今選挙戦が盛んで、頻りに公明選挙という事を言われてます。この公明選挙と言ったところで、神様が在るという事を知らなかったら何にもならないのです。この前の公明選挙の時も、以前よりかえって悪かったのです。そこでその事を書いてみたのです。ことによると日日新聞にも出すかも知れません。真面目に書いても興味を引かないから、ちょっと面白く、興味本位に書いてあります。それを読ませます。
御論文 〔公明選挙を嗤う〕
公明選挙を嗤う
(昭和二十八年四月五日)
ズル族が多すぎる
まだ半年経つか経たないうちに、又々総選挙とてきは、国民もやりきれたもんじゃない。たった半年の間に、政府は、国民の信任が減ったかどうかを試してみるんだから、結局国民は試験台にされる訳だ。この原因は、何といっても、例の馬鹿野郎問題だろう。仮にも総理大臣たるものが、こんな野卑な言をはくのは怪しからんと、反対党の連中が、鬼の首でも取ったようにワイワイ騒ぎ立てた事と、自由党は自由党で、按摩の流儀じゃないが、内輪揉めは、吉田流でも始末がつかないと見え“エー面倒臭え、政権は解散だけのことさ”と脅したが、一向埒があかないので、とうとう引込みがつかず、解散総選挙となったわけだ。こんどの総選挙の動機は、馬鹿野郎の一言なんだから、この馬鹿野郎の一言が政府を解散し、国民全部を動かすことになるから、政府を未だかつてない、大した馬鹿野郎と思うのはこの私ばかりではあるまい。
さて、ここで私がいいたいことは所謂公明選挙の看板の事だ。前の選挙のとき、この看板を観たときこれは甚だ結構だ、この看板通り選挙をやって呉れるなら、国全体が少しは良くなるだろうと思ったが、看板のなかった時よりも、更に悪いので全くアキレてしまった。だから今度の選挙でも当にはならないから、まあただ見物をしているだけだ。こんなことをいうと、不思議に思うかも知れんが、つまり候補者も選挙みん、ズルイ奴が多すぎる。このズル族の根性骨を叩き直さなきゃ駄目だ。いくら新聞やラジオで面白くもない御説教をやっても効果がないし、街中大声で名前を怒鳴ったり、又チンドン屋式の大風呂敷宣伝をやってみたところで、うるさいだけの話で、何んにもなりゃしない。こんな総選挙の方法だから、今いったズル族がばっこすることになる。現ナマ御馳走攻めの魔薬で、善良な選挙民をナマコにする。
食えない代物“運動員”お偉方には信心が足りぬ
何故こんなことをするかというとズル族の根性は、麻薬を呑ましても又美味い汁を吸っても、巧くやりさえすれば、誰にも知れずに、済むと思うわけだ。更にあの運動員と称する輩は酢でも蒟蒻でも食えない代物なんだからまったく手に負えない。こんな例はまだたくさんあるが、この汚いボロを隠すには、公明選挙の看板も、とんだところで役に立つらしい。つまり肥桶の蓋になる訳だから、全くお臍が茶を沸かすといいたい。とにかく今の世の中は、人の目さえゴマ化せば、いいと思う小利口者が多いから、さの料簡にヤキを入れない限り、公明選挙も蜂の頭もない。
さてヤキを入れる急所はどこにあるかというとこの世の中には神様がチャンと御座るという事だ。このことを肚の底に叩きこんでやると、たとえ人間の目はゴマ化せても、神様の目は御見通しだからゴマ化せないという事が、ハッキリ分るので、そこで始めて文字通り公明選挙となる。こんな解りきった事さえ理解出来ないお偉方が、上に立って威張っているんだから“可哀想なのは正直末法の善人達”という次第で、昔から上の好むところ、下之に習うという言葉通り上も下もろくでもない人間共が、ウヨウヨしているこの娑婆だから、上は増収賄、買収、ペテン、汚職等々、下は強盗、殺人、窃盗、詐欺、横領、空巣、掏摸、万引など数え切れない程毎日の新聞を賑やかにしている。しかもこれが氷山の一角なんだから唖然としてしまう。これももとはといえば無神、迷信の為なんだから之に気が付かない限り、公明選挙も口先だけのお題目になる。
最後に一ついいたい事がある。アイゼンハウワー、トルーマン、マッカーサーなどの講演にしても、必ず神という言葉が入っている。ついこの前、アイゼンハウワー大統領就任式の際、大統領が聖書の上に左手を載せて誓った光景を見た時、何んともいえない感に打たれた。アメリカの繁栄と、平和維持のための、烈々たる気魄はここから出たものに違いない。とすれば少くとも、この人達は、神のあることを認めているわけだ。之に比べ日本の御歴々は、いつの演説でも神の言葉など薬にしたくもいったことがない。日本の政治家連も、神の言葉を口に出すようになれば、始めて公明選挙の実もあがるというものだ。
