神秘の扉は開かれたり

 私が解く処の多くの説は、その殆んどが前人(ぜんじん)未踏(みとう)のものばかりといってもよかろう。これに就いて、良い意味の疑念を起す人が数多くあろうと思うから、その訳を簡単にかいてみる。

 私は常に地上天国建設を唱えているが、これは私が考え出したのではない。天の時到って神が私をして実現すべき計画と様相を示すと共に、目的を遂行し得る絶大なる力を与え給ふたのである。その力の内、物を識る力の発揮が私の解く説となり、今日まで暗幕に(とざ)されていた謎や、霧に(おお)われ朦朧(もうろう)としていたものなどがはっきりと霊覚に映り、そのままを書くのであるから、一切が開明せられる時となったのである。丁度今日まで夜の世界であったから、闇の夜の不可視は勿論であるが、月明と(いえど)も鮮明に物を見得る程ではない。それが現在までの世界の実相であった。

 処が昭和六年の半頃から黎明期(れいめいき)に入ったのである。その時を契機として漸次太陽は上昇しつつ昼の世界に入ったわけで、今や光明世界は来たらんとし、地上天国は出現せんとするのである。この意味に於て、凡ゆる謎も秘密も社会悪も、光明に(さら)される事になった。いわば不透明が透明となり、悪の隠れ場がなくなる時となったのである。

 人間の三大苦である病貧争の原因が、悪から発生したとすれば、悪の追放によって病貧争絶無の世界が生まれるのは敢えて不思議ではない。

 そうして右の三大苦の中の主たるものは、勿論人間の病苦である以上、病患の根原(源?)と雖も明らかとなるのは当然で、ここに病なき世界が実現するのである。

 そうして今日までの宗教を始め、哲学、教育、思想等凡ゆるもの一切に対し、或程度以上の解釈は不可能とされ、深奥なる核心(かくしん)()れる事は出来ないとされた。

 彼の釈尊(しゃくそん)は七十二歳にして吾見真実となったと言い、日蓮は五十余歳にして見真実になったという事であるが、見真実とは、前述の核心に触れた事を言うのである。それによって明らかとなったのが、釈尊に於ては(ほう)滅尽(めつじん)彌勒(みろく)下生(げしょう)であり、日蓮に於ては六百五十年後上行菩薩が出現し、義農の世となるという事であった。キリストは見真実の言は発せられなかったが、〝天国は近づけり〟という事と〝キリストの再臨〟の予言は、見真実によらなければ分る筈がないのである。その他昔から見真実でないまでも、それに近い聖者の幾人かは現われた事は想像され得るのである。そして見真実を分り易く言えばピラミッドの頂点の位置に上ったと思えばいい。ピラミッドの高き尖端に立って俯瞰(ふかん)する時高い程視野(しや)が広くなり、多くを見得るのと同様である。ここで私の事を言わない訳にはゆかないが、私は四十五歳にして見真実になったのである。見真実の境地に入ってみれば、過現未に渉って一切が明らかに知り得る。勿論過去一切の誤りは浮かび上って来ると共に、未来の世界もその時の人間の在り方も、判然と見通し得るのである。といって知り得た総てを今は語る訳にはゆかない。何となれば、サタンも提婆(だいば)もパリサイ人も未だ妨害を続けつつあるからである。故に或範囲だけを発表するの余儀ない訳であるから、今一歩という処で徹底しない悩みのなきにしも非ずであるが、これも経綸上止むを得ないのである。併し今までだけの発表でも前人のそれとは格段の相違のある事は、私の文章を読む限りの人は認識されたであろう。

 以上標題(ひょうだい)の如く、已に神秘の扉は開かれたのである。

(自觀説話集 三十一頁)

 

 

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