救世教も今までは長い間、邪神との戦いだったのです。それでやっと、戦いなら勝ち戦さの時期に一歩はいって来たという形なのです。それでこれからだんだん勝ち戦さになって行きますから、日がたつに従ってだんだん発展して行くという時期になって来たわけです。
今度の「結核信仰療法」は原子爆弾です。つまりこれに対して向うではこれを防ぐ武器がないのです。従って大きな問題になるだろうと思ってます。たとえてみれば〝医学が結核を作る〟という事や〝結核は感染しない〟というそれだけでも、医学としたら大変な事を言われたわけです。だから、若しそう言われて黙まっているとしたら認めた事になりますから、どうしてもそれに反駁しなければならないのです。そこで反駁するにはあれを壊すだけのそれだけの理由を作らなければならないという事になります。ところがおそらくその理由を作る事はできないわけです。というのは百の例を見れば、もうどうする事もできないのです。あれは事実であって、〝このとおり本人が言うのだ〟というのを百も並べてあれば、こっちの説を反駁するという事は到底できないのです。反駁できないから黙まっていなければならないが、黙まっていれば承認した事になる。ですから若しあの説が世の中に拡がって行くとすれば、医学は当然カブトをぬがなければならない事になります。そうすると大問題です。そこで何とかしなければならない……何とかするどころではない、どうしてもこれを防ぎ止めるか、救世教をやっつけなければならないという事になります。そうかと言って、やっつける方法はないというジレンマに陥ってしまって、だんだん医学の方は押されて行きます。アイゼンハウアーではないが、押し返し、巻き返し状態になって行きます。そうすると政府でも放っておくわけにはいきません。これはどっちかに旗を挙げなければならないという事になります。そうすると今まで政府が援助して来て、今もって大いに奨励し援助している医学が形無しになっては、政府の面目にも関わるから、どうしても救世教をやっつけなければならない、と言ったところで全然歯が立たないのです。丁度子供が横綱に向う様なもので、全然勝ち目がないのです。そこで何うするかという事は興味ある問題です。まあ、いざとなれば私が大病院に行って大勢の患者をやってやり、目の前で見せてやります。それから博士などが束になっての質疑応答を、私が直接やってやり、良く説明してやります。そこまで行けば結構です。丁度マッカーサーがミズーリ号の上で講和条約をする様なもので、医学の方は日本で、私の方はアメリカというわけになります。そうなれば無条件降伏です。結局そこに行くより仕方がありません。そこに行って始めて人類は救われて、病なき世界ができるのです。こっちには神様がついていて、原子爆弾を持っているのです。ソ連にも原子爆弾はありますが、医学の方には原子爆弾はないのです。ですから戦争よりもこっちの方がもっと勝ち目があるわけです。ただそこに行くまでに一波乱あるだろうと思ってます。大変な問題になります。日本だけでもそうですが、こっちは日本だけでなく世界中をやるのです。「結核信仰療法」の広告に〝医学への挑戦〟という事を書いてあるが、私は遠慮してそうは書かなかったが、誰かが書いたのでしょう。しかし書いてみれば、嘘ではないので本当ですから、そのままにしておきました。確かに挑戦なのです。神と悪魔の戦い、正邪の戦いです。これで勝てばミロクの世になり、負ければ魔の世界になります。しかし向うは九分九厘でこっちは十ですから、無論勝つに決まってます。そういう様で、大変な問題を提供したわけです。
それからこの次のは、今編集してますが「救世教奇蹟集」です。それは、こっちは医学ばかりではない、あらゆるものに対してもこのとおりだ、原子爆弾でも平気だ、という事まで書いてあります。奇蹟を今読み返してみますと、随分すばらしいものです。だから結局において世界の文化革命です。勿論自然農法も大変な爆弾です。まあ平和の爆弾です。やっぱりこっちでやる事も戦いですが、ただ人間を殺す様な武器を使うのでなくて、人間を助ける武器ですから大変なものです。そういう様でいよいよこれからこっちは素晴らしい武器が出来て、つまり今までは守って……守勢派ですが、今度は積極的に敵に向って大攻撃を始めたのです。そういうわけでいよいよ面白くなって来たと言いますか、非常に張合いがあるのです。今まではギューギュー押さえつけられたり、叩かれたりして長い間苦しんだが、それが逆になって来たのが今年からです。ですから大いに発展するわけです。
