明後日京都に行こうと思いますが、名古屋でも例のとおりに話をします。明後日は四月八日ですからお釈迦さんの誕生日です。私はそういう事には構わずに、七日で面会が終りますし、何時も桜を見損うので今年は是非桜を見たいと思って八日に決めたところが、お釈迦さんの誕生日になるので、ヒョッと気がつくと、前にも言ったとおり、あそこはどこまでも「地」に相当するのです。箱根は火だからして「観音様」になり、熱海は水だからして「月」で「阿弥陀さん」になります。それで京都は「七」で「地」で「お釈迦さん」になるわけです。お釈迦さんは地の彌勒ですから、やはり京都は地になるので、お釈迦さんに縁が深いのです。それで仏教は花にたとえると桜の花ですから、嵯峨の辺りは桜が多いわけです。それでお釈迦さんの誕生日の四月八日に行くという訳は、今度私があそこでお釈迦さんの働きをするわけです。それで釈迦の働きというのは仏ですから、あそこで仏に関係した仕事をするわけです。仏に関係した仕事というと、今は仏滅ですから仏が滅する経綸です。それはこれから分りますが、そういう事になります。それで今度嵯峨には、割合に早いと思いますが仏教美術館を造ります。設計は大体頭の中に出来てます。そうして京都中の物と、無論奈良の物もはいりますが、仏教に関係した仏像、仏画などを集めて、それを陳列するつもりです。そこで、仏像にはみんな霊が憑ってますから、それがこっちの方に来て、そうして全部救うわけです。そこで東洋に関係した仏様……元は神様ですが……その仏様達を救うので、その仏様達は救世教のために大いに働くわけです。つまり私の部下になって働くわけです。根本はそういう経綸です。ですから嵯峨の釈迦と言って、あそこに釈迦堂があって、有名なものですが、あそこはお釈迦さんの元になるわけです。大体その仕事で行くのです。それについては、大体敷地を造るとかいろいろして、やはり地上天国的のものにしなければならないのです。それで考えてみると、初めて京都に行くようになったのは一昨々年ですが、土地が見つかって、それが手にはいって、そうして今の経綸にはいるという事は、まだ二年目ですから実に早いです。これは人間業ではありません。ああいう景色と言い、あらゆる条件の揃ったような所、それから広さにおいても、これから見つけると言っても、到底人間業では見付かりません。それから又売手があるか、あっても値段が馬鹿高くてもしようがないのですが、それが割合に値段も安くスラスラと手にはいったので、実に神様のやられる事は、ちゃんと前から準備してあったように簡単に行くのです。それが僅かの間にそういうようになったという事は素晴らしいものです。そうして最初に、平な所で大きな池のある所という条件をつけたところが、ピッタリとその条件に合っているのです。それであそこの働きというものは土の働きですから、土というと現界の働きですから、そこで今までは霊界の発展というような目に見えない進展ですが、今度は物質的ですから、具体的に、だんだん京都の建設が進むに従って救世教の発展という事が目に見えて来ます。そういう工合になりますから、このつもりで見ていると、ちゃんとそういうようになります。
それから話は違うが、今世界の問題になっているのはソ連の平和攻勢です。外国電報や新聞の批評とかいろいろありますが、どうも本当にソ連の肚を書いてあるのは、ほんのつけたしぐらいで、本当には分っていないらしいのです。いろんな揣摩憶測が盛んにあってますが、あれは何でもない事です。今度マレンコフとモロトフが大体相談してやったのでしょうが、やっぱりスターリンのやり方をもう一層上手にやったものです。結局において一番の狙い所は時を稼ぐのです。前の休戦会談の時もグズグズと延ばしてやってましたが、それは時を稼ぐためです。それで今度アイゼンハウアーが大統領になってから、トルーマンのように消極的でなく、積極的に朝鮮、中共に向って大攻撃をやる形勢にあるので、これを押さえなければ危ぶないのです。今アイゼンハウアーに本当に腰を入れて攻撃されたら、中共としてはどうしても立ち打ち(太刀打ち?)できないので、これをどうしても延ばさなければならない。その延ばす手段として、捕虜問題などのように大変平和を欲するかのように見せかけているのです。アイゼンハウアーなどはある程度見抜いているようですが、ヨーロッパ方面、特に英国などは喜んで有頂天になってます。そういう目的が第一です。第二は、ヨーロッパの戦備を弱めようというので、ヨーロッパ方面に盛んに平和攻勢をやって、戦争の意志がないかのように見せかけているのです。そこで西ドイツなどが大いにヨーロッパの戦備について力を入れて、積極的にやろうとしてます。西ドイツは経済的にも立ち直って元気があるのです。フランスは駄目なのです。そこでアメリカは西ドイツにどうしてもうんと力を入れているのです。それを弱めようとして東ドイツに働きかけているのです。そこで英国の関心を買うような、迎合するような様子です。そうしてヨーロッパの戦備を緩めようというそれだけなので、べつに彼の方で平和を欲するような事は全然ないのです。一方は戦備を弱め、一方は準備をしようというのです。どうもそこまで見抜く者が居ないのです。私の所に聞きに来れば良いが、そんな事はないから……。