時局問題ですが、今世界中を騒がしているのは、ソ連の平和攻勢です。ところがこの平和攻勢を非常に喜んで、特にヨーロッパ方面などでは今にも平和が来るように、新聞などにも出ているようです。ところがソ連及び中共の意図は、前にも休戦会談がずっと続いてありましたが、一時進行不可能になって無期休戦会議になりました。それが再び開かれたという事は、やはり前の休戦会談の続きなのです。そうすると、何故続けなければならないかというと、やはり時を稼ぐためなのです。そこでソ連や中共の方でアメリカの様子をみると、アイゼンハウアーになって、今度は大々的攻撃に出るらしい、いろんな武器を日本に注文したり、台湾を解放したり、朝鮮では韓国軍の兵隊を多くして猛訓練を始めた、おまけに国民軍などが上陸作戦の演習を始めたりして、そこで今そういうように攻撃されては中共軍が危ぶないのです。そこで準備が完成してないから、もう少し延ばさなければならない。そうして又、中共がへたにやられると、ソ連が大いに手伝わなければならないから、それも大変だから、ソ連の方の準備ももっと出来なければ、まだ危ぶないからというので、ソ連が手伝って朝鮮の戦争を延ばすというのが根本なのです。だからそれがために平和が何うという事はないのです。つまり表面は大いに平和攻勢に見せかけて、そうして腹の底は、朝鮮の戦争を延ばすという、要するに時を稼ぐという事が一つと、もう一つはヨーロッパ方面が大分軍備を固めているので、これを崩してやろうというので、大いにヨーロッパ方面にも呼びかけて安心させて、軍備を緩めようという、やはり一種の時稼ぎです。それを狙っているに過ぎないのです。
しかしアイゼンハウアーはそれを覚っているような工合で、非常に落着きはらって、言う事が冷静で、それに乗るような言葉はないから確かです。結局そういう訳で、なにしろソ連というのは世界を平和にするという肚は少しもないのです。いくらスターリンが死んでも、世界制覇の目的をやめるわけではないのです。ただいよいよとなるとアメリカと正面に向って戦わなければならないから、それには余程の準備が必要ですから、五カ年計画を続けつつ、敢(飽?)くまでも戦備を充実させているわけです。だから日本などもうっかり油断してはならないわけです。大体ソ連という国は伝統的に世界制覇が目的なのです。ただ前のロマノフ朝の時は、やっぱりそういった考えでやっていたところが、邪神の方では、もうそれでは駄目だというので共産主義を作って、レーニン、スターリンという順序でやったのです。今度は言わば三代目でマレンコフですが、しかしマレンコフも何うなるか分らないが、とに角ずっと続いてやっているのです。そのやり方は、人によって方法が違う訳ですが、それが根本ですから、それさえ知って居れば良く分ります。日本の政治家達は本当の商売人はなく、その日暮しですから、そういう根本を見破ってないから、年中フラフラしてます。だから何時なんどきチャンバラが始まるか分らないです。それでその一番のきっかけ(きっかけ?)としては、本当にソ連が平和政策をやるのなら、まず朝鮮から撤兵すべきです。そうして中共と蒋介石の方とは、まず中国を半分くらいにして両方で政権を握るというような案を持ち出せば、まず東洋だけは一時平和攻勢の具体化となりますが、おそらくそこまでの決心はつきかねるのです。たとえマレンコフの方でそう思ったところで、毛沢東が、中国全土を掌握したものを、その半分なり三分の一に分けるという考えには到底ならないから、どうしてもアイゼンハウアーの強硬政策によって軍事的に朝鮮から中共軍を追い払って、南北を合併させて、その次に中国の大攻撃をやるというよりしようがないわけです。
それから今度の「結核信仰療法」は大分売れるようです。これが将来なかなか問題になるだろうと思ってますが、その事をちょっと書いてみました。
御論文〔結核信仰療法について〕 【註 栄光二〇四号】
結核信仰療法に就いて
(栄光二〇四号)
私は今回発行した結核信仰療法なる著書に就いて、少しかいてみたいと思うが、これを読めば分る通り、全く現代医学に対する原子爆弾であり、挑戦状といっていいかも知れない。併し挑戦の言葉は宗教らしからぬ嫌な感じがするが、これも万止むを得ないであろう。というのは、このような著書を出さねばならない程に、医学の誤謬の為に大多数の人間が苦しんでいるからである。その為私が神から命ぜられている救世の必要上、人類不幸の原因としての凡ゆるものは、除去しなければならないからである。というのは現在文化の面に於て、真理にあらざるものを真理と信じている。それが災いの原因となっているのであって、特に医学の面に於て最も甚だしいのであるから、これを先に取上げたのである。その中での日本の悩みとしては、何といっても結核問題であろう。
