今日は時間があんまりありませんから、ごく簡単に話します。しかし今日の話はあなた方ばかりでなく、世界中が非常に聞きたい話なのです。だから此処で話すのは惜しい気がしますが、まだ世界中に放送するまでになっておりませんから、言霊の霊で聞かせるわけです。
というのは、今度スターリンが死んだら、共産主義なるものは一体何うなるかという事です。これほど全人類が関心を持っている事柄はありますまい。その予言と言いますか、この事について話したいと思います。これは今から丁度三年前に神様から型で知らされてあるのです。これは信者の人は良く考えれば分りますが、つまり昭和二十五年一月にその型が出ているのです。それが分ると共産主義の将来というものは良く分ります。では一体何うなるかと言いますと、共産主義というものはあれまでに世界的に、とに角勢力を作ったのです。ですから共産主義なるものはスターリンが最後に、とに角あれまでにしたわけです。そこでスターリンが没落すると、あとは、簡単に言えば他愛なく消滅して行くのです。そうするとアメリカはどうなるかという事が問題になります。ところが共産主義が無くなるとすれば、力が弱るとして、アメリカは目的どおりになりますから、非常に結構なようですが、なかなか、それどころではないのです。それはアメリカにも大変な事があるのです。そこでアメリカの資本主義、今の民主主義がますます発展するかというと、そうは行きません。アメリカの思想及びやり方に対して一大変化が来ます。これも神様はちゃんと型で示してありますが、今ははっきり言えません。まだ覚りで行くより仕方がありません。そこで、共産主義が無くなり、資本主義が無くなり、では世界は何ういう思想、主義になるかと言うと、それがつまり資本主義にあらず共産主義にあらずという、言わば中性思想です。資本主義にしろ共産主義にしろ唯物思想ですから、物そのものによって自分の主義の時代思想を得ようとしたわけです。ところがどちらも、唯物思想では間違っているという事にだんだん気がついて行くのです。というのは唯神思想です。唯神思想というのは根本的に言えば神様は在るという思想と言うか、信念と言いますか、そういうような古くして新しいものです。そういう思想が生まれるのです。そこでつまり私が以前から言っている唯神唯物両方の思想が調和したものです。これがコントロールされた思想です。それがだんだん勃興して行くのです。そうしてその思想の指導者が救世教なのです。つまり早く言えばメシヤ思想です。というのは何時も言っているとおり、伊都能売です。伊都能売思想です。つまり右によらず、左によらず、十の字です。経緯結んだ、そういう思想が生まれるのです。だから世界のそういった思想は国内的にも無論そうなのです。今選挙で大騒ぎをやっている、その政党の考え方をみると、右が左のどっちかになっている、これが間違いである。単に右とか左とか言うが、左の中にも右、左があり、右の中に右、左があるというように、何でも偏りたがるのです。だからうまく行かないのです。つまり両手で持てば物はうまく持てるのです。それを片手ずつで持とうとするから、本当の役にならないのです。丁度歩くのにも片足だから飛(跳?)んで歩くようなわけです。互い違いに行かないから、どうしてもうまく歩けるはずがありません。だから転んだり突き当ったり、怪我したりするのです。つまりソ連は共産主義は間違っているという事に気がつき、アメリカは資本主義はいけないという事に気がついて、そこでどちらにも偏らないようになるのです。そこに気がつくように、救世教がそういう主義を吹込むのですから、とても重任を負っているのです。最近発行した「アメリカを救う」の本も、その先触れみたいなものです。それには何と言っても人間の健康ですから、まずそれをアメリカに教えるために、今樋口さんがアメリカに行って準備してますが、来月にはロスアンゼルスに支部ができますから、それを中心にしていよいよアメリカを指導するのです。そういう仕事にかかるわけです。だから考えれば非常に大きな仕事です。やはりそれは、私が何時も言う文明の創造です。今まではビッコの文明であったのを、両足揃えて歩ける文明にするというわけです。簡単ですが、この話はそのくらいにしておきます。