今樋口さんがハワイで活動してますが、非常に成績が良く、面白い様に信者ができるのです。それで来月あたりからアメリカのロスアンゼルスを基本としてやる事になってますが、アメリカが又面白いだろうと思います。ただアメリカでは割合医学よりか宗教で、カトリックが非常な勢いですから、信仰的ばかりだとなかなか大変ですが、こっちは医学の方に重きをおいてやりますから、その点はかえって良いだろうと思います。それで向うの方で救世教というものは如何なるものかという事が相当に分れば、それはすばらしい発展をします。そうしていよいよとなればカトリックに向って一挙に頭を下げさせる方法があります。それは日本の医学などとは比べ物にならないほど事が大きいのです。それはこの次のお楽しみとしているわけです。
それでこれから出る本は「自然農法解説書」と「救世教奇蹟集」と「医学革命の書」ですが、「医学革命の書」は全般的の病気に対する解説ですが、前にも「天国の福音」「明日の医術」などで書きましたが、今度はもっと思いきって分りよくしました。前には思い切ってかけなかったので大分ぼやかした点がありますが、今度ははっきり書きます。病気に関した事は、つまり分らせるだけの仕事はできるわけです。それからその次には、政治、経済、教育という方面もだんだんやって行きますが、これはずっと楽です。一番の問題は医学なのですから、これさえ相当にコナしてしまえば、後の方は人間が健康にさえなれば楽なのです。
昨日もざっと話をしましたが、教育の事を簡単にお話すれば、救世教でいずれ学校を作るつもりです。ただその学校のやり方が、世の中でやっているのと違うのです。根本は年齢ですが、十二から教育させるのです。それで小学校が三年、中学が三年、大学が三年で、九年で卒業です。それで十二になってから教育をすると非常に頭が良いのです。少なくとも今までの子供の倍くらいは大丈夫です。九年で充分覚えられます。というのは、今は早期教育と言って、小さい子供からだんだん教育するのが良いとしてやってますが、そのために近頃の子供は、まるで大人の様な事を言ってます。昔の小学校の子供が青年になった時のような事を言ってます。社会課(科?)とか言って社会の事もなかなか良く知っている様です。われわれはラジオとか新聞で見ますが、小さい子供の言う事が、親父よりもっとませた事を言うのです。それは丁度こういうわけです。子供を早く大人の様にする、大人のレベルにするほど良いと思っているのです。だからまず、今は子供の大人を作る様な教育です。そうするとこれが頭だから良い様なものの、これを肉体とするとどうかというと、十か十一から重労働をさせる様なもので、そうすると体の発育が止まってしまうのです。だから小さくして大人の様になってしまうのです。これが一番よく分るのは柔道です。私もやった事がありますが、十五才以下はやってはいけないと言われているのです。ですから柔道の先生は、横は広いが背は割に低いのでも分ります。そういう様で頭を酷使する事になるから発育が止まるのです。今の人間は非常に頭が悪いのです。学校の試験勉強とかいろんな事で非常に苦しむのです。頭が良ければあんなに苦しまなくて良いのです。それは早く頭を使い始めるので、頭の働きが悪くなるからです。そこで学校の成績も悪くて苦しむのです。それよりか、十二くらいまではぼやっとして遊ばせておいて、それからやると非常に頭が良くなるのです。それで頭が良いと短期間でどんどん済みます。そういう事に気がつかないで目先だけなのです。丁度薬や何かで病気をなおそうとするのと同じです。どうも今の文化というものは一時的で、手取り早くやるというやり方です。教育までがそうです。ですから今の人の頭の働きというものは〝上面利巧の芯馬鹿〟という事になります。昔の文化の進まない時は上面はぼんやりして馬鹿ですが、しかし奥深い利巧さがあります。だから美術品などを見ると、古い物の方がずっと良いです。今の美術品は悪いというのはそういう所にもあります。昔の人は深さがあるのです。
