自然農法も大分良くなって来まして、特に今年発見したと言うか、技術的の面についてです。私が原理を発見して自然農法というものができたのですが、技術面の方でだんだん良くなって来て、今年になって素晴しい方法を発見したのです。その一番の成績は初年度で五割増産した所があるのです。というのは深く耕すのです。一尺から一尺二寸ぐらいの深さにするのです。そうして天地返しというのをやるのです。そうすると成績が非常によいのです。それはどういうわけかと言うと、私は百姓ではないから、田に入らないから分らなかったのですが、今の日本の水田というものは、長年強い肥料をやるので、それがだんだん沈澱して肥料の層ができているのです。つまり肥料の壁ができているのです。それですから根が伸びる場合にそれに閊えてしまうのです。そうして土の養分を吸えないわけです。或いは、閊えなくても、その中に根が入っても、なにしろ土ではなくて肥料の固まりですから、稲が育たないわけです。それですから今までは初年度は減る事は滅多にないが―偶には減る事もあったが―平年作だったのです。そうして肥毒が抜けてゆくに従って年々増えてゆくというわけだったのです。ところが今言った深く耕すのは、肥毒の壁を突抜いて、土が上に出て来る事になると同時に、壁が壊れてその辺の土が平均して来るわけです。ですから肥毒の固まりのようなものは無くなって来るわけです。そこで充分稲が育つわけです。そのために初年度から大増産になるという事が分ったのです。その成績を上げた所は、今まで三俵ぐらいだったのが、今言うような方法でやって十俵とれる予定だという事ですから素晴しいものです。今までは総て内輪内輪に言っておいた方が間違いないから五割と言ったのです。前に言った〝五カ年にして五割増産〟という事は、ごく内輪に言ったのです。
本当の事を言うとかえって信じないのです。ですからそういう事が分っていたので、前に書いてあります。
〔昭和二十五年五月二十日付救世六十三号掲載の記事〕
『農業の大革命 飯米十割増産は易々たり』
(救世六十三号)
いよいよ、わが国民主食の自給自足時代の来った事を弘く天下に公表せんとするのである、全く驚異的農耕法は遂に完成したのである、ここにその真相を伝えるべく、本紙特集号を刊行する事となったので、国家のためまことに慶賀に堪えない次第である。
昔はとにかく文化日本となってこの方、農事については各般の施設改良に腐心し官民共に不断の苦心努力を払いつつ来たにかかわらず、今もって予期の成果を挙げ得られないのはなぜであろうかという事である、もちろんそれには原因がなくてはならないがその原因こそ従来の農耕法に一大誤謬のある事である、今その点を明らかにすると共に、真の農耕法を発表し、吾らが永年唱え来った無肥料栽培法とはいかなるものであるかという事で、今やその理論を実施の結果、正に画期的一大成果を挙げ得た事によって、最早一日の猶予もなり難く、ここに天下に発表し、全国農村に向かって一大奮起を促すと共に、即時実行に移られん事を念願して止まない次第である。
まずこの革命的農耕法がいかに卓越せるかを左に列記してみる。
(一)金肥人肥は一切使用せず、ただ堆肥のみで足りる事
(二)従って、高価な金肥購入の必要なく、施肥の労力も不用となる事
(三)虫害はほとんど皆無となる、何となれば害虫発生は金人肥が原因であるからである
(四)量目が増し、品質優良美味である事
(五)人肥を使用せざるため、近来大問題とされている、寄生虫の危険なき事
(六)風水害に遭うも草質強靱なるためほとんど被害を受けない事
右のごとく、増産以外の有利なる点も多々あり、実に想像もつかない画期的空前の農耕法である、この実際を知るにおいて、今日までの農耕法がいかに誤っていたかが判るのである、吾らからみれば、従来の農耕法は好んで、苦難の途に迷い込み、喘ぎ苦しみつつあったという事実で、ここに天の時到って全農民を挙げて光明の道へ誘い幸福者たらしめんとするのである、国民生活上、最重要なる食糧問題が一挙に解決出来るという本農法の実施が、再建日本の前途にいかに大なる光明をもたらすかは表現の讃辞さえないであろう。