今度京都に来たのは嵯峨のいろいろなこれからの造営や経営についての設計をやるわけです。しかし急にという事はないがボツリボツリとやって行くつもりです。箱根は大体出来ましたが、熱海はこれからやらなければならないので、この京都の方もいろいろ準備がありますから、それに土地もまだ面倒なと言っても、悪性の面倒ではなく、今度あそこに救世教が出来るので、廻りの地価が上がるだろうと、金儲けに余念のない人が、あそこにいろいろな事をやっている、という事を言ってますが、そうなると非常にやり難いので、そういう点も考えてやらなければならないと思います。それで本当の目的は、神様の方から言うと京都、奈良は仏教の根拠地、仏教の元という事になっているのです。それでもういよいよ仏滅の時になって来たので、仏に関係のあるいろいろな昔からの、何々上人とか何々大師とか何々禅師という偉い坊さん達が霊界において、仏滅の来た事がよく分って来て、最近に至ってはほとんど分ったくらいです。そこで大体仏様というものは神様の化身でありますから、仏の世が済んだので神様の方に戻りたいのです。そうして救世教のために働きたいと思うのです。という希望をみんな持ち始めたわけです。そのために気持は急いでいるのですが、すぐに救世教の仕事はできない事なのです。というのは今まで長い間に間違った事をやったり、教えて来たのです。しかし間違った事と言っても、べつに悪いのではないのです。なにしろ夜の世界であったためにはっきり分らなかったので、つい間違いを教えて来たのです。そのために救われる人もあるが、しかしそのためにかえって悪い結果を及ぼしたという点も大いにあります。一方で良い事をしながら、一方で罪を作っていたのです。それでその罪の方を浄めて、無くしてしまわなければ、本当の神様になって働く事ができないというわけで、昔からの偉い坊さん達の罪を浄霊しなければならないのです。なにしろ沢山ありますから、そこでそういう人達を浄めて神様にして、大いに働くようにしてあげるという、そのために嵯峨に一つの地上天国のようなものを造るのです。そのやり方はいろいろありますが、仏教美術という物は、ただ美術的にばかりで見るという事は、唯物的で本当ではありません。各お寺にいろいろな仏様の像がありますが、その像にそれぞれの霊がはいっているのです。だからただの彫刻ではなくて、やはり生きているのです。そうして大勢が拝むという今までのやり方は、それで良かったのです。その仏様達がはいる肉体のような物で、これは京都、奈良に沢山あります。ですからその魂を浄めてやると、その仏像から抜け出て神様として働けるようになるのです。ですからそういう仕事をしてやらなければならないのです。そこでいずれ仏教美術館も造りますが、そういうように魂を抜けさせれば、あとは美術品として鑑賞しても良いわけです。ですから本当は今仏像や仏画を美術品扱いするという事は、甚だ勿体ないのです。むしろそういう仏様の霊はつらいのです。ですから今度解決してやれば、美術品として扱いますから非常に結構なのです。そういうわけで、だんだんそういうような経綸に基ず(づ?)いて、そして進んで行くのです。それについて仏滅の清算を済まして、多くの仏様を救わなければならない、救い上げるのです。今度私は四月八日つまりお釈迦さんの誕生日に来たわけですが、これは特に選んだ日ではなく、神様の方ではそういうように順序をつけてあるのです。というのは、やはり今いろんな坊さん達はお釈迦さんの弟子ですから、それに対してはやはりお釈迦さんが救う責任がありますから、そこで私はお釈迦さんの代理にもなるわけです。それからもう一つは、あそこに向って、左が釈迦堂で右が法然院の阿弥陀如来の本元になりますが、そこで私の住居は丁度その真中です。此処が観音様が居られる所になるわけです。そこで観音、釈迦、阿弥陀と、これが三位一体になるわけです。それから箱根、熱海、京都というのは、五、六、七で、やはり三位一体です。七が京都であり、お釈迦さんであり、それから桜の花になるわけですから、花の日で花祭りを四月八日に決めましたが、これも大変大きな意味があるのです。大体そういうような目的で来たのです。
それからいずれはキリスト教も救わなければならないのです。仏教を救い、キリスト教を救いますが、キリスト教は大体カトリックです。アメリカはほとんどカトリックで、これが牛耳っているようなものです。神様はそれを救うべく、これからいろいろな経綸があるわけです。しかしキリスト教は世界中に拡がっていて大変なようですが、これは割合に簡単で、仏教より楽です。そう言うと変に思うでしょうが、それはいずれ分ります。共産主義が無くなり、資本主義が無くなり、仏教が無くなり、キリスト教が無くなるという事になり、そうして本当の理想的な文明が現われるという事になります。あまり一ぺんに大きな事を言うので見当がつかないでしょうが、そう一ぺんに簡単に行くものではありませんが、そういう大経綸です。世界の大経綸がそういう進路で進んで行くという事を知っていると、これからの世界の変化という事も良く分ります。本当言うと、勿論日本もそうですが、世界はこれから大変化が始まるのです。今度のスターリンの死というのは、そういう点にも関係があるのです。時間がありませんから、このくらいにしておきます。
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