著書にもある通り、現代医学が結核を作るという驚くべき説と、この裏附として数多くの実例を添えてあるに対し、初めて読んだ専門家も一般人も、愕然として到底信ずる事は出来ないであろう。事程それ程現代人は医学迷信に陥っているのである。しかしながら事実治された本人の手記である以上、一点の疑いを挿む余地はないのは勿論、如何なる学者と雖も、事実を否定してまで、自説を押通す事は出来まい。というのは絶対真理であるからである。
この著が天下に公表され、専門家が読むとしたら果してどんな感想が浮ぶであろう。全く革命的爆弾を打っつけられたようなもので、唖然として何等の考えも浮ばないであろう。何しろ長い間の医学迷信の虜となっている眼で見る以上、信ずる処ではないと共に反対しようもあるまい。何しろその理由も資料もないからで、ここに深刻なジレンマに陥ってしまい、空前の大問題とならざるを得ないであろう。私とてもこの様な大きな問題を起したくは毫もないが、私の使命たるや人類救済であり、その根本が医学の革命である以上、何処迄もその方針で進まざるを得ないという訳で、一度はこの問題に打っつかるのは、予め予期していた。という意味に於て当局も専門家も、私の説が段々分るに従い、重大問題として取上げない訳にはゆくまいから、その対策に如何に頭を悩ますかは想像に難からないのである。としたら問題解決は不可能であるから、容易ならぬ事態に立至るのは必然である。
しかもこの解決如何によっては、当然医事関係者中に、多くの犠牲者を出さねばならない事になろうが、事は人類永遠の生命に関する重大問題である以上、或程度の犠牲は止むを得ないのである。何しろ全人類の最大悩みである病が、これによって解決出来るとしたら、如何なる障礙も物の数ではない。その結果現代文明の一大転換が起るのは明かである。そうして面白い事には、彼の有名なコペルニクスやガリレオの地動説である。当時絶対信じられていた宗教上の不動説を、科学によって覆えそうとしたので、遂に大弾圧を受け、牢獄にまで投ぜられた。処が私の説も右と同様ではあるが、只立場が反対であって、今度は宗教が科学を覆えそうとするのであるから、この点大いに注目する必要があろう。
そうしてこの前代未聞の企画者こそ主神である以上、人間としてはどうにもならないのは勿論で、私と雖も神に操られているにすぎないのである。しかし神を認めない人の多い今日、人間の計画と思うであろうが、若しそうだとすれば、これ程科学の盲点を発見し、その裏附けまで出来るという事は不可能である。従って読者は既成観念を棄て、白紙になって精読すれば、豁然と目覚めるであろう。
四月八日はお釈迦様の誕生日ですが、この日に私は京都に行く事になってます。べつにそういう意味でなくても、去年も一昨年も桜の花時分を見なかったので、今年は桜の咲く時分にと思ったのです。それに嵯峨の近所には桜が多いそうです。昔から〝嵯峨野の花見〟という事を言われているくらいですから。それに間に合うようにと思って、七日まで面会ですから、次の日に行くとすると八日になりますが、よく考えてみるとお釈迦さんの誕生日になるので、これは大いに意味がなくてはならないと思ったのですが、やっぱり大いに意味があるのです。それは、いよいよ仏滅が近寄って来たので、とに角お釈迦さんの仕事をするわけです。それからいろいろな事がだんだん分って来ましたが、これは今はっきり言う事はできません。あっちに行って仕事を見れば分りますが、仏滅に対して神様は如何に巧妙なやり方をされるかという事が分ります。それで嵯峨という言葉は、言霊上「シャカ」という事になるのです。「シャカ」という事は「逆さ」という事です。ですから今までは逆さの世の中というわけです。それが今度本当に直るわけです。そこで逆さということは体主霊従だったのです。日より月の方が地位が上だったのです。太陽が隠れていたのです。それは夜の世界ですが、だんだん月が沈んで太陽が上に昇るというので逆さが直るわけです。ですからお釈迦様の教える時代は逆さであったのです。それで「サガ」という言霊は、昔から〝嵯峨の釈迦〟と言っているくらいですから、日本における仏教の元というわけです。ですからあそこには昔から釈迦寺があるのです。それで丁度今度の嵯峨の所は、釈迦寺のすぐ手前ですから、私が嵯峨に行ってお釈迦様の働きをするわけです。そこでお釈迦様はいずれ将来仏滅の世が来るという事を言われたとおり、いよいよ仏滅の世が来たのです。そこでお釈迦様は霊ですから、そういう仕事はできないから、やはり私がそういう仕事をやるというわけで、四月八日に行くようになったのです。