私がこの間京都に行きました時のその主な目的は、つまりいよいよ仏教が滅するという時期になって、その救いです。どういう方法で救うかというと、まず物質的に言えば、京都、奈良に沢山お寺がありますが、そのお寺が経済的にだんだんやって行けなくなったのです。特に墓のある寺は良いですが、ところが京都辺のお寺というものは、墓のあるお寺もありますが、大体一番大きいとか有名な寺というのは、各宗の本山とか、或いは勅願寺です。昔は幕府から扶持を貰っていたのですが、ちょっとした寺は十万石ぐらい貰っていたのです。それが全然無くなってしまったのです。それから勅願寺の方は天皇御一族の病の時に祈願するのですが、そういうのを扱かっていたので、やはり相当な手当を貰っていたのです。それで幕府の扶持の方は維新によって駄目になったのです。けれども昔からのしきたりがあるから幾分は助けていたわけです。ところが終戦後各旧大名などは財産税ですっかりやられていますから、人を助けるどころではなく、御自分の方が売り食いをするようになったのですから、お寺の方には全然来ないのです。それから皇室もああいうようになったので、皇室に関係のあるような寺も駄目だという事になり、又本山や何かも、末寺が全国的に何千とありますから、以前は其処からちゃんと寺の上中下によって寄附金のようなものが来ていたのです。ところがその末寺が焼けた所が沢山あります。それで大震災の時は焼けてもすぐに復興ができますが、戦災についての復興は、おそらく半分も復活してないでしょう。それで本山の方への寄進というのは全然無いから、終戦後京都、奈良辺りの寺は俄然として経済難に陥ったのです。そこでしかたがないから宝物を売るのです。それは内緒で大分売りつつありました。ところが良い結構な物を持っている寺は、やはりそれだけ財政が苦しくなるにも遅かったのです。それが最近に至ってそういう寺までがなかなか苦しくなったのです。それからもう一つは田地田畑山林を持っていました。山林は見逃されていたのですが、田地の方は農地問題ではほとんど買い上げられてしまったのです。ですからこれが大変な打撃だったのです。それは寺によっては大地主だったのですから。そこで何もかもどうにもならなくなったのです。そうすると仕方がないから宝物を売らなければならないというので、隠れて相当に処分されて来たのです。それでわれわれの方にもそういう物が若干来てます。そういう話は沢山あります。本尊様を売って寺はどうなるのだと言うと、何か代りを、と言ってます。面白いのはこの頃時々そういうのがあるのです。それでは檀家が承知しませんから、その承諾書が付いているのです。何故付いているかというと、それを駄目だというと、檀家がその維持費を出さなければならなくなります。しかし檀家は援助できないから、そこで檀家総代の承諾書があるのです。そうでなければ問題が起るからです。そういうようでお寺も経済の窮迫につれて、だんだん手放してしまうだろうと思います。ではその先はどうだというと、今さらどうにもならないのです。それで私はそれも助けてやりたいと思ってます。なにしろいろいろな坊さんにしろ、とに角悪い事をした人ではないので、仏の慈悲を取り次いだ人達ですから、これは助けてやらなければなりません。
それからもう一つは各寺にいろいろな仏像がありますが、その仏像それぞれにみんな霊界で修業を積んだ名僧智識の人の霊が憑っているのです。しかし憑っていると言ったところで、観音、釈迦、阿弥陀といろいろありますが、たとえてみればお釈迦さん、阿弥陀さん、観音様、聖徳太子……は観音様になるわけです。それから普賢菩薩、文殊菩薩といろいろありますが、そういうように信仰に熱心な、要するに霊的に修業した坊さん達がそれに憑れるのです。そうして守護されるのです。ですから立派な彫刻にはみんなそういう霊がはいっているのです。そこで今まではそういう仏像や仏画を美術品扱いにされたわけですが、それは非常に苦しいのです。だからその霊を抜かなければいけないのです。しかしみんなはそういう事は知らないから、そのままでいるのです。そこで仏像を沢山集めた人はどうも運が悪いのです。だから仏像を集めるのを嫌いな人があります。大阪の白鶴美術館の親父さんはそれを知っているので、仏像は集めなかったのです。随分良い物がありますが、仏像だけは集めなかったのです。それで良く聞いてみるとそうだったのです。九十二才まで生きましたが、そのために長生きしたのかも知れません。そういうようで仏像というものは、ただそのまま美術品にする事はいけないのです。