十一月十五日

 今度京都に行っていろいろなお寺を見て来ました。今度であらかたお寺は見てしまったような気がします。一番見たかったのは正倉院です。丁度奈良博物館に陳列されてあったので非常に落着いて見られました。前に東京の博物館の時には大変な人で、とても見られなかったのです。それが今回は東京の博物館の人と、その方の道具屋の中でも一番の専門家の人と二人がよく説明してくれたので申し分なかったです。それで正倉院の物も一部だそうですが、大体奈良朝時代としての特色ある物です。しかし仏像は殆んどないです。それですっかり見た結果認識が変ったのです。というのは世間で大騒ぎをやるほどの価値はないように思えるのです。というのは、芸術的に見るとそれほどの価値はないのです。なにしろ殆んどの品物は調度品つまり室内家具が多かったのです。だから芸術的に見るとそれほどの価値はないのです。ただ千年以上前によくもこれほど(たくみ)な物が出来たというだけの話で、到底今は真似もできない、大天才が作ったという点ではないので、今でもあのとおりにこしらえようと思えば出来ます。ただ古い時代にこれだけの物が出来たというその価値です。ですからもう一度見に行こうという気はありません。これは遠慮なく言う話ですが、そういうようなわけで、あれは日本人だけで、外人が見たらそれほどの感激はないと思います。

 それから今まで見たお寺で、一軒々々見ても、本当にこれはという物は一つのお寺に一、二点です。多くて四、五点くらいです。今度行った三宝院=醍醐にあるお寺=はなかなか有名なお寺で、お寺にしては割合にきれいに調ってます。これは懐がよいためだと思いますが、お寺では一番裕福そうに見えます。特に秀吉が力を入れたらしいのです。醍醐の花見というのはこのお寺の地所の中でやったのです。だからいろいろな道具がありました。仏像はあまり頭に残る物はありません。仏像はやはり奈良のお寺です。それでこれはと思うのは宗達の屏風で、有名な「舞楽の図」ですが、これは大した物です。「舞楽の図」と「扇面ちらし」と両方ありますが、「扇面ちらし」の方は、絵はよく出来てますが、最近やつれたので金箔をすっかり置き直したのです。ですから非常にきれいですが、やはり絵と調和しないから、そこに難点があるわけです。それで「舞楽の図」の方はそっくりそのままで何も手をつけないから、これは素晴しい物です。それから醍醐寺の庭は秀吉が随分指図して力を入れて造ったという事になってますが、秀吉はああいう太っ腹の人だから、そういったおおまかな感じが出ているかというと、それが反対で、実に箱庭的のせせこましいオモチャみたいな物です。見た人は知っているでしょう。私はあの庭はむしろやり変えた方がよいと思います。いかにもオモチャじみた物で、外人などには見せたくないくらいな物です。京都の――大抵お寺ですが――庭というのは他の美術と比べて、あまりに掛離(かけはな)れているのです。京都は小堀遠州の庭が多いのですが、やはり遠州という人の性格がそうだったのだと思いますが、実に構想が小さ過ぎるのです。それでお寺に行くといろんな説明をしてます。これは何時の頃、何年に誰がどうしたか言ってます。これはお茶の影響もあります。遠州も大茶人ですから。これは狭い庭ならよいのです。ところが大きな庭に茶人の庭を造ったからして、しっくりとゆかないのです。結局京都は庭だけは失望するというわけです。何処の庭を見ても坊さんの説明の方がずっと感心します。まるでそこらに転がっている沢庵石みたいな物を大変に由緒(ゆいしょ)ある物のように巧に説明してますが、それは実にうまいものです。そういうわけで、私は今度の嵯峨の平安郷にはまるっきり違った、もっと大胆なアッとするような物を造ろうと思って、この間ちょっと設計しました。それで京都の庭として、日本のいろんな草木、石、そういう物をあしらって造れば、こういう良い物が出来るという見本のような物をこしらえようと思ってます。それと共に各寺にある本尊様を除いた良い物を一カ所に集めて見せるという仏像美術館は是非造ろうと思って考えてます。ですから京都には良い物がありながら生かす事ができなかったのです。

 それから「救世教奇蹟集」の新聞広告の事です。広告文は私が随分骨を折って書いたのですが、読売は出しましたが、朝日、毎日は出さないのです。それについて書いて、あの人達に読ませようと思ってます。

 御論文〔ジャーナリストと本教〕     【註 栄光二三四号】

ジャーナリストと本教

(栄光二三四号)

