失うか、信じないで助かるかのどちらかであろうといったら、恐らくこれを読んで愕然としない人はあるまい。これは歴史的に見ても分る通り、時代の変遷は昨日の真理も、今日の逆理となる事さえ往々あるのであるから、あえて不思議ともいえまい。このような明らかな道理が今日まで分らなかったのは、全く過去の亡霊に取憑かれていたからであり、それを発見する人も出なかったためでもある。また世間こういう人がよくある。もしそんな事で病気が治るとしたら、医者も薬も要らないではないかと言うのである。全くその通りで医者や薬が無くなったら、世の中に病人はなくなると答えざるを得ないのである。以上のごとく現代医学こそ、世界的迷信の最大なるものであって、人類から病を無くすとしたら、何よりもこの迷信を打破することこそ先決問題である。
私は随分酷く書くのですが、これを何か苦情言って来るかと思っているのですが、言って来ないのです。だからやっぱりお腹の中では、医学は駄目だという様な考えも大分あるらしいと思うのです。成程これには違いない。しかし今更そうなったら、第一自分はメシが食えない。それから大変な問題になる。まあ面倒臭いから仕様がないという位だろうと思ってます。しかし自分だけの問題だったらそれで良いですが、その為に如何に多くの人が被害を蒙って命迄無くしているのですから、これ以上重大な問題はありません。それから若しまた、〝けしからん、これだけの進歩した医学をこれだけ酷く言ってけしからん〟と言って戦って来る位なら、確かに自分達も医学を信じているのだが、そういう人はないのだから、やっぱり御説御尤と思っているに違いないです。そうならば自分達の方で、そういった意味でも発憤して大いに何とかしなければならないのだから、そこでこれを有名なお医者さんや大病院に配れば読みますから、読んでどういう考えを起すか、どういう態度をとるかという事を、面白いと言ってはおかしいですが、黙ってはいないでしうょ(しょう?)が、それをこっちは待つ積りです。そういう様で結局においてどっちに旗を挙げるかという処にいくわけです。これは以前から私はそういう考えを持っていたのですが、やっぱり時期が来なければ、うっかりやってやり悪くなっては困ると思って機会を待っていた処が、やっとこの機会が来たわけです。それで又アメリカに向ってやるのですから、日本の医学の方では一寸拳骨を固められないと思うのです。やっぱり神様は中々うまいですから、こういう工合にされたわけです。それで又アメリカが案外分るかも知れませんが、アメリカが分れば日本は分ります。それは舶来崇拝民族ですから、兎に角この反響は相当興味があると思います。
それから愛国心という事が今大分問題になってますが、それについて書いてみたのです。
御論文〔新しい愛国心〕 【註 栄光一八五号】
新しい愛国心
(「栄光」一八五号)
この愛国心という言葉ほど、世界共通のものはあるまい。どんな国でも、これを金科玉条としていない国は恐らくないであろう。日本に於ても終戦前までは、他国に見られない程の旺盛な愛国心が国民全般に漲っていた。その原因は、勿論天皇制の為もあり、天皇を以て国民のシンボルとし、現人神として崇め奉っていたのは、我々の記憶にも明らかな処であるが、それというのも、万世一系の天皇としての尊信が、国民感情をそうさせたのは勿論であると共に、一派の野心家や権力者輩も、教育に宣伝に極力煽って、自己の都合のいいように仕組んだのは誰も知る処であろう。その結果、外国にも見られない程の特殊的国家が出来上り、自称神国としてひとりよがりになってしまい、それ程の金持でもないくせに、我侭坊ちゃんのようになっていたのである。
その上、御用学者などという連中も、歴史的論理的に巧みに自尊心を昂めたのだから堪らない。忠君愛国思想は彌が上にも全国を風靡し、国民は何事も国の為、陛下の為として生命を犠牲にする事など何とも思わないようになってしまい、これが最高道徳とされていたのである。それが彼の敗戦によって見事自惚根性は吹ッ飛び、反って劣等感さえ生まれたのである。然もその際天皇の御言葉にもある通り、〝私は神ではない、人間である〟との宣言もあって、国民は驚くと共に、新憲法も生まれ、政治の主権は人民にあるという、日本にとっては破天荒とも言うべき、民主主義国家となったのであるから、全く開闢以来の一大異変であった。そこへ天皇の神位よりの御退位も加わり、識者は別としても、的を失った国民大衆の前途は暗澹となり、その帰趨に迷わざるを得なくなったのは誰も知る通りで、現在もそれが続いているのである。
それに就いて面白い事があった。終戦直後の事、私に会う人達は誰も彼も〝到頭神風は吹きませんでしたね〟と言い残念そうな顔つきなので、私はこういってやった。〝冗談じゃない、正に神風は吹いたじゃないか。君等は神風を間違えていたんだ。本来善を助け悪を懲らすのが神様の御心なのだから、日本の方が悪である以上、負けたのは当然である。だから、寧ろ有難い位で、お祝いしてもいいんだが、そうもゆかないから黙っているだけの事で、何れは分る時が来るだろう〟。これを聞いて彼等は〝よく分りました〟と言い、晴々として帰ったものである。
これによってみても、それまでの日本人は国家の事になると善悪などは二の次にして、只利益本位にのみ物を考えていたので、八紘一宇などという飛んでもない御題目まで唱えはじめ、自分の国さえよくなれば、他の国などどうなってもいいというようになり、これが忠君愛国とされて、馬車馬的に進んだのであるから、全く恐るべき禍根はこの時から已に胚胎していたのである。
以上によって考える時、愛国心と言ってもその時代々々に適合すると共に、善悪正邪の観念を根本としたものでなければ、国家百年の大計は立てられないのである。そこで私は、今後の時代に即した愛国心とはどういうものかを書いてみるが、最も分り易く言えば、それまでの日本は小乗的考え方であったのを大乗的に切替える事で、これが根本である。一口に言えば、国際愛であり、人類愛である。つまり日本を愛するが故に世界を愛するのである。それと言うのも、今日は一切万事国際的になっており、孤立や超然は最早昔の夢となったからである。従って、今後の愛国心を具体的に言えば、こうである。我々同胞九千万人の生命の安全を第一とするのは勿論、道義的正義の国家として、世界の尊敬を受ける事である。それに就いても、今盛んに論議されている再軍備問題であるが、これに対しては余程前から賛否両論相対立し、中々解決がつかないのは困ったものであるが、私から言えばさ程難かしい問題ではない。何となれば、実際問題として考えれば直ぐ分る。それは、『日本に対し侵略する国が絶対にないという保証がつけば、再軍備は止めるべしだが、そうでないとしたら、国力に応じた再軍備は必要である』。只この一言で分るであろう。
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