それでは経綸は何ういうようになるかというと、それはいずれあっちに美術館を造りますが、或いは美術館が一番先になるかもわかりませんが、設計は大体頭に出来てます。来年あたりから始めるでしょうが、これは割合に早く出来ます。それから仏滅の経綸と言いますが、仏を滅ぼすのではなくて仏を救うのです。仏界を救うのです。つまり京都という所は、そういった意味でお寺が沢山あるのです。ですから奈良、京都と、これが日本における仏教の源地です。根本霊場と言いますか。そういうわけでそういう経綸があるのです。それでこれからあっちがだんだん始まって行きますから面白いのです。それに経綸は大分早くなりつつありますから、割合に早くなります。そうしてこれは割合に楽で、面白く行くわけです。
それから話は違うが、最近精神病が非常に多くなって来たのです。日本においてもそうですが、アメリカなどは特に酷いです。そこであなた方の方でも精神病をだんだん余計扱うようになると思いますが、精神病について、そのなおし方を詳しく話そうと思います。精神病は私の本に書いてあるとおり、つまり脳貧血が原因なのです。そこに霊が憑るのです。この一番の因は延髄です。精神病の者を見ると必ず延髄に固まりがあります。この固まりが溶けるに従ってはっきりして来るし、大人しくもなるのです。その次に横も関係がありますが、一番は延髄です。これは人によって左と右との片方が多いのです。それで精神病の最初は不眠が一番の原因なのです。それは右の方は延髄です。それから不眠に関係なく起るのは左の延髄の固まりが圧迫して起ると思えばいいです。それからよく頭がボーッとする人は左の延髄に固まりがあります。
それから、ついでに話しますが、目が悪いのは、左と右の延髄の真中の後頭部の所ですから、目の悪い人は其処を中心にやればいいです。これは実にはっきりしてます。目の急所は後頭部のちょっと下の所に必ず固まりがあります。そういう人は目が悪いのです。それから右の目の場合は左に固まりがあります。これは交換神経が頭を中心に交叉してますから、逆になるわけです。
それから鼻の悪い人は後頭部から一帯にずっと下まで毒の固まりがあります。丁度鼻の裏になるわけです。だから其処を浄霊すればいいのです。それから耳鳴りはみんな知っているでしょうが、延髄をやればきっと良くなります。耳の方は目とは違って、右の方なら右の方で良いのです。耳鳴りの人は随分ありますが、耳鳴りをなおすのは訳ありません。延髄の固まりさえ取れば必ずなおります。
そういうようで精神病はこれからだんだん増えます。というのは霊界が変って来ると霊が浮きやすくなりますから、丁度浄化が強くなると固まりが溶けやすくなるのと同じようなもので、霊も落着いていたものが浮いて来るわけです。私の本に〝日本人は全部精神病だ〟と書いてありますが、どんな偉い人でも発作的の精神病があるのです。吉田首相の〝馬鹿野郎〟も発作的の精神病です。後では後悔したでしょうが、総理大臣が発作的に精神病になるのですから、日本人全体が精神病と言っても間違いないでしょう。だからいわんや一般人民においてをやです。ですから発作的に変な事を言っても、そう恥ずかしい事はありません。とに角精神病は、人ばかりではないので、自分でもおかしいところがあると思ったら、自分で浄霊するのです。
それから精神病で暴れるのは触らせませんから、そういうのは遠くからで良いですから、遠くからやるのです。それでも大分違います。それから額も肝腎なのです。つまり延髄の血管が圧迫されていると、此処の血液が前頭部に行きますから、前頭部から浄霊する必要があります。ですから延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心という順序でやれば必ずなおります。ただ人によって、暇がかかるのと割合に早いのとの違いはありますが、ごく質の悪いのは長くはかかりますが、しかし必ずなおります。ですから今病院では精神病が一番満員でしょう。とに角一番多いのは結核と精神病です。結核は今までで充分わかったでしょうが、今日は精神病について詳しく話したのです。それでどっちも始末が悪いのは、結核の方は伝染するだろうと言って心配するのです。信者はそういう事は知っているから平気ですが、一般人としたらその感染を恐れる悲劇というものは大変です。それから精神病も側の者は結核に負けないくらい始末が悪いのです。
これから浄化がだんだん強くなりますから、話の種に病気について一番流行りそうな病気を説明する考えです。
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