別項、多数に上る実地報告〔略〕を一読すれば、何人といえども疑う余地はあるまい、しかしながら、初めて見る人のために本農法の原理を概略説明の必要もあろうからここにかくのである、そもそも本農法の原理は、今日まで永い間金肥人肥の毒素によって土壌を殺して来た事に気がつかなかったのである、それを反対である生かす方法こそ本農法の根本義である、というのは従来の農耕法の大誤謬は、土壌本来の力を無視し、作物は金肥人肥によらなければ充分な成果を挙げ得られないと固く信じて来た事である、これを判りやすくいえば、近来流行のアドルムやモヒ(モルヒネ)中毒と同様で、人間一度この中毒に罹るや、薬が切れると人間活動が出来なくなる、ちょうどそのように肥料中毒に罹っている土壌は肥料が切れると、土壌の活力発揮が出来ないという訳である。
実例報告にもあるごとく、無肥料実施の第一年目は例外なく、最初の数ケ月間は葉色悪く、茎細く、いかにも貧弱なので、隣人からは嘲罵を浴びせられ、本人も非常に心配するがこれ全く肥毒のためで、土にも種子にも肥毒が充分含まれているからである、ところが、その後成熟期が近づくに従って漸次好転し初めるのは、肥毒が漸減するからで、漸次土本来の活力を取り戻すからである、ゆえに一年目より二年目、二年目より三年目というように年を追うて収穫が増すのは、肥毒漸減と正比例するからである、従って無肥料栽培三年以後ともなれば、最低五割ないし十割の増産は確実である。
我国昨年度の産米六千三百万石であったから五割増産は正に九千四百五十万石となり、現在人口八千二百万人に対し、この上一億くらい増したとしても、実に余裕綽々たるものがある、のみならず米以外の雑穀、薩摩芋、馬鈴薯、豆類等、あらゆる物も増産となる以上、食糧問題の危惧は全く解消してしまうのである、右は最低を規準としての予想であるが、実際は十割ないし二十割の増産は可能であるから、数年後は食糧大増産に悲鳴を挙げる嘘のような時節が来るとしたら今からその対策を講じおく必要もあるであろう。
しかも、労力は半減する以上、世界的有名な日本農民の労働過重も一挙解決するのみか、肥料代その他の経済的利益も加わる以上、ここに農村の黄金時代は出現し天国は農村からという事も決して痴人の夢ではあるまい。
今一つ言いたい事は、この一大福音を天下に発表するについては、本教の宗教宣伝に用いるように思われやすいが、そのような意図は毫もなくただかくのごとき空前の一大発見を一刻も早く知らしめ、苦悩に喘ぐ農民を救い国家の繁栄に資せんとする以外他意はないのである、また実例中にある浄霊であるが、これはもちろん大いに効果はあるが、そのような信仰的手段をとらずとも、単なる堆肥のみの栽培で五割以上の収穫は確実である事を付言しておくのである。
二十五年ですから丁度三年前に、十割増産、二十割増産という事を書いてあるのです。しかしこういう事を書いて、あんまり驚かせてもまずいから、そこで五割と内輪に言ったわけです。そこにもっていって世の中の方ときたら御覧のとおりなのだから、急いで全国的に知らせなければならないのです。実に今の農民の苦しみというのは大変なものです。それで今年ほど肥料と病虫害駆除の薬を使った年はないのですから、この費用というものは何十億か分らないでしょう。
「政府の発表は六十億ですが、事実はもっと行っていると思われます」
実際には百億もあるでしょう。ついでだから話しておきますが、政府で何かやりますが、その時には悪い方は言わないで良い方だけ発表するのです。それはつまり不断から大いに科学を宣伝しているので、科学の効果があるという事を見せないと工合が悪いため、そこで良い方だけを取上げて言うのです。ですから屁のような手術に成功したとか、薬が効いたという事を新聞にデカデカと出してますが、暫くたつと煙みたいになります。そういう事を見ても実にけしからん事です。そういうようなわけで、一日も早く知らせなければならないのです。今度丁度報告が来て、そのうちの三つがそういった深堀りで最も成績をあげたのがありますから、その三つの例を添えて、新聞の一頁広告を出そうと思ってます。今その原稿を書いてますが、とに角世の中に早く知らせなければならないわけです。そういうようなわけで、大いに間違った事が多いのですが、それについて書いてみました。
