例のストライキですが、今日午前〇時に緊急調整令が出て、五十日間停止する事になったのですが、この根本は共産党がやっているわけです。というのは日本が再軍備をすると、これがソ連にとっては一番不利益なのです。それで軍備を造るには石炭と電力を邪魔するのが一番効果的なのです。そこでこれを狙ったわけです。ですから普通のストライキと違うのです。炭鉱鉱夫の要求というのはすばらしいもので、できない相談の様な値上げです。なにしろ七、八割り増しですから、そんな事はできるものではありません。そこで中労の中山という人なども骨を折っていろいろ折衝し、経営者の方は今までよりも相当賃金を上げてやっても、てんで応じないのです。最初のものから一歩も譲歩しないで、どこまでも無制限にやっているという事は、普通の賃金値上げという様な目的ではないという事はよく分ります。それは軍備に対しての妨害という事がはっきりしてます。そうして石炭と電力と、その次に邪魔するのは輸送ですから、交通機関です。それで最近になって国鉄が動き出したわけです。ですから石炭と電力と鉄道とをうんと妨害すれば、日本の軍備に対する非常な打撃になるわけです。そこをねらったわけです。それで、なにしろソ連の狙いどころは日本なのです。日本さえやっつけてしまえば、アジアというものを征服できるのですから、そこで極力日本の軍備を弱めるようにしてあるのです。そのために社会党左派の鈴木茂三郎などは、まるで社会党の仮面を被った共産党です。そうして、日本を極力軍備をしないで弱くする様にしているのです。弱くすると、ソ連が侵略する場合に楽ですから、ソ連が侵略しよい様にしなければならない、という日本の再軍備反対の連中です。あとは婦人が軍備反対しているという事は、これはそういった大局の事は全然無頓着で、自分だけの考えです。息子や亭主が戦争に行くと非常な悲劇を起すという事は、この間の戦争で懲りてますから、それだけの感情と自分の利益だけで反対しているのですからたわいない事ですが、とに角婦人の投票権というのは男より多いのですから、結果からいくと恐るべきものなのです。そういう様な意味がこのストなのです。そこでやむを得ず緊急調整令を出したというわけですが、これは本当から言うと少し遅いのです。政府があんまり遠慮しすぎるのです。怖がりすぎるのです。これはいろいろな事情があるでしょうが、結局、吉田首相の性格でしょう。つまりそういった面における胆力がたりないのです。それでこれについて、男気のたりないという点において、政治家というものは非常な不利益をしているのです。これは日本ばかりでなく、アメリカのトルーマンという人がやはり吉田首相と似ているところがあります。胆力がありません。思いきってやる事ができないのです。できるだけ太平無事にして、グズグズして、穏やかにおしつけるというのです。しかしそれも相手によります。殺人強盗の相手ができたら、それをなだめたりすかしたりしても仕様がないのです。そういう相手に対してはこっちも断呼(乎?)としてやらなければならない。つまり胆力がないために、こんどアイクが敢然と立たざるを得なくなったわけです。それで昨日あたりマッカーサーと面会する事になったのでしょうが、結局マッカーサーが最初に言った案より外に仕様がないのです。ところがトルーマンはそれを嫌ってああして左遷してしまったのですが、あの時マッカーサーの言うとおりにやれば、ずっと楽にいったのです。というのはあの時は北鮮軍をやっつけて、今や満州国境まで一気に襲うという時ですから楽にいったのです。それで今まで中共の方に時を稼がせたというために先方の力が増しましたから、前から見るとずっと骨が折れるのです。しかしこれより後れたら、先方はもっと軍備が固まるからもっと不利益なので、今度は思いきってやるらしいですが、そういう様な工合で、その時代によってまた形勢によって、大胆なやり方と柔らかいやり方と言いますか、その両方が必要なのです。ですから先の太平洋戦争の時のルーズヴェルトの様な思いきったやり方です。それから英国のチャーチルです。その点においてはスターリンも大したものです。そういう人たちが思いきってやったために、とうとうドイツはやっつけられたのです。日本もやっつけられたわけです。そういう様で、その時に応じてのそういったやり方がいろいろあるのです。ですから日本のストなども、もっと早いうちに緊急調整令を出して押さえてしまえばいいのです。