九月十七日

 今世界中の有名な科学者が日本に集まって、理論物理学の知識の交換をやってます。ところがこの骨子は物性論ですが、これはこの間も書いたとおり、顕微鏡で見えない粒子があると仮定して、物性即ち物の性質を理窟だけで摑まえたわけです。ですから理論物理学というのは理論です。その理論を実験するという実験物理学までにはまだ行っていません。そこで浄霊は、理論物理学に対する実験です。これは科学者が発見したのではなく、私が発見したのです。そこで病気が治れば実験が完成したわけです。ですから私がやっている事より、科学はまだまだ遅れているのです。世界中の偉い科学者は今やっと小学校です。だからどうせそれを知らせても信ずるわけがないし、又宗教家がそんな事を言っても、科学の事が分るものかと言って馬鹿にして聞くわけもないから、今のところはどうする事もできないのです。丁度日本の本州を霊界とすると、先生らは北海道の函館辺りに来ているわけです。これから津軽海峡を渡って本州に入ろうとしているわけです。それで私は東京にいるわけですが、あの人達を急に東京に引張って行くわけにもゆかず、これから船に乗り汽車に乗って、何時かは来るわけですが、そういう状態です。ですから私からみると、子供ならまだよいですが、非常に幼稚なものです。それだけならよいが、あんまり先方が低級なために間違った事をし、その間違った事が結局、病気と人間――これに対して私はいろんな面から説いてます。最近書いたもので、これは信者の人でも気がつかない事です。それを読ませます。

 御論文〔超愚〕     【註 栄光二二九号】

超愚

(栄光二二九号)

 この題を見たら随分変な題と思うだろうが、これより外に言いようがないから付けたのであって、言い換えれば超馬鹿である。従ってこれを読むに当っては、既成観念を全部捨ててしまい、本当の白紙になって読まれたいのである。しかも今日智識人程そうであるから始末が悪いと思う。例えばダイヤモンドと思って長い間珍重していた宝石が、実は石の欠片と同様なお粗末なものであったからで、これが分ったなら唖然として腰を抜かすであろう。前置はこのくらいにしておいて、さて本文に取掛るが、まず病気と薬との関係である。今日誰しも病気に罹るや、薬の御厄介になる。恐らくこの際何らかの薬を服まない人は一人もないであろう。もちろん薬を服めば治ると思うからで、この考え方は随分古い時代から、人間の常識とさえなっているのである。

 そこでこの事について今まで何人も思ってもみなかった意外な事を以下かいてみるが、それには充分心を潜めて読めば、至極簡単に分るはずで、難しい事は少しもないが、何しろ長い間の迷信が災して、分りそうで分らないのである。そこでいとも平凡な説き方をしてみるが、それはこうである。例えば普断至極健康で働いていられたのは、薬を出来るだけ服んでいたからで、それがたまたま(ふところ)都合が悪くなったりして薬を買う事が出来ず、一時服む事を休めざるを得なくなった。言わば薬が切れたのである。そこで今まで健康を維持していた薬が止まった以上、病気が起ったのであるから、早速無理算段しても、命には代えられないから、金を作り、薬を買い、からだへ入れたところ、たちまち快くなったので、ヤレヤレと胸を撫で下したというようなものである。これはちょうど一度か二度食事を抜いたため腹が減り弱ったので、早速食事をしたところ、たちまち元気快復して働けるようになったと同様な訳である。

 これだけ読んだら、誰でも分ったような分らないような、不思議な気持になるだろう。ところが今日世の中の全部の人がそんな変な事を行っていながら、当り前の事として気が付かないのである。そうかと思うとよく自分は健康だから薬を服まないと自慢している人もあるが、これも可笑しな話となる。薬を服まないで健康であるという事は、最初にかいた薬を服むから健康だという事とは全然矛盾する。またこういう事も沢山ある。それは年中薬を服みつつ病気ばかりしている人である。これも可笑しな話で、薬で病気が治るとしたら、薬を服む程健康になるから、いい加減で止めてしまうのは当然で、何を好んで高い金を出して不味いものを服む必要があろうか。