御論文〔詐欺時代〕 【註 栄光二三一号】
詐欺時代
(栄光二三一号)
これも可笑しな題だが、実は本当の事であって、只一般が気が附かないだけの話である。それは何かと言うと、今日の社会は真実そのものは至って少なく、大部分と言っていい程、大なり小なり詐欺的手段が公然と行われている。それを今書いてみるが、例により医薬の面で、先ず薬である。毎日の新聞の広告欄を見ても分る通り、薬の広告が大半を占めている。このような莫大な広告料を払ってまで割に合うのだから、如何に売れるかが分る。これでみても、今の人間が飲む薬の量は大変なもので、少し有名な売薬は、五段抜き二つ割大の広告を毎日のように出しているが、この広告を我々の見地から検討してみると、殆んど詐欺ならざるはないと言っていい位である。
例えば、この薬を飲んだら何病に効くとか、何病の発病が予防出来るとか、血が増え肉が殖えるとか、サモ素晴しい効果がありそうに思われるが、悉くは売らんが為の欺瞞手段である。というのは、第一当局にしても薬の効く効かないは問題ではない。只害にさえならなければ許可する方針だというのであるから、売薬業者もその点充分承知している筈であるから、怪しからん話だ。尤も昔から、売薬の効能といって誇大が当り前のようになっているのは、誰も知っているであろう。これ等も公平に見て一種の詐欺的行為と言えよう。然も人の弱身につけ込んで金儲けに利用するのだから、その罪赦し難しであろう。次は医学であるが、これも大同小異で、只世人が気が附かないだけの事である。例えば、貴方の病気は一週間通えば治るとか、この注射を何本うてば快くなるとか、この手術なら、この薬を続ければ、などと言って患者に安心させるが、恐らく言葉通りに治った例しは極く稀であって、大部分は見込違いであるのは医師もよく知っている筈で、これをパーセンテージで現わしたら、意外な結果であろう。してみれば、これ等も善意の詐欺と言えない事はあるまい。
故に〝貴方の病気は私には分らないから、確かな事は言えない。飲薬でも注射でも何々療法でも、治るとは断言出来ない。入院しても確かに治るとは請合えない〟と言うのが本当であろうが、それでは患者は来なくなり、忽ち飯の食い上げとなるから止むを得ないとは思うが、患者こそいい面の皮であり、医師の立場もサゾ辛いだろうと御察しする。又手術にしても一回で治らず、二回、三回というように回を重ねても治らず、酷いのになると一週間の入院で治ると請合っても治らず、二週間、三週間、遂には半年、一年となっても治らない例もよく聞くのである。これ等に至っては、多額の入院料を払いつつ、長い間散々苦しんだ揚句、病気の方は入院当時よりも悪化し、結局退院か死かのどちらかというような人も随分多いようで、結果から言ってヤハリ詐欺になり、患者は被害者になるわけである。そのような事が、何ら怪しまれず公々然と行われている今日であるから、実に恐ろしい世の中と言わざるを得ない。処がこういう場合、医師は巧く逃げる。曰く、貴方は異常体質だ、手後れだったのだ、非常な悪質な病気だ、万人に一人しかない病だなどと言って済んでしまう。中には良心的な医師もあって、自分の見込み違いだったという事もないではないが、これ等は極く稀である。