 今度私が救世教奇蹟集メシヤきょうきせきしゅうを出版するに当っては、先ず最初三大新聞に広告を出すべく依頼した。処が読売のみは早速掲載けいさいしたが、朝日と毎日は三週間を経た今日こんにち、未だ出ない処を見ると、広告輻輳ふくそうの為ではなく、他に理由がなくてはならないと思ったのである。尤もこれに就いてはまえもって予想はしていた。というのは、毎日はそうでもなかったが、朝日のみは、先頃の「アメリカを救う」と「結核信仰療法」の二書とも広告掲載をきょしたからである。その際理由をたずねた処、係の話では、さんりょうろんあって決定がつきかねる為、掲載は不可能との返事であったので、今回も或いはそんな事かも知れないと思っていた処、今度は毎日も同様なので、驚いた次第である。

 これを要するに、私の著書は、どれもこれも取上げにくい程てんこうのものばかりなので、オジがつき、さわらぬ神にたたりなし的に引受けないのであろうが、気の小さい話である。併し、考えてみるとそれも無理はない。何しろ今迄に聞いた事も見た事もないような、ぜんじんはつきょう的著書で、現在の学者やジャーナリストの頭脳では到底想像出来ないからである。併しそれであればある程、進歩せる説として価値が高いわけである。然も事実のうらづけがある以上、くうくうろんでない事は勿論で、疑う余地はいささかもない筈である。言う迄もなく、現在の知識人に理解出来る程度のものとしたら、それは既成学問の枠内わくないであり、ありふれたものに違いないからである。これをたとえてみれば、彼の西洋に於けるコペルニクスやガリレオの地動説にしても、当時の学者は勿論、支配的勢力を持っていた宗教人等にも理解困難の為、強い反対にい、投獄され、生命の危険にまでさらされたのであるから、先覚者の世にれられない悩みは、何時の時代でも同様であろう。早い話が、日本に於ても幕末ばくまつ当時、西洋的のものは何でも彼んでも切支丹キリシタンバテレンの名のもとに、一刀両断いっとうりょうだん禁止された事や、ひそかに蘭学らんがくを学ぼうとした杉田すぎたげんぱくたかちょうえい等もそうだが、よししょういんの如き泰西たいせい文化ぶんかに触れようとした為、アレ程の迫害をこうむったにみても、思い半ばにすぎるであろう。

 これに就いて面白おもしろい話がある。昔白人たんけんがアフリカ内地旅行の際、偶々たまたま蛮人ばんじんが何か地にあるものを見附けて驚き、悲鳴を上げ逃げたので、早速その場所に近附いてみると、何と一個の時計が落ちていたので、失笑しっしょうを禁じ得なかったといういちそうを或る本で見た事がある。これを思い出した私は、少しちょうかも知れないが、その時計と救世教奇蹟集と相似ているとさえ思った事である。というように、私の説く処行う処は、ことごとく現代文化のレベルをはるかに抜いているので、反って始末が悪いのである。今一つの事は、今日世界何億の人民が神としてあがめている、イエス・キリストが行ったと同様の奇蹟を行い得る私の弟子、已に数十万に及んでおり、尚益々増えつつありという一事など、これだけみてもぜんとするであろう。

 さらばと言って、これをたんじゃせつする事も出来ない。確実な立証りっしょうが伴なうからである。そうかと言って今直に偉大なる発見として取上げる事も勿論出来まい。それには大いに勇気を要するからである。何しろ何百何千年にも及ぶ、伝統、宗教、学説等の綜合そうごう知識ちしきで出来上がった頭脳である以上、急に切替えるのは無理であるからで、どうしても時を待つより致し方あるまい。そうかと言って、安閑あんかんとしてはおれない理由がある。それは、驚くべきしんであって、人間は近き将来断崖だんがいから転落する如き危機が迫りつつある事である。これを救うべく神の大愛は、世界到る所に救いのつなを準備されており、早晩これを握らざるを得ない時が来るのは已に決定的である。処がこの重大事を知らず、又知らされても信じないジャーナリスト諸君は、何れほぞむのは分っているが、それに盲目もうもくであるが為、広告を引受けないのであろうが、それだけならいいが、この結果として大多数の不幸な人が救われる機会を失うのであるから、まことかんである。それというのも、本教の実態を知らず、他の新宗教と同列視どうれつししているに外ならないのであるから、本教が他の如何なる宗教とも全然違っている認識であって、それには本教を徹底的に調査検討されん事をせつに望むのである。現に本教が行っている事業たるや、偉大なる新文明の創造であり、その企画の雄大ゆうだいなる何物も追随ついずいを許さないものであり、これによって世界人類が救われるとしたら、この際小乗的見方を捨て、寧ろ本教を支援すべきが本当ではなかろうか。併し凡ては時の問題である。何れは一般に分り出し、世界の輿ろんとなるとしたら、その時となっては已に遅しで、全部の新聞は慌てて取上げざるを得ない事になろう。そうなったら、今日の如き大新聞としての権威を保つなどは、一つの笑い話となるであろうが、それにはこの際、眼を大局的たいきょくてき視野に向けられん事である。釈迦しゃか説法せっぽうではあろうが、新聞の使命は社会の指導的正しい輿ろんを作る事で、輿論の後を追うようでは、無定見むていけんそしりは免れまい。