 今一つの分らない話は、世間には健康だから薬を服まない。薬を服まないから健康だという人と、その反対に弱いから薬を服む。薬を服むから弱い、という人との二通りあるのが事実で、むしろ後者の方がズッと多いであろう。としたら右の二様の解釈はつかないのはもちろんである。なぜなればこの説明が出来るくらいなら、病気は医学で()うに解決されているからである。この解釈こそ私の方では何でもない。それは医学で治らない病人がドシドシ治るのであるから、これが何よりの証拠である。それを説明してみれば実に簡単明瞭である。すなわち薬が病気を作り、薬をやめれば病気が治る。ただそれだけである。

 以上によってみても分るごとく、今の世の中は薬で病が治るとする迷信で、高い金を(つか)って病気を作り、悪化させ、苦しんだ揚句命までフイにしていながら、それに気がつかないどころか、反って満足しているのだから馬鹿どころではない。馬鹿を通り越して言葉では言い表わせない。それは昔からこれ程の馬鹿はないから、言葉が生まれていなかったのであろう。そこで止むなく超馬鹿では耳障りと思うから、超愚とかいた次第である。このような訳で私が医学の蒙を分らせるのには、普通のかき方では、迷信のコチコチ頭を打ち砕く事は難しいので、これでもかこれでもかと色々工夫して、新熟語を考え、目を廻すような鉄拳を(くら)わし救うので、この文がそれと思って貰えばいい。

 この事はちょっと気がつかない事です。これにも書いてあるとおり、メシを食っているから達者で働けたので、食わないと腹が減ってヒョロヒョロしてしまう。そこで早速メシを食って元通りピンピンする、というわけです。これを薬に当て嵌めると、薬を始終のんでいたからピンピンしていた。そこで薬を止めたから弱って来たので、早速薬をのまなければならない、という事と同じ理窟になるわけです。そこで人間が不断薬をのんでいて健康ならばそれでよいのですが、病気になったから薬をのむという事は理窟に合いません。簡単な事であって、今までみんな気がつかないのです。では腹が減った時にメシを食ってピンとなるように、薬をのんで病気が治って達者になるようならそれでよいです。ところが薬をのんでもなかなか良くならないのです。昨日聞いた話ですが、〝この薬をのめば、何時間とかで良くなる〟と言ったそうですが、その時間が来たら死んでしまったという事があったというのですから、変な事になります。そういうようで簡単で分りきったような事が分らないで一生懸命に進歩させたりいろんな事をしてます。だから馬鹿ではなくて、馬鹿を通り越してます。馬鹿くらいで済めば結構です。〝馬鹿は死ななきゃ治らない〟というが、これはおそらく死んでも治らないでしょう。