火炎瓶問題も随分大騒ぎをやってましたが、あのときの法律の解釈で火炎瓶は爆発物とみなすかどうかと言ってましたが、爆発物をみなしてそれに対する非常に強い取締りを出したためにピタッとおさまったのですが、あれをみても分るとおり、相手の乱暴な奴などには、それをみて断呼(乎?)としてやらなければならない。それを政府が見のがしたために大きくなって、二進も三進も行かなくなって、それでやっと緊急調整令を出したという事は、どうも手ぬるいという事が言えるでしょう。それで又話は違うが、アメリカのアイクが、ここで近近に相当思いきった作戦をやるらしいですが、只大きくやると英国はじめヨーロッパの方の国連軍が非常に反対するので、できるだけ戦線を拡げないという事を建前としてやるという事になってますが、しかし戦争が戦争であり相手が相手ですから、そう御注文どおりにいくかどうかは甚だ難かしいのです。最初のうち、は(うちは、)北鮮に向って三十八度線から或る所まで進撃するという作戦のようです。それで今の戦線は二百二十キロで、もう一歩進むと百キロの戦線になるのだそうです。そうすると防衛が非常に楽なのです。それを第一の目的としているらしいです。しかしそう御注文どおりには行くまいと思います。先方もなかなか準備ができて来た様ですから、下手にまごつくと、一旦進んでも押返されるかも分りません。ですからマッカーサー元帥の最初の作戦の様に満州爆撃と沿岸封鎖という作戦をとらざるを得なくなります。それで満州爆撃をやるとすると、戦争は中国全土に拡がったのと同じです。それで今日マッカーサーは台湾に行くという外電があった様ですが、この前の時も会いましたが、それは勿論蒋介石に会うためです。そこでどうしても戦線が支那全土に拡がったら、国府軍がいよいよ進撃の挙に出るだろうと思います。その結果において中共がやっつけられて、蒋介石が再び中国全土を攻略するという様になるのではないかと思います。
それで神様の方から言ってもそういう風になっているわけです。どういう訳かと言いますと、今度紅卍字会が私の方に援助を頼んで来たのです。この紅卍字会というのは前に天津に本部があったのです。それで信者は北の方が多かったのです。特に満州は一番多かったでしょう。ところが中共政府ができてから、一たまりもなく追払われたのです。それもなかなか危険なくらいで、幹部の者で相当犠牲になった者があるのです。ですから命カラガラ台湾に逃げたのです。それで台湾で活動しようとしたところが、なにしろ蒋介石の政権は全然アメリカの厄介になっているので、キリスト教以外はどうもまずいのです。ですから蒋介石の部下で主なる人はクリスチャンになっているのです。ですから他の宗教が運動するという事は非常にいやがるのです。そこでどうも工合が悪いのです。そうすると扶乩ですが、これは皆さんに見せますが、扶乩によって日本の新宗教と提携してやれという様な事が出たので、何時かも話したとおり、最近静岡県の清水に三五教というのがありますが、そこの幹部に前の南京領事をしていた林出という人がいます。その人が紅卍字会とよく知り合っているので、先方から招かれて行ったのかどうか知らないが、台湾に行って話合った結果先方でも扶乩が出たりして、こっちに来て新宗教といろいろ提携してみたところが、大体紅卍字会の事を知っている宗教というのが、私の方と生長の家と、それから今の三五教です。これは元大本教信者であったからで、外にはありません。というのは大本教は以前紅卍字会と提携して、相当行き来をして、日本にも弘め様とした事があったのです。そのうちに、あの大本教事件によってそれは駄目になったのです。ですから私も一時は紅卍字会の会員になっていたのです。それで私が麹町で大本教の分所を経営していたので、そこで扶乩などもしたのです。扶乩というのは初めての人には何がなんだか分らないでしょう。説明も難かしいのですが、今に小田原の別院でやらせますから、見て貰えば分ります。これは神様の在る無しを知らせるには最もよいのです。目の前で神様が在るという事が分ります。私はこれを何時か日本人にも見せたいと思っていた事があります。そういう訳で、今度是非私の方に援助をして貰いたいという申し込みがありましたが、小田原の別院が扶乩をやる様な場所に丁度おあつらえになっているのです。それをやるについて、紅卍字会のそれをやる係りの人と、やはり扶乩によって誰がやれという命令が出るのです。そういう人が三人あるのです。それもこっちに来て泊る場所が欲しいと言う。ところが小田原の別院に丁度いい別棟があります。それは神様が用意してあったのです。それは約二十年ばかり前に、そういうお知らせがあったのです。