次は政治面であるが、政府の公約も、議員候補者の選挙演説なども、国民や選挙民に誓約した言葉など、その場限りで忘れてしまい、何等責任を負わないのが通例となっている。又政党なども、口では国家本位などと言うが、実は我党本位であって、是々非々も御都合次第で、いつかは煙になる事が多い。又商工業者の見本と現品の違う事など当然のようになっており、手形の不渡の多い事など、書けば限りがない程で、只法に触れるか触れないかの際どい詐欺は、当然のように社会一般に行われている。というように、今日の世の中で正直明朗は殆んど見られない。今一つの驚くべき事は、宗教にも詐術があると聞いたら、誰しも意外に思うであろう。それは何かと言うと、例えば、貴方の病気を治すには、幾ら幾ら金を献げなさいという宗教がある。併しその通りに上げても治らず、死ぬ事もあるから、これ等は神の名を利用した立派な詐欺であろう。そうかと思うと、御利益のない内から、信じなくては治らないと言うかと思えば、御利益のないのは信仰が足りないからなどと逃げるのも、厳密に言えば詐欺でないと誰か言い得よう。
こうみてくると、今日の世の中は真実は絶無とは言えないまでも、洵に寥々たる有様で、殆んど嘘つき瞞し合いが普通の事のようになっている。全く闇の世の中である。この闇の世の中を明るい世の中に切替えるのが我が救世教の使命であるから、世間でもお光様と言うのであろう。
詐欺にもいろいろあるというのは変な事ですが、人を瞞すのが詐欺で、一色ですが、つまり多過ぎるために詐欺という事に気がつかないのです。だから売薬などでも、効かなければ〝けしからん〟と言うのが当り前ですが、効かなくても〝これはこういうものだ、気休めみたいなものだ〟と言って済ましてますが、これはそういう事が多くなってしまったので分らなくなってしまったのです。よく昔流の封建的の主人とかに、奉公人などが何かというとどなりつけられたり頬を叩かれたりしますが、これが、こういうものだという事になっているから敢えて不思議はない事になっているのです。田舎などでは今でも、嫁などは非常に虐待されて、それこそ嫁だけは台所でメシを食うという所がよくあるそうです。けれどもそれが当り前だ、こういうものだという一つの運命的に解釈しているのです。それと同じように、お医者が言う事が違ったり―これは違う事の方が多いのです―お蔭話などを見ても、〝一週間で治る〟〝一カ月で治る〟という事を言っても、それは全然違っています。それだから浄霊の方に来るのでしょうが、しかし医学では治らないのが真理なのだから、これは誰でもそれが当り前です。ただ一時押えで治ったように見えるが、しかし暫くすると元のとおりに発病するという事は当り前です。よく冷静に見ると、実に真実のものはありません。本当に真実のものは救世教以外にないと言ってもよいくらいです。それで一番罪なのは、ここにも書いてあるとおり宗教の詐欺です。それだから世の中から宗教というものが軽蔑されたり、又少し古いのは立ち行かないような状態になっているのです。だから肥料迷信というのも、一つの迷信を迷信と気がつかないようになってしまってますから、どんな実際を見せようとなかなか信じられないのです。ですから去年十八俵とった伊野という人は、最初のうちはみんな軽蔑して、大勢で寄ってたかって、無肥料で作るというのはどうかしていると、手を打って冷やかしたそうです。そういう人達の今の顔が見たいと思いますが、近頃は全然沈黙どころか、コソコソと真似を始めているのでしょう。
「真似はして居りますが、座談会などには参りません」
そうでしょう。しかしもう少したつと頭を下げて来ます。これ等迷信は実に強く入ってます。病気もそうです。だから詐欺にかかっているという事が、詐欺にかかりつつ詐欺と思わないで詐欺を信じているのです。だから何んと言ってよいか分らないので、やむを得ず、この間のように「超愚」という名前をつけたのです。
それから「救世教奇蹟集」を今度発行しますが、広告文は余程うまく書かないといけないが、なかなか難かしいのです。大体救世教の言う事は今までとはあんまり違い過ぎるので、余程うまく書かないと分らないのです。分らないどころか逆効果になって、テンデ気違い扱いされる懸念があるのです。ですから私がその広告文を書きました。
〔世界救世教奇蹟集 広告文〕
世界救世教奇蹟集 広告文
(読売 昭和二十八年十月三十日)