 これに就いてうらやましいのは、のアメリカである。同国の有識者始め社会一般の進取的しんしゅてき自由主義は、今迄のものより進歩であり、人類の福祉にいささかでも役立つものとしたら、躊躇ちゅうちょなく取入れる態度である。発見者が学者であろうとなかろうと、商人でも職工でも宗教家でも、そんな事はどうでもいいという、大胆だいたん率直そっちょくな見解の広さである。同国が二世紀に満たない今日、世界をリードする程の地盤を築き上げたのもゆえあるかなである。私は、日本もこれにかんがみ、一日も早く島国しまぐに根性こんじょう一擲いってきし、非は大いに糾弾きゅうだんすると共に、是は大いにようするという大乗的見地に立って、新聞としての大使命を発揮される事である。そうして結局に於てこの救世の大業たいぎょうが完成するあかつき、日本が人類史上空前の模範国家として、世界から尊敬そんけいまととなるのは断言してはばからないのである。えてジャーナリスト諸君の猛省もうせいうなが所以ゆえんである。

 新聞の売薬広告についてですが、これは実によく売れるとみえて、一番広告欄を占めてます。それについて書いてみました。

 御論文〔新聞の売薬広告〕     【註 栄光二三六号】

新聞の売薬広告

(栄光二三六号)

 私は日々新聞を見る毎に、心の暗くなる思いをどうする事も出来ない。知らるるごとく近頃の新聞の売薬広告は目立って多くなったようである。言うまでもなく薬物が大いに進歩したといわれ、ペニシリン、ストマイ、テラマイ、パス等々、ヤレ何々の薬がよく効くなどと、専門家は言論機関などを通じてハヤシ立てるので、一般人はそれを丸呑みにしてしまい、(ふところ)をハタいて買漁(かいあさ)るのであろうから、大いに売れ、売薬業者はホクホクものだろうが、これを吾々からみると実に恐ろしい気がする。というのは大切な金を捨てて病の種を買うようなものだからで、知らぬ事とはいいながら余りに可哀想で見てはおれないのである。しかも始末の悪い事には売る方もそれを善いと思って行っている事が、金儲けにもなるのだから大威張で、はなはだ結構にみえるが、実をいうと危険千万としか思えない。もちろんこれらことごとくの薬は麻薬と同様一時抑えにすぎず、本当に治るのではないから、暫くすると必ず再発する。また薬で抑えるというように漸次悪化しついに慢性となるのは御蔭話中にも沢山出ている通りである。

 従ってこの悲惨事を一人でも多くの人に分らせたいと思って、私は絶えず最善を尽くしてはいるが、何しろ根強い迷信であるから容易ではない。しかも政府はじめそれに携わっている人達は、これによって国民の健康を維持し得ると錯覚しているのである。

 このような恐るべき薬の害毒を知らない結果、堂々たる大製薬会社を作り、医師も協力し、政府も援助するとしたら、現在のごとき病人氾濫時代を生んだのも当然で、その愚及ぶべからずである。そうしてこれが現在文明のあり方であってみれば、この迷蒙を打破するのが世界を救う根本であろう。これとよく似た日本の例をかいてみるが、知らるるごとく封建時代から大東亜戦争直前までは、忠君愛国をもって最高道徳とし、大多数の殺人者程英雄と崇められると共に、個人としての武士、軍人階級は一生を通じて殺人の技術を練磨し、一旦緩急あれば義勇(こう)に報ずるという美名の下に、生命を捨てて顧みない。それを武士道精神の勇者として称えられ、一家一門の栄誉とさえ思われたのであるから、今日から見れば実に想像も出来ない程の馬鹿馬鹿しさである。それが敗戦によって一転、民主主義国家となった今日、当時を顧(かえり)みてその野蛮思想に愕然とするのである。