私はその時期を待っていた訳です。これは今にもっと詳しく書いて「栄光」に出します。とに角そういう様で、紅卍字会と提携と言いますか、この間先方で三五教の人が二人、紅卍字会の中国人が三人ばかり来て会ったのです。それで私の方も提携はするが、しかしまだ時期が早いからもう三年ぐらい先でなければ駄目だ、それまではつなぎの程度に御援助しよう、という事になっているのです。先方は中国の方は塞がっているのでもう駄目ですから、日本で弘めたいというつもりなのですが、結局において紅卍字会は中国を救う宗教になるのです。それは私の指図によって中国を救うというのが神様の方の目的なのです。しかしいまは時期がそこまでいってないから、時期を待つより外に仕様がない。それはどういう訳かと言いますと、中国は、今はそういう宗教宣伝などはできないのです。それは丁度日本と同じで、私が以前から宗教をやりたいと思っても、終戦前はてんでどうする事もできなかった。それで仕方なしに浄化療法という民間治療でやっとやっていた様な訳で、宗教的な事は全然駄目です。それが終戦と同時に信教の自由が許されるというわけで宗教団体をつくったのです。いずれ中国も、アメリカが日本にしたと同じ様に、大いにアメリカの民主政治が施かれる様になるだろうと思います。そうして信教の自由が許されて、それからが本当の仕事ができるわけです。つまり宗教的の仕事ができるという事になるだろうと思います。そう考えると、やっぱり結局は中共がやっつけられて蒋介石が政権を握って、それをアメリカが援助するという、日本と同じ様な形になるだろうと思います。それにはまず三年くらいたたなければならない。早くて二年、とに角二、三年は混乱状態が現出すると思います。大体そういう経路をとっていくだろうと思いますが、とに角日本も今の扶乩によってインテリが相当分って来ると思います。これはインテリの無神論者に見せるには最もよいのです。われわれの方では今まで神の在る無しは、病気なおしと奇蹟が一番の武器でしたが、それには相当暇がかかります。扶乩を見ると、何もないのに一人で棒が動いて字を書くのです。どうしても神様がやるとしか思われません。大体そういう様な意味で、来年からはそれが大いに役立つと思ってます。
話はそのくらいにしておいて、信仰とストライキという論文を書いたので読ませます。
御論文〔信仰とストライキ〕 【註 栄光一八七号】
信仰とストライキ
(栄光一八七号)
今時局問題として、国民大衆が最も脅威を受けているのは、炭労ストと電産ストであろう。これを解決しようとして、政府は固より、中労委などが種々の打開策を講じ、懸命になっているが、どちらも意外に強硬で容易に解決の方向に進まず、前者は五十日以上、後者は七十日以上に及んでも、依然として何等曙光を認められないのは困ったものである。これが為国家が蒙る直接の損害は一日数十億に上るというのであるから、間接の損害も加えたなら、驚く程の数字に上るであろう。
では、一体この原因は何処にあるかを考えてみるまでもなく、労務者の方は少しでも賃銀を多く得ようとし、経営者の方では少しでも少なくしようとし、両者の欲の衝突がこうなったのは言う迄もない。それが為大多数の国民が犠牲にされ、苦しんでいる。この事実に対し、彼等は目を塞いでいるのであるから、寧ろ許し難いと言ってよかろう。つまり、自分さえよけりゃ他人の困ることなど構わないという、利己一点張の考え方である。としたら、早晩この問題は解決を見るとしても、何れは再び起るのは間違いないから、このような忌わしい問題は一日も早く打切りにしたいのは、誰もが念願する処であろう。ではそれに対し徹底的手段はありやと言うに、大いにあることを告げたいのである。それは何かと言うと、勿論信仰心の培養であり、それ以外絶対ないことを断言するのである。にも拘わらず今日如何なる問題に対しても、信仰以外の手段のみに懸命になっているのであるから、全く的外れで、効を奏しても一時的膏薬張であるから、何れは再発するのは勿論で、丁度医学と同様である。右のようなわけで、政府もジャーナリストも指導階級にある人も、信仰などはテンデ問題にせず、唯物的方法のみで解決しようとするのであるから、その無智なる言うべき言葉はない。