凡そこの世に神は在るか無いかという事程、簡単にして難しい問題はあるまい。という訳は昔から今日迄肯定派と否定派とが何程論議を闘わして来たか分らないが、今以て結論は得られないにみても明らかである。これに就いて私としてもよく考えてみると、神が無いという方が当ってはいないかと思う。何故なれば目にも見えず、耳にも聞えず、手にも触れないからである。従って誰にでもハッキリ分る処の唯物科学を以て唯一無上のものと信じ、絶対的信頼を払っているのが現在である。処が困る事には何程科学が進歩しても、割切れない問題が次から次へ出て来るので、科学のみでは到底安心出来ないが為、或者は哲学へ、或者は宗教へ、或者は何々というように、何等か力強いものを求めてはいるが、それを満し得る程のものはないので、人々は不安に怯え乍ら、希望なき人生を送っているに過ぎないのである。成程文化の進歩は何も彼も便利となり、政治も社会機構も改善され、昔とは比べものにならない程恵まれているに拘わらず、右の如しとすれば現代文明の何処かに気の附かない大きな欠陥があるに相違ない事が考えられる。
では欠陥とは何かというと、即ち科学過信であって、特に智識人程そうであるから、何よりもこれに目覚めさせる事で、これが先決問題である。といっても智性の進んだ今日、何事も学理第一主義になっているから、この誤った考え方を是正し奇蹟によって神の実在を認識させる事である。従ってこれが一般に知れ渡るとしたら、玆に人類待望の平和幸福な世界実現は必然である。又昔から奇蹟は宗教に附物とされているが、その中でも彼のキリストの奇蹟である。これが同教発展の上に如何に大きな役目をしたかは、今日文化民族の大半が基督者であるにみても明らかである。それに引換え彼の仏教が、現在見る如き極東の一角に漸く命脈を保っているにすぎないのは釈尊在世中見るべき奇蹟がなかったからでもあろう。又今一つの重要事がある。それは昔から宗教、倫理、道徳、教育等々理屈を以て教化の方法として来たが、これも殆んど魅力を失ってしまった。というのは如何に巧妙な理屈といえども、事実が伴わない限り、人心を捉える事は出来ない。理屈だけで悪人が善人にはならない。理屈で幸福は掴めない。理屈通り医療を施しても病人は減らない。というように人間は最早理屈不感症となっている(只医学のみはそれに気附かないだけの事だ)然しこれより外に方法がない現在、ないより増しだ位に続けているのである。斯うみてくると今日真に人類を救い得る力のあるものは殆んどないといってよかろう。
処が驚くべし、この大問題を確実に解決出来る一大福音が生まれたのである。これこそ人間が夢想だもしなかった超人間力、即ち最高神の力であって、これが本教を通じて今や暗黒無明の世界をして、光明赫々たる世界に転化せしめんとするのである。その唯一の方法が奇蹟であり、本教位奇蹟の多い宗教は未だ嘗てないとされている。一例を挙げれば一信者にして、キリストと同様の奇蹟を顕わし得る者已に数十万に及んでをり、尚益々増加の傾向にあり、この事自体が已に一大奇蹟である。その実例百二十を載せてあるが、余りに超現実的なものばかりで、直ぐに信じ得られまいが、事実は飽くまで事実であり、全部本人手記のものである以上、疑念のある人は本人に直接打っかって訊くか、本教に来って直接検討されん事である。以上によってキリストの曰われた天国も、釈尊の曰われた彌勒の世も神の準備は已に成り、今や呱々の声を挙げんとするその直前が今日である。故に現在迄の人類苦闘史は、その陣痛の為でしかない事が分るであろう。
それから有限力と無限力という事を書こうと思ってますが、というのは、この間中騒いでいた理論物理学ですが、これについてはこの間も話したとおり、結局において行詰ってお終いになってしまうのです。それで他の事はとも角、医学に関した事は駄目になる事がはっきり分っているのです。というのは、総て力というものは、計算のできるもの、何馬力とか、或いは粒子とか――今は顕微鏡がだんだん進歩して一千万倍くらいまでも分るそうですが、しかしこれは顕微鏡に写るわけではなくて推定です――要するに理論的に計算してゆくので、科学は大いに進歩しているようですが、それでだんだん進歩してゆくと、結局零になってしまうのです。