 それから自然農法についてですが、この問題は大分注目されて来たようです。おまけに今年は非常な不作です。最近の発表が五千九百八十万石というのですから、平年作が六千三百石ですから、四・五百万石減っているわけです。これは去年広川弘禅氏が農林大臣の時に五カ年計画で三割増産という案を立てて、予算なども組んだのです。それで今年は二年目ですが、凡そ逆という事は驚いたものです。これも今の「超愚」の方でしょうが、困ったものです。しかし今年は東北地方の冷害が一番の原因としてますが、確かに冷害も影響があったに違いないのです。冷害のために虫害が酷くなるのです。天日にドンドン当てると虫は弱りますが、天日に当らないと虫は増え放題になるのです。結局において根本は虫害です。最近聞いた話で、栄光にも出しますが、こっちの人が調査に行った時の話ですが、信州辺りで、相当広い所ですが、朝起きて田に行ってみると稲が白くなって、全然みのらないという事が分って、フラフラとなり夫婦心中したものがあるそうで、又それから自殺したものもあるようです。とに角一年米がとれなかったら、税金は免除されたとしても、借金をしなければ食う事はできない事になります。大体が農民は借金が多いですから、一年とれなかったら餓死するより外ありません。だから自殺するという事は当り前で、馬鹿ではありません。われわれにしてもそうかもしれません。そういう事がよくあるのですが、秘密にしているらしいのです。そういうわけですから余計自然農法というのに騒ぎ始めたのです。それから昨日聞いた話ですが、中京の方で座談会や講演会をすると、聴衆の内の九割が未信者で、その内の一割くらいが信仰に入るそうです。それで素晴しい勢いだそうです。それで岐阜県で一番の篤農家の人が今度県の地方本部長になって大いに活躍する事になってますが、その人はどうしてそうなったかというと、最初信者の人が其処から種をもらったのです。そうして今年で五年目ですが、こういう稲が出来たと言って見せたのです。そうするとその篤農家の人は驚いたのです。自分の種で今までこんなに立派な稲が出来たことはない。それで聞いてみると、こうこういう訳で、自然農法でやったと言うと、非常に驚いて、それでは自分はこれに一生を捧げようというので、会長になった由です。そういった人では一番信用があるのだそうですから、素晴しい結果をあげ得ると言って喜んでます。そういうようで最近は信者でなく、そういった信者以外の人が大分刺戟されて、会員になる人が非常に増えたそうです。そういうような工合で、神様は如才なくやられるので、どうしてもこっちの自然農法にならなければならないようにし向けるわけです。或いは今年の不作も神様がうまくやられているのかもしれません。そういうようなわけで、非常に面白くなって来ました。それで今まであんまり言わなかったが、連作ですが、百姓は昔から連作はいけないと言う。ところが一番の連作は稲です。これに気がつかなかったのです。若し連作がいけないものなら米はだんだんとれなくならなければならないのです。それから以前私は米と麦との連作はいけないと言ったが、これもそうです。土に稲を育てるような性能が出て来ると、今度は麦になるから、今度は麦を育てるような性能に変化して来る。そうするとどっちも駄目になるのです。それで土は、毎年同じ物を作っていると土にそれを育てるような性能が出て来るわけです。丁度米を作らない土は素人とすると、毎年稲を作ると、土の方が熟練工になって来るのです。それでだんだん良く出来るというわけで、その理窟を知らなければならないのです。ですから肥料ですが、例え堆肥でもやると、土が大いに熟練になるところを邪魔する事になるわけです。だから本当は堆肥もやらない方がよいのです。だから気候の暖かい所は堆肥、藁などもやらなくてよいという事を私は言いました。ところが長い間の肥料迷信のために、信者で作っている人でも、それに(とら)われて堆肥を入れるのです。ですから畑でも堆肥をやらない方がよく出来るのです。ただ土が固まったり乾いたりする所は、そのために堆肥をやるのです。それもできるだけ腐って土みたいになった堆肥がよいのです。ところが堆肥という事に囚われて、木の葉でも未だ筋があるような物を何貫、何十貫やった、という事を言ってますが、これではわざわざ、金肥人肥ではなくして、一つの妨害をしているわけです。それからもう一つはこういう点があったのです。前には「無肥料」という名称をつけましたが、そうすると進駐軍の方で、一つの規則のようなものがあったのです。作物は肥料をやれという事があるのだそうです。そこで無肥料というと、それに引掛るというので「自然栽培」という名前にしたのです。ですからそれまでは無肥料と言っていたのです。それで大分そういう事を邪魔しようとして進駐軍に投書したりするのがあるのです。本当言うと「無肥料」ですから、堆肥も何もやらないのがよいのです。それでこそ本当に土の活動力が増すわけです。それからもう一つは、無肥料と言うと誤解をするのです。というのは頭から全然肥料をやらなくて出来るものかと言うのです。今の自然栽培でも随分反対する百姓もありますが、自然栽培と言うときこえ(ヽヽヽ)が良いからやっているのです。ですからやっぱり自然栽培でよいのですが、堆肥迷信を減らすという事です。