それで私が何時かも言ったとおり、私は宗教家でありながら大いに戦争をやりたいくらいです。それは、やればうまく勝ちます。大体戦争というものは智恵なのです。智恵で勝つのです。だから秀吉が天下を取ったのも智恵なのです。秀吉のやり方を見ると、無鉄砲と思われる程大胆でしたが、それはそうではないので、それは見通しがつくから大胆にできるのです。ここはこうなるという確信が持てるから大胆にできるのです。ですからよく、私のやり方を見て秀吉と同じだと言います。非常に大胆に見られますが、べつに大胆でも何でもないのです。「アメリカを救う」でも、無鉄砲と思われるくらい大胆に見られますが、そうではないので、私はできるだけ要心(用心?)深く間違いのないようにやってますから、自分では少しも大胆にやっているつもりはないのですが、側で見ると大胆に見えるのです。外交とか世界の情勢、株の相場などいろいろな事をそういう人に話をしますが、よく当ります。しかしなにも私は儲けるわけでも何でもないのです。やはり一つ事が分れば、それにつれて何でも分るのです。だから信者の人でも、ただ信仰的ばかりでなく、世の中の事をいろいろ知る事が必要なのです。そういうようになると、どんな人がどんな話をしかけても、それに応答ができますから、信仰上も非常に有利なわけです。ですから私は書いたり口で言ったりして、世界の情勢から世の中のいろんな事のそういう知識を養うようにしているのです。
それから国内的には総選挙は一番大きな問題ですが、公明選挙という事を頻りに言ってますが、神様を知らなくて公明選挙をやっても何にもなりません。やっぱり人の目をごまかすという事になり、結局公明選挙を看板にして、知れないようにうまくやるという事になります。そこでこの事をちょっと面白く書いたので、今読ませます。
御論文〔公明選挙を嗤う〕
公明選挙を嗤う
(昭和二十八年四月五日)
ズル族が多すぎる
まだ半年経つか経たないうちに、又々総選挙とてきは、国民もやりきれたもんじゃない。たった半年の間に、政府は、国民の信任が減ったかどうかを試してみるんだから、結局国民は試験台にされる訳だ。この原因は、何といっても、例の馬鹿野郎問題だろう。仮にも総理大臣たるものが、こんな野卑な言をはくのは怪しからんと、反対党の連中が、鬼の首でも取ったようにワイワイ騒ぎ立てた事と、自由党は自由党で、按摩の流儀じゃないが、内輪揉めは、吉田流でも始末がつかないと見え“エー面倒臭え、政権は解散だけのことさ”と脅したが、一向埒があかないので、とうとう引込みがつかず、解散総選挙となったわけだ。こんどの総選挙の動機は、馬鹿野郎の一言なんだから、この馬鹿野郎の一言が政府を解散し、国民全部を動かすことになるから、政府を未だかつてない、大した馬鹿野郎と思うのはこの私ばかりではあるまい。
さて、ここで私がいいたいことは所謂公明選挙の看板の事だ。前の選挙のとき、この看板を観たときこれは甚だ結構だ、この看板通り選挙をやって呉れるなら、国全体が少しは良くなるだろうと思ったが、看板のなかった時よりも、更に悪いので全くアキレてしまった。だから今度の選挙でも当にはならないから、まあただ見物をしているだけだ。こんなことをいうと、不思議に思うかも知れんが、つまり候補者も選挙みん、ズルイ奴が多すぎる。このズル族の根性骨を叩き直さなきゃ駄目だ。いくら新聞やラジオで面白くもない御説教をやっても効果がないし、街中大声で名前を怒鳴ったり、又チンドン屋式の大風呂敷宣伝をやってみたところで、うるさいだけの話で、何んにもなりゃしない。こんな総選挙の方法だから、今いったズル族がばっこすることになる。現ナマ御馳走攻めの魔薬で、善良な選挙民をナマコにする。
食えない代物“運動員”お偉方には信心が足りぬ
何故こんなことをするかというとズル族の根性は、麻薬を呑ましても又美味い汁を吸っても、巧くやりさえすれば、誰にも知れずに、済むと思うわけだ。更にあの運動員と称する輩は酢でも蒟蒻でも食えない代物なんだからまったく手に負えない。こんな例はまだたくさんあるが、この汚いボロを隠すには、公明選挙の看板も、とんだところで役に立つらしい。つまり肥桶の蓋になる訳だから、全くお臍が茶を沸かすといいたい。とにかく今の世の中は、人の目さえゴマ化せば、いいと思う小利口者が多いから、さの料簡にヤキを入れない限り、公明選挙も蜂の頭もない。