そこでそれについて今、いろいろな高僧名僧の何上人とか何大師とか何禅師という人達がとてもあせっているのです。これは地上天国に多賀夫人の神憑りで書いてありますが、そういうような工合で、そこでそういう仏様も元は神様であったので、それが夜の世界の間仏に化現するのです。そうして救われるのです。ところが今度仏滅になると元の神様になるのです。これからは神様としては働けるので、仏様としては働けないのです。というのは仏の本元は月の神様で、月読尊という神様です。これは素盞鳴尊の表になるわけです。月は照った時と闇の時とありますが、照った時が月読尊という御名前になり、隠れた時が素盞鳴尊になるのです。それで仏は月読尊の系統ですから月になるわけです。そこで昼になると月は消えますから、そこでどうしても神様の方にはいらなければ働けないのです。そこで早く神様に返りたいのです。ところが今まで仏界で救いをされた仏達は穢れがあるのです。穢れがあるという事は、仏の教えというものは本当の教えでないから、一方に慈悲で人を助けた手柄もある代りに、一方人を誤まらせた事も大いにあるのです。その誤まらせた罪を神様によってとって貰わなければならないのです。そこでそれを私に浄めて貰う、浄霊して貰うべく急いでいるのです。そこで京都、奈良にある仏像の霊を救ってやるのです。そうして神様の方の仲間と言ってはおかしいが、神様の方のグループにはいって大いに働くというわけです。そうすると、あと仏像はカラッポになりますから、今度は美術品としてそれを作った芸術家の手柄を大いに輝かせるわけです。それで芸術によって多くの人を楽しませるという事によって、今度はそれを作った芸術家が大いに喜ぶわけです。そういう意味の仕事を京都の嵯峨でやるつもりなのです。それであっちに行ってからすぐやるわけではないのですが、今でもそういった仏像仏画が自然に私の所にはいっているのだから、ボツボツやっているわけですが、京都に行ってから本格的にやるわけです。それでつまり今が仏滅から神世、神の世界になる移り変りという時になるのです。ですからその移り変りの時の救いです。そうしなければ人類を救うことはできないのです。結局霊的にはそういった神仏という人が支配しているのですから、仏教を救って、次にキリスト教を救わなければならないのです。キリスト教などもその弟子の偉い人というのは歴史にも沢山ありますから、そういう人達も救わなければならないのです。それからマホメットと、この三大宗教です。それを霊的に救って、それから本当に人間が救われるというので、これが順序で、神様はそういうような順序でやられるわけです。ですから今度あっちに行ったのは、その第一歩というわけなのです。こういう事は今までの宗教では全然説いてありませんが、説かなかったという事は、時期がこういう時に行ってなくて、やはり仏教で救ったりする時期ですから仕方がなかったのです。私は今の移り変りの境目の仕事をするためだからそういう事が言えるわけです。
それからスターリンの死から急にソ連が変ったのです。いわゆる平和攻勢ですが、どうしてこう変ったかという事は、新聞やラジオではあんまり説いてありません。或いははっきり分らないのかも知れないが、この根本はアイゼンハウアーがあのとおり、積極的にやっつける、まず朝鮮問題を解決すると言っているが、という事は北鮮軍をやっつける事です。そうして朝鮮の合併をして、これは私の「夢物語」にあるとおりです。次に今度は中共をやっつけて蒋介石の国府軍の方を進入させて、再び実権を蒋介石に渡すというような計画の下に着々と準備しつつあるのです。そこでそれを若しやられたら、中共の方に勝ち目はないのです。それから又ソ連の方で救うとしたら、第三次戦争になりますから、そうするとソ連の方では到底アメリカに勝つ事はできないのです。だからしてこれは早くアメリカに積極的に攻撃をさせないようにしなければならないので、あわてて今までやらないような迎合的な、何でも彼んでも吸収的にやって来たのです。これは今までのソ連のやり方とはおよそ違います。非常に吸収的なのです。そうしてまずアメリカの鋒先(鉾先)を引込ませるというので、要するに拳骨を開かせるというような事を一生懸命にやっているのです。それでどうやらアメリカの方も余程柔かくはなったが、しかしなにしろ相手が相手ですから油断はできないから、まずアイゼンハウアーなどは軍備を少しも緩めないで、出ようによっては何時でも拳骨を振り上げるという態度をとってますが、やはりさすがによく見ていると思います。