 それから冷害という事は、つまり熱がないのですが、これを普通の人は知らないのですが、霊界は――霊界には限らないが、熱いのは火の物質です。そうすると火の霊は肉体には……少しは熱いですが……それほどは感じないのです。しかし少しでも熱いという事は、大変な力があるのです。これは物質の熱よりかずっと力があるのです。ですから一番分りよい事は、今年の強羅の暑さは、東京と同じか、強羅の方が勝っている時の方が多いかもしれません。今日も此処は二十三度で、鹿児島が二十四度で、鹿児島を除いたら二十三度が一番高いのです。ですから強羅が、丁度福岡とか和歌山の辺と同じなのです。東京も今日は二十三度でしたが、そういうような工合で、高いという事は私が居るためです。それで私から出る熱というものは霊の熱が出ますが、これが幾分物質化するために暑いのです。田で試験したのですが、信者の田は他の人の田より二度高いのです。だから米もよく出来るわけです。これは霊の物質化です。ですからこう(浄霊)やって出るのは火素ですが、これは霊にある曇りを焼くのです。ところが普通の火や電気の熱でやっても、霊の曇りを焼くだけの力はありません。ですからこの力というものは霊主体従の法則によって、つまり体的よりか強いわけです。そこでレントゲン写真に写らないという事は、霊の光がレントゲンの光よりか強いからです。そこで冷害という事は気候が寒いという事以外に、霊の光が足りない、少ないのです。それで霊の光と言っても、人間は曇りの少ない人は霊的光が強いから、そこで温かいわけです。人間でも、つめたい感じの人と温かい感じの人がありますが、温かい感じのする人の方が霊に火素があるわけです。だからそういう人は愛がある人です。それで愛というものは心臓から出るもので、これが愛の熱です。だから恋愛もやっぱり心臓ですが、恋愛のシンボルはハート形になってますが、しかしこれは限られた熱です。恋している人に対する熱で、一般人にはゆかないのです。つまり利己的の熱だから問題にはならないが、そうでなく、多くの人を愛するという愛のある人の側に行くと温かい感じがするという事は、その人に火素があるからです。だから冷害で不作という事は、その土地の人の愛の熱がないのです。つまり人はどんな事になっても、オレさえ良ければよいという了簡の人が非常に多いわけです。それで東北の人は、気候の関係の外に、そういう人が多いわけです。しかしこれは又一面には気候の影響も受けるのです。ですからソ連は寒い国ですが、そこでああいう寒い国の人は愛が少ないのです。だからスターリンが在世当時、まるで虫ケラ同様にやたらに人を殺しましたが、これはつまり愛がない証拠です。まあ愛がない親玉です。これが少しでも愛があったら、可哀想で、そうやたらに人を殺すという事ができるものではありません。それが平気なのです。そういうような工合で、人間の愛の熱というものは非常に影響するものです。これはそこの家庭に入っても分ります。玄関に入ってゆくと、主人公に愛のある家だと何んとなく感じが良いですが、入って行ってつめたいというのは――つめたいと実にいやなもので、それがありありと分りますが――それはやっぱり主人にあるものです。そういう事が農作物にまで非常に影響するのです。だから信者になった人の作物がよく出来るという事は、無肥料のためと、もう一つは主人公の愛です。それで(あぜ)一つでチャンと区切っていて、隣の田とはまるで違うそうですが、それはそういうわけです。霊界が違うわけです。