そのようなわけで、今仮に私の言う通り労働者も経営者も、正しい信仰者が大部分になったとしたら、果してどうなるであろうかを考えてみて貰いたい。勿論信仰の建前は利他本位であるから、労働者は誠意を以て事に当り、経営者の利益を考えるとともに、経営者の方でも出来るだけ労働者の福利を考えるから、共存共栄の実が上り、両者が受ける利益は予想外なものがあろう。勿論愉快に仕事も出来るから、能率も上り、自然コストも安くなるので、事業は繁栄するし、しかも輸出方面も盛んになるから、国家経済も大いに改善され、税金も安くなり、生活も楽になるのは勿論であるから、病気も犯罪者も減り、四方八方よくなるばかりで、日本再建などは易々たるものである。その結果、世界各国から模範的平和国家と崇められるのは必定である。
以上のような夢物語にも等しいようなことも、決して難かしくはない処か、かえって容易であるのは常識で考えただけでも分る筈である。しかもこの根本は心の向け方一つで実現するのであって、要は実行である。とすれば、この説こそ何と素晴しい福音ではなかろうか。では何故今日までそんな簡単なことが分らなかったかと言うと、人間の心に内在している野蛮性である。何しろ人類は文明になったと言って威張ってはいるが、それは形ばかりで内容は右のごとくであるから、争闘は絶えないのである。そうして、野蛮性とは言う迄もなく獣性であって、彼の獣が一片の肉を奪おうとして、歯を剥き、牙を鳴らして、取合をするというこの性格がそれであるから、極端な言い方かも知れないが、現代の人間は、右の如き獣性の幾分が文化面の蔭に残っているのである。昔の諺に〝人面獣心〟という言葉があるが、文明になった今日でもこれだけは依然たるものである。
従って、本当にこの社会からストを無くするには、どうしても宗教を以て獣性を抜く事で、これ以外根本的方法はあり得ないのである。この意味に於て、我が救世教の建前としては、人間から獣性を抜くことであり、人間改造であって、これこそ理想的文化事業とも言えよう。処がこの真相を知らない人達は、本教の内容を検討もせず、単なる迷信として片附けてしまうのだから、この人達こそ、誤まれる既成文化を有難がっている盲目者と言うより、言いようがない。それについて、私が今書いている著書であるが、これは前記の如く、今日迄の外形内貧の文明を揚棄し、当然生まれるべき真文明の設計構想を指示したものであるから、完成の暁、全世界の有識者に読ませ、大いに啓蒙せんとするのが目的である。
それからこれは大した事ではないが、話を聞く時に咳をする人がありますが、咳は出るのですから我慢しなくてもいいが、その時はハンカチをあてるとよい。話をしている時に咳をすると、咳のために話が邪魔されますから、そこでその音を少なくするために、ハンカチをあてると音がずっと少なくなります。それから、アクビが出たいのは、これも仕様がないから、やはりハンカチで塞ぐとよいです。開け放しでやるとみっともありません。救世教信者もよいが、まことに礼儀がないというのではいけません。やはり行いも大事です。これは小さな事の様でも、そういう事はやはり注意するというのが本当です。
時間があんまりありませんが、一寸おもしろい論文を読ませます。
御論文〔本教信者の幸福〕 【註 栄光一八八号】
本教信者の幸福
(栄光一八八号)
本教信者の御利益は余り大きく素晴しいので、つい馴れっこになり忘れ勝ちなのは誰も経験する処で、今更かくまでもないが、それでも気附かない点も色々あろうから、ここにかくのである。今日人間生活上何が怖いといって、病気程怖いものはあるまい。という訳で、医者や薬を頼りにしていない人は恐らく一人もあるまい。例えば一寸した風邪を引いても、熱が出る、大儀だ、食物がうまくないという一般症状の外、ヤレ胸が焼ける、胃が悪いのではないかと心配し、一寸腹が痛いとか下痢などあると、硝子か瀬戸物のように、腸が毀れたのではないかと首を傾げるし、少し急いで歩くと息切れや動悸がするので、心臓が悪いのではないかと案ずる。頭痛、頭が重い、眩暈がすると脳の病気ではないかと煩い、目から悲しくもないのに涙が出たり、目が疲れたりすると、眼病の始りかも知れないと気を揉む。鼻が詰れば蓄膿、臭いが鈍いと肥厚性鼻炎、咽喉が痛く熱が出ると扁桃腺炎、頸肩が凝ると風邪の前触れ、手足の運動が思うようでないと脊髄が悪いのではないか、少し歩くと足が重くなるので脚気かと心配する。かと思うと肛門が痛い、脱肛すると痔だなと顔を顰める。小便の時尿道へ滲みるとか尿に濁りがあると腎臓結核ではないかと思うのである。というようにザットかいただけでもこのくらいだから、細かにかいたら限りがない。このように今の人間が病気に対する不安神経質は極端になっている。