そこで一時は緩和されるとしても、これから先がいろいろ問題が起ります。というのはただ休戦しただけでは駄目で、休戦した以上はどうしても、第一に兵隊を引き上げる事です。それは中共の方も国連軍を引き上げるという事は賛成するが、自分の方を引き上げるという事はなかなか承諾できないのです。しかしそうでなければ本当に世界平和の実現はしないのですから、まず休戦により今度は平和の相談といったところで、兵隊を引き上げる事と、南北朝鮮を合併させる事、合併させて総選挙をして新しい政府を作るという段取りにならなければならないのです。これがなかなかで、下手にまごつくと中共が折角あれだけのいろいろな犠牲を払って、元々どおりになっては何にもならないから、これが又容易なものではないのです。それから蒋介石の方はそうなると、長い間の怨みの塊まりのやり場が全然なくなってしまいます。そこでしようがないから無理にやれば、支那の或る地点、何分の一かを国民政府の国家として作るという妥協案が出るでしょうが、これが又中共の方も蒋介石の方もうんとは言わないだろうと思います。だから休戦はできたとしても、その後の問題がなかなか大変です。そこでどうしても軍事的に叩くというより外に道はなくなるとすると、やはり戦争によるよりしようがないという事になるかも知れません。要するに戦争か平和かというような空気が非常に濃厚になって来てます。いろんな悶着があるだろうと思います。ただこれだけは言えると思います。というのはスターリンは大変な人物ですから、スターリンの歿後ソ連の方では、マレンコフでもモロトフでも大した人物ではないので、後生大事にやっているだけなのですから、この弱さがだんだん現われて来ますから、そこで共産主義というものはもう先が見えているのです。とに角だんだん没落に近付いて行きます。これはもう間違いありません。そうなると共産主義の恐怖というものは無くなるわけです。だから日本の共産主義も昨今余程弱くなってます。そういう現われがよく出てます。とに角スターリンという者は、偉いというか、力が強いというか、とに角偉いには違いないでしょうが、それによって共産主義の全盛時代を作ったのです。だから今はスターリンの没落ではなくて共産主義の没落です。そうすると今度はアメリカは非常に良いようですが、ところが神様の経綸から言うと、アメリカも大変な事があるのです。これは俄然として来るでしょうが、今は言えません。とにかくだんだん時の進むに従ってその都度言います。しかし結局においてアメリカの資本主義、民主主義ですが、大体民主主義というものが本当の主義ではないのです。これは逆の主義なのです。共産主義は又一層逆の主義です。民主主義の方が逆でも質の良い主義ですが、共産主義の力(方?)は一層悪質の主義です。ですからその本当でない両方の主義思想を教え導くというのが救世教の仕事なのです。結局世界的に機運がそうなって来ます。つまり右にも左にも偏らない伊都能売式になるのです。それで世界的に機運がそうなって来て、それで初めてこっちが言う事の理解ができ、分るのです。それは先の事ですからこのくらいにして、スターリンの死について書きましたから今読ませます。
御論文〔英雄の死について〕 【註 栄光二〇五号】
英雄の死に就いて
(栄光二〇五号)
今度のスターリンの死について、考えるまでもなく、この人は今世紀における最も偉大なる存在であった事は今更いうまでもない。兎に角彼の来歴をふりむいても分る如く、ロシヤ帝政時代の、アノ圧制極まる帝国主義を、根底から覆えしたレーニンの後を継いで、善い悪いは別としても、兎も角今日の如き共産大帝国を作り上げたその手腕は驚異に値するといってもよかろう。然も僅々三十余年にして、現在見るが如き、強大なる米国と相対峙してビクともしない大勢は、全く世紀の巨人として英雄の名を冠してもいいであろう。
にも拘らず、彼の死に対し心から哀悼する者は世界中果して幾人あるかであろう。これは今始った話ではないが、昔から幾多の英雄が死ぬ場合、大多数の感想をいえば、成程外形的には輝かしい存在としてその卓越せる鉄腕には感歎せずにはおれないであろうが、只そうなるまでには数え切れない程の多くの犠牲者が出たことである。これだけでも無条件に褒める事は到底出来ないのである。というのは、それ等被害者の怨恨は深刻なものであり、その儘では霊は承知しないからである。つまり目的のために手段を択ばず式の英雄特有の利己的観念を見出すのであって、この観念の根本こそ全く彼等の無神思想から生まれたものである。とすれば世に無神思想程恐るべき、幸福の破壊思想であり、文明の敵であるのは言うまでもあるまい。