さてヤキを入れる急所はどこにあるかというとこの世の中には神様がチャンと御座るという事だ。このことを肚の底に叩きこんでやると、たとえ人間の目はゴマ化せても、神様の目は御見通しだからゴマ化せないという事が、ハッキリ分るので、そこで始めて文字通り公明選挙となる。こんな解りきった事さえ理解出来ないお偉方が、上に立って威張っているんだから“可哀想なのは正直末法の善人達”という次第で、昔から上の好むところ、下之に習うという言葉通り上も下もろくでもない人間共が、ウヨウヨしているこの娑婆だから、上は増収賄、買収、ペテン、汚職等々、下は強盗、殺人、窃盗、詐欺、横領、空巣、掏摸、万引など数え切れない程毎日の新聞を賑やかにしている。しかもこれが氷山の一角なんだから唖然としてしまう。これももとはといえば無神、迷信の為なんだから之に気が付かない限り、公明選挙も口先だけのお題目になる。
最後に一ついいたい事がある。アイゼンハウワー、トルーマン、マッカーサーなどの講演にしても、必ず神という言葉が入っている。ついこの前、アイゼンハウワー大統領就任式の際、大統領が聖書の上に左手を載せて誓った光景を見た時、何んともいえない感に打たれた。アメリカの繁栄と、平和維持のための、烈々たる気魄はここから出たものに違いない。とすれば少くとも、この人達は、神のあることを認めているわけだ。之に比べ日本の御歴々は、いつの演説でも神の言葉など薬にしたくもいったことがない。日本の政治家連も、神の言葉を口に出すようになれば、始めて公明選挙の実もあがるというものだ。
今度の「結核信仰療法」について書いてみました。
御論文〔結核信仰療法について〕 【註 栄光二〇四号】
結核信仰療法に就いて
(栄光二〇四号)
私は今回発行した結核信仰療法なる著書に就いて、少しかいてみたいと思うが、これを読めば分る通り、全く現代医学に対する原子爆弾であり、挑戦状といっていいかも知れない。併し挑戦の言葉は宗教らしからぬ嫌な感じがするが、これも万止むを得ないであろう。というのは、このような著書を出さねばならない程に、医学の誤謬の為に大多数の人間が苦しんでいるからである。その為私が神から命ぜられている救世の必要上、人類不幸の原因としての凡ゆるものは、除去しなければならないからである。というのは現在文化の面に於て、真理にあらざるものを真理と信じている。それが災いの原因となっているのであって、特に医学の面に於て最も甚だしいのであるから、これを先に取上げたのである。その中での日本の悩みとしては、何といっても結核問題であろう。
著書にもある通り、現代医学が結核を作るという驚くべき説と、この裏附として数多くの実例を添えてあるに対し、初めて読んだ専門家も一般人も、愕然として到底信ずる事は出来ないであろう。事程それ程現代人は医学迷信に陥っているのである。しかしながら事実治された本人の手記である以上、一点の疑いを挿む余地はないのは勿論、如何なる学者と雖も、事実を否定してまで、自説を押通す事は出来まい。というのは絶対真理であるからである。
この著が天下に公表され、専門家が読むとしたら果してどんな感想が浮ぶであろう。全く革命的爆弾を打っつけられたようなもので、唖然として何等の考えも浮ばないであろう。何しろ長い間の医学迷信の虜となっている眼で見る以上、信ずる処ではないと共に反対しようもあるまい。何しろその理由も資料もないからで、ここに深刻なジレンマに陥ってしまい、空前の大問題とならざるを得ないであろう。私とてもこの様な大きな問題を起したくは毫もないが、私の使命たるや人類救済であり、その根本が医学の革命である以上、何処迄もその方針で進まざるを得ないという訳で、一度はこの問題に打っつかるのは、予め予期していた。という意味に於て当局も専門家も、私の説が段々分るに従い、重大問題として取上げない訳にはゆくまいから、その対策に如何に頭を悩ますかは想像に難からないのである。としたら問題解決は不可能であるから、容易ならぬ事態に立至るのは必然である。
しかもこの解決如何によっては、当然医事関係者中に、多くの犠牲者を出さねばならない事になろうが、事は人類永遠の生命に関する重大問題である以上、或程度の犠牲は止むを得ないのである。何しろ全人類の最大悩みである病が、これによって解決出来るとしたら、如何なる障礙も物の数ではない。その結果現代文明の一大転換が起るのは明かである。そうして面白い事には、彼の有名なコペルニクスやガリレオの地動説である。当時絶対信じられていた宗教上の不動説を、科学によって覆えそうとしたので、遂に大弾圧を受け、牢獄にまで投ぜられた。処が私の説も右と同様ではあるが、只立場が反対であって、今度は宗教が科学を覆えそうとするのであるから、この点大いに注目する必要があろう。