 ところがいよいよ天の時来って右と同様な変革が文化面にも今や来らんとするので、その第一条件こそ二十世紀の今日まで薬という毒物をもって、病を治そうとして病を作り、そうして苦しむという恐るべき迷蒙である。従ってこの迷蒙に終止符を打つのが神から命ぜられた私の大任である。

 それでますます薬を多くのませつつあるのです。滑稽なのは、これはアメリカで始めたのですが、どんな物にでもビタミンを入れるのです。それをよいと思っているのだからしようがないです。それから水には晒粉だとか、いろんな消毒薬を入れるが、そういうように異物を人間の体にますますいれるようにしているのです。だから体が弱り、浄化が停止されるから、そこで病気が起らないのは、つまり弱るわけです。つまり浄化作用の発生が弱るわけです。そこで激しい病気は起らないのです。そのために寿命が延びたと言うので、これを医学の進歩だとしているのです。だから、これはよく知っているでしょうが、人間の体を弱らせれば浄化が起らないというわけです。そういうようで今まではそれでよかったが、だんだん霊界が明かるくなって火素が増えるに従って浄化力が強くなりますから、この浄化を押(抑?)えるやり方はもうそんなに長くは続かないです。まず続くとして二、三年でしょう。その先は霊界の方の浄化力がずっと強くなります。今年の米の不作もそれが大いに影響があるのです。虫害が酷いという事は浄化力が強いのです。というのは土に汚物が溜まり、それを作物が吸うと、汚物を浄化する作用が強くなるのです。そうすると汚物を食う虫が必要になるから、そこで虫が非常にわきやすいのです。ところが人間の方も、もう数年以内に浄化力が強くなると、押え切れなくなりますから、病人ができるのは大変なものです。それこそアッチでもコッチでも死にます。そこで初めて目が覚めるのです。これは度々言ってますが、それが大分近寄って来ました。

 これは医学を説明するのに、こういう説明の仕方がよいと思って書いたのです。

 御論文〔医学は迷信か〕     【註 栄光二三五号】

医学は迷信か

(栄光二三五号)

 医学は迷信か否かについての最も分り易い説明をしてみよう。それは何かというと、外国はともかく我国の現在における治病法と名の付くことごとくは、誰も知るごとく医療と医療以外の多くの民間療法で祈祷、禁厭(まじない)、信仰療法等々あるが、これらを総計したら恐らく数においては医師以上であろう。しかもそれぞれ相当の繁昌を見せている点から考えても、今後増えるとも減る事はあるまい。としたらこれは何を物語っているかを考えるべきであろう。

 これについて有りのまま言ってみれば、医学は世人が思う程進歩していないのである。もし本当に進歩しているとしたら、大衆は何を好んで国家も有識者も口を揃えて礼讃し奨励している医学を捨ててまで、疑惑の雲に包まれている非医学的療法に走るかという事実である。言うまでもなく一般人は病気に罹るや例外なく早速医師にかかる。しかし簡単に治る場合もあるが、中には何程金をかけ、医師も熱心に治療しても思うように治らないのみか悪化する一方で、ついには治る見込はないとして、医師も匙を()げざるを得ない事になる。こうなると患者も助かりたい一心で、あらゆる療法を探し求めるのは当然であろう。人間として命程大切なものはないからである。ところがこの際周囲の者達は口を揃えて言う事は、これ程進歩した医学がありながら、世間からとやかく言われている新宗教などに命を委すのは迷信に違いないといって、常識論を振翳(ふりかざ)し、極力止めさせようとするのが御定法(ごじょうほう)である。ところが肝腎な病人はそんな事は百も承知であるから応じないのが当然で、このような経緯はお蔭話中にも沢山見らるる通りである。

 これを要するに、問題の鍵は医療で完全に病を治しさえすればいいので、それ以外何もないはずである。ところが医療では何としても治らないからこそ窮余の結果他の療法を求めざるを得ないのであるから、むしろ同情すべきである。ところがこんなハッキリしている事を棚へ上げて信仰療法を非難し妨害するのであるから、強いて事実に目を蔽っているとしか思えない。そうでなければ医学迷信の虜となっているため、盲目となりきっているとしか考えようがないのである。また医師とても御自分が匙を抛げた病人を、吾々の手で助かるとしたら、大いに感謝してもいいと思うのである。そのような事実に対し、医療を何程信用せよと太鼓を叩いても無駄であり、どうしても本当に治る方に赴くのは致し方あるまい。つまり医療が余りに拙劣であるからで、医療で完全に治りさえすれば、黙っていても非医者などに赴く患者は一人もあるまい。こんな簡単な道理が分らずとやかく言うのは、その人達の頭脳を疑いたくなるのである。