右は英雄と無神思想についてかいたのであるが、このことは英雄ならざる一般人民に対してもいえる。すなわち目的のために手段を択ばず、勝てば官軍式の考え方で、この種の人間が現在余りにも多いのである。然もそういう人間が成功者として崇められるのであるから、それを見習う人間が増え、社会悪がドシドシ作られるのである。この悪思潮に対し、それを防止するには宗教以外にないのは知れ切った話である。これによってみても宗教なくしては、到底明るい住みよい社会は出来る筈はないのは勿論である。この様に、宗教が社会不安の防止に役立っているかは計り知れないものがあるに拘らず、世の識者の殆んどはこれに気が附かず、反って宗教を以て無用の長物視しているので、実に情ない話である。この原因こそ全く科学中毒のためであって、不知不識人間の幸福を阻害し、それが文化人と思い得々としているのが今日の有様である。
そうして無神主義を以て、望み通り英雄に祭り上げられたとしても、その歓喜と満足は到底長く続くものではない。これは歴史がよく物語っている。すなわち、英雄と名のつく者で終りを全うした者は殆んどないといってもよかろう。事実英雄が死に際会して安楽な往生を遂げた者はなく、今度のスターリンの如きは、珍しい平穏な死を遂げたといえるが、併し彼の死後現在の大ソヴィエトはいつまで続くかという疑問である。というのは、彼によって歓喜幸福を与えられた者の数よりも、彼の為に生命を奪われ、不幸に陥った人の数の方がどれ程多いか判らないであろうからで、何ずれは多数者の怨霊の塊りは、同国を倒さずにはおかないと共に、霊界の鉄則としてそういう大きな罪人が死後霊界に往くや、暗黒無明の地獄界に転落し、名状すべからざる悲惨な境遇に落ち、その罪を赦されるまでには、少くとも数百年はかかるのである。従ってこれを知るや如何なる英雄豪傑でも一溜りもなく後悔するが、時既に遅しでどうにもならないのであるから〝哀れなる者よ、汝の名は英雄也〟と言いたいのである。
それに引換え、神を信じ、一人でも多くの人を救い、歓喜と安心を得させる吾々こそ、永遠なる栄光の下に真の幸福者たり得るのである。
それから病気について、男はそうでもないが、女の特に頭に関した病気で、まずヒステリーとか憂鬱症とか怒りっぽいとかいろいろありますが、これは男も同じようなものですが、それは下の方に非常に関係があるのです。それで女のいろいろな病気で、浄霊しても効かない時はお臍の下のあそこを浄霊するのです。そうすると頭がなおるのです。ですからこれも心得ていて、ちょっと離れて良いのですから、そうしてやると頭が軽くなります。それから性格も非常に良くなります。だから夫婦喧嘩などを減らすには最も良いです。夫婦喧嘩治療法です。これは所が所ですから、あまり言えないのです。しかし女は案外此処に病気が多いのです。何故かというと薬毒がだんだん下がって行きますが、そうすると女の此処に薬毒が溜まってそれが原因になるのが非常に多いのです。それからよく結婚を嫌う娘さんは此処に非常に原因があるのです。だからこれは親にも分らないのです。あの娘があんなに結婚を嫌がるのは何故だろうと思いますが、それはみんな此処に原因があるのです。これは私はいろいろ神様からも知らされるし、そういう点も良く分ってますが、結婚を嫌う娘の一番の原因は膣痙攣です。これはちょっと触っても飛び上がるほど痛いのです。これは薬毒にもよりますが、多くは消毒薬が下がって行って粘膜に溜まるのです。だから結婚の晩に逃げたりするのがありますが、これは浄霊ならなおるのです。それで面白いのは、後頭部にある毒は肛門の方に行くのです。ですから下痢などは後頭部の毒です。それから前頭部の毒は女の陰部に集合するのです。ですから前頭部の痛い女は、前頭部だけの浄霊ではいけないのです。やはり前頭部と此処で天地になっているので、面白いものです。これはあんまり詳しく言わなくても分るし、大体あらゆる薬毒は女は此処に溜まるという事を知って居れば良いのです。ですからそういう人は自分で浄霊すれば良いのです。そうするとずっと違います。だからこの浄霊法は自分でもできるから非常に便利です。それから痔も後頭部の毒ですから、痔だけをやってもなおらないので、後頭部をやらなければならないのです。
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