そうしてこの前代未聞の企画者こそ主神である以上、人間としてはどうにもならないのは勿論で、私と雖も神に操られているにすぎないのである。しかし神を認めない人の多い今日、人間の計画と思うであろうが、若しそうだとすれば、これ程科学の盲点を発見し、その裏附けまで出来るという事は不可能である。従って読者は既成観念を棄て、白紙になって精読すれば、豁然と目覚めるであろう。
それから近頃精神病が非常に多くなりました。特にアメリカでは多いという報告がありました。確か新聞にも出てました。日本も御他聞に漏れず非常に多くなって、精神病院が足りなくて弱っているという事が新聞に出てました。そういうようで霊界が違って来るにつれて霊が浮いて来るのです。今までは、霊は普通お腹に居るのですが、浮いて来ると頭に上るのです。落着けなくなるのです。そこで精神病が多くなるのです。しかしこれは急所さえ知って居れば訳なくなおります。それを詳しく話します。
第一は延髄です。延髄に必ず固まりがあります。これが圧迫して脳に行くわけです。延髄の血管が前頭部に行くのですから、此処が貧血するので、此処に霊が行くから、それで体全体を支配するというわけですから、延髄の固まりを溶かすという事が一番です。その次は淋巴腺ですが、やはり此処の血管を圧迫するので、これも脳貧血の原因なのです。ですから第一は延髄、第二は淋巴腺です。それから第三は前頭部です。此処で霊が踊るのです。前頭部の時は眉間からこの奥と思ってやれば良いのです。その次は脳天の奥の方です。大体これだけをやれば精神病は必ずなおります。それから延髄でも、右の方の固まりは不眠の固まりです。左の方の圧迫は頭がボーッとするのです。そういうように知っていると良く分ります。
私は〝日本人は全部精神病だ〟という事を何時か書いてありますが、それで発作的の精神病はほとんど全部がそうです。だから自分にそういう事があっても悲観する事はありません。総理大臣の吉田さんが馬鹿野郎と言いましたが、これは発作的の精神病です。後で吉田さんは〝どうしてあんな事を言ったりしたか〟と後悔しているに違いないです。そこで興奮してお腹に居たのがパッと来るのです。それで総理大臣をやってやろうという訳でやったのですが、総理大臣でさえ精神病になる事があるのですから、普通の人は何でもありません。ただ問題は回数ですが、総理大臣あたりになると一年に一度か二度ですが、一般の人は月に一度か二度です。それからヒステリーになると一日に何回もやりますが、ヒステリーと言っても女ばかりではないので、やっぱり野郎もヒステリーになって、それで妻君がヒステリーになるのです。〝コン畜生、馬鹿にしてやがる〟と興奮して妻君をやると、妻君は〝何処が馬鹿野郎ですか〟という事になって、結局両方です。その時が一種の精神病になっているのです。ただ普通の人は続かないのです。何分とか何秒です。重いのになると何時間もやりますが、しかし毎日はありません。毎日やれば本当の精神病です。だから全然精神病でないという人はありません。それは私にはありません。知っているから自分でちょっと押さえます。それからもう一つは、精神病ではないが、腹とかを押さえた時に、後気持が悪いことがあるでしょう。その時は鳩尾を浄霊するときっとなおります。それで前頭部と鳩尾で天地になってます。私もやっぱり腹も立つし気持の悪い事がよくありますが、そういう時は鳩尾を浄霊すると必ずなおります。やはりこれが頭に関係あるのです。これが始終モヤモヤしていると、頭もやっぱり面白くなくなるのです。そうすると精神病やヒステリー的の事が起りやすいのです。ですからそういうように急所を知って居れば精神病をなおす事も訳ないし、自分がなる危険もないわけです。これは非常に肝腎な事です。肺病は再浄化の人などでも体が衰弱するために百人に一人は死ぬという事があるが、精神病はそういう憂いはなくて、みんななおりますから、これは大いに自慢してもよいです。それで精神病だけは手がつけられません。肺病などは気胸療法とかいろいろな事で、なおすのにごまかせますが、精神病はごまかす事ができないのです。一時的でも止めるという事はできません。ただ強い薬で大人しくさせるぐらいのものです。しかし精神病を大人しくさせる薬は、足が痺れて動かなくなるのです。私は精神病院に行って見た事がありますが、必ず足が動かなくなります。これは歩けなくすれば乱暴の危険はないから悪くはないです。だから頭の方ははっきりしていて足の方は歩けないというのがよくありました。そういうようで、浄霊でなおすという事は素晴らしいものです。ところがその急所を知らないで頭をやっても、尤も大抵頭ですが、それだけでは本当になおりません。骨を折ります。
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