宗教でも、今新しい宗教の説を唱える宗教家、学者はないのです。皆古い釈迦とか孔子とか、日本では親鸞上人の嘆(歎?)異抄とか、日蓮上人の御文書とかの古い物を引張り出していろんな解釈をしてますが、若し人間が進んでいるとしたら、もっと新しい物が出るはずですが、そういうのはないので、古い物の解釈をしているのです。又そういう古い物を解釈する学者が偉いとされているのです。それは上面は偉いに違いないです。そこで救世教のやるのは上面でなく、昔の人がやった事より、もっと深い所をついているのです。医学、農業でもそうなって来るわけです。外の宗教というものは本当から言うと古いのです。古い物を一生懸命にやっているのですから、新しい点はないのです。ですから新宗教というのは救世教だけなのです。外の宗教よりか新しいから新宗教と言うのですが、外のは新宗教と言っても、やる事は古いのです。古い開祖の教えを取上げるという事を非常に良いとしているのは如何に古いかという事が分ります。ですから私が何時も言うとおり、今まで誰かがやった古い事はやる必要がないのだから、私がやる事は誰もやらない事だけをやるというのはそういうわけです。名前は忘れましたが、イギリスの学者でうまい事を言ってます。今でも覚えてますが、〝大衆は墳墓に支配されている。それで墳墓に支配されない人間は上手な偉人だ〟というのです。ちょっと面白いと思います。今の外の宗教は墳墓に支配されているのです。それで私はその墳墓に支配される事をしないで、墳墓から抜け出るわけです。新しい墓と言っては変ですが、これから新しく作る墓でしょう。そういう様にして文明は進んで行くのです。だから墳墓に支配されている人の中にはいって、こっちが支配されないと、墳墓連中が非常に何だ彼んだと言うのです。新しい先駆者というものは必ずそういう悩みがあるのですが、これは仕方がありません。しかしガリレオやコペルニクスの様に自分が生きているうちにそれが肯定されないで死んでしまうのは気の毒ですが、こっちにはそういう事はないのです。実際においてそれだけの効果を現わしてますから、それだけ良いのですが、新しい事を皆に承知させ、その墳墓の支配者から、その支配の力を薄くするという仕事です。ですから大変な事なのです。しかしそういう事は、すばらしい神様の力でやれば、大変な事でいて割に楽に行くのです。その話はこのくらいにしておきます。
それから美術館は、箱根の宿屋や登山電車の方で早くやってくれと言って頼みに来るし、それに外の人達も非常に希望しているために、四月二十一日からやる事にしました。できるだけ去年とは変え様と思ってますが、丁度西洋の古美術品が大分手にはいったのです。これも不思議なのです。私は全然そういう事を考えていないのですが、そういう物が自然に集まって来たのです。それで私はこれは神様がこういう美術品を並べろという事だと思ったのです。エジプト、ギリシャ、ペルシャ、インドなどの物ですが、これはなかなか無い物だそうです。特に日本には無いのです。そういう物が不思議にはいって来るのです。これは神様がやられているのですから当り前です。しかも日本にはそういう物を陳列している所はないのです。博物館でも、どういうものかそういう物には手を出さなかったのです。今は博物館も後悔している様ですが、博物館はどこまでも国立で日本の美術という物を主にしてます。それから外の美術館にしても日本には全然ないのです。だからこれは非常に面白いと思います。私も近頃興味を持って来ました。一室だけはそういう美術品にするつもりです。それから六月一日から浮世絵展をやりますが、浮世絵も又すばらしい物が集まったのです。これも去年の美術館が終る時分から集まったのです。これもこの前博物館の方で調べに来て、私の方で不足している物は博物館の方で貸すそうですから、随分充実してます。今までの浮世絵展では一番だろうと思います。それに丁度別館が出来ますから、別館はそれを専門に飾るつもりです。それから本館の一部も使います。社会でも箱根美術館というものを認めて来てますから、去年は大分少なかったが、今年は大いに増えるだろうと期待してます。
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