まだある。それは黴菌の心配である。一寸風邪を引いて愚図愚図しているとコジれて、咳や痰が毎日のように出るので、若しかすると肺病の初期ではないかと不安になり、そう思ってみるとこの間肺病の友達を病院へ見舞に行ったその時うつったのではないか、でなければ自分の兄弟や父母の内結核で死んだ人を思い出し、或は遺伝かも知れない。手後れになっては大変だから一度診て貰おうかとも考えるが、だが待てよそれも考え物だ、若しかして結核の烙印を捺されたが最後、仕事も出来ず勤めも駄目になる。とすれば第一生活をどうする。しかもそうなったら妻や子にうつらないと誰が言い得よう。アア俺は大変な事になったものだ。というようにそれやこれやの心配で、夜もろくろく寝られなくなり、憂欝に閉じ込められてしまう。そうして誰もそうだが結核に関する書籍を漁り始め、読み耽るようになる。処が結核は必ず治るとかいてあるかと思うと、それは表面だけで、その実恐怖せずにはおれないよう、微に入り細に渉って科学的に説明してある。何しろ現代人は科学とさえいえば無条件に信用するのであるから、読めば読むほど心配は増すばかりである。そうかといって治るにしても何年かかるか分らない。しかもその間絶対安静と来ては何も出来ない。なる程少しの間は貯金や病気手当、保険等で続けられるが、それから先が大変だという心配が離れない。その上医療費も相当かかるから、余程の余裕ある人でない限り、一般の人は病気の心配に輪を掛けるので、二重の悩みとなり、悪化に拍車をかけることになる。
処が結核ばかりではない。近頃のように色々な伝染病の流行である。偶々激しい下痢が起ると赤痢の始りではないか、風邪も引かないのに発熱が続くのはチフスではないかと心配する。特に子供などで元気がなく、生欠伸が出たり、眠がったりすると疫痢ではないか、日本脳炎ではないか、強い後を引く咳が出ると百日咳ではないか、咽喉がヒューヒューと鳴るとジフテリヤ、歩き方が少し変だと小児麻痺か脊椎カリエス、ボンヤリしていると智能低下、太らないと腺病質、眼がクシャクシャするとトラホーム、その他脱腸、食物の好き嫌い、癇癪持など数え上げたら限りがない。
次に近頃の婦人は月経不順、月経痛、白帯下、子宮前後屈、ヒステリーなども多いと共に、妊娠すれば悪阻や妊娠腎も多く、外妊娠、逆さ子、早期出産などもよくあるし、又一般人としては船車の酔い、不眠、耳鳴、鼻詰り、近視、乱視、便歩、消化不良等々、その他名の附けられないような病もあるのだから厄介である。というように今日どんな人でも、大なり小なり何等かの病気をもっていない人は殆んどあるまい。としたら四肢五体完全な人間は、地球上只の一人もないといっても過言ではあるまい。では一体これが人間たるものの常態であろうかということを深く考えてみなくてはなるまい。本来造物主即ち万能の神としたら、この様な不完全極まる生物を造ったとはどうしても思えないのは分り切った話である。それだのに今日の如き毀れ物同様な人間ばかりになったとしたら、其処に何か大きな誤りがなくてはならない筈である。
そうして又、昔から人間には四百四病の病があるなどといわれているが、現在はもっと増えて千何百という数に上っているそうだから、全く摩訶不思議である。しかもこれで医学が進歩したと誇っているのであるから、全く頭がどうかしているのではないかと言いたくなる。この原因こそ現代医学に一大欠陥があるからで、病気なるものの真の原因が全然分っていず、療法も知らないのであるから驚くべきである。では一体病気とは何ぞやというと、答は至極簡単である。それは体内にあってはならない毒物の排除作用の苦痛であり、毒物とは薬であるから、病気程結構なものはないのである。このことが肚の底から分りさえすれば、病気を心配する処か風邪引き結構、腹下し結構、黴菌は有難いものという訳で、事実病気の度毎に健康は増し、終には黴菌が侵入しても発病しないという健康者になるのは勿論である。としたら何と有難い話ではなかろうか。何よりも事実がよく証明している。本教信者になると前記の通り病気は段々減り年々健康になるのである。ただし稀には死ぬ人もあるが、その人は薬毒が余りに多いため、その排除に暇がかかり衰弱のため斃れるのである。といってもそれは極く僅かで、現在までの統計によれば、結核患者は百人中九十三人が全治し、七人が失敗であるという素晴しい成績である。以上の如く本教信者になれば、如何に幸福者となるかは、多くを言う必要はないであろう。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.

-1-scaled-2.jpg)