 それからもう一つ気がつかない事に、これは今に書きますが「詐欺時代」というのです。というのは今の世の中は殆んど詐欺ばかりなのです。そう言うとちょっと訳が分らないでしょうが、一番の詐欺は売薬です。新聞広告に盛んに出てますが、読んでみると、〝治る〟とは書いてありません。しかしうまく書いてます。〝これはその病気に非常に適合している〟とか、或いは〝のむと快くなる〟とか、〝治りを促進する〟とか、〝とに角病気が緩和される〟とか、そういう事は書いてありますが、〝治る〟とは書いてありません。ところがそれで治るかのように思わせようとしているのです。ところが実際において治るわけがないのです。薬屋も実際において治らないという事は知っているのです。それで売薬法では、害にならなければよいという事が条件になっているのです。効くという事は、つまり薬は毒ですから、毒の分子があるほどよく効くのです。だからそれではいけないという規則になっているのです。しかし幾らかは効かなければ、みんな買わないから、ただ医者が盛る薬より毒が少ないだけです。それで、実際には治らないのに、治るかの如くに思わせて金をとるのですから、詐欺取財です。それからもっと酷いのは、お医者が〝あなたの病気は一週間で治る。まあ二週間続けたらよいでしょう〟と言うのですが、これは始終お蔭話に出てますが、実際にそのとおりになった事はありません。それでお医者も確信があるわけではないので、〝多分治るだろう〟というわけです。しかし若しお医者が本当の事を言って〝あなたのようなのは治らない。今までこういうのを経験しているが、一人も治った事はない〟と言うと、メシが食えないから、これは詐欺ではないので、やむを得ない罪悪です。そういうやむを得ない罪悪というのは沢山あります。パンパンガールもそれです。パンパンガールは威張って言います。〝私達が居るから娘さん達が安心して外を歩けるのだ。若し私達が居なかったら、どんな事をされるかも分らない〟と言ってます。これも命に関わる罪でないからまだよいが、命に関わる罪があるのです。お医者が〝あなたの病気は重いから入院しなさい〟と言う場合、〝では入院したら治りますか〟と聞くと、〝いや、それは分らないが、入院するより外ない〟と言うのです。〝あなたは入院しなければ駄目だ、入院すれば治る〟と言うのならよいですが、〝やってみなければ分らない〟と言うのです。それから〝先生、手術すれば治りますか〟と聞くと、〝いや手術してみなければ分らない。しかし強いてあなたの方で手術してくれと言うのならやりますよ〟と言うのです。それで手術をする時には、どんな事になってもよいという証文をとります。そうしてみると詐欺です。確信がないのに、慢然(漫然?)として入院させて、高い金をとるのです。そうして大抵な者が悪くなるのです。入院する時には歩いて行ったのが、帰る時には大抵自動車です。そうすると少なくとも詐欺被害者です。それで一番酷いのは宗教の詐欺で、これが又沢山あります。〝先生私は最初治ると言うから信仰に入ったが、どうも思うように治らない〟と言うと、〝それは信仰が足りないのだ〟と言うのですが、この〝信仰が足りない〟と言うのがいい逃げ場なのです。前にも話した事がありますが、或る大宗教で〝あなたの病気はあんまり欲張ったためだから、その罪を神様にとっていただかなければならない〟と言うから、〝どうすればよいか〟と聞いたのです。その時分はまだ物価の安い時ですが、〝二百円寄附しなさい。それで治りますよ〟と言うので、そこはあんまり裕福ではない人ですが、どうにかして二百円つくって上げたのです。それから一週間たたないうちに死んだのです。それで私は相談をかけられたのです。〝とり返すわけにはゆかないでしょうか〟と言うので、〝どうも信仰の方ではそういう話は聞いた事がないから、駄目でしょう。諦めるより外ないでしょう〟と言ってやったので、仕方がないと諦めたようですが、これは立派な詐欺です。これは神様をカタにして詐欺をするわけですが、これは詐欺取財でなくて、宗教的詐欺取財、詐欺殺人です。だから非常に高いのです。そういうようで今日よく検討してみると、詐欺的の事が普通常識のようになってます。政治家にしてもそうです。全部がそうではないが、かなりあります。ですから選挙運動の時には、〝こういう政策をする〟とか〝わが党はこういう方針である〟とか言っても、つまり不渡手形になる事の方が多いくらいなものです。選挙運動をする時には、棚から運が落ちて来るような、ボタモチでホッケタをたたくような事を言っていて、さて当選して議員になるといい加減な事を言っているのです。これもやっぱり一つの詐欺です。ですから調べてみると、そういった詐欺的な事が実に多いのです。しかしあんまり多いために気がつかなくなっているのです。そういうものだと思い込んでいるのです。世の中の事は本当の事はないというような事になってしまったのです。それで私は、そういう小さい事もですが、特に肝腎な事はドンドンついて、それを暴露しなければならないと思ってます。暴露戦術という事をよく言いますが、神様の方で暴露戦術と言っては、甚だ恰好が悪いから、なるだけそういうふうには見せないようにうまくやっているつもりです。ですから本当言うと、医学というものは「病気製造」或いは「官許殺人だ」という事を書きたいのですが、それではあんまり酷いです。前に書いた事がありますが、とうとう出せなかったのです。だからだんだん読んでゆけばそうなっても、今のように超愚的に書くわけです。結局馬鹿を通り越した、とんでもないものだと、婉曲(えんきょく)に言うので、そこに難かしい点があるのです。ですからこの間のラジオの放送の時にも、美術館の事や自然農法の事はスラスラと話せたのです。それを出すかと思ったら、医学の方の事でした。それで医学の事に関しては実に話し難いのです。それで非常に渋態でトギレトギレ話したので、どうも面白くなかったのです。しかしあんまり医学をコキ下しては刺戟しますから、できるだけ緩和して話したために話し難かったのです。ですから私は原稿を書くにも、外の事はスラスラとゆくのですが、どうも医学の事は厄介なのです。