 以上のごとくこれ程進歩した時代の一面に辻褄の合わないような事も中々少なくないので、それが社会全般に被害を与えているのであるから、全く盲聾の世の中である。ところが右は常識論であるが、これに対して我救世教の浄霊医術である。信者はよく知っているが、まだ知らない人のために一言いうが、医療は前記のごとく無力どころか、それ以上のマイナス的存在である事の認識が出来さえすれば病気の心配からは解放され、真の安心立命を得らるるのである。次に世人の気の付かない今一つの驚くべき事実がある。それは無薬療法すなわち信仰や民間療法で治るのは、その療法の効果よりも、病気を増悪させていた医薬を中止したからである。という訳で皮肉な言い方かも知れないが、信仰療法や民間療法が繁昌するのは結果からいって、医学のお蔭といってもいいであろう。

 これは少し違った事ですが、もっと長く書くつもりですが、その最初の方です。

 御論文〔私は神か人か(一)〕

私は神か人か(一)

(『私物語』より)

 私という人間程不思議な人間はあるまい。恐らく世界肇って以来類型のない事は確かである。私自身と雖も考えれば考える程、不思議の一語に尽きると思っている。そうして昔から知る限り、聖者、賢哲、偉人等の伝記を見ても、私に当嵌るような人間は一人もない。そんな訳で将来いつの日か誰かが私を研究し、批判する事も必ずや相当数出るであろうから、それを考え今出来るだけ私というものの有りのままの姿を記き残しておこうと思うのである。

 先づ私をかくに当って、一番不思議に思っている事は、誰よりも私自身である。それというのは余りの神秘性に富んでいるからであって、此意味に於て主観と客観との両面から解剖してみようと思うが、之に就いては何年も何十年も私に接近している者でも、今以って本当には分らないらしい。否私の妻でさへ余り分っていないようである。勿論、私は宗教家ではあるが、釈迦、キリストのような一宗の創立者でもなければ、飛抜けた人物とも思えまい。それは余りにも間口が広すぎるからである。

 そうして私は右のような事は若い頃から思ってもみた事がない。只普通人よりも何処か変ってる処があるようだと、只漠然と意識していたにすぎなかった。その最も変ってる点といえば、私は歴史上偉人として伝えられる如何なる人間でも、崇拝する気にはどうしてもなれない。それは私として追いつけない程の偉い人物とは思えないからである。之は理屈でもなく自惚でもない。自然に湧いてくる気持で、寧ろ寂しくさえ思える事が屢々あった。又今一つの特異性といえば非常に正義感が強く、悪を憎む事人一倍で、日々の新聞紙を見てもその憤激を抑えるに随分骨折ったものである。そこで何とかして此不正を減らしたいと考えた末、目を付けたのが新聞である。処が当時一新聞を発行するには百万以上の金がなくては駄目だというので、それを儲けるべく大いに活躍したが、事志と違ひ見事失敗した。然し之が宗教界に入る動機ともなったので、反ってプラスになった訳である。

 それが大本教の入信であって、それまでの私は無神論のコチコチであったが、大本信仰により神の実在を肚の底から認識出来たのであった。それというのは何しろ驚くべき奇蹟が次から次へと出て来るので、玆に心機一転百八十度の転換となったのは勿論、日の経つに従い益々奇蹟続出、遂には私の過去、現在、未来に亘る運命に就いての霊的啓示をも受けると共に、自分は超人的力を与えれら、人類救済の大使命を荷う事が判然としたのである。そうしてその頃洵に不思議な現象と思ったのは、偉大なる何者かが私を自由自在に操り、一歩々々神の世界の実在を、奇蹟を以て会得させた事で、其際込上げて来る歓喜をどうする事も出来なかった程である。此気持たるや幽幻至妙言葉では現わせない心境であった。而も相変らず奇蹟続出で、興味津々たるものがあった。一日の内に何度心が躍ったかは分らない。その中での最も大きな奇蹟は、大正天皇崩御の年、即ち大正十五年十二月の事であった。

 

 

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