一千万倍から一億万倍、十億万倍に見えてゆくと、科学ではこれは理窟でも分らないのです。大体科学というものは「物」なのだから、物には限度があります。だから科学を極めて行っても、結局或る程度まで行ったらお終いになります。機械や理論では分らない所に行きます。だからそんな面倒くさい事をしなくても、私は無限力という事を言っているのです。又真理はそれなのです。それで無限力というのは限度がなく、時間空間を超越しているから、これほど大きな力はありません。浄霊の力というのは無限力です。レントゲンとかラジウムで病気を治そうというのは有限力です。何んとなれば無限力というのは、さっきも読んだとおり目に見えない手にも触れないもので、空と同じです。科学は有限力を研究する学問なのだから、無限力にまでゆけば、それはもう科学ではなくなります。だから科学がだんだん進歩してゆけば無限力に行ってしまいますから、そうするとそこでお終いです。この点が難かしいと言えば難かしいが、易しいと言えば易しいわけです。科学の方では、例え原子爆弾でも地球全体を壊す事はできないので、やっぱり限度があります。大きくみて日本一国を壊すくらいの事はできるでしょうが、東洋全体は難かしいでしょう。というのはそれだけのものを空中に運ぶ事はできません。それであの爆発力にしても、これについては私は二十年くらい前に――確か信仰雑話にも書いてあると思いますが――地球から水分を抜いてしまえば地球は爆発してしまうという事を書いてあります。それで原子爆弾というのは、ごく僅かの所の空気から、ウラニウムとかいろいろな放射線を放射して水分を抜き爆発させるのです。その爆発した力が隣へ隣へと行って大爆発となるのです。その原理なのです。ですからその水分を抜く方法を発見できたので、それが原子爆弾です。そこで今の原子爆弾一発で二億弗かかるそうですから、このくらいの水分を抜くという事は、その百倍、二百倍という事になると、機械の操作ではとてもできないのです。それで浄霊の方は無限なのです。ロスアンジェルスでも大変な奇蹟がありますが、そうすると私の霊がロスアンジェルスにまで行くわけですが、私の霊がロスアンジェルスまで行くのに一秒の百分の一もかかりません。間髪を容れずと言うが、そのくらいのものではありません。それで早いという事は無限力だからです。この無限力というのは神様の力より外にはないのです。それが分れば、科学というものをまるっきり無くしてしまうのは勿体ないが――やるのはやってもよいが――これを大したもののように思って世界中の科学者が総がかりでやる必要はないわけです。それもいずれ書きます。そういうようなわけで、何事でも無限の目に見えない力が一番大きいのです。恋愛の結果心中しますが、これは無限力です。つまり有限力なら心中しなくても済むのです。無限力だから生命を落してまでやってしまうのです。とに角生命を自由にするのですから大変なものです。信仰というものがやはり恋愛です。信仰というのは恋愛の極致ですから、最も素晴しい無限力です。科学が幾ら何んと言っても、それは信仰の力には敵いません。ですから共産主義が一番恐れるのは宗教なのです。スターリンが不断言っていたそうですが。一番恐ろしいのはローマ法王だそうです。他の者はスターリンの自由になるが、ローマ法王だけは駄目だ、カトリック信者だけはスターリンの思うとおりにゆかない、敵わないのだそうです。これは向うに行って見て来た人に聞きました。ですから宗教という、形のないものほど力は強いのです。力は一番形があるものほど弱いのです。ですから馬の力の〝馬力〟というのはごく限度があります。何馬力の機械とか言うのは限度があるものです。それで上等のものほどだんだん細かくなるのです。そうしてその最も細かいのを通り越すと無限力になるのです。そういうようなわけで、有限力と無限力という事をいろいろな事に当て嵌めてみるとよく分ります。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.

-1-scaled-2.jpg)