 二、三日前にロスアンジェルスからお蔭話が来ましたが、素晴しくよく治るのです。こっちのお蔭話に負けないくらいなものです。それでこっちの方も随分浄化が強くなったので、奇蹟も(いちじる)しくなって来ました。これは始終お蔭話を読んでいると分ります。ですからキリストと同じような事は、それこそ日常茶飯事です。今私がこれから書くのは「キリストは三日で作られる」という論文です。三日間の教修をしますが、そうするとキリストと同じような奇蹟が出せるのです。ですから〝歴史は夜作られる〟という題の映画がありました。この頃は化粧品の事で〝美人は夜作られる〟という事を言ってますが、私の方は〝キリストは三日で作られる〟という事を書こうと思ってます。この頃は普通の真面目な書き方は始終書いているので飽きて来ましたから、それよりか飛び離れた題の方が興味がありますから、この頃はそういうように書いてます。この前の「神と硝子玉」とか「硝子製造人」とか、そういう方が興味もあるし、かえって分りよいです。ただあんまりそういうようにやると、いたずらに人をおどかすとか興味を引くとか野卑(やひ)に見られますから、そう見られないように気をつけてます。今の〝キリストは三日で作られる〟という事は、あんまり飛び離れているので、題だけ見たら変に思うかも知れませんが、しかし魅力はあると思います。つまり誰でもキリストになれるという事なのですから、或る教師の人は、往来を歩いていたり汽車に乗っていて、病人があってやると、立ち所に治ってしまうというのですが、そういうのはキリストと同じです。それからロスアンジェルスでは教修をしただけで盛んに病気が治るのです。しかもロスアンジェルスと言えば日本から大変な遠くです。普通から言えば、幾ら霊線でもあんな所まで大変だろうと思うでしょうが、ところが神様の方の霊線は時間、空間を超越するのですから、浄霊の霊というのは、アメリカまで霊線が行くのに一秒もかかりません。もっと速いので、一秒の何百分の一か何十分の一くらいに速いのです。ですからあっちの方のお蔭も日本と同じです。かえって向うの人の方が素直で疑いがないから、かえって日本のお蔭よりか著しいでしょう。これもだんだん栄光に出ます。従って発展し始めたら、発展力がずっと早く強いでしょう。ですからこれからが大いに